2017年03月13日

たかが世界の終わり/JUSTE LA FIN DU MONDE

 グザヴィエ・ドラン監督最新作。 ずいぶん前から予告編を見ていたような気がするので公開が遅く感じられるような、でももう公開になっちゃったのか、みたいな二律背反の気持ちに。
 もう、このタイトルでなんかやられちゃった感じがする。

  たかが世界の終わりP.jpg これが最後だなんて、僕たちは哀しいくらい不器用だった。

 劇作家として成功したルイ(ギャスパー・ウリエル)は、12年振りに帰郷する。 自分の死が近いことを知らせるために。
 このあらすじだけでなにかすべてがわかってしまうような、でもだからこそ観たいと思ってしまうような。 まんまとあたしはのってしまいました。
 ルイを溺愛する母マルティーヌ(ナタリー・バイ)は気合の入ったおしゃれと息子の好物を揃えて到着を待ち、12年前はまだ小さかった妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)は「あまり記憶にはないけど、自分の兄が有名人で優秀な人」ということで浮かれはしゃいでいる。 兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)は妻のカトリーヌ(マリオン・コティヤール)を連れてルイのために実家に戻ってきたが、あまり機嫌がよくない。 気ままに喋りまくる3人を前に、カトリーヌは困惑しながらも「自分もこの家族の一員であるのだから」と言い聞かせているように見える。
 そしてついにルイは帰ってきた。 その一日の物語。

  たかが世界の終わり3.jpg 家族揃っての楽しいランチのはずが。
 フランス人ってこんなに喋りまくるのか?、というくらい喋りたい人が喋りまくり、返事を待たない一方通行の会話(?)ばかり。 まぁ、12年振りに帰ってきたルイに気まずい思いをさせないようにと沈黙をつくらないようにしているのかなと思ったりもするけれど、この家族は昔からそうであったみたいだ。 多分、ルイはそれになじめなくて早くに家を出て帰ってこなかったんだろう、と容易に推測できるほど。
 だから家族の中で唯一の外から参加した人、カトリーヌとルイはすぐにわかり合ってしまう。
 「家族という、どうしようもなく厄介で重荷で、いつも傷つくのに結局愛はあるから簡単に切り捨てたりできないからこそ余計困るもの」というドラン監督の、多分永遠のテーマなんでしょうか。 でも、世の中には家族に対して懐疑的に考える人たちばかりではないので、ドラン監督の作品は「わかる人にはわかるが、受け付けない人にはまったくダメ」と言われてしまうのが仕方ないのかも。 あたしは、身につまされる方です。 大変、痛い。 でも本作はそれほどでもなく、もしかしたらダメなタイプの人たちも観られるかも。
 それにしてもどこの国でも母親は子供の好物をつくりたがるものなのね。 でも記憶違いで、全然好物ではなかったりするのもお約束。
 それでも決してめげない、どんどん前に出てくる、このおかあさんパワフルすぎる。

  たかが世界の終わり2.jpg レア・セドゥ、年齢不詳!
 ルイを敬愛している・・・割にはちょっと素行不良というか、お勉強してない感じの妹。 母にルイを独占されてたまるもんですか!、的な女の戦いも展開されます。 罪作りだぜ、ルイ。
 そんなルイの存在は兄にはマイナス方向に働く。 優秀な弟とずっと比べられてきた劣等感が、自分の家で暮らしている分には忘れていられたことなのに、こうやって実家に戻るとそれを突き付けられて、兄はずっと不機嫌。 他の人の言動にいちいち突っかかって場を乱す、まるでティーンエイジャーのように。

  たかが世界の終わり4.jpg いい年してそれはあまりにも感情的だ。
 ほら、奥さんも困っているじゃないか。 男ってのは・・・と思いかけ、ふと考える。
 もしかして、兄はルイの告白の内容に気づいているのではないか(カトリーヌは明らかに気付いており、冷静にルイに尋ねる場面がある)。
 で、ルイにそれをはっきりと喋らせまいと、わざと喧嘩を吹っ掛けて真面目な話をできないようにしているのではないか。 なんとなく気づいてはいても、明確な事実として認識したくない・・・なんだ、ものすごく兄は弟を愛しているではないか。
 登場人物が少ないせいで、かなり表情のアップが多用されている。 ドラン監督は独特の映像美でも知られているが、テレンス・マリックの“映像美”と根本的に違うのは、人の表情を中心的に撮ってしまうところかもしれない。

  たかが世界の終わり5.jpg いちばん台詞が少ない故に表情で語る演技。
 ルイの病についてははっきりと語られない。 ただ、彼がゲイであることを家族がみんな知っているのと、原作となった戯曲から考えるとHIVの可能性が高そう。
 要所で登場する鳩時計のカットがポイントで。 つい「鳩時計」といってしまうけど中に入っているのは鳩とは限らないのですね(鳥ではあるけど)。 それを強烈に伝えてくるラストシーンにはこの映画のテーマが凝縮されているようだ。 鳩時計からもし飛び出せれば自由なのだろうか。 時計の中にいたことを覚えている限り、遠く離れても“家族”はすぐそばにあって逃げられないもので、もし逃げられるとしたら・・・。 
 それでもルイは、望む通りに生きた。 変わらない家族を前に悟ったように静かな笑みを浮かべ、すべてを受け入れた諦観を手にしたような彼の命が残りわずかだとしても。 あたしはそう信じたい。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする