2017年04月27日

信じたくないが故の、実感のなさ

 ジョナサン・デミ監督の訃報が飛び込む。
 ・・・実感がわかない。
 アンソニー・ホプキンスやジョディ・フォスター、アン・ハサウェイらの追悼コメントを見て、「あぁ、本当なんだ・・・」とは感じるんだけれど、他の人ほどの衝撃がない。
 彼ががんを患っていたとは知らなかったし、そもそも年齢も知らなかった。 『羊たちの沈黙』でアカデミー賞のステージに上がったときの印象しかないことに気づく。
 でもあたしはジョナサン・デミ監督のセンスが、大好きなのだ。

 幸運にもあたしは『羊たちの沈黙』をリアルタイムで映画館で観ていて・・・サイコサスペンスで恐ろしいものを描いているにもかかわらずこんなに素晴らしくて、途中でハラハラドキドキさんざんさせられたのに、後味がよいってどういうこと!、とどよめきました。
 で、いろいろ考えてみて・・・キャスティングがまず文句なかったし、その活かし方も素晴らしく(あたしはこの映画以上にかっこいいスコット・グレン:クロフォード捜査官を観たことがない)。 そして、それまでなんとなく映画を見ていた若造のあたしに、カット割りやアングルすべてに意味がある、あえて加えられた意匠にもテーマに沿った意味がある、ということを教えられ・・・ストーリーやキャスト重視だったあたしに、<映像が語る>ことの重要さ、それがあるからこそ作品に厚みが出、そこらへんにある映画と、歴史に残る映画の違いを見せつけられた。
 もっとも、すぐに気付いたわけではなくて、ほんとにわかったのはもう少ししてからだけど。
 その後『フィラデルフィア』も観て、「あ、この監督のセンス、やっぱり好きだ。 というか、この人が好きなものがあたしも好きだ」と実感して、俳優の名前だけでなく映画監督の名前も覚えておいた方がいいと知る。 好きだと思う監督の作品にははずれが少ないと学習した(その後、『エイリアン3』で、作品自体は微妙ではあったが、そのスピード感を気に入ったあたしはデヴィッド・フィンチャーを、『シックス・センス』で度肝を抜かれてM・ナイト・シャマランを追いかけることになる)。
 何度目かの再放送で観た『刑事コロンボ:美食の報酬』の監督がジョナサン・デミだと気づいたときの驚きといったら!
 今につながるあたしの「映画の観方」の土台をつくってくれたのは、彼なのだ。
 そして<台詞ばかりで説明しない、映像だからできる表現>に出会うとうれしくてたまらなくなるのも、やはり彼の影響だと思う。
 彼の新作はもう観られないのかもしれないけれど(最近はドラマの仕事もしていたというし、日本未公開の作品はまだあるのかもしれないけど)、これまでの作品は残る。 どうしてもつい『羊たちの沈黙』でしか語られないかもしれないけど、あたしは他の作品も知ってる。 彼のつくりだす映像世界の美しさを知っている。
 これは自慢していいことなんだと思う。
 まだ実感はないけれど・・・実感しなくてもいいかな、と思ってもいる。

posted by かしこん at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする