2017年04月01日

哭声 コクソン/THE WAILING

 韓国映画はあたしはあまり好きではないのだが、國村隼さんが出ているというし、『チェイサー』の監督の作品ならばサスペンステイストながら不条理ホラーになるであろうことは予測できたので、観てみた。 でもあくまで目的は、國村隼さんだ!

  コクソンP.jpg 疑え。 惑わされるな。

 警察官のジョング(クァク・ドウォン)はある朝、緊急通報で叩き起こされる。 しかし妻と母に「ごはん食べてから行きなさいよ」と言われ、そのまま朝食をとってから現場に行き、「遅い!」と怒られるような人。 そんな平和な田舎の山村で、突然村人が家族を手にかけて最悪殺害するという事件が立て続けに起こる。 犯人には目がひどく赤くなり、肌もただれて湿疹が出ているという共通点があるが、誰もその原因を追及できない(しない?)。 これは、村のはずれの山奥によそ者である正体不明の日本人(國村隼)が住みついてからではないか、と村には噂が広がる。
 ジョングは娘のヒョジンがなによりも大切だが、いつしかヒョジンの皮膚にも湿疹が現れ、謎の行動をするようになったことに恐れを抱き、祈祷師イルグァン(ファン・ジョンミン)に助けを求めるが・・・という話。
 冒頭、新約聖書からの引用が出る。 そういえば『チェイサー』にも教会が出てきた。 脚本も自分で書くナ・ホンジン監督はキリスト教徒なのだろうか?

  コクソン4.jpg 雨の現場検証。
 まずやる気のないジョングにいらいら。 田舎だからそんなに大きな事件が起こることはないんだろうけどさ・・・。 時代設定がちょっと古いのかと思いきやそういうこともないようで(結構新型のスマホ使ってますよ)、「現代なのにこれか・・・」と警察としての動きには期待できない感が最初から伝わってくる(実際、最後まで警察は機能しなかった)。 多分彼らも『CSI:科学捜査班』は観てるはずなんだけど、鑑識の厳密さは身についていないようです。
 家族を殺して家に火をつけた犯人が明らかに見慣れぬ皮膚病になっていたら、何故まずそれを調べない!(調べている人がいるのかもしれないが映画の中では描写されない)。 とりあえず犯人がわかればいいのか。 でも事件が続くたび、「よそ者のせいでは・・・」となっていく過程は非常にスピーディーで、村社会の本質を見せられるようです。
 そこで國村さん、大活躍(?)。 日本だったらこんな仕事頼まないよな、というか(多分こういう役柄が存在する必然性を感じない)、何故こんな仕事頼んでくる!、というすごさ。 またそれを引き受けてしまった國村さんのすごさというかね(まぁ、舞台出身の方は基本的に仕事を断らない傾向にありますが)。

  コクソン5.jpg こんなこともさせられちゃって・・・。
 村人が、「山でこんなものを見た」と話す内容を再現フィルム的に描写するのですが、ふんどし一枚の裸で山の中を駆け回り、殺した鹿に四つん這いで生でかぶりつく。 それを見られて村人に襲いかかる・・・らしいのですが、じゃあ何故お前はこうして生きて帰ってきて無事にそのエピソードを語れるのか!
 しかし明らかに回想シーンだとわかるような演出は一切施しておらず、話が進むまでそれが誰かの語りなのか、ジョングの見た夢なのかなどがまったくわからないようになっており、それがまたこの映画を意味のわからないものにしている要因のひとつ。 國村さん、名前もないし日本語しか話さないのですが、もうその存在と行動自体でこの映画の中の見事なトリックスターになっていて、ほんとおつかれさまでした、とお伝えしたい。 それくらい、身体はってます!

  コクソン1.jpg ジョングが意を決してよそ者に会いに行く。
 そのテンションで、日本人との感情表現の違いが明白に。
 うちはWOWOWを入れているので、たまに韓国ドラマが目に入るときがあるのですが、なんというか彼らの会話のやりとりが感情むき出しすぎというか、日常レベルの会話なのかケンカなのかよくわからんと感じていたのですが(なにしろ全員が韓国の人だから)・・・この映画で“よそ者”としての日本人が入ることにより、この彼の存在自体も謎だし、決して饒舌ではないのであるが、その佇まいやテンションは日本人から見てごく自然なもの。 彼はこの物語の中で<異質の存在>なのだけれど、観客たるあたしから見たらちょっと共感できてしまう存在なので、「韓国人の会話のテンション、ちょっとおかしい」と思ってしまうことになるという・・・。 だから向こうの人にしてみたら、「日本人は何を考えているのかわからない」と思われてしまうのだろう。 地理的に近くとも、文化的に遠い国ってこういうことだな、と。
 しかしよそ者さんに共感している場合ではない展開がつづいていく。
 “白い服を着た女”というのも登場するのだけれど、彼女の存在もまた謎で。
 理屈で考えたら全く意味の通らないところもあるんだけど、とにかく押し切るし、こっちも押し切られる。

  コクソン3.jpg 祈祷師、登場。
 この祈祷師もまた謎で。
 よくわからない大仰なリズムと祈り、火を焚いて挙句は鶏の首を切る。
 うーん、なんて土着的。
 魔除け的なものを家の前に吊り下げたり、能力を持つ者同士の対決ではすごいことになったり、カラスはやはり不吉な使者なのね、とか。
 後半はジョングが警察官であること自体忘れちゃっているのではないか、という展開になっていきますが、職業よりも家族、娘が大事ということのあらわれなのでしょう。
 まぁ、多分こういうことなんだろうなぁ・・・という大まかな感じはつかめるのですが。

  コクソン2.jpg 父と娘の絆が試される、ということなの?

 とはいえ、結局、なんだったのかよくわからない・・・。
 絶対的な悪というものがあるとすれば、その形はその人が思う姿で現れるということなのか(この感じはキリスト教的? 悪魔という存在を肯定するような)、もしくは人の心に潜む悪意がその大きさに合わせて具現化したらこうなる、という風に解釈することもできるし・・・でも誰が味方で誰が敵なのか、誰が善で誰が悪なのか、ということはすべてグレーゾーン。
 パンデミック、ゾンビ、エクソシストとホラー映画要素全部入れしつつも完全にホラー映画でもなく、そのくせ2時間36分というとんでもない上映時間なのに結局よくわからないまま終わるって、なんという力技。
 決してロジック的ミステリにはならず、土着的情念にねじ伏せられる。
 それが韓国映画なのだと言われたら、頷くしかないのですが。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする