2017年03月31日

エミリーの不在/ピーター・ロビンスン

 先日WOWOWにて、ドラマ『主任警部アラン・バンクス』がシーズン5をもってファイナルを迎えました。
 といってもシーズン4からは完全オリジナルストーリーだったし、それ以前も原作をかなり改変していたし、「なんとなく、ドラマはやはり原作とは別物」という雰囲気がシーズンが続くたびに感じていた(またイギリスのドラマなので、シーズンといっても話数は多くなく、放送時間も変則的になっているのも特徴)。
 そんな中で、シーズン2最終話であったこの原作のエピソードは秀逸な出来で、印象も強かった。 強すぎて、原作を読むのがためらわれるほどだった。 記憶が鮮明すぎたから。
 でも、ドラマも完結したことだし、あれから3年くらいたっているし、ということで、そろそろ読んでもいいかなぁ、と思いまして。

  バンクス10エミリーの不在1.jpgバンクス10エミリーの不在2.jpg 絶版故、図書館から借りた。
 原題を直訳すれば『冷たい墓』ということになりますでしょうか。

 アラン・バンクスとウマの合わない本部長リドルから、緊急の呼び出しを受けるバンクス。 無視しようかとも思ったが、どうもリドルの様子がおかしいので自宅に行くと、リドルの15歳の娘エミリーが家出をして、どうやらロンドンにいるという。 なんとか娘を探し出して連れて帰ってくれないか、という頼みだった。 「自分で探しに行けばいいでしょう」と思うバンクスだが、リドルは立場上ロンドンをうろうろできないし、まして娘が素直に言うことを聞くとは思えない。 だから他人であるバンクスのほうがいいと言う。
 バンクスにも娘がいてリドルの気持ちもわからないわけではないし、まぁここで恩を売っておくのも今後のためにいいかもしれない、と引き受けたバンクスは、早速ロンドンに行き、いくつか回り道をしながらもエミリーを見つける。 小悪魔的魅力を放つエミリーにくらくらしながらも、バンクスはエミリーをリドルの家に送り届ける。 それで終わったはずだったが・・・という話。
 やっぱり原作のほうがいろいろ深いのでありますが、あのドラマはかなり頑張ってこの作品のテイストを取り込んだなぁ、と制作者のみなさんに拍手を送りたい気分になりました。 多少の改変はあるけれども、テーマとか、もっとも深いところに近付けたドラマだったんじゃないかと。 こういう成功例があるから、ドラマ化(もしくは映画化)に対して夢を捨てきれないんだなぁ。
 バンクスとアニーの関係や、自分の人生を改めて考え直すバンクスの苦悩などは、シリーズだからこそよりわかって面白いところだし、基本は警察小説なのでチームで事件を解決していく面白さもあるし、警察組織の問題等もそれぞれの国であるんだなと確かめることもできる。
 でも、だんだんこのシリーズは<時間>を描くことに重点を置き始めているようだ。
 決して巻き戻すことのできない時間を、いかにして過ごすのか。 過去の事件を解決することによって、取り残された関係者の時間は動き出すこともあれば逆に過去に引き戻されてしまう人もいて。 それがとてもせつないのです。

 よく考えれば<アラン・バンクスシリーズ>はイギリスで人気作。 長く続いているし、過去にもドラマにされたことがあるのかもしれない(日本における十津川警部や浅見光彦のように演じる俳優さんも変わってつくられ続けている可能性だってある)。 となれば、原作から離れるのは時間的制約も含めて必然なのかも。
 このシリーズ、邦訳されているもので読んでいないのはあと一作『誰もが戻れない』だけ。
 邦訳が再開される気配がないので・・・読み終わるのがもったいない存在になっております。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする