2017年05月11日

今日は6冊。

 GW明けとともに、新刊もやってきました。

  アルスラーン07.jpg アルスラーン戦記 7/荒川弘
 7巻目ですが、ちょうど『王都奪還』あたり。 ある程度たまってから読もう、と思っているうちに、自分がどこまで読んだか忘れた・・・。
 今回、本棚に専用スペースをつくろうと思ったら、1巻が行方不明だ・・・どこいった、多分あのへんだとは思うんだけど。
 ふう、整理整頓って大事ですね(今更)。

  リプリーをまねた少年.jpg リプリーをまねた少年/パトリシア・ハイスミス
 <トム・リプリー・シリーズ>第4弾。 こういう本の存在があることは知っていたけど、手に取ったのは初めてかも。 新訳ばんざい!
 このシリーズは5作目まであり、作者の構想には6作目もあったようだが彼女の死去により執筆はされなかったとのこと。 でも基本一話完結だから、いいのかな。
 しかし、どんどん分厚くなるわ・・・。

  ガマ屋敷の殺人.jpg 蟇屋敷の殺人/甲賀三郎
 今頃甲賀三郎の本が新刊で出るのも驚きだけど、なによりもタイトル、「蟇(がま)」に反応してしまった。
 ガマガエルの屋敷ってこと!
 そして帯にはガマガエルのシルエットが刷られ、<人間大の蟇が蹲り、早すぎた埋葬が行われ、のっぺらぼうが跋扈する。>と書かれている! に、人間大のガマって・・・。 甲賀三郎って理論重視派のイメージがありましたが、こういう怪奇探偵小説も書くのね、と思ったら、「甲賀三郎の最高傑作」とも言われているらしい! まじですか!

  光の塔.jpg 光の塔/今日泊亜蘭
 今日泊亜蘭という名前は子供の頃から図書館で見知ってはいたのですが、なんとなく耽美系の方かなと思って進んで手に取ることはなく・・・、今回、帯に「解説 日下三蔵」の文字を見て「えっ、あの系統!」と知った。 <日本SF初の長編にして圧倒的な面白さを誇る傑作>とのこと。 なんかずっと損していた気分。

  機龍警察完全版.jpg 機龍警察【完全版】/月村了衛
 もともとの『機龍警察』は何年か前のハヤカワ年末年始電子書籍セールで買っていて・・・寝る前にkindleで読んだりしていたのですが、これがめっぽう面白くて。 初めて読む作家の人だし、設定からロボットアニメの影響を感じたりというのもあったので、試し読みのつもりで電子書籍を買ってみたのですよ(なにしろセールで半額以下だったというのもあり)。 なのに、「やばい、シリーズ全部読まないと」みたいな気持ちにさせられて。
 そこに【完全版】の文庫化のお知らせ。 第一作を徹底加筆した、とのことなので、ここからシリーズ揃えようか!、という気になりました。
 ちなみにシリーズ2作目も単行本で【完全版】が出ているので、それの文庫化を待ちたいと思います。

  約束ロバートクレイス.jpg 約束/ロバート・クレイス
 「犬好き感涙必至!」と言われた『容疑者』の続編。 実際、動物好きだけど飼っていないあたしも、『容疑者』のジャーマンシェパード、マギーのけなげさには胸打たれましたよ。 となれば当然手に取ってしまうわけで・・・でも分厚さが前作の1.5倍以上あるのでは!
 作者ロバート・クレイスには長く続いている別のシリーズ<私立探偵コール&パイク>というのがあるようで、今作はそれと<スコット&マギー>のクロスオーバーエピソードらしい。 だから長いのかも・・・。
 でもまたマギーに会えるのは、うれしい。

ラベル:新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

あぁ、夏だなぁ・・・。

 GWもあっという間に終わってしまい・・・また仕事の日々が始まる。
 (すっかり休み過ぎたので・・・映画の記事が少々たまっております。 折りを見てまた過去日付にアップします)
 駅までの道すがら、つつじは無残な状態になっており、数種類の蝶がひらひらと舞っている。 特に、瑠璃色のアゲハっぽい蝶を見るとワクワクする(北東北ではほとんど見られないので)。
 あぁ、季節が進むのが早いよ!
 そして久し振りに乗る通勤電車、乗っている人たちもすっかり<夏の装い>。
 そういう自分もだいぶ前から日焼け止めを塗っているけれど・・・そして今日からインド綿の服を解禁しちゃったけど。
 もう、手の甲が日に焼けて赤くはれ上がってしまった。 腕カバーをしないとダメだな(あたしは肌タイプT、黒く日焼けしないでやけどのように赤くはれてしまうやつなので)。
 あぁ、あたしの苦手な季節、到来。
 やっぱり秋〜冬〜春のはじめが短すぎる!
 もう、あたしには、夏だ。

ラベル:季節もの
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 季節のこと/街の中の自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

午後8時の訪問者/LA FILLE INCONNUE

 ダルデンヌ兄弟の映画を観るのは、ある程度の覚悟がいる。
 それは観たらとんでもなく心にダメージが来るから、ということではなく・・・日常の静かな描写の中でドキュメンタリータッチに浮かび上がる人々の心の動きやドラマを映し出すので・・・全体として淡々としているというか(だからこそじわじわと静かに一言一言が滲んでくるのですが)、疲れているときに観たら眠ってしまう危険性があるから。
 でもこの映画は予告からかなりのサスペンスタッチを煽っていて、大丈夫なんじゃないかと思ってしまった。 だから疲れ気味ではあったが、無理して観に行ってしまった。 だって、他に行ける日があるかどうかわからなかったのだもの。

  午後8時の訪問者P.jpg あの時、ドアを開けていれば――。
   診療所近くで見つかった身元不明少女の遺体。 少女は誰なのか。 なぜベルを押したのか。

 診療所を臨時で任されている若き医師のジェニー(アデル・エネル)は、まもなく大きな病院に好待遇で異動することが決まっている。 今日はこれから新しい職場での歓迎パーティーに出席予定。 そんな日、診療時間を大幅に過ぎてからドアベルが鳴るが、対応しようとする研修医を止め、「もう時間は過ぎたんだから。 それに緊急なら、もう一度鳴らすはず」とジェニーは玄関モニターも見なかった。 その翌日、刑事が訪ねてきて、近所で身元不明の少女の遺体が発見されたと知らされる。 診療所の監視カメラにはその少女が助けを求める姿が映し出されていた。 自分がドアベルに返事をしなかったせいでこの少女は死んだのではないか、という思いにさいなまれるジェニーは、彼女の生前の足取りを調べ始めることに・・・という話。

  午後8時の訪問者1.jpg 恩師に相談。 「君のせいじゃない」と言われても・・・慰めにはならない。

 やはり向こうでも若い女性だからなめられるみたいなことはあるのか、ジェニーはとても強気で、笑顔を見せることはない。 他人にもきびしいが、それ以上に自分にもきびしい。 患者さんたちにきつく当たることはないものの、愛想を振りまくタイプではない。 とはいえそのことを気にしていない感じでもないらしく・・・助手的な立場の男性医師に厳しく指導をしてしまった穴埋めに、「診療時間終了をとっくに過ぎているのだからでなくていい」と言ったのではないだろうか。 それは彼女にとって珍しく、だから多分慣れないことで、それ故に引き起こされた結果の大きさに彼女はまた自分を責める。 なにしろ自分にきびしい人だから。 死んだ少女になにがあったのか、調べて回ってしまうのは好奇心でも罪悪感からでもなくて、本来ならばしていなければならなかったことを取り返すための行動、という気がした。 勿論、罪悪感がないわけではないし、それなりの正義感もあるだろう。 でもいちばんの動機は、それだったんじゃないだろうかという気がする。

  午後8時の訪問者2.jpg 脅されたりもするけれど、彼女の信念は動かされない。

 サスペンスタッチに思えたのは、少女の謎の死やこういった「ジェニーの行動をよく思わないものの存在」があるから。 そこはまるっきりの嘘ではないんだけど、本筋ではない。 なんというか・・・たとえ非日常な出来事が起こっても、それでも変わらず日常は続いてしまうというか(非日常も続いてしまえばそれが日常になる場合もあるけど)、たまたまジェニーは今回少女の死を追ってはいるけれども、医師としての自分の生活基盤というか人生の選択は揺るがない。
 ダルデンヌ兄弟の作品は、「普通に生きる人々をいかに描くか」に重心が置かれている、ような気がする。

  午後8時の訪問者3.jpg 患者には真摯に対応。 それが謎を解くきっかけになる。
 ジェニー役の人、なんとなく知っている人のような気がしていたのだが・・・『水の中のつぼみ』のあの女の子ですか!
 あのとき高校生を演じていた彼女が、もう医者の役! こういうとき、時間の流れを感じます。
 窓から遠くを見るジェニーの佇まい、好きでした。
 ただ中盤、ちょっと眠くなっちゃったけど。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月02日

はじまりへの旅/CAPTAIN FANTASTIC

 結局のところ、あたしはヴィゴ・モーテンセンが好きらしい。
 『LOTR』のアラゴルンのときはそんなに感じてなかったけど・・・その後の作品の役があまりにもアラゴルンと違いすぎて(その点では『オペラ座の怪人』後のジェラルド・バトラーも似ているが)、なんか「どの顔がほんとに近いの?!」と知りたい衝動に駆られるみたいな(そして過去の作品のあの役もあの人だったのか?!、と繋がって更に驚愕)、勿論役者だからどれも本当で、どれも本当ではないのだとわかっているのだが・・・見せられる顔が違えば違うほど、「じゃあ次はどんな感じ?」と知りたくなるのもまた人情。 そんなわけで、アカデミー賞主演男優賞にヴィゴがノミネートされた『はじまりへの旅』です。

  はじまりへの旅P.jpg 普通ってなんですか?

 アメリカ北西部のある森で、ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)は6人の子供と自給自足の生活をしている。 一緒に暮らしていた妻のレスリーは入院中で町にいる。 獣を狩って肉を食べ、毛皮を利用し、野草の種類や役割の見分けがつき、足りない野菜は栽培する。 食事のときは服を着る、などの妙なルールはあるが(それ以外は全裸でいてもとがめられない)、子供たちは社会と接点を持っていないが故に森での生活に疑問を持たずに順応している。 生活面だけでなく勉強の時間もしっかりあり、子供たち全員が6ヶ国語を話し(長女・二女はエスペラント語も話すが、他の家族はわからないので使うと怒られる)、大学の一般教養で課題に出されるレベルの本を読みこなす。 この生活はいつまでも続く・・・と思っていたが、長男のボウ(ジョージ・マッケイ)はひそかに大学に出願書類を送り、あらゆる名門大学すべてに合格しており、それをいつ父親に話すか迷っていた。 そんな折、母親の病状が悪化し、亡くなったという連絡が入り・・・という話。

  はじまりへの旅2.jpg 運動部の練習風景かと思うほど、過酷な彼らの日常。 ロッククライミングもしちゃいます。
 勿論、森で生活していれば他からの連絡は一切とれないので、月に一度くらい下の町に降り、毛皮や細工物を町の土産物屋さんに卸し、売上金を受け取る(流石に物々交換だけですべてが手に入るわけではないから)。 そこで妻の実家に電話し、様子を聞くのも入院以来習慣化しているようで、それで訃報を知らされる。 子供たちを連れて葬儀に出るというベンだが、「レスリーが死んだのは君のせいだ」と怒りに震える義父により断られてしまう。 ヴィゴを説得力とともに声だけで怒鳴りつけられる俳優さんなんて相当の人だぞ、誰?、とドキドキしましたが、後半で姿を現したのがフランク・ランジェラですごく納得。 低予算映画だとは聞いていたけれど、それくらいの実力は出してこないと完全にヴィゴのみの映画になってしまいますからね。
 ちなみに、長男くんは『パレードへようこそ』の臆病者のカメラマンくんだったし、下の男の子は『マン・ダウン 戦士の約束』の息子役の子でした。 6人の子供たちも将来の実力派俳優かも!(今でもそれぞれ十分うまいですけど)

  はじまりへの旅3.jpg スティーヴという名の、バスを改造したキャンピングカーで出発。
 一度はレスリーの父ジャック(フランク・ランジェラ)の意向を受け入れて葬儀には参列しないと決めたベン。 しかし子供たちは母親にさよならしたいというし、レスリーの遺言書も見つけてしまって、「このままでは彼女の望まない形で葬られてしまう」と危機感を持ったベンは、2400キロ離れたレスリーの実家ニューメキシコへ旅に出ることを決める。
 ベンはもともと一般的な社会で生活していた経験もあり、その上でレスリーと「子供たちは世間から切り離された場所で、自然の中で子育てしたい」と決めた人。 でも子供たちにとっては最初から森での生活が普通で、ベンが決めたことが絶対。 書物から得られる知識はあっても、<実社会から学ぶこと>については白紙も同然なので・・・途中のダイナーで食事しようと思っても、メニューに書いてある料理がさっぱりわからない。 「パパ、コーラって何?」みたいな。 ある意味オーガニック食品だけで育ててきたわけなので、ベンにとっては添加物が入った食物は毒にひとしく、「ここには食べられるものは何もない」といって店を出る、とか、もう明らかにニューメキシコまでの旅は何事もなく終わらない感じが出まくり。
 とはいえ、子供たちにとってはそれは初めて知る世界で、興味を持つなというのが無理な話。

  はじまりへの旅4.jpg 途中、ベンの妹の家に泊めてもらう。
 ベンの妹一家にも息子が二人いるが、これまた典型的な“男の子”で、ずっとゲームしっぱなしで「食事だからゲームはもうやめて」と母親に何度も言われるようなタイプ(せめてお客さんがいる日ぐらは一度で聞こうよ、と思うが、それができないあたりもダメな子たちである)。 妹は妹なりにベンの子育てを、姪や甥たちの今後を心配していろいろ言うのだが、そういうあなたが育てた子供があの状態なので説得力がない。 極端すぎるのは比較の対象にしてはいけないってことですね。
 でも二男がゲームやインターネットなどに興味を持ってしまい、何故それを僕らは使えないのかということに憤る。 これまでの森の生活でたまっていた鬱憤が一気に吐き出されたかのように。 いままでそれほどまでに子供たちに反抗されたことのないベンは、父親としてこれでよかったのかと自信をなくすのだが・・・いやいや、自信を失くすぐらいならなぜこういう極端な子育てを選んだわけ? 結局のところ、レスリーを失った悲しみが全員にとりついているからなんだろう。 あと、子供は成長するものだし。

  はじまりへの旅5.jpg ベンには厳しくても、孫には優しいおじいちゃん。
 そして決定打はジャックの存在。 子供たちの将来を考えたら学校に行かせるべきだ、家で引き取る、と声だけじゃなく立体で説得されたらベンにはなす術もない。 ベンにあるのはレスリーと子供たちへの愛だけ。 これまで教えてきたことが子供たちのためにならないと言われてしまったらアイデンティティ崩壊の危機だし、子供たちにしたってこれまで絶対正しいと思って来た父の教えが実はそうではないと知ったときの衝撃といったら・・・。
 ベンにとってはもしかしたら多少覚悟はしていたことかもしれない。 でもそれがこんなに早く来るとは思わなかったということなのかも。 長男くんはある程度年齢もいっているからいちばん冷静に受け止められたかもしれないけど、下の子供たちはそうはいかないでしょう・・・。
 ある意味、独善的な存在でもあるベンを、ちょっとエキセントリックだけど自分の哲学に忠実な愛すべき男に見せたのはひとえにそれがヴィゴ・モーテンセンだから。 彼以外誰も、この父親をこんなふうには表現できなかったと思う。
 原題の“CAPTAIN FANTASTIC”とはレスリーがベンにつけたあだ名。 キャプテンはお父さんの意味でもつかわれている。
 こういう生活してる人たち、結構いるのかなぁ、ということをつい考えてしまう。
 特殊な家族について題材にしながらも、描かれるのは逆境にぶつかったときの家族・父と子の絆といった普遍的なもの。 家族ばんざいなアメリカが、こういうところでも見える。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月01日

産む、産まない、産めない/甘糟りり子

 てっきり筆者をエッセイストだと思っていて、「おぉ、全女性に対して煽情的なタイトル!」とつい手に取ったが・・・小説だった。
 エッセイだけじゃなく小説も書いていたんですね、すみません。
 帯には<妊娠と出産をめぐる「心の葛藤と選択」を描いた8つの物語>とあり、作中人物の言葉から「出産が女の人生のすべてとは考えないようにしませんか?」という台詞が引用されている。
 いや、女の人が全員、「子どもを産まなきゃ!」という呪縛にとりつかれているわけじゃないんだけど・・・。

  産む産まない産めない.jpg まぁ、この表紙で小説と気づいてもよかった。
 連作短編、といってもいいのでは。 各短編の主人公は別だが、同じ人が登場したりして、読者だけがわかる仕掛けもある。
 ちなみに、引用されている台詞はレディースクリニックの医師によるもの。
 あっさりと読めてしまったのだが・・・正直、既視感満載というか、「これ、いつの時代?」という感覚が拭えない。
 まぁ、それだけそういう女性たちをめぐる環境が変化していない、ということなのかもしれないけれど・・・あまりに古くないか、と。 戦後とかの価値観に比べたらそりゃだいぶ進みましたが、それでも十年・二十年単位ぐらい古い気がする。 そんなのに縛られている女性たち、かわいそ過ぎるだろ!
 というか、あたしを含めあたしのまわりには「子供、いらない」という考えの人が結構いるので・・・「命に代えても子供がほしい」とか「子供を産まなきゃ自分に価値などない」と考える人たちが理解できない。 理解できないまでも共感できればと思って読んでみたのだが・・・かなしいかな、作者もまた「子供を産まなきゃならないと思っていない」タイプの人であるため、子供を願う女性たちの姿があまりにも類型的であり、ときにエキセントリックすぎる。 いろいろ取材したみたいだけど・・・所詮他人事、みたいな気がしないでもない雰囲気を感じる。
 作者あとがきによれば、この短編の連載から本になるまで9年かかっているそうである。 そりゃ古いのは仕方がない。
 9年かかった原因は、身内にダウン症の子が生まれてショックを受けたから。 他人事であったことが、作者にとって初めて当事者意識としてつきつけられたのかもしれない。 でもそれを消化するのにそんなに時間がかかるとは・・・覚悟を持って「子供のいない人生」を選択した人じゃないんだろうな、というのも感じた。
 小説としては、作者の姿が見えてしまうものはちょっと残念な気がする(作者の体験を背景にしたものは別にして)。
 やはりこの人の本質はエッセイストなのではないかしら。
 でもそのわりには、「産まない」選択をした女性は出てこない。 自分を掘り下げることを無意識に避けた?
 もしかしたら、次に書くもののほうが面白いかもしれない。

ラベル:国内文学
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする