2017年02月04日

MERU /メルー

 今年2本目の映画は、ドキュメンタリー。 しかも山モノ。
 メルーとはヒマラヤ山脈にある山のひとつ。 その中央峰・別名<シャークス・フィン>はその名の通りサメの背びれのような断崖絶壁で、これまで多くのクライマーたちの挑戦を阻んできた。 今回、コンラッド・アンカーが中心となり、ジミー・チン、レナン・オズタークという3人のチームでシャークスフィン完登を目指す過程を、山岳写真家でもあるジミーが自らカメラを回して記録したものを編集したのがこの映画(とはいえ、ジミーの登攀シーンもあるので3人が交代でカメラ担当になったのでしょう)。
 あたしは「シャークス・フィンは山じゃなくて崖だよ!」と思ってしまう派ですが、登る方々にとっては山みたいです。

  メルーP.jpg 理由がないから、夢がある。

 「何故(ときには自分の身の危険を顧みず)、山に登るのか」という問いは意味のないものだとあたしはやっとわかってきました。 あたしが観るものを決めて映画館に足を運ぶように、本屋で本を選んで読み始めるように、彼らは登る山を決めたら計画を練り、実行に移す。 それはもはや理由が必要なことなんかじゃなくて、日常の延長、習慣のようなもの。 ただやはり彼らはプロなので、素人登山の延長のような方々とは覚悟が違います(なので完全素人のあたしから見ると、「この人たち、頭がどっかおかしい」と感じてしまう。 しかし山程本を買い込むあたしの姿もそうじゃない人から見れば「どっかおかしい」のであろう。 常識は、その母集団によって変わる)。
 このチームによるメルー(というかシャークス・フィン)のファーストアタックは2008年、映像もそのあたりから始まる。 実際の登山映像と、あのころを振り返った現在の関係者インタビューが交互に繰り返される、ドキュメンタリーとしては定番の構成。
 ジョン・クラカワーが解説役として登場したのは驚いた。 しかも結構出番多いし! 雑誌『アウトサイド』が各種見られたのも興味深かった。 けれど、ジョン・クラカワーはあたしの記憶(『荒野へ』の著者近影)とはかなり違っていて、かなり白髪の目立つ短髪のおじさまになっていた! 最近のお仕事は山からだいぶ離れてきているけど、やはり彼の名前には影響力があるということだろうか(映画を最後まで観たら、関係者全員のことをよく知る人物としてキャスティングされたのかなと思った)。

  メルー4.jpg 岩壁にテントを吊ってそこで寝泊まり。
     たとえ高所でも地に足がつかないってなんかいやだな。

 メルーの標高は6250mほどなので、8000m級に比べれば高所順応は楽であるようだ。 一日の食事量も「えっ、そんなんで足りるの?」という感じだし。 とはいえエベレストなどと違ってベースキャンプが整っているわけでもなく、車なりが入れる道が近くまであるわけもなく、シェルパも雇えない。 すべて自分たちだけで、という意味では3人チームではあるけれど、準備や持ち物は単独行に近いものがある。 こんなにカラビナを腰にぶら下げている人、初めて見たよ!
 「シャークス・フィンの登頂(登攀)にはすべての技術が必要」とのこと。 まず必要最低限の荷物を自力で運びつつふもとまで歩いていかなければならない。 まだ雪が残っているから雪山登山のキャリアが必要。 雪崩が起こる危険性もある。 いざ雪(ときどき氷)がなくなってきたかと思えば、そこは層ではがれる花崗岩のかたまりがのっかっている、足場もクラックもないほぼ直角の壁。 ピックの打ちつけ方を間違えば瞬時に崩落の危機。 前人未到だからこそルート構築もイチから自分で。 短期集中で一気に登るのがいちばんいいと誰もが感じるが、遮るものもないので風が吹きつけ、天候によっては一日で60mほどしか進まないことも。 悪天候になったらテントから出ることもままならない。 単独行では体力がもたないけれど、パーティーを組むほどの余裕もない。 同じような確かな技量を持つ3人というのが、バランス的にもいい選択かも(交代で先頭に立てるので体力の温存も可)。

  メルー2.jpg 遠くから見れば美しい光景ですけど・・・。

 で、山をやっているとみなさん飾り気がなくなるのか、結構赤裸々になんでも喋っちゃう。
 ファーストアタックは結局失敗に終わり、もうメルーはこりごり、とみんな思うのに、心はそこにとらわれたまま。 それだけ一流のクライマーである彼らにとっても強烈な体験だったのか。
 何故メルーなのか、はコンラッドの師匠であるマグス・スタンプの夢だったからだったり(マグスはその前にデナリで遭難死した)、そしてコンラッドはアレックス・ロウというパートナーとずっと山に登っていたんだけれど(二人は1999年のマロリー・アーヴィン調査遠征の一員でもあり、マロリーの遺体を発見したことで有名になった)、アレックスもその後、山で命を落とす。 コンラッドにとっては自分の為でもあり、今は亡き二人の為でもあったんだろう(しかし驚いたのは、コンラッドの夫人という立場でインタビューに答えていた女性が、後半になって実は以前はアレックスの妻だったと告げた場面であった。 大事な人を失くして支え合った結果愛が生まれるとは小説やドラマではよくある話だが、現実にもやはりあるのね)。

  メルー3.jpg そして3年後、再挑戦することに。

 でもその3年の間に、レナンは山スキーの映像を取る際に転倒し、頭蓋骨の開放骨折他の大怪我を負い、入院。 半身不随の危機だったが、「メルーに行く」を目標にリハビリを黙々と続け、医者もびっくりの驚異の回復を見せる(インタビュー時のレナンの様子がファーストアタックのときと違って見えたのは、この事故の後遺症によるものだったとここでわかる)。 一方ジミーは雪崩に巻き込まれかけ、文字通り九死に一生を得た。 漠然と感じていた<死>を間近に見たことで、二人の心境が変わっていくのも興味深かった。
 特にジミーは中国系移民のアメリカ人で、親の言うことは絶対という中国人的な感覚が残っている。 母親に心配かけるのが心苦しかったので、母親が亡くなってからふっきれて山に向かうことができたという言葉には、アジアの人間には共通する感覚かも・・・と思わされた(それを「ひどい」と思う人もいるでしょうが、でも本当に彼の正直な気持ちだと思う)。
 そんなわけで、様々なリスクを抱えてのセカンドアタック。
 これは山登りの映画だが、山を登る人の映画でもある。 むしろ、結果的に後者の方が印象に残ってしまうという、つくり手の希望とはもしかしたら違う形になって決まった映画。
 でもそれがドキュメンタリーだって気がする。
 これは大スクリーンで観た方が、迫力がある! 公開館少ないですが、上映期間も短いですが、なんとか観に行けてよかった。
 パンフレットも買っておけばよかったかなぁ・・・ちょっと後悔。

posted by かしこん at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする