2017年03月05日

ヒトラーの忘れもの/UNDER SANDET(LAND OF MINE)

 予告を観て・・・「やっぱり邦題に<ヒトラー>ってつけちゃうんだな」と思った。 実際にヒトラーは出てこない、本人も忘れ物をしたとも思っていないだろう。 ただ、そういう時代の話です、という説明のために引っ張ってこられたタイトルのような気がして。 多分原題は『砂の下に』(英題でも『地雷の土地』)って感じで、ヒトラーには触れていないのに。
 ちなみに、今年のアカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品(デンマーク代表)。

  ヒトラーの忘れものP.jpg 大人が残した 理不尽な任務。
     少年たちが見つけるのは、憎しみか 明日への希望か――

 1945年、5月。 ナチス・ドイツが降伏し、占領されていたデンマークが主権を取り戻した。 連合軍の上陸を防ぐため、デンマークの海岸にドイツ軍が埋めた150万個とも見られる地雷の撤去作業を、捕虜のドイツ兵にさせることが決まる。 とはいっても残されたのはほとんどがティーンエイジャーな少年兵で、デンマーク軍は急ピッチで地雷撤去方法をレクチャーし、広範囲にわたる海岸にいくつものチームを送り込む。
 その中のひとつのチームの指導・監督を任されたデンマーク軍の軍曹ラスムスン(ローランド・ムーラー)は過去に相当な因縁があるのか、ドイツ兵に対して敵意むき出しである。 相手が子供であっても関係ない。 国の立て直しのためデンマークにも余裕がなく、少年兵たちは食うや食わずで地雷撤去作業に従事する・・・という話。
 現在の目から見たら地雷は旧式。 だから信管を外すのもコツをつかめば簡単・・・なように思えもするんだけど、旧式故に誤作動の可能性は高いし、なにより作業する本人たちにとっては失敗したら死ぬわけで、戦場での緊迫感とは違えども、死と隣り合わせの状況は似たり寄ったり。 もうちょっとあとならば国際法で禁じられたことだろうに、戦後のどさくさにまぎれていろいろなことが行われていたんだなぁ、とため息。

  ヒトラーの忘れもの4.jpg 軍曹、結構いい大人なのに彼らに対して厳しく当たる。
 でも合理的に考えて、神経も使う肉体労働をさせるのだから最低限の食事は与えないとダメでしょ。 非効率的だし、それでミス連発して結果的に人手が足りなくなったらどうする(捕虜の数は無限ではないし、人数を補充するとなれば地雷撤去講習もイチからやり直し)。 となると、「ドイツ軍が勝手に埋めていったものなんだから、その後始末もドイツ人にさせろ」という一種の私怨が入っているんだろうなぁ、デンマーク自体に。 人間の感情としては当然だけど・・・組織としてはそれではいかんだろ、と思うわけで。
 また少年兵たちも敗色濃厚になってきたドイツ側が急遽集めた、みたいな感じで、ナチスドイツがなにかとか理解していないのではないかというくらい。 一人、最年長(といっても18・9歳くらい)が軍人意識を持っているくらいで、他はもう言われるがまま。 望みはただひたすら、この作業を終えて早く故郷に帰ることだけ。

  ヒトラーの忘れもの1.jpg 地雷掘り、手作業。

 現代とは時代が違うとはいえ、彼らの大半はせいぜい15・6歳といったところ。
 だいぶ前に観た『亀も空を飛ぶ』という映画(イランだったか?)でも子供たちが地雷撤去作業をし、信管を外した地雷を国連に引き取らせて生活費を稼ぐ姿が描かれていたけれど、あっちとはまた種類の違う痛々しさがこっちにはある(時代は近いし本来そんな危険な作業を子供にさせることは論外で、間違ってはいるが彼らは自分の意志でその仕事をし、その先に希望を見据えている)。 しかしこの映画の彼らは命令されてやっているし、「ドイツ人だから」とはいえ大人のしりぬぐいである。 くすんだ軍服もまた、彼らの非力さを引き立たせているようで哀しい。
 それにしても、よくもこれだけ地雷を埋めたもんだな! ドイツ人の勤勉さがいらないところに使われた。

  ヒトラーの忘れもの5.jpg ひとつ間違うと・・・。

 はじめは「失敗したら自分は吹っ飛ぶ」という危機感を持っていても、作業が順調に進んでいくと油断が生まれてしまうもの。 まして若者は、基本的に楽観主義的である。 事故が起こるのはそう遠くはないと思ってはいたが・・・容赦なくその姿を描写することに、残酷だが事実からは逃げないという制作者側の意図を感じた。
 仲間の一人がそんな目に遭えば、逃げたいと思うのは当然。 それでも彼らは作業を続行する。 弱っているものをかばい、いさかいが起これば全員で仲裁する。 具体的に逃げる手段がないのもあるけれど、彼らは彼らなりに責任を果たそうとしている。 そうすれば胸を張って国に帰れると思っているかのように。 そして母国の再建のために働きたいと願っているのである。 痛々しいを通り越して、切なすぎて悲しすぎる。
 そんな彼らに対して、軍曹もいつまでも冷徹でいられるはずもなく・・・もともといい人なんだろうな、とも感じるが、上層部に「子供が来るとは聞いていなかった。 大人の捕虜と変えてくれ」と言ったり、悪夢にうなされる彼らに「これが終わったら帰れるから」と声をかけたり・・・。
 状況が落ち着けば、非情でい続けられる人のほうがむしろ少ない(いるのならそれはある意味サイコパス)。
 人間性、というものを信じたくなってしまいますね。

  ヒトラーの忘れもの3.jpg そうして、いつしか信頼関係が。

 でも、それも束の間であるのが哀しい。
 地雷が埋まっていることを知らなければ、どこまでも続くような白い砂浜と青い海という美しい風景。
 しかし少年たちは細い棒だけを頼りに命をすり減らし、自分だけでなく仲間のことを思う。
 「逃げたい、もうこんなことはしたくない」とじたばたするのは生きたいという強い願いがあるから。 けれど、戦場と同じくここでも生と死は紙一重、自分の意志とは関係なく死ぬときは死ぬ、と悟ってしまった者は・・・。 休憩時間や、作業が終わって宿舎(という名の掘っ立て小屋)に戻れば命の危険はないわけで、むしろお喋りも自由だし睡眠時間も規定通りとれて規則正しい生活だし、その落差が余計に彼らの心をむしばむのではないかと。
 「戦争をはじめるのは簡単、けれどそれを終わらせるのは難しい」とよく言われるが、終わらせた後の始末のほうがもっと厄介。 物理的な始末も、感情のもっていきどころも。
 冷静に<戦争>を処理できるほど人間は成熟していない。 だからその手段を用いてはいけないのだ。
 人間ドラマ的要素のツボをしっかり押さえつつ、つねに緊迫感が漂う演出は見事でした。
 この映画のマーチン・サントフリート監督は長編作品がこれで三本目だそう。 デンマーク映画界、やはり力があるなぁ。

ラベル:映画館 外国映画
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2017年03月04日

また忘れちゃった!(魔の金曜日か・・・)

 あぁ、オザケンを見そびれ、「地上波テレビの番組表もチェックしないと!」と思っていたはずなのに、また忘れた。
 しかも、日本アカデミー賞を・・・。
 アメリカのアカデミー賞授賞式を見たとき、「あ、日本アカデミー賞もそろそろじゃなかったっけ」と思ったはずなのに!
 でも、今年はなんだかあたしの中で盛り上がりに欠けていたような気がする。 ノミネーションで<『怒り』が最多ノミネート>と聞いて「それは違うだろ」と思ったからなのか、去年の二宮くんの受賞スピーチ聞いて「気持ち悪い」と思ってしまったからなのか。
 もっとも、家に帰ったときはもう23時を過ぎていたので完全に間に合っていないわけですが(だからチェックをしていないから録画すらしていなかったという)。 ネット記事で詳細を知るあたし。

<最優秀作品賞>
『シン・ゴジラ』
 特撮映画としては初の作品賞受賞とのことですが・・・遅すぎた感もなきにしもあり?
 今年は東宝の番なんだっけ? まぁ、映画ファンだけのみならずブームになるくらい世の中を動かしたわけだし、311後の世界を正面から娯楽大作映画で描いたのも初めてかもしれないわけで、「去年を代表する映画」であることは間違いない。
 保守的な日本アカデミー賞会員が納得したのは興行成績は勿論だけど、エンドロールで読み切れないほどのキャスト・スタッフがいたからそれぞれ関係している人が多かったからでは(そして、過去の名作映画へのオマージュが功を奏したとか)。

<最優秀アニメーション作品賞>
『この世界の片隅に』
 まぁ、これも順当でしょう。 これで『君の名は。』がとったらネット荒れまくるだろうし、ご高齢な方が多いらしい会員さんたちにとってはアクロバティックな『君の名は。』よりは『この世界の片隅に』のほうがわかりやすかったでしょう。
 でもアニメの技術的にはどちらもハイレベルですからね。 制作により苦労した方に賞をあげたい、という気持ちもわかる。
 あたしはどっちにも心を動かされたのでどちらの受賞でもよかったですが、新海監督はまだ先が長いから。

<最優秀監督賞>
庵野秀明(総監督)/樋口真嗣(監督) (『シン・ゴジラ』)
 どっちか一人じゃないんだ〜。 庵野さんは所用のため当日受賞式を欠席だったらしいですが、多分、さぼったんだと思う。

<最優秀主演男優賞>
佐藤浩市 (『64−ロクヨン−前編』)
 なんか毎年登壇しているイメージがあるんだけど、最優秀は22年振りと聞いて驚く。 しかも2回目とか! もっともらってると思ってた!
 まぁ、『64』は佐藤浩市あっての作品なので、当然といえば当然かと。
 でも対象が前編ってのが微妙。 確かに前編のほうが出来はよかったけどさ、個々人の演技としては後編の方に光るものが多かったような印象が。

<最優秀主演女優賞>
宮沢りえ (『湯を沸かすほどの熱い愛』)
 今回、女優賞は層が薄かったんですかね、と思ってしまうノミネートでしたね(会員の人、ほんとに全部の映画観てるのか? 独立系作品は話題になったやつしか観ていないのでは。 年によってはあたしの方が観ているのでは?、と思うときがある)。
 これは最初からもう、宮沢りえ一択って感じ。
 不思議なことに、インディペンデント系作品で女優賞をとることは結構あるのだけれど、男優賞って傾向として難しいんだよね(そして男優はメジャー作品であっても舞台やモデル出身の方々はなかなか最優秀は獲れない)。 会員は男社会なのか。

<最優秀助演男優賞>
妻夫木聡 (『怒り』)
 とりあえず『怒り』にもなにかとらせておかねば、と思った結果、突出したのが妻夫木くんだった、という感じがしなくもない。
 というか『怒り』自体は群像劇なので、主演と助演の区別はできないと思うんだけど・・・全員助演か全員主演かだと思います。 パート的に妻夫木くんが助演で宮崎あおいが主演なのはおかしい。

<最優秀助演女優賞>
杉咲花 (『湯を沸かすほどの熱い愛』)
 これまた男社会のせいなのか若い女優がさくっと賞をとってしまうのも日本アカデミー賞ならでは。 杉咲花さんが素晴らしい演技力の持ち主だとわかっているので結果は順当ですが、微妙にもやもやしてしまうのは何故なのか(他に誰がよかったとかではなく、このノミネートの中ではここも彼女しかいなかったけど)。 ノミネート選考に問題あり、だな、こりゃ。

<最優秀脚本賞>
新海誠 (『君の名は。』)
 本家のアカデミー賞は脚本賞・脚色賞にすごく重きを置いているんだけれど、どうも日本アカデミー賞においては<残念賞>扱いのような気がするのよね・・・。 ほかの主要賞はあげられないからこれもらっといて、みたいな。

<最優秀撮影賞>
山田康介 (『シン・ゴジラ』)

<最優秀照明賞>
川邉隆之 (『シン・ゴジラ』)

<最優秀音楽賞>
RADWIMPS (『君の名は。』)
 最優秀音楽賞というか・・・日本アカデミー賞には主題歌賞がないからな。
 音楽は『シン・ゴジラ』もよかったけど、過去作品の音楽を使い回してるから?(でもそこがよいところなのに)
 まぁ、『君の名は。』は音楽と一緒に作った、みたいなことを新海監督も言っていたし、「映像と音楽の融合」という意味ではいちばん深かった?

<最優秀美術賞>
林田裕至/佐久嶋依里 (『シン・ゴジラ』)

<最優秀録音賞>
中村淳(録音)/山田陽(整音) (『シン・ゴジラ』)

<最優秀編集賞>
庵野秀明/佐藤敦紀 (『シン・ゴジラ』)
 と、技術系はひたすら『シン・ゴジラ』なわけですが・・・実はこれに限らず、作品賞に集中することが多いのですよね。 ほんとにそれぞれのプロが選んでいるの? すごさとかわかった上で選んでいるの?、という疑惑が毎年浮上するのはいたしかたないかと。 でも今回は、技術系総なめなのも納得できるのは、特撮作品だからじゃない?
 というか、技術部門をテレビ放送時間外に発表しちゃっているところがさ・・・軽視している感じがするよね(もしくは、「一般視聴者は役者以外に興味ないだろ」と思われているのかと思うとそれも腹が立つのだけれど)。

<最優秀外国作品賞>
『ハドソン川の奇跡』
 やはり日本アカデミー賞の会員は保守的というか、イーストウッドの映画が好きだよねぇ。 そのわりに前の『ヒアアフター』は無視しちゃってる感じとか、その保守性に一貫性とか主義主張を感じられないのが困ったもんだ。

<新人俳優賞>
杉咲花 (『湯を沸かすほどの熱い愛』)
高畑充希 (『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』)
橋本環奈 (『セーラー服と機関銃 −卒業−』)
岩田剛典 (『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』)
坂口健太郎 (『64−ロクヨン−前編』・『64−ロクヨン−後編』)
佐久本宝 (『怒り』)
千葉雄大 (『殿、利息でござる!』)
真剣佑 (『ちはやふる −上の句−』・『ちはやふる −下の句−』)
 この「新人賞」ってくくりもなんだか曖昧なんだよね・・・。
 あれ、高畑充希って『怒り』にも出てなかったっけ? あぁ、『怒り』で助演にノミネートされるべきもう一人は佐久本宝くんではなかったか。

<話題賞>
作品部門:『君の名は。』
俳優部門:岩田剛典 (『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』)
 ま、ここは一般人気投票だから・・・ジャニーズじゃなくてエグザイルなところが、時代の変化を感じますね。

 あぁ、来年は忘れなうようにしなきゃ。
 でも、ショウとしていまいちだから観客としていまいち盛り上がれないということも大きな事実なので。
 日本人は式典をエンタテイメント化できないという根本的な何かを抱えているのかもな・・・。

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2017年03月02日

流動体について/小沢健二

 先週の金曜日、レイトショーで『ラ・ラ・ランド』を観て帰った。
 そして家に着いてから、「Mステにオザケン出てた」ことを知ったのであった。
 ま、まじで?! ・・・がっかり。
 気持ち、天国から地獄ってこういうこと?
 あたしはあまり<渋谷系>を聴いてこなかったのですが、ソロになってからの小沢健二にはがっちりはまりまして(『犬キャラ』『球体』もいいけど『LIFE』はもう奇跡としか言えない名盤!)、その後も細長いCDシングル全部持ってた(今は実家に置いてあるけど)という世代です。 あぁ、カラオケで『ラブリー』・『さよならなんて云えないよ』・『強い気持ち 強い愛』とか歌ってたなぁ。 好きではあったけど大ファンと公言できるほどでもない、まさにリアルタイム青春!
 ・・・というわけで、新曲を注文しまして、届きました。

  オザケン流動体について.jpg あたかもLPレコードのような体裁。
     そういえば、シングルレコードってこんなサイズだったっけ?
     こういうのは楽しいんだけど、あとあと、片付けにくい・・・。
 『球体を奏でる音楽』のジャケットを思い出しちゃうよね、やっぱり。

 ドキドキしながらプレイヤーにセット。 カナル式イヤフォンを装着して、スタートボタン。
 オザケン、声が低くなってるじゃん!
 すみません、まずそう思っちゃいました。
 でも、歌詞やサウンドの指向性は『LIFE』の延長線上。 当時の焼き直しでもなく、明らかに19年の歳月を積み重ねた成熟を押し込んでくることもなく、ちょっと先、そして今。 そんな感じが実にオザケンらしい。
 一曲目、流動体について。 二曲目、神秘的。 そのあとにそれぞれのインストが収録されています。
 『流動体について』のインストを聴いたとき、涙が流れてくるのを止められなかった。
 このきらきらしていてわくわくする、なおかつ美しいサウンド。 これこそがあたしの好きなオザケンそのものじゃないか!
 少し低くなった声、くすんだように感じたヴォーカルに惑わされてしまっていたけれど、全然変わっていないのだ。 そう感じてから聴き直したら(4曲リピート設定にしていた)、ヴォーカルの弱さが気にならなくなった。 19年もたっているんだもん、ちょっとは変わるよね!

 楽曲しか聴いていないのでよくわからないんだけれど、シングル『愛し愛されて生きるのさ』を出すとき、彼はあえて「ポップスターになろう」という覚悟を持ってメインストリームに出たのではないかと思っている。 そうでなければあれだけテレビに出たりCMソングも引き受けなかっただろうし、ライヴも精力的に行わなかっただろう(日本の音楽界がいちばん売れている時期にかぶっていたとはいえ)。
 彼が言い出したわけではないのに「ナルシスト」だとか「王子様」とか脇から言われてもまったく気にしてない風に見えたのは、それがポップスターの宿命だとわかっていたから(むしろナルシス度をキャラとして、その落差も踏まえて売りにしていたのは西川貴教であり、自ら王子と名乗ったのは及川光博である)。 ポップスを体現する者として、その成果が筒美京平とのコラボであったなら、そこがポップスターとしての終着点。 覚悟していたとはいえ、いろいろ言われてつかれただろう、と小娘でしかないあたしから見てもそう思えた。
 だから彼が「降りた」のはある種の必然だった、綺羅星のような短い期間で凡庸なアーティストが一生かけてもできないことを成し遂げたのだから。 あたしは<青春を共にした思い出の曲>だったはずの曲たちが自分の中に驚くほど深く入り込んでいることに気づき、オザケンのすごさを遅ればせながら理解したのだ。 だからこそ残された曲たちを大事にするしかないと思っていた。 ポップスターとしての彼は、もう帰ってこないと思ったから。 世界を旅して、国際結婚して、というのは本来彼が求めていたのかもしれない「コスモポリタン」な生き方で、それもまた実にオザケンらしいと思っていたから。
 でも、こういう形で新曲がリリースされると、彼はまた再びポップスターとしてメインストリームに立ってくれるのかしら、という希望を持たずにはいられない。 ポップスターといってもあの頃とは種類が違うだろうけど。
 しまった、リピートが止められない。

ラベル:邦楽
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2017年03月01日

今日は5冊。

 もう3月ですよ! どうしましょう!
 通勤電車の窓から見える桜の木が、樹皮が赤くなってきているのが見える!
 あぁ、もう春なんだ、冬は終わりなんだ〜!

  続数寄です!2.jpg 続 数寄です! 女漫画家東京都内の数寄屋で暮らす 弐/山下和美
 まさか最終巻だとは思いもしなかった・・・この連載はライフワークとして(多少間があきつつも)ずっと続いていくものだとばかり。
 でも実際に家が建っちゃって、暮らし始めてしまえば、日常(というか仕事と締切)に追いまくられる日々になってしまうのはわかる。 そこからネタを拾い続けるのも限界があるよなぁ、というのを読んでしみじみ納得。 だって内容はほとんどお父上の昔の家の改築話とか、蔵田さんの新しい仕事のこととかだもの。
 マンガ家さんのエッセイって面白いんだけど、テーマを決めてしまうと続けるのが難しくなっちゃうのかなぁ。
 まぁ、作品で勝負したい、という気持ちが強いからだろうけど。
 でもこのシリーズで、日本家屋の奥深さを改めて知りました。

  パパトールドミーココハナ05.jpg Papa Told Me 5/榛野なな恵
 雑誌<ココハナ>に連載が移ってから単行本5巻目。 とはいえ作品中の世界の時間はそれほど流れていない。
 相変わらずの知世ちゃんとおとうさんの日々。 もうあり得ないレベルに来ていますが、それを特殊な世界だと認識しないことがこの作品を楽しむための心得、というか。 要は、ファンタジーなんです。 だからなんでもありなんです。

  青鉛筆の女.jpg 青鉛筆の女/ゴードン・マカルパイン
 タイトルから、これも埋もれた古典の復刻かと思っていたら・・・まごうことなき新作。
 しかもMWA候補作で、「書籍、手紙、原稿で構成される凝りに凝った長編ミステリ!」だという!
 そんなこと書かれたら・・・期待しちゃいますよ。

  秘密だらけの危険なトリック.jpg 秘密だらけの危険なトリック/ジョン・ガスパード
 <マジシャン探偵>シリーズ第2弾。 とはいえ「ぼく」の語りで進んじゃうユーモア・ミステリ。
 こういうライト感のあるものも好きなんです。 いつも重厚なものばかりだと心も重くなるし(でもそんなずしりとくる重さも好きなんだけど)。
 ま、結局、面白ければジャンル関係ないのです。

  紙片は告発する.jpeg 紙片は告発する/D・M・ディヴァイン
 ディヴァイン新作(というか未邦訳)、来ました!
 「ディヴァイン究極の技巧!」だそうですよ! 訳も中村有希さんだし、これまた期待しちゃうじゃないですか。
 ・・・あたしは東京創元社に年間いくら使っているのだろう(でも出ている本を全部買っているわけではないのよ)。 でもそれだけ(それ以上)の見返りをもらっているので、今後も買い続けますよ。

ラベル:新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする