2017年03月19日

愚行録

 本来、ミステリ映画はこのような戦略で公開すべきだとあたしは思ってはいるのだが、実際を考えると「ヒットは厳しいかな・・・」という気がしないでもない。 群像劇路線で押せば『怒り』の二番煎じっぽくなるし(こっちにも妻夫木くん出てるし)、妻夫木聡と満島ひかり共演を押せば『悪人』とかぶるし(とはいえあたしはチラシに書いてあったその文を見るまで忘れていたが)、監督も知らない人だし。
 そしてこの話の性質上、あらすじは最小限しか書けないし、かといってどんでん返しがあることを悟られてもいけない、という大変良心的かつフェアな姿勢は(さすが「協力:東京創元社」!)、ミステリファンには刺さるんだけど、そうじゃない人にはどうなんだろ・・・また、宣伝の難しさを実感しました。
 だって、これはスルーしてしまうにはもったいない、近年稀に見る日本映画の傑作!、なんですよ。

  愚行録P.jpg 仕掛けられた3度の衝撃。 あなたの日常が壊される。
     他人を語り、本性を現すのは、誰だ?
  ( ↑ このコピーで、ギリギリのラインです )

 週刊誌の事件記者をしている田中武志(妻夫木聡)は、呼び出されてある警察署に向かう。 妹の光子(満島ひかり)が3歳の娘に対して育児放棄の容疑で逮捕されたのだ。 面会でも、光子の言動には不安定さがある。
 田中はかつて追いかけていた<田向一家惨殺事件>の発生からそろそろ一年がたつから、もしかしたら関係者が今なら何かを話してくれるかも、とデスクを説得し、再び取材に向かう。 事件はまだ未解決だった。
 エリート会社員であった夫の田向浩樹(小出恵介)の職場の同僚である渡辺正人(眞島秀和)、浩樹の大学時代の恋人・稲村恵美(市川由衣)、田向の妻の友季恵(松本若菜)の大学時代の同期・宮村淳子(臼田あさ美)らを取材していく田中。 彼らはそれぞれの思いを驚くほど赤裸々に語っていく。 当時の愚かな行いを、あたかも若気の至りであるかのように。 もしくは愚かなことだと気がついていないかのように。

  愚行録1.jpg やる気がないわけではないが、あまり覇気のない事件記者に対して、つい人は必要以上に語りたがってしまうのだろうか。 彼自身もなにか闇を抱えていそうな田中を、妻夫木聡が絶妙なバランスで体現。 感情を表情以外であらわしている。

 取材相手が語るのは、自分と被害者との関わり。 だから15年前とか、10年前とかだったりする。 過去の自分たちをどこか冷静に分析する女性たちと、過ぎたこととして懐かしさで語る男性たち、という違いが興味深い(だから「女は怖い」のかもしれない)。 現在と回想シーンを同じ役者さんで演じるので混乱はないが、女性陣は髪形などでうまく時間差を違和感なく埋めていたと思う。 特に臼田あさ美さん、カフェ店長の現在と大学生時代の違い、お見事でした。
 こういう「あぶり出されるドロドロした感情」を描くと、日本映画ではべったりした湿度のある表現になりがちなんだけど、この映画は全体的に乾いている。 かといって完全にドライ、というわけではない匙加減がヨーロッパ映画のようであった。 「こんな絶妙に寂れた寒々しいニュータウン、よく見つけたな!」と思ってしまったりもしたんだけど、そう観えるように撮っているのだろう。 オープニングの、雨の中を走るバスを外側から、窓に寄って右に流れていく場面では、ハイスピードカメラでスローモーションのように乗客の顔を次々と映し、外国の観客にも「この男(妻夫木聡)がメインなんだな」と思わせるような撮り方で。
 そう、日本映画には珍しく、台詞で説明することを極力排除して、映像で語らせるタイプの作品なのです!
 だからどのシークエンスにも意味がある。 油断してはいけない。 そう気づきさえすれば意外に親切というか、すべての謎はおのずから明らかになっていきます(ヒントも散りばめられているので自分で気づくことも可能)。

  愚行録2.jpg 次世代バイプレイヤーズの眞島さんもいい味出してます。

 それ故に残念なのが、時代設定。 描かれている“現在”は観客が考える“現在”と同じでいいのか。 でもそうなると回想シーンで描かれる時代の感じが微妙に古い。 30年ぐらい前なのでは? しかし回想シーンではエキストラの大学生がアネロのリュックを背負っていたり、メインキャストの持つブランド品もちょっと新しめだったり(10年たってるのかなぁ、みたいなものもあり)、といったイージーミスが気になる。
 まぁそこは百歩譲るとしても、ある人物が言う「私、わかったんです。 日本は格差社会じゃなくて階級社会なんですよ」という台詞に違和感。
 これが「日本って格差社会って言われてますけど、結局は階級社会なんですよね」だったらまた違ったかも。 それだけで時代感覚の誤差が少し埋められる。

  愚行録3.jpg 実際、これ、何年前なんだろう・・・。

 エスカレーター式の私立大学には内部進学組と外部進学組との間で壁がある、とは昔からよく聞く話ではあるんだけど・・・学校すべて国公立できたあたしにはまったく理解できない世界です。 いや、国公立にだってスクールカースト制はありますよ。 ただお金や出自は露骨に扱われないだけで(ただ在学中になにかやらかせばあっという間だけど)。
 伝統ある私立大学の闇、というよりも、そのブランドイメージに乗っかろうとした人たちの喜悲劇、という気がする。 自分たちを「上流」と思っている内部進学者たちと同じ土俵に立たない、という選択肢もあるのだから。 でも同じ世界に入り込もうと決意した人間にとっては、そこで生き残ること、更に上位に位置することは「勝ち組」の証なのだろう。 そのハングリー精神はすごいと思うが、はっきり描かれないけどどれだけのものを踏み台にしたり犠牲にしたのか・・・と思うとあたしはうすら寒い思いがする。 でもそんなことを考えていたらこの場合の「人生の勝ち組」にはなれないんでしょうね。
 つくづくうまい役者を集めるって大事。 内容的には感情移入できなくとも物語に引き込まれる。

  愚行録4.jpg でもいちばんすごいのは満島ひかり。

 脚本は多くを語らず、あえて削っていった感があるのに、役者たちがその部分を補う演技をしてしまっているが故に物語は難解ではない。
 特に感情を見せない妻夫木聡と、感情ダダ漏れのようでありながらある瞬間すべてが抜け落ちるみたいな満島ひかり、この二人がすごい!
 それも全部演出?! この監督、すごいなぁ。 一体何者だ!
 最後まで緊迫感が途切れず、「あぁ、映画らしい映画を久々に観た感じ」と満足感に浸って映画館を出た。
 帰りのエレベーターで、20代半ばと思しき二人組の女性と乗り合わせる。 彼女たちも『愚行録』を観たらしい。
 「最後のあれって、○○が□□ってことやんなぁ」
 「うん、多分そうやよなぁ」 (多分じゃなくて絶対そうだよ、というかそれしかないよ、とあたしは心の中でツッコむ)
 「もう、気持ち悪すぎて怖かったわ〜。 あんなん、ありえへんわ」
 それを聞いて、あたしは固まった。 いや、このお二人は“普通の”家庭に“普通に”生まれて育って、その“普通”がどれだけ幸せなのかということに気づいていないだけなのだ。 だから「気持ち悪い」とさらりと言えてしまう。
 この物語はフィクションなのだから登場人物が責められる必然性はない。 けれど現実には、あやうくギリギリのところで踏みとどまった人たちが思いのほか多くいる気がする。 もしかしたらあたしもその一人かもしれない。 だから気持ち悪いなんてかけらも思い浮かびはしなかった。 映画自体の後味は確かにいいとは言えないけれど、それも含めてのこの物語なのだし、後味が悪いからこそこの乾いたテイストがうまくはまっていた。 今年いちばんの邦画かも!、とあたしは思っていたのだが。
 きっと、彼女たちは若いから、回想シーンに出てきた若者たちのように自分の言動に責任が発生するなんて思っていない。 その言葉が誰かを傷つけたりすることがあるなんて考えてない、ただ自分の思ったことを口にしただけで。 いつか、「あの頃はあんな残酷なことを平気で口にしてたなぁ」と気づく日が来るかもしれない。
 “普通”ってほんとは普通じゃないんだと知ったとき、きっとなにかが変わる。
 映画本編では全然だったのに、エレベーターを降りて一人になってからあたしは泣きそうになっていた。
 それだけあたしはこの映画に、心を抉られていたのかもしれない。

 家に帰ってから、石川慶監督についてネット検索(映画のパンフを買えばよかったと思ってもあとのまつり)。
 なんと、ポーランド国立映画大学で演出を学んだ人だというではないか! そういえば撮影監督は東欧系の名前でおや?と思ってはいたのだが、映画大学の同期らしい。 だから日本映画っぽくなかったのか! 確かに言われてみれば不条理な描写とかポーランド映画っぽい!
 すごい人が出てきたものだ。 石川慶、今後も要チェック!

ラベル:映画館 日本映画
posted by かしこん at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする