2017年05月02日

はじまりへの旅/CAPTAIN FANTASTIC

 結局のところ、あたしはヴィゴ・モーテンセンが好きらしい。
 『LOTR』のアラゴルンのときはそんなに感じてなかったけど・・・その後の作品の役があまりにもアラゴルンと違いすぎて(その点では『オペラ座の怪人』後のジェラルド・バトラーも似ているが)、なんか「どの顔がほんとに近いの?!」と知りたい衝動に駆られるみたいな(そして過去の作品のあの役もあの人だったのか?!、と繋がって更に驚愕)、勿論役者だからどれも本当で、どれも本当ではないのだとわかっているのだが・・・見せられる顔が違えば違うほど、「じゃあ次はどんな感じ?」と知りたくなるのもまた人情。 そんなわけで、アカデミー賞主演男優賞にヴィゴがノミネートされた『はじまりへの旅』です。

  はじまりへの旅P.jpg 普通ってなんですか?

 アメリカ北西部のある森で、ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)は6人の子供と自給自足の生活をしている。 一緒に暮らしていた妻のレスリーは入院中で町にいる。 獣を狩って肉を食べ、毛皮を利用し、野草の種類や役割の見分けがつき、足りない野菜は栽培する。 食事のときは服を着る、などの妙なルールはあるが(それ以外は全裸でいてもとがめられない)、子供たちは社会と接点を持っていないが故に森での生活に疑問を持たずに順応している。 生活面だけでなく勉強の時間もしっかりあり、子供たち全員が6ヶ国語を話し(長女・二女はエスペラント語も話すが、他の家族はわからないので使うと怒られる)、大学の一般教養で課題に出されるレベルの本を読みこなす。 この生活はいつまでも続く・・・と思っていたが、長男のボウ(ジョージ・マッケイ)はひそかに大学に出願書類を送り、あらゆる名門大学すべてに合格しており、それをいつ父親に話すか迷っていた。 そんな折、母親の病状が悪化し、亡くなったという連絡が入り・・・という話。

  はじまりへの旅2.jpg 運動部の練習風景かと思うほど、過酷な彼らの日常。 ロッククライミングもしちゃいます。
 勿論、森で生活していれば他からの連絡は一切とれないので、月に一度くらい下の町に降り、毛皮や細工物を町の土産物屋さんに卸し、売上金を受け取る(流石に物々交換だけですべてが手に入るわけではないから)。 そこで妻の実家に電話し、様子を聞くのも入院以来習慣化しているようで、それで訃報を知らされる。 子供たちを連れて葬儀に出るというベンだが、「レスリーが死んだのは君のせいだ」と怒りに震える義父により断られてしまう。 ヴィゴを説得力とともに声だけで怒鳴りつけられる俳優さんなんて相当の人だぞ、誰?、とドキドキしましたが、後半で姿を現したのがフランク・ランジェラですごく納得。 低予算映画だとは聞いていたけれど、それくらいの実力は出してこないと完全にヴィゴのみの映画になってしまいますからね。
 ちなみに、長男くんは『パレードへようこそ』の臆病者のカメラマンくんだったし、下の男の子は『マン・ダウン 戦士の約束』の息子役の子でした。 6人の子供たちも将来の実力派俳優かも!(今でもそれぞれ十分うまいですけど)

  はじまりへの旅3.jpg スティーヴという名の、バスを改造したキャンピングカーで出発。
 一度はレスリーの父ジャック(フランク・ランジェラ)の意向を受け入れて葬儀には参列しないと決めたベン。 しかし子供たちは母親にさよならしたいというし、レスリーの遺言書も見つけてしまって、「このままでは彼女の望まない形で葬られてしまう」と危機感を持ったベンは、2400キロ離れたレスリーの実家ニューメキシコへ旅に出ることを決める。
 ベンはもともと一般的な社会で生活していた経験もあり、その上でレスリーと「子供たちは世間から切り離された場所で、自然の中で子育てしたい」と決めた人。 でも子供たちにとっては最初から森での生活が普通で、ベンが決めたことが絶対。 書物から得られる知識はあっても、<実社会から学ぶこと>については白紙も同然なので・・・途中のダイナーで食事しようと思っても、メニューに書いてある料理がさっぱりわからない。 「パパ、コーラって何?」みたいな。 ある意味オーガニック食品だけで育ててきたわけなので、ベンにとっては添加物が入った食物は毒にひとしく、「ここには食べられるものは何もない」といって店を出る、とか、もう明らかにニューメキシコまでの旅は何事もなく終わらない感じが出まくり。
 とはいえ、子供たちにとってはそれは初めて知る世界で、興味を持つなというのが無理な話。

  はじまりへの旅4.jpg 途中、ベンの妹の家に泊めてもらう。
 ベンの妹一家にも息子が二人いるが、これまた典型的な“男の子”で、ずっとゲームしっぱなしで「食事だからゲームはもうやめて」と母親に何度も言われるようなタイプ(せめてお客さんがいる日ぐらは一度で聞こうよ、と思うが、それができないあたりもダメな子たちである)。 妹は妹なりにベンの子育てを、姪や甥たちの今後を心配していろいろ言うのだが、そういうあなたが育てた子供があの状態なので説得力がない。 極端すぎるのは比較の対象にしてはいけないってことですね。
 でも二男がゲームやインターネットなどに興味を持ってしまい、何故それを僕らは使えないのかということに憤る。 これまでの森の生活でたまっていた鬱憤が一気に吐き出されたかのように。 いままでそれほどまでに子供たちに反抗されたことのないベンは、父親としてこれでよかったのかと自信をなくすのだが・・・いやいや、自信を失くすぐらいならなぜこういう極端な子育てを選んだわけ? 結局のところ、レスリーを失った悲しみが全員にとりついているからなんだろう。 あと、子供は成長するものだし。

  はじまりへの旅5.jpg ベンには厳しくても、孫には優しいおじいちゃん。
 そして決定打はジャックの存在。 子供たちの将来を考えたら学校に行かせるべきだ、家で引き取る、と声だけじゃなく立体で説得されたらベンにはなす術もない。 ベンにあるのはレスリーと子供たちへの愛だけ。 これまで教えてきたことが子供たちのためにならないと言われてしまったらアイデンティティ崩壊の危機だし、子供たちにしたってこれまで絶対正しいと思って来た父の教えが実はそうではないと知ったときの衝撃といったら・・・。
 ベンにとってはもしかしたら多少覚悟はしていたことかもしれない。 でもそれがこんなに早く来るとは思わなかったということなのかも。 長男くんはある程度年齢もいっているからいちばん冷静に受け止められたかもしれないけど、下の子供たちはそうはいかないでしょう・・・。
 ある意味、独善的な存在でもあるベンを、ちょっとエキセントリックだけど自分の哲学に忠実な愛すべき男に見せたのはひとえにそれがヴィゴ・モーテンセンだから。 彼以外誰も、この父親をこんなふうには表現できなかったと思う。
 原題の“CAPTAIN FANTASTIC”とはレスリーがベンにつけたあだ名。 キャプテンはお父さんの意味でもつかわれている。
 こういう生活してる人たち、結構いるのかなぁ、ということをつい考えてしまう。
 特殊な家族について題材にしながらも、描かれるのは逆境にぶつかったときの家族・父と子の絆といった普遍的なもの。 家族ばんざいなアメリカが、こういうところでも見える。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする