2017年02月28日

第89回アカデミー賞授賞式

 今年もあっという間にやってきてしまいました、アカデミー賞授賞式。
 WOWOWで衛星生中継を録画し、夜9時からの字幕版放送も観てしまったあたしはヒマか?!、であるが、なんかこういうのってやっぱりお祭りだから、見ておきたいなぁと思うのです。
 それにしても、WOWOWのレッドカーペットの生中継での板谷由香さんのはしゃぎっぷりにはちょっと困惑・・・俳優のみなさんをガンガン呼び捨てで声かけるってありなのか? アメリカならOKなのか?、とハラハラしてしまいました。 尾崎英二郎さんがちゃんとしているから余計に(受賞式終了後には板谷さんは冷静になったらしく、「お見苦しいところを・・・」といっておられたのでご自分でもはしゃぎ過ぎたと反省されたのかもしれない。 それとも視聴者から苦情が出たのかしら?)。
 本放送のCM部分を日本の放送でつないでいるのだけれど、ジョン・カビラの安定感は相変わらず素晴らしいのであるが、ゲストによって雰囲気が毎年変わってしまうのが難・・・大友啓史監督で、今年のゲストはよかったのでしょうか? 基本タメ口な態度とか、自分の過去作品でいろいろやらかしている経歴でノミネーション作品に対してどうこう言える立場か?!、と思ってしまうのはあたしの性格が悪いからですかね・・・ますます好きじゃなくなったわ。 『3月のライオン』、実写版は神木くん大好きだけど絶対観ないわ! 実は予告編で泣きそうになっちゃったんだけど、それはマンガのシーンが蘇ったからであって。
 ジョン・カビラが大友監督に気を遣ってコメント多めに振るせいで、町山さんのコメントが例年よりも少なかった印象・・・斎藤工は自分の好みがはっきりしているから、独自ポジションを確立してるけど。
 WOWOW側も独占放送権をとっているというだけで満足しないで、もうちょっと工夫を!(いや、毎年それなりにしているんだろうけど、空回り感がなきにしもあらず)。 だって、生中継版をわざわざ見る人たちって、それなりの映画ファンが多いと思うのですよ。 一見さんを取り込みたい気持ちもわかるけど、そういう人たちは字幕版を見るでしょう。
 あたしは、同時通訳のみなさんのがんばりを聴くのも楽しみなので、生中継も観つつ、のちに字幕版で内容を補完という視聴形態がずっと定着しています。

 では、授賞式を振り返ります。 今年は信じられないハプニングがあったので話題はそればっかりになっちゃってますが、そこに至るまでにいい場面はいっぱいあったのです。
 普段は司会者が登場してひとしきりスピーチ、というパターンだったのだけれど、何故か今年はいきなりジャスティン・ティンバーレイクのパフォーマンスからスタート(歌曲賞ノミネート)。 「グラミー賞か!」と思ってしまった。
 司会のジミー・キンメル氏は授賞式を放送しているテレビ局でトークショウのホストをしている方らしく、コメディアンではないが安定した司会進行ぶり。 実際にはもっと毒舌キャラらしいですが、結構控えめだったかなぁ。 「今、アメリカは(トランプ大統領のおかげで)世界中から嫌われていますが、リベラルだろうが保守だろうが、お互いのいいところを認め合い、共感できれば私たちはまた自分たちが誇れるアメリカ人になれます」といったまともなコメントもところどころでしていたし(向こうのエンタメ業界の「常識」として、彼とマット・デイモンは“宿命のライバル”という設定らしく、「長らく不仲であった彼にも歩み寄るとお約束します」と言いながらマット・デイモンをおちょくり倒す−そしてマット・デイモンもそれを受けて立っている姿は、外国人から見たら内輪受け以外の何物でもないんだけど、でもなんかちょっと面白かった)。

<助演男優賞>
マハーシャラ・アリ (『ムーンライト』)
 今回、「ノミネートされるまでほぼ無名」と言われていた彼ですが、あたしは彼の顔をものすごく見たことがあって、しかも記憶の中で日本語を喋っている。 あ、結構長くドラマで観ていた人だろうな・・・と考えていたら『4400−未知からの生還者』に出ていた人だ!、と思い出せてすごくうれしかった。 ニューヨーク大学演劇科出身という経歴通り、その語り口には知性と品格が感じられました。
 これからどんどんオファー増えるんだろうな!

<メイクアップ&ヘアスタイリング賞>
『スーサイド・スクワッド』
 ぱっと見た目のインパクトでは『スター・トレック/ビヨンド』の感じがしましたが(異星人たちのメイク造詣がとにかく凄い)、ハーレイ・クインのビジュアルがブームになったせいもあるのかなぁ。

<衣装デザイン賞>
『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』
 時代モノっぽさは確かにありましたが、基本はブリティッシュ・トラッドだったような(予告編での印象)。
 「アメリカ人、イギリス文化に弱い」がここに出たか・・・的な?

<長編ドキュメンタリー賞>
『O.J.: Made in America (原題)』
 O.J.シンプソン事件からもう20年もたっている、ということが驚きでしたわ・・・。
 根底には人種差別問題が、というテーマのようですが、結局事件の犯人は誰なの?、というところが非常に気になります。

<音響編集賞>
『メッセージ』
 作品賞ノミネートの中で、個人的にはいちばん期待している作品なのですが・・・俳優賞にノミネートされていない現状から、技術方面の賞が多いのだろうと思っていましたが・・・やっぱりそんな感じでしたね。
 でもあたしは絶対、これを観に行くぞ!

<録音賞>
『ハクソー・リッジ』
 メル・ギブソン監督作にしてハリウッド復帰作品。 数々の悪行(?)で一度干された方ですが、こういう形でハリウッドは赦しを与えるのでしょうかね。 でも『ハクソー・リッジ』という直接カタカナ変換のタイトルでは、全然内容のイメージがわかないんですが・・・(太平洋戦争における沖縄戦が舞台らしいのだが)。

<助演女優賞>
ヴィオラ・デイヴィス (『フェンス』)
 ノミネーション時の『Fences(原題)』から表記が変わったので、日本公開が決まったみたいでよかったです。
 ヴィオラ・デイヴィスさん、あたしは大好きなので受賞はとてもうれしい! ほんとは『ヘルプ』でもらっていてもよかったぐらいだ。 町山さんは彼女のことを「大ベテラン」と言っていたけど、多分映画のキャリアはここ10年ぐらい・・・舞台の方だったのかなぁ。
 そしてスピーチも感動的だったのです!
 「どんな役柄を演じたい、どんな作品に出たいかよく聞かれます。 私はその答えは墓場にある、と答えます。 名もなき人々の知られざる物語がそこには数えきれないほど眠っている。 この作品もそんな物語のひとつです。 それを表現できるアーティストという職業につけたことが私の誇りです」
 そしてデンゼル・ワシントンに「私のキャプテン」と敬意を表し。
 沢山の人の名前を並べまくってスピーチとする人よりも、やはり自分の言葉で語る人のスピーチには心打たれます。 ちょっと泣いちゃった。
 受賞式後のアフターインタビューで、彼女が現在51歳であると知り・・・びっくり(役柄上では老け役をバンバンやっていることもあり、こういう授賞式の場で観る姿は若々しくて肌きれいだし、あたしの中ではずっと年齢不詳でした)。 てことは『ヘルプ』のときは40代か! 70歳近いぐらいの感じだったけど。

<外国語映画賞>
『セールスマン』 (イラン)
 ノミネーション時では気がつかなかったのですが、『別離』の監督さんじゃないですか。 てことは最有力候補じゃないですか。
 しかしトランプ大統領の指示で「入国できない七カ国」のひとつに指定されているイランから監督は入国できず、アカデミーが裁判所に掛け合って特別入国措置をとりつけたらしいですが、「それでは他の方々に申し訳ない」と授賞式を辞退。 しかし受賞、という結果。
 あたしが思っていた以上に、アメリカはめんどくさいことになっているらしい。

<短編アニメ映画賞>
『ひな鳥の冒険』
 ノミネート作品を紹介した短いフッテージの中でも、この映像は飛びぬけて綺麗だった。 ちゃんと全部観たいな・・・そのうちWOWOWが特集してくれるかもしれないから、それを待とうか。

<長編アニメ映画賞>
『ズートピア』
 ま、これしかないですよね。 <多様性・あるがままの自分を受け入れる>というのが今ハリウッドがアメリカ国内のみならず全世界に発したいメッセージ。 それがそのままこの作品のテーマなのだから。 勿論、ディズニーとピクサーが総力を挙げて制作した、というのも大きいですが。

<美術賞>
『ラ・ラ・ランド』
 このへんから『ラ・ラ・ランド』が出てくるように。 最多ノミネートといっても票は分散されるから、結果的に意外と賞は獲れていなかった、というパターンもあるので「最多ノミネート」というのはよろこんでいいのかどうなのか。
 美術賞は、あの色使いや小道具等含めて時代を感じさせない結果、という解釈でよいのかしら。

<視覚効果賞>
『ジャングル・ブック』
 ジャングルの動物たち、オールCGだもんね・・・これは当然かな、と思います。 予告編でしか観てないですが、動物たちすべての動きがすごかった。 逆に子役の子は一人でどうやって演技したんだろうな、と思うくらい。

<編集賞>
『ハクソー・リッジ』
 戦場もので編集賞ということは、さぞ迫力ある展開なのでしょう。 『プライベート・ライアン』、越えるくらいの? それとも別方向アプローチ?

<短編ドキュメンタリー賞>
『ホワイト・ヘルメット−シリアの民間防衛隊−』
 こんなにも短編ドキュメンタリー賞で「この作品で当然!」みたいな雰囲気、初めて見たような気がする・・・。
 それだけ、アメリカでは注目を集めている題材なのだろうか。

<短編実写映画賞>
『合唱』
 歌うことでどういうことが? しかも独唱ではなく合唱。 これもコミュニティとかコミュニケーションの話かしら。 気になる・・・。

<撮影賞>
『ラ・ラ・ランド』
 あ、色合いとしてはこっちの方なのかな? 技術系の賞はどのへんがポイントなのかいまひとつわかりにくい。

<作曲賞>
『ラ・ラ・ランド』
 デイミアン・チャゼル監督がハーバード出だということは前に聞いたことあったけど(そしてピアニストとして挫折した過去があるとも)、大学の寮の同室だった人が『セッション』でも組んで音楽を担当していたとは知らなかった。 そんな時代を一種に過ごしていたら、相手の好みとかかなり理解できるし、その後も関係が続いているならばほんとに「よき理解者・体現者」だろうな。 このコンビ、しばらく続きそう。
 そんな二人が別々に仕事をするようになったら・・・また新たな世界が開けるのかも。

<歌曲賞>
“City Of Stars” ( 『ラ・ラ・ランド』)
 授賞式のパフォーマンスでジョン・レジェンドがこの曲を歌っていて気がついた。
 映画で彼に気づかなかったのは、ギターを弾いていたからだ! ジョン・レジェンド=ピアノ・キーボードのイメージでした。
 『モアナと伝説の海』の曲もよかったけれど、音楽賞獲っちゃったら歌曲賞(主題歌賞)もこっちになっちゃうよね。 曲としては地味なんだけど。

<脚本賞>
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
 「これは自分たちの生まれた町の話だ!」と脚本を読んで惚れこんだマット・デイモンがプロデュースを買って出て(実際、脚本・監督のケネス・ロナーガンはマット・デイモンとほぼ同じ地区の出身らしい)、ケイシー・アフレックに主役を頼んだとのこと。 アメリカの貧困層(特にホワイト・プアと呼ばれるあたり)のリアルさが出ているのでしょうか。 これもまたアメリカの現実で、このあたりの人たちがわりとトランプ支持者だったりするわけで・・・。
 司会者に「マット・デイモンは心が広い。 この映画の主役を自分が演じることもできたのに、幼馴染のケーシー・アフレックに譲って、自分は『グレイト・ウォール』で大コケしてるんだから」とやられてましたが、マット・デイモンではこの主役には年齢が上過ぎるという客観的判断でしょう。 でも確かに、マット・デイモンが万里の長城の映画に出ていると言われても、観たい気はしない。

<脚色賞>
『ムーンライト』
 もともとは舞台用戯曲であるらしい『ムーンライト』。 まったく新しい脚本ではなかったんだ、ということに驚きましたが・・・。
 通常、脚本賞か脚色賞をとった作品から作品賞が出るという傾向が多いので、あたしはこの段階で「作品賞は『ラ・ラ・ランド』ではないのかも」と感じていました。

<監督賞>
デイミアン・チャゼル (『ラ・ラ・ランド』)
 だからその代わりといってはなんですが、監督賞を『ラ・ラ・ランド』の人に、という流れかと。
 仕事が段取りが8割。 カット割りなしのオープニングのミュージカルシーンなどをやっちゃえる力は、若さ故なのかも。 監督賞最年少受賞とのことですが、若い時だからこそできることがあるわけで、それを評価できるアカデミー、やはり敵が外にいるせいか例年以上に保守色が薄まっているようです。 しかしこうなると、『グランドピアノ 狙われた黒鍵』の脚本は彼の黒歴史になってしまうのかしら・・・。

<主演男優賞>
ケイシー・アフレック (『マンチェスター・バイ・ザ・シー』)
 ベン・アフレックの弟、という認識が先行しているせいか、「手間のかかる弟」キャラが多かった彼。 今回もいろいろこじらせてしまっている人の役っぽい。 受賞スピーチも「役柄がまだ抜けていないのか?」というおたおた感がありました。 そんな弟の姿を見る兄は涙目でしたが、ほんとこの二人、同じようなルートを通っているのよね。 貧困層にある家から抜けだそうと映画界に → 評価されてスター扱いされるようになったらいろいろとやらかす → いい仕事がこない・干される → やけになってどつぼにはまり、好感度下がる → 反省して再起をかける → それが評価されて反省・感謝の日々で立ち直る、みたいな。 若くして売れちゃうと大変だな、としみじみします。 苦労してから売れたほうがいい、とジョージ・クルーニーも言ってましたからね。

<主演女優賞>
エマ・ストーン  (『ラ・ラ・ランド』)
 消去法でいってもエマ・ストーンしか残らない、という今回のノミネーション。 主演女優賞の層が薄かったのかと思ってしまうが、『メッセージ』のエイミー・アダムスや『ヒドゥン・フィギュアズ』のタラジ・P・ヘンソンなどいるではないか。 どういう投票のされ方なの?!
 しかし彼女は若いが苦労人である。 獲った仕事ひとつひとつに全力投球、その姿が『ラ・ラ・ランド』のミア役にかぶるところがあったのかも。 でもスピーチは謙虚さにあふれていて、ミアのような「イヤな女感」はなかったですよ!

<作品賞>
『ムーンライト』
 前代未聞のドタバタ劇の末、『ムーンライト』が作品賞を獲得。
 本来、ステージ上に出てはいけない人たちが現れたり、周囲から中央へとざわざわの正体が広まっていく様がちょっと面白かったですが。 うれしさのあまり泣いちゃってたエマ・ストーンが途中から真顔になり、「オーマイガッ」と口が動いているのが見えてしまった。
 『ラ・ラ・ランド』のプロデューサーが「僕から是非オスカー像を渡したいけどいいですか」という姿はとてもかっこよかった!
 しかし残念なのはウォーレン・ビーティ。 違うカードが入っていることに最初から気づいてたのに、全然事情をわかっていないフェイ・ダナウェイに見せちゃったのが運のつき。 バックステージの人になんとか合図を送れなかったのか(いや、カードを渡し間違えた人がいちばん悪いんだけど、そこをうまくフォローしての大ベテランだろう、とも思っちゃう)。 そうすれば『ラ・ラ・ランド』関係者のみなさんにぬかよろこびをさせなくてすんだのに。
 そしてざわざわの結果、『ムーンライト』の受賞スピーチがいまいち伝わり切っていないのも残念・・・(授賞式後のアフターインタビューでフォローはされていたけれど、やっぱりあのステージで話すことに意義もあるわけじゃない)。
 まぁ、結果的にこの二作品に日本からもすごく注目が集まっている、というのはいいことなのかもしれないですが。
 つつがなく物事を終えることが普通のようでいてとても大事、ということを改めて思い知らされました。

 全体的に、今回は受賞者のみなさん若いな!、という気がする(スタッフ含む。 年齢的な意味だけでなく、キャリア的にも)。 初ノミネートで初受賞、というパターンも目立ったし。 あれかな、ディカプリオをこじらせちゃったことに対する反省?
 勿論、賞の結果がすべてでも絶対でもなく、単なるお祭りなわけですが、今回の授賞式ほど「今のアメリカと世界」を映し出したものはないかも。 来年はどうなっているだろう・・・楽しみです。

ラベル:アカデミー賞
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月26日

虐殺器官/GENOCIDAL ORGAN

 <Project-Itoh>、有終の美。
 『屍者の帝国』のあと公開されるはずだった本作、完成直前に制作会社が倒産し、急遽『ハーモニー』が繰り上げて公開。 完成中止も危ぶまれたものの、プロデューサー自らが新しい制作スタジオを立ち上げて、一年数カ月遅れでようやく公開にこぎつけた・・・アニメ業界はいろいろ大変だとは聞いていたけれど、こういうときにそれを見せつけられるとは。 でも頓挫せずに完成させてくれたことに、まずは「ありがとう」という気持ち。

  虐殺器官P2.jpg 殺戮本能を呼び覚ますこの言葉に、君は抗えるか。

 西暦2025年、サラエボでテロリストによる手作り核兵器が爆発し、町は壊滅する。 それを契機に、テロはそれを仕掛けてきた人物たちがいる国や地域で内戦や紛争という形で顕在化する。 アメリカ軍の特殊部隊大尉クラヴィス・シェパード(中村悠一)は、開発途上にあるそんな国々で頻発する紛争や虐殺の背後に存在する、ジョン・ポール(櫻井孝宏)という謎に包まれた男の存在を知らされ、彼の捕獲作戦を命じられる。 クラヴィスは相棒のウィリアムス(三上哲)とともに特殊暗殺部隊を率いて彼の行方を追跡していくが、“殺戮の王”と呼ばれる彼の正体がそもそもつかめない。 彼と関係があったと思われるチェコ語指導のルツィア(小林沙苗)に近付くことにするが・・・という話。
 冒頭、三人称視点で物語が進むことにびっくりした(原作が「僕」による一人称のため)。 クラヴィスが登場してからは「僕」のナイーブな語りですさまじいことが展開されるのであるが、そのギャップが原作通りで(むしろ、「おぉ、あの描写を映像化するとこうなるのか?!」という意外性が強くて)、あたしは個人的に『屍者の帝国』のときのようなわくわく感に包まれた(いや、物語的にはワクワクする話じゃないんだけど・・・)。

  虐殺器官2.jpg 戦闘シーンのすさまじさと美しさには、つい目を奪われる。 虐殺というタイトルなれど、R15+の容赦ない描写もあれど、「戦いのむなしさ」もまた究極的に描かれる。

 なんでも、最初は村瀬修功監督、『ハーモニー』をオファーされていたそうであるが、諸般の事情で『虐殺器官』を担当することになったとか。 一年8ヶ月待たされるんだったら、どっちも村瀬監督で観たかったなぁ!、という気持ちになってしまった。 いや、このタイムラグはそういう意味で生まれたわけじゃないけど。
 それくらい、原作を読んだ人の解釈をそのままこの映画でも引き継げるように、という心配りが感じられ、あたしは別の意味で「胸アツ」になりました。

  虐殺器官1.jpg クラヴィスの軍人には似つかわしくない繊細さがしっかり表現されていることで(しかも展開上そのことに違和感を抱かせないあたりで)、すでに及第点なんだが。

 原作が発表されてもう10年以上。 時代設定はそこでは明確にされておらず、「おそらく2020年代?」という感じだった。 しかし映画となった時期はもう時代設定が近未来ではなくなり、そして物語自体も絵空事ではなくなっている。 伊藤計劃の描いた未来に世界は近づいてしまったのか、それとも伊藤計劃が明確に未来を予測していたのか。 
 それ故にか、ここまでかなり忠実につくってきたのに、希望と絶望がないまぜになったラストシーンを映画では変更。 希望が先行するものになっていた。
 だからこそ、この映画単体で観たときの満足度は高く、もしかして原作に挫折した人はこれを観てから読み返すと容易に理解できるのではないか、という完成度。
 だから、この世界観のその後となる『ハーモニー』を同じ監督でつくってほしいと思ってしまったのだ。 この<希望>がその後の世界にどう反映されたのか、知りたかったから(マイケル・アリアス監督の『ハーモニー』が原作と違う解釈になっていたので余計に・・・かもしれない。 別に原作通りにつくらなくてもいいのだが、その場合、原作を別方向に大きく凌駕しないことには責められる、というリスクが伴うのです)。

  虐殺器官4.jpg 美しい背景と人物の絶妙なミックス感、素晴らしい。
 そして“軍人なのにナイーブ”というクラヴィスの二面性を涼しげな目元とともに好演した中村悠一と、それとは逆にいつも以上に骨太な演技で攻めてきた三上哲(彼のほうが傲慢ながらその奥にあるナイーブさを表現するのがお得意なのだと思っていたので)のお二人のコンビ感と、ジョン・ポールの得体の知れなさを補強する年齢不詳感、大塚明夫さんら脇を固めるベテランの方々の多さ(Project-Itoh作品の中でもこれが群を抜いて登場人物が多いので)もまた満足感を高めてくれたかと。

  虐殺器官P1.jpg 最初のポスター。
     「2016年11月13日ロードショー」の文字が泣ける。

 「声の仕事はプロ声優に」と言っちゃうといろいろ各方面から論争になってしまう話題なんだけれど、とりあえずあたしは「舞台を経験した人ならば声の演技の根本をわかっている人だと思うので、舞台経験のある人ならばOK。 あとは監督の演技指導次第」だと思ってます。 場数踏めばうまくなるはずだし、声優未経験で主要キャラに抜擢されたら不安しかないけど、早くから経験積んでもらえれば。
 なにしろあたしは声優といえば広川太一郎・羽佐間道夫が両巨頭という世代なもので、<声のお仕事>に対する要求はとても高い。 最近のアニメはあまり見ていませんが、海外ドラマは大概吹替版で観ているので外画を主に吹き替える方ならばよく知っている(それに、詳しい人に聞いたところ、外画吹替えの方々はキャリア中堅以上だということなので・・・そりゃみなさんうまいわけですよ)。 それに慣れているので、「萌え声問題」があたしには今一つピンとこないんだな・・・だって、海外ドラマは40代以上の女性が主役ってこと、普通にあるから。
 なので<Project-Itoh>三部作はそのあたりも踏まえてくれた、普段アニメに接しないけどSFは好き、という観客に大きく開かれた作品群だったと思う。 まぁ、SF自体がマニアックなジャンルだと言われてしまったらぐうの音も出ないですけど。
 とはいえ、これは世界に通じる作品になっているのではないか、と思った。
 ぜひ、アメリカやヨーロッパでも配給してほしい! 『虐殺器官』はハリウッドでの実写化もありかも!
 <Project-Itoh>はまだこれからも続く。 そんな夢を、みていたい。

ラベル:日本映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

テロ/フェルディナント・フォン・シーラッハ

 これも図書館の新刊コーナーで見つけ・・・「いいんですか?!」と驚愕。
 なんか、シーラッハは予約して待たないと借りられないようなイメージだったので。
 ぱらっとめくれば「えっ、戯曲?」という構成に一瞬絶句。
 まぁ、そういうこともあるのかなぁ、と深く考えずに借り出した。
 しかし・・・戯曲の形をとってはいるが、まるで思考実験というか、もしくはプラトンの著作のような「ソクラテスとの問答集」みたいな、そんな内容でした。

  テロ シーラッハ帯なし.jpg なんて単刀直入な表紙。
 2013年7月26日、ドイツ上空で普通旅客機がハイジャックされた。 テロリストの目的は大きな試合が行われているサッカースタジアムにその旅客機を墜落させ、7万人もの観客を殺害するというもの。 しかし指令を受けて緊急発進した空軍少佐は最終的な命令を待たずに独断で旅客機を撃墜。 乗員・乗客164名はそれにより死亡したが、スタジアムの観客たち7万人は助かった。
 果たして、空軍少佐は英雄なのか、犯罪者なのか。
 結論は一般人が審議に参加する参審裁判所に委ねられる。 検察官の論告、弁護士の最終弁論ののちに、判決が下される・・・という話。

 これが何故<思考実験>なのかといえば、有罪と無罪、結果が二種類それぞれのヴァージョンが書かれているから。
 つまりどちらの判決を支持するか、読んだ「自分」の決断がそこで試されるというわけで。
 裁判員制度が導入された日本としても実は他人事ではなくて、「自分だったらどうするか」のリアルさ加減は実験以上の重さがある。
 で、あたしはどうなのかといえば・・・迷いますよねぇ。
 できたら両方救えるのがベストですけど、ハリウッド映画のようにご都合主義的に物事は解決しないわけで。
 人一人の命は地球よりも重い、という考えもある一方で、大きなものを生かすためには小さい犠牲はいたしかたないという意見もあるわけで、そしてこのテロの時代においては後者の意見に世界は大きく傾きつつあって。
 いちばんいいのはテロリズムを物事の解決法にしないこと(実際には解決にはなっていないのだが)。 だがそこへ至る道のりはあまりに遠すぎる。
 武器を持つ前に対話、というのは簡単だけれど、価値観のまったく違う相手にその場に出てきてもらうことがまず難しいのよね・・・。
 だからあたしたちは考え続けないといけない、というわけ。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

ラ・ラ・ランド/LA LA LAND

 アカデミー賞大本命と言われるこちら、どうせなら授賞式の前に観なければ!
 そんなわけで初日レイトショーにぎりぎりで間に合う。 前夜にネット予約していたのでチケット入手に時間はかからなかったけれど(OSシネマズミント神戸に着いたときは開映10分前をとっくに切っていた)、結構混んでいたのでした! やはり話題性? ミュージカル好きな人が多いとか? それとも実施されているのかどうかわからないけどプレミアムフライデーだったから? ちなみにあたしの仕事場ではそんな話題、かけらも出ておりません。

  ララランドP.jpg 観る者全てが恋に落ちる、極上のミュージカル・エンタテイメント

 オープニング、ハイウェイの渋滞にげんなりした人々があるタイミングをきっかけに歌い、踊り出すシーンでまずは観客にこの映画の世界観を提示し、「こんな感じだけどよかったら一緒に来て」と誘い込む。 その楽しくも弾むメロディーが、やたらハッピーなのだ。 あたしはミュージカルを苦手とする昔ながらの日本人であるが、そこまで「いかにもなミュージカル」ではなかったのでよかった。 それにしてもこの冒頭のシーン、ハイウェイの一区画を借り切って撮影したのであろうか。 それが可能なら、さすが映画の街ハリウッド、LA。
 そしてこの映画のすごいところは、時代がまったくわからないところ。 携帯電話が登場するし、過去の話題として『恋におちたシェイクスピア』のことがラジオから流れてくるし、2000年代以降であるとは思うのだけれど、70年代や60年代でも全然おかしくない。 それはカンパニーマークのあとにシネスコサイズに変化したり、演出効果技法にあえてレトロなやり方を導入しているせいもあるんだけれど、多分物語自体は昔からの「よくある話」だし、でも「よくある話」ほど普遍的であるということかもしれない。

  ララランド2.jpg エマ・ストーンも美人すぎない感じがよい。
 ハリウッドの映画撮影スタジオ内のカフェでアルバイトをしているミア(エマ・ストーン)は女優を夢見て大学を中退し、実家を出てLAにやってきて6年、オーディションは受け続けているがなかなかチャンスがつかめない。 同じような動機のルームメイトたちに気分転換にパーティーに誘われるも、だんだんむなしくなり一人で帰る途中、美しいピアノの音に惹かれてジャズバーの扉を開く。
 一方、ジャズの革命児たちを愛し、自分も同じようなジャズピアニストでありたいと願うセブ(ライアン・ゴズリング)だが、世の中はフリージャズを多く求めておらず、厳格なオーナー(J・K・シモンズ!)に「こちらが望む曲を、楽譜通りに弾いてくれ。 さもないとクビだ」と言われている始末。 その日もはじめはおとなしく言われたとおりに弾いていたが(このときのセブの明らかに死んでる表情が最高)、つい気持ちを抑えきれずに想いのままに弾いてしまう。 これを耳にしたのがミアだった。 そうして二人は出会ったが、オーナーにクビを宣告されたセブは褒め言葉をいいかけたミアを無視する形で立ち去ってしまい、これまでのいきさつも相まってミアにとって最悪の印象を残した。
 後日、ある人のパーティーでミアはカバーバンドによる“TAKE ON ME”を耳にするが、そこでは80年代風の衣装を着せられたセブがノリノリのヴォーカルとは対照的にいやいやながらキーボードを弾いている姿を見かける。 先日の鬱憤晴らしのようにいやがらせのリクエストをするミアだったが、セブも彼女を覚えていた。 帰るときの車のキーをいかに早く受け取るかのやりとりの際、また再会。

  ララランド1.jpg パーティーの帰り道、ハイヒールを脱ぎ捨てて履き替えた靴がなんかセブとおそろいっぽいんだけど?、と思っていたら、タップダンス用の靴だったのですね。

 オープニングはともかく、物語が動き出すまではミュージカルって楽曲のための場面がある感じがして、そのあたりは「このシーン、いるのかなぁ」とつい思ってしまった。 ミアが考えるところの業界の華やかさとか、この先の夢や希望を表しているのかもしれないとは思うのだけれど(服装も全体的にビビットな明るい色が多く使われていたし)、別にそれがなくてもわかるし、と、やはりあたしはストレートプレイが好きなのだと実感。 いや、音楽だって大好きなんですけどね、だったらBGMでいいじゃん、的な。 いきなり踊られてもね・・・と思ってしまうひどいやつですが、この映画では観ていて気恥ずかしくなるような場面はなかった。 それは救いだったし、それだけそういうシーンが浮き過ぎないように絶妙なバランスで調整されていたのだろう。 そこが、デイミアン・チャゼル監督が高く評価される最大のポイントなのかな。

  ララランド3.jpg ライアン・ゴズリングとは『16歳の合衆国』からの付き合い(?)ですが、普通にラブストーリーで主役やっちゃう人になったんだな…ということにいまだに感慨深い(近所のおばちゃんの心境か!)。

 批評家筋ではエマ・ストーンの方の評価が高いようですが、あたしはセブの方に心ひかれちゃったよ〜。 だってすごく切ないんだもの。 これはあたしが女性で、もう若くないからそう感じるのかもしれないけれど(批評家筋の多くは男性ですからね)。 でもミア、結構ひどいというか、若いからわかっていないんだろうけど気遣いが足りなくてものすごくセブを傷つけているのに、傷ついているのは自分の方みたいな感じなんだもの! えーっと、これは今よりも更に至らなかったかつての自分を思い出して反省してしまったあたしの反映?
 恋愛初期は盛り上がって多少暴走するのもありでしょう。 でも相手への気遣いの仕方を間違えちゃダメだよ。
 ミアの夢が女優であるように、セブの夢は自分のやりたいジャズがいくらでも弾ける店を開くこと。 ミアの親に自信を持って会えるようにとお店の開店資金をためるため、セブの音楽学校時代の同級生であるキース(ジョン・レジェンド)に誘われ、一度は音楽性の違いから断ったものの、バンドに参加することに。 そのバンドは成功し、ツアーも大反響、メディアへの露出も増えたが故にミアとはすれ違いの日々が続くが、セブは精一杯時間をつくってサプライズも用意する。
 なのに、「あなたがやりたい音楽って、ああいうのじゃないでしょう」とかミア言っちゃうし!
 そんなこと、本人がいちばんわかっているのに。 資金をためるための期間限定の行動だと自分を納得させてがんばっているのに。 それに(直接彼女には言っていないけど)、安定した収入を得ることが彼女のためになると思ってしているのに。
 ひどい、ミア、ほんとにひどすぎるよ!!
 そんなわけで、あたしはセブ派です。 ライアン・ゴズリング推し!
 あ、ジョン・レジェンドの“ジャズをベースにしたまったく新しい、かつ今風の音楽”もあたしは好きだった(また例によって、「この人、顔知ってるんだけどな・・・」と悩みましたが、エンドロールで名前を見て納得。 歌声で気づかない自分、どうよ)。
 だからこれまでの構成はすべてこのラストのためにあったのか!、という圧巻の<もうひとつの人生>のくだりも、あたしはセブの気持ちでちょっと泣いちゃいました。 そしてこのラストのために「いらないかな・・・」と思ったシーンもあったのかと考えると、それも必要だったんだなと思ってしまった。
 「観る人全てが恋に落ちる」というコピーはこのシーンのことだったのか。 もう、ただひたすらに切なくて。
 なにしろ観客が多かったので、映画館を出るまでちょっと渋滞。 その間も、オープニングの曲やセブのピアノのメロディーを口ずさんでいる人たちが結構いて、売店ではサントラを買うかどうか悩んでいる人たちの群れができていた。
 音楽と映像の素敵な融合。
 「アメリカ人、ミュージカル好きだからな」とか、「これでほんとにアカデミー賞最有力なの?」という意見も全部わかるし、いろいろツッコミどころはあるんだけれど、それでも確かにいっとき心は持っていかれた。
 映画としては、それでもう十分。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月22日

冷酷/ルーク・デラニー

 気になっていた本、ようやく読破。
 シリアルキラー物、と単純に思っていましたが、警察組織に巣くう闇まで一緒に描いちゃった力作でした。

 始まりはロンドン南部のスラム街で若い男娼の他殺体が自宅で見つかったこと。 被害者は頭部を鈍器で殴られた上、先の尖った凶器で全身を77箇所もメッタ刺しにされていたというひどい有様。 はじめは痴話げんかかヤクの争いと思われたが、ロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)の警部補ショーン・ケリガンが捜査を率いることになり、現場からなにひとつ証拠が出ないことに愕然とする。 犯人は手慣れている、これが最初ではないかもしれない。 誰にも言ったことはないが、ショーンは現場に残る犯人の思考の残滓を読みとることができる特殊な能力があり(しかしそれは超能力ということではなく、彼の生い立ちから身についたもの)、この事件はこれで終わりではないと本能的に気付く。
 被害者の周囲を洗い、浮かんできた第一容疑者は客の一人だというビジネスマン、スティーヴン・ヘリアー。 見るからにエリートな彼を疑う者は誰もいないが、ショーンはヘリアーの理知的で洗練された物腰に隠された獣のような獰猛さを感じ取るものの、証拠はない。 捜査チームはヘリアーを24時間体制で監視するが、常に裏をかかれてしまう。
 そしてショーンは過去の未解決事件から共通する事件を見つけ出し、犯人は連続殺人犯であることを確信する、という話。
 ニーチェの深淵の一節が思い浮かびますが、仮に同じような資質があったとしてもあちら側に行ってしまうのと行かないのは、最初から絶対的な何かが違うんじゃないだろうか、と感じてしまいました。

  冷酷.jpg 寒そうではありますが、北欧ではありません。
 イギリスのミステリは結構読んでいるつもりでしたが、意外とスコットランド・ヤード所属の話って珍しいかも(あたしがイギリスでも地方の話を多く読んでいるせいかもしれない)。 主役はショーン・ケリガン警部補ですが、チームのメンバーもキャラ立ちしていて「この人、誰?」と登場人物一覧表に戻る必要がなく、特に紅一点の女性刑事さんの描かれ方がナチュラルで素敵。
 興味深いのがスコットランド・ヤードにあるケース・インデックス。 FBIでいえば行動分析課にあたる部署ですが、いわゆるプロファイリングはせず、単純に犯行の手口や犯人の“署名”といった共通項のみで探し出す。 そのあたりもイギリスの地味で堅実な感じが出ていて面白い(確かに、ドラマにはなりにくいだろうけど)。
 冷酷なのは自分の楽しみのために容易く人を殺す犯人であることには間違いないけれど、それを追いかける側も自分の中にある冷酷さを引き出し、向かい合うことで犯人に同調しつつも決して自分自身はそこに巻き込まれないという冷静さが必要で、でも事件解決のために家族やいろんなことを犠牲にしてしまっていることに悩まされない冷酷さが必要で・・・と、いろんな種類・段階の<冷酷さ>が多数描かれ、ほんとに刑事という職業はただの職業ではなく使命なのだな、と感じてしまう。
 どうか、全国の刑事さんのご家族の方、そんな重い使命を負っていることを理解してあげて、と願わずにはいられない(あたしの周囲にはそういう方がいないので、勝手な感傷でものを言うな、と言われたら返す言葉はないですが・・・)。

 なんでも作者は実際にロンドン警視庁に勤め、南部のスラム街を担当していた刑事さんだったとか。 刑事になることと作家になることが夢で、刑事になったけど作家への夢はやみがたく、退職して作家になったとのこと(なので覆面作家だそうです)。
 本国ではショーン・ケリガン警部補を主役にシリーズ化している模様ですが、日本では翻訳の続きが出ない・・・。
 是非、続巻翻訳希望!

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

今日は4冊。

 ぎゃー、もう2月も十分すぎるほど後半なんですけど!
 なにやっているんだろう、あたし・・・するべきことはちゃんとできているのか。 全然だなぁ。
 ということを、なんか新刊を見つけるたびに思ってしまう。

  悪魔の星1.jpg悪魔の星2.jpg 悪魔の星/ジョー・ネスボ
 ノルウェーの警察小説、<ハリー・ホーレ>シリーズの日本における最新刊。
 でも実際の刊行順序はバラバラで、これはシリーズ5作目(すでに発売されている『スノーマン』は7作目、『メネシス 復讐の女神』は4作目、『ザ・バット 神話の殺人』は1作目です)。
 3作目『コマドリの賭け』は他の出版社から出たけどとうに絶版。 ここはおいそがしいでしょうが戸田さんに訳し直してもらって、集英社は版権を取り直すべきだ!、と思う。
 しかし次はシリーズ第6作目を訳出中とのことで・・・できたらシリーズは順番通り読みたいあたしとしては大変困った事態となっております(だから全部持ってるけど、『ザ・バット』しか読んでいないという・・・)。 2作目はそんなにいまいちな出来なんですか?!
 図書館で『コマドリの賭け』、探しちゃうぞ!

  トレント最後の事件.jpg トレント最後の事件/E・C・ベントリー
 これまた日本の海外ミステリ史上において燦然と輝く傑作、と名高いんだけど実際にあたしは見たことのない代物。
 帯にも「江戸川乱歩激賞!」とありますし・・・まさにあの時代の方々が日本に入れてくれたもの。
 でも、『トレント最後の事件』しか有名じゃないというか・・・トレント最初の事件とかはないの?、と思ってました。
 実は、なかったのです!
 この長編に至るまでの短編集とか、この事件の後の話もあるらしいんですが、「出来は凡庸」とか(それはそれでひどい)。 本職が別にあって、小説を書くのは作者にとって余技に過ぎなかったという事情もありましょうが、これ一冊で事実上伝説というか、ミステリ史に残ってしまうんだからすごい!
 多分今読んだらそんなに新鮮ではないのでしょうが・・・これから影響を受けたのであろう作品群が、沢山思い浮かんできてしまいそうです。

  吉野朔実のシネマガイド.jpg シネコン111 吉野朔実のシネマガイド/吉野朔実
 新装復刊なので、吉野朔実の映画コラム全部を集めたものではないです。
 前にもどこかで書いたかもしれませんが、『羊たちの沈黙』に対するコラムがピンポイントであたしに刺さり、「この人の好み、あたしに近い!」とその昔勝手に感じて追いかけていました。 この本のオリジナルは2008年1月発売なので、収録されている映画は2000年〜2007年公開のものが中心。 当然『羊たちの沈黙』は収録されていませんが、目次の映画のタイトルを眺めただけで「あ、あたしも観たやつ結構ある!」と盛り上がる・・・。
 ハリウッド映画もだけど、むしろ単館系映画のほうをより好んでしまうというか、彼女の好みはフラットに全世界に開かれているのだけれど、日本の映画配給事情のためにそう区切られてしまうだけ、というか・・・吉野朔美さんはほんとに映画が好きなんだなぁ、としみじみ実感。
 あたしも批評家ではなくて、ただ映画が好きなだけなんだと(細かくわければ俳優さんだったり監督さんだったりにも話題は及ぶわけですが)、映画館に行って予告見てチラシ見てわくわくするのが子供の頃から好きで、今もその延長にいるにすぎないのだと、そうできるのは幸運なことなのだと、思い知りました。

ラベル:新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

ドクター・ストレンジ 2D・字幕版/DOCTOR STRANGE

 はぁ、なんとなくベネディクト・カンバーバッチにはマーベルヒーロー映画には出てほしくなかった・・・。
 でも敵役がマッツ・ミケルセンだという!
 なに、このあたしの心を鷲掴みにするキャスティング!
 「アメコミ映画はもういいかな」(WOWOWで観る感じでいいかな)と思っていたのに・・・出かけてしまいました。

  ドクター・ストレンジP.jpg 上から目線の天才外科医。 彼を目覚めさせたのは、魔術――

 天才外科医として富と名声をほしいままに生きる男、ドクター・スティーヴ・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)は確かに素晴らしい技術を持っているが、傲慢な性格が災いし、味方は元カノであったらしい同僚医師のクリスティーン(レイチェル・マクアダムス)だけ。 特に若いインターンやレジデントなどはひたすら彼を恐れている。 万能感に支配されているスティーヴンはそれ故に交通事故を起こし、命は助かったが両手が以前のように動かなくなってしまう。 指が動かせない外科医は“ただの医師”、天才外科医ではない自分が受け入れられず、試験的な危険な手術も繰り返し受けるものの、完全には戻らない。 そして度重なる手術・治療のために彼の財産も底をつく。
 しかしある日、脊髄を折って回復不可能と言われた患者が普通に街を歩き、バスケットをしているをの見た、という話を耳にし、スティーヴは彼を探す。 辿りついたのは自動車修理工だというパングボーン(ベンジャミン・プラット)という男。 彼によれば、これは外科的手術やリハビリの結果ではなく、ある導師を訪ねて修行した結果だという。 スティーヴンは彼からのヒントを頼りに、導師エンシェント・ワンに会うべくネパールに向かうが・・・という話。
 ベネディクト・カンバーバッチ、すっかり「天才だけど性格に難あり」な役、多いよね・・・確かに似合うんだけどさ。 更に徹底した合理主義者でもあるところとか『SHERLOCK』とかぶりがちなところですが、そこはうまいこと違う方向に弾けてみせる感じで演じ分けをしている。 ま、ジョンがいない、というのが大きいかもしれないですが。
 そして苦労して出会った導師エンシェント・ワン(ティルダ・スウィントン)との会話はちょっと禅問答のようで、合理主義者は方向転換を迫られる、その混乱ぶりがキュートです。
 劇中で『アベンジャーズ』と同じ世界であることが語られますが・・・あっちは物理的な力と力の対決。 こっちはそうではない、とわからせるオープニングシークエンスは圧巻。 エンシェント・ワンの弟子であったカエシリウス(マッツ・ミケルセン)が袂を分かち、違う手段を選んだことがわかるところ。 大人向け『ハリー・ポッター』的な感じでした。

  ドクター・ストレンジ4.jpg 街がねじれていく描写は、まさに『インセプション』
   ちなみに左端にいるのがマッツ・ミケルセンの後姿。
   こういうところは3Dに耐えうる迫力だと思いますが・・・あたしは酔いそうなので2Dでよかったです。

 多分、目指しているところは同じ。 でもその動機や途中経過が違うが故に敵同士になってしまう悲哀のようなもの。 ヒーローものには必ずといっていいほどある設定ですが、それがマッツ・ミケルセンだと思うともうただひたすらかなしい・・・(個人的な感情、入ってます。 <北欧の至宝>になにをさせるのか!、という場面もなきにしもあらずですが、ご本人はなんだか楽しそうなので許すしかない)。
 魔術師、といってしまうとどうも胡散臭いですが、精神主義的なところは東洋の人間には共感しやすいところですし(ちょっと仏教的というか、明らかにキリスト教的ではない感じとか)、個人的には『アベンジャーズ』より好きかも、と思ってしまったりして。 そう、これまた明らかにシリーズ化しそうなのである。
 自分の弱さを認めたとき、それが新たな出発点というものベタですが、ベネディクト・カンバーバッチがやればそこにはしっかり説得力が。 あぁ、くやしいがこれはキャスティングの勝利だなぁ。

  ドクター・ストレンジ3.jpg レイチェル・マクアダムス、やっぱりかわいい。

 突然姿を消した後、また突然とんでもない格好で現れてもちゃんと助けてくれるクリスティーンは素晴らしい人だ! 彼女をかつて袖にしたことを後悔するスティーヴの姿は観客にすんなりと受け入れられるようになっており、そのあたりもうまいのです。
 ちなみに魔術の修業中のみなさんが着ている服は、ネパールの草木染めという設定であると思われます。 能力の強さで色分けされており、闇の力に引き寄せられている人々は色目が暗くなっている(たとえばエンシェント・ワンははっきりした明るい黄色だけれど、カエシリウスは同じ黄色でもかなりくすんだトーンになっている、など)。 そしてスティーヴが着る青は誰も着ないってのがわかりやすく主役感。
 スティーヴの先輩であり修行仲間のモルド(キウェテル・イジョフォー)、あたしこの人知ってるんだけど・・・としばし悩みましたがエンドロールで名前を見て納得、『それでも夜は明ける』のあの人か?! 豪華キャストにもほどがあるぞ、としみじみ。

  ドクター・ストレンジ2.jpg <魔術>は魔法陣のような形で視覚される。
   ここがある意味暴力と破壊三昧の『アベンジャーズ』関係の映画とはまったく違うところ。 破壊ではなく修正、もしくは再生。

 力、とは一体何であるのか。 何のためにそれは使われるべきなのか。
 修行のある段階を越えたら「マスター・ストレンジ」と呼ばれるようになるスティーヴだけれど、「いや、僕はあくまで<ドクター・ストレンジ>だ!」と宣言することこそが、彼の選択なのでした。
 ちなみにラスト近くのバトルではヤクルトの看板が落ちてきましたが・・・ヤクルトのCMで『ドクター・ストレンジ』を使っているのはその影響?、微妙にスポンサー関係?
 で、不思議なのは本編始まる前に「終了後にも映像がございます。 最後までお楽しみください」とわざわざ注意書きが出たにもかかわらず(いや、マーベル映画ではそれがお約束で、世界観を同じくする別な映画につながるシーンがついてくるのは一本でも観たことある人ならばわかっているはず)、エンドロール始まったら帰っちゃう人たち。 なんてもったいないの?!
 注意書きが出た意味がわかりました。 今回はおまけ映像が二段階になっておりました。 それ故にシリーズ化と、『アベンジャーズ』映画に出るの決定、みたいな。 ベンジャミン・プラットをワンシーンだけなんてもったいなさすぎると思ってたのよ、ここでそれを使いますか! そりゃキウェテル・イジョフォーだってこの一作で終わりにするのはもったいないもんね!
 出演俳優の知名度(というか、見たことある度?)で今後が予測できてしまうとは・・・二時間ドラマ的になってきたような気がする。
 でも続編あったら観ちゃうんだろうな! なんかくやしいな・・・。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

ハーバーランドでパンケーキ

 もう1月のことであるが・・・実はATAOの姉妹ブランド・IANNEの新年ハッピーバッグ(福袋)が当たったのです(当選したのがわかったのは昨年の12月)。
 で、福袋の中にはカバンが二つ入っているので・・・「持ってるやつが入ってたら譲って!」とATAOファンの友だちから言われていた。
 引き替えてから中身を確認し、写メを送って「詳細はイアンヌの公式オンラインを参照!」とやりとりして、結果的にえすさんにカバンをひとつお譲りすることに(そこはシビアに、福袋代半額と交換ということで)。 でも、お得とはいえ安いものではないので、実際に観てもらってから決めてもらいましょう、ということになり、どうせならお茶でも飲みますか、じゃあ神戸ハーバーランドでパンケーキでも食べますか、ととんとん拍子に話がまとまり、JR神戸駅のホームで待ち合わせ。
 ホームのベンチ(?)的なところでカバンを見てもらい、納得の上、交渉成立。
 さ、ではモザイクのパンケーキ専門店に向かいましょうか、と改札を出て地下への階段を下りていったところ、gramが昨年12月26日オープン、という看板が目に入った。
  えすさん 「あれも、パンケーキじゃないですか?」
  あたし  「グラム、三宮にも元町にもあるのに、ハーバーにも出したか〜」
 実は、モザイクにはパンケーキ専門店が2軒あり、どっちにしようか決めかねていたのだった(なので待ち合わせも朝10時半)。
 一日20食限定のプレミアムパンケーキが人気で、ミント神戸のお店もオープン当初のにぎわいは落ち着いたけど、プレミアムの焼き上がり時間を狙う行列はこの前もまだあった、という話をして・・・ちょっと覗いてみることに。
 そしたらばここのお店のオープン時間は11時。 プレミアムパンケーキ一回目も11時。 そして今は10時45分、お店にはまだ誰も並んでいない。
  えすさん 「なんか、時間的にちょうどよくないですか?」
  あたし  「ここにしますか?」
 ということで急遽予定変更とあいなりました。
 「焼きあがるまで少しお時間いただきますが、よろしいですか?」ということでしたが、気にしません。 むしろその間ゆっくりお喋りできるのは、女子的に歓迎です。 そして入店するまでに、ちょっとした行列ができました。 今はセンター街の『幸せのパンケーキ』というお店が行列だと聞いていたのに、どんだけパンケーキ好きなんだ、神戸市民!

  ハーバーグラム2.JPG プレミアムパンケーキ
 ミント神戸のお店の横は通ったりするのだが(映画を観に行くときに)、入ったことはなくて。
 結構厚みがあってフルフルと揺れるので、お店の方は細心の注意を払って持ち運び(そう、開店してから1ヶ月たっていないぐらいだから、みなさんまだ不慣れ感が。 その分、店長さんらしき方ががんばってました)。

  ハーバーグラム1.JPG ちょっと角度を変えてみました。
 上にのっているのはバター、サイドはホイップクリーム、メイプルシロップ付き。
 そのままでは食べにくいので、一段ずつお皿に下ろして食べることに。
  あたし  「・・・これ、半生っぽい感じが特徴? それとも生焼け?」
  えすさん 「それね、私もどっちかな、と悩んでました」
 でも二枚目(真ん中の段)はちゃんと焼けてる感じがしたのよね。 でも一枚目と三枚目は同じような感じ・・・正解が、わからない。
 直径はそんなに大きくないのですが、厚みがあるし、軽さもあれど生っぽいからもったりしてるし、で結構おなかいっぱいになり(その後、二人ともおなかを壊したとかなかったので、きっとそういう味なんだろうな、ということになりました)。
 セットの紅茶を飲みながら、だらだらとお喋り。 空席があることを確認しながら、13時過ぎまでいてしまいました。
 そのあとは事前の話し合い通りに、モザイク1Fにある、ラテアートが有名なカフェへゴー。
 その道すがら、Butter(最初の候補だったパンケーキ専門店のうちのひとつ)にものすごい行列ができていて、その日は土曜日だったのだけれど、基本平日に動くことが多いあたしは土日のパワーを感じました。
 ていうかこのお店できてから結構たっているのにまだ行列なんだね! 神戸市民、どんだけパンケーキ好き!、という話をえすさんとしつつ、目指すカフェへ。 ほどよい客数で、すんなり席を確保。

  ハーバーラテアート.JPG ラズベリーラテ(季節のラテ)
 結局二人とも同じものを頼んだけれど、表面の模様は違ってました。
 ラズベリーがすごくくっきりしつつ、エスプレッソをひきたてている。 更にミルクは軽い。
 コーヒー好きなえすさん、「あ、すごくおいしい」とぐいぐい飲む。 あなたさっき、おなかいっぱいって言ってたじゃないの・・・。
 でも確かにおいしい。 紅茶派のあたしですが、それはわかります。 コーヒー好きの人がいうのだから、そのクオリティはあたしが思う以上に高いのでしょう。
 お値段もそれなりですが・・・時間があればスタバよりこっちに来たいな。
 カバンきっかけですが、楽しい時間を過ごしていいお店も見つけました。
 次こそBUTTERだ!

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ごはん・お茶の時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月15日

今日は6冊。

 気がついたら2月ももう半分がとっくに過ぎている、と気づき焦る。
 ただでさえ2月は28日しかないのである! 大の月(31日)と比べると3日も少ない!
 これって大きい。 仕事も、「2月中によろしく!」と言われてしまったものがまだ片付いていない・・・そしてこの先も少し増えそうな気配。 12月もなんだか気持的に焦るが、2月もなんだか焦る。
 仕事同様、あたしの本棚もまた片付いていないのであるが、買っちゃった。

  紙つなげ!.jpg 紙つなげ! 彼らが紙の本を造っている
     再生・日本製紙石巻工場/佐々涼子
 これは単行本が出たときから読みたいと思っていて・・・(早川書房だからメルマガで発売前から情報は知っていた)、でも買うなら文庫になってからだなと覚悟していた。 図書館の人数待ちがすごかったのと、タイミング的に図書館にあまり行けない時期だったということもあり。 でも思いのほか早い文庫化だった。 やはりいろいろ話題になったからだろうか。
 まえがきで、筆者は「(本をつくるのに使う)紙がどこでつくられているのか知らなかった」と書いてあるが、やはり東京の人だからかな。 東北人は、結構製紙工場がどこにあるか結構知っている。 中学校の社会のテストでも絶対出るし、場合によっては遠足(?)で工場見学もありだから。 山が多い(材木が手に入りやすい)地域は、そういうものではないだろうか。
 やはり日本は広い。 地域差も大きい。

  にぎやかな落葉たち.jpg にぎやかな落葉たち/辻真先
 後顧の憂いを残すことなく、長寿シリーズに次々幕を下ろしていく作者だが、創作意欲は衰えることはないらしく新作の発表も忘れない。 しかも老人ホームで働く17歳を主人公にするという高齢化社会・日本そのものを題材に、でもやっぱりミステリーらしい。
 なんかこれもシリーズ化できそうな気もするけど・・・そういうのも含めて、非常に<辻真先らしさ>全開。

  殺人はお好き?.jpg 殺人はお好き?/小泉喜美子
 <作家としての小泉喜美子>のデビュー作、復刊! 連載当時は別人名義だったようですが。
 よくも悪くもデビュー作にはその作家のすべてが出るという。 ある意味、完璧な作品『弁護側の証人』と比べてしまうのは失礼かと思うけど、その分、<作家・小泉喜美子>の足跡を辿れるかと(そして、彼女が翻訳した作品も実は自分の好みで選ばれていたのだと知る)。
 コメディタッチのハードボイルドテイスト、というのがこの作品のジャンルのようです。

  火花.jpg 火花/又吉直樹
 今更感がありますが・・・ま、芥川賞獲ったときに「文庫になったら読むか」と思っていたので・・・これまた図書館の予約人数が半端なかったのです。
 最近すっかり海外の翻訳もの中心の生活をしておりますと、国内の文芸書って「薄っ!」って感じがしてしまう。 確かにお値段は安いけど(しかもこの本はある程度売れると出版社もわかっているのか、同じような厚さの国内物より少しお安め)・・・ページ数で考えたら意外と東京創元社や早川書房のほうがお得かもしれない、と思ったり。
 また表紙も単行本のときと同じだし・・・大手ほど、そういう工夫がない気がする。 もしくは、単行本時のイメージを大事にしたかったか。

  悪い夢さえ見なければ.jpg 悪い夢さえ見なければ
      ロングビーチ市警殺人課/タイラー・ディルツ
 また、新たなる警察小説のシリーズが誕生!
 男性刑事&女性刑事のコンビという、ちょっと前ならドラマか映画にすぐなりそうな設定ですが、最近は男&男、女&女のほうが人気があったりするからな・・・。 でも<ロングビーチ市警殺人課>という副題が示すように、警察小説の王道・チーム戦のようです。

  ナルニア新訳2.jpeg ライオンと魔女と衣装だんす
      <ナルニア国物語2>/C・S・ルイス
 いつの間にか出ていた、『ナルニア国物語』の新訳シリーズ第2弾。
 ちゃんと線だけでアスラン(ライオン)になっている表紙にちょっと感動。
 中の挿絵もかわいいんだよね、古きよき児童文学テイストで。 お値段は大人向けだけど、内容は子供から大人まで楽しめる文体なのがよろしい。
 第3弾は3月発売らしい。 今度は忘れないぞ!

ラベル:新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月14日

この仕事場におけるヴァレンタインズデイ作法

 なんだかバタバタしていて余裕がないが、2月14日は容赦なく迫ってきた。
 なんか今年はデパートの特設会場もちゃんと回れていない! 今シーズンの流行りも、新登場のブランドもチェックできず、あたし的には不完全燃焼・・・。
 そして問題になるのが仕事場の義理チョコである。
 以前の事務所ではそもそも人数が少なかったし、そもそも女性同士であればチョコの価値をわかっていたので選びがい・贈りがいがあった。
 しかし今の座席配置は・・・人が多いし、個人的にあげたくない人もいるし。
 というわけで、スーパーやドラッグストアで売っている、袋詰めお徳用パック(明治のベストスリーとか、チロルチョコバラエティーパックとか)を数種類買いこみ、コピー用紙が入っていた箱のふたに「ざっばー!」と流し込み、<TakeFree!!>と貼り紙をして置いてみました。
 ・・・これが、おじさま方に受けた(というか、あたしが今いるフロア、おじさまたちしかいない)。
 なるほど、こういう人たちに外国製高級ショコラは無駄!
 勿論、日本のチョコレート技術が高いこともありますが(日常に食べるおやつとしてのクオリティは世界一かも、と思います)、ヴァレンタインデーですらも日常の延長のチョコでいいんだ・・・ということにチョコ好き人間としては非常に残念な気持ちになるです。
 みなさん、奥様から本命チョコもらえるからいいってことかしら?
 でも、多くの男性の舌は保守的だというし・・・。
 それにしても、あげたくない人ほど食べているのはなんだかむかつくわ!
 来年も今の仕事場で働いているかわからないけど、もしそうだったらまたこの手でいこうっと。
 安上がりで、楽だ。
 別フロアにわかれた女性陣には、ちゃんとしたものを贈りました(そしてちゃんとしたものをもらいました)。
 そのへんはやっぱり、女性同士のほうが楽しい。 友チョコ市場を支えているのは味がわかる女性たちですよ!

ラベル:季節もの
posted by かしこん at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

闇に薔薇&血と薔薇/ジェームズ・パターソン

 年末年始にWOWOWで放送した『ZOO−暴走地区』シーズン2。 シーズン1がぐだぐだの終わりだったのでまさか次のシーズンがあるとは思わなかったのだけれど・・・これまた途中までは盛り上がったんだけど、後半微妙な展開に。
 で、原作者にジェームズ・パターソンの名前があって・・・なんか聞き覚えあるんだけど、と思って調べたら<アレックス・クロス刑事>シリーズの作者であった(その中の一冊、『キス・ザ・ガールズ』『コレクター』というありがちな名で映画化され、モーガン・フリーマンがクロス刑事の役、アシュレイ・ジャドがシリアルキラーに誘拐されたものの命がけで逃亡する被害者女性を演じていた。 日曜洋画劇場でかつて何回も放送された記憶が)。 うわ、懐かしい・・・としみじみしたが、当然のように全作品が品切れ・重版未定である。 で、図書館検索で読んでいないアレックス・クロスものを探してみて、これらを見つけたのであった。
 ちなみに映画でモーガン・フリーマンが演じていたアレックス・クロスは、原作と性格等が結構異なっていた印象だった。 刑事というよりも心理分析官的な要素が強調されていたような?

『闇に薔薇』
  闇に薔薇.jpg 前後編ではないものの・・・2部作構成になっております。
 これ、順番間違って読んだら大変なことになります。 読むならばこっちから。
 凶悪な銀行強盗事件が相次いで発生。 金庫を開けさせるために人質を取るのだが、金を手に入れて殺す必要はないはずなのにあえて人質を殺している。 犯人たちは銀行強盗であると同時に快楽殺人者なのか? 苦悩するアレックス・クロスの前に、実行犯とは別に指示役の<闇将軍>と名乗る存在が見え隠れ。 一体、<闇将軍>とは何者なのか? 彼の目的は・・・という話。
 これ、もし映像化するならR15+だわ、という残酷描写多々。
 とはいえ、明らかにサイコスリラーもののジャンルの顔をしながら、アレックス・クロスは出会う女性すべての魅力的な部分を見つける男であり、ロマンス小説の色も濃い(そして母親と自分の子供たち、家族を大事に思っている部分にもページを多く割かれる)。 なるほど、アメリカ人がいくつになっても恋愛に現役なのはこういうことか、と納得しつつ、そのような描写があるところが<全米bPベストセラー作家>である所以なのかも、と思わされる。 読者層が薄く広そう。
 しかも! <闇将軍>の正体は最後の2行で読者にのみ明かされる(アレックス・クロスはまだ気づいていない)。
 読者として、そんな終わり方されても困るよ!、なのです。

『血と薔薇』
  血と薔薇.jpg 原題は『菫は青い』だけど。
 そしてひきつづきこちらへ。
 まるで獣にかみ殺されたかのような傷を持つ遺体が吊るされているのが発見される。 その犯行間隔はどんどん短くなり、アレックスは犯人は二人かそれ以上のチームで、これまで長い年月、移動しながら犯行を重ねていることを読み取り、犯人たちに迫っていく。
 同時にアレックスは<闇将軍>から毎日のようにかかってくる電話に神経をすり減らす。 自分が大事に思う人々が狙われるのではないか、と考えると、新たに知り合った女性刑事との関係を進展させていいものかためらう。
 やがて、捜査陣は「自分たちこそ吸血鬼の末裔」と考えている人たちがいることを知り、そのパーティーに潜入。 ゴスの延長としてのカルチャーと軽く考えている人が大勢だが、中には義歯として鋭利な犬歯をつくってはめ込み、血を飲む人たちもいる。 犯人はそんな過激派の中にいると感じたアレックスは・・・という話。
 とはいえ、本作のクライマックスはアレックスVS<闇将軍>。 吸血鬼兄弟の犯行は派手で残忍ではあれど、その前座っぽい感じがしないでもなく・・・微妙。 でも、のちにヒットする『トワイライト』シリーズやゾンビものなど、こういうゴスカルチャーの延長として広範囲に広がった結果ともいえるわけで、アメリカのサブカルの歴史を辿る貴重な過程を書き記しているともいえましょう(原著は2000年刊)。
 さすがベストセラー作家は流行りにも敏感。
 ううむ、アレックス・クロスシリーズ、この先どうしようかな・・・。 面白いは面白いんだけど、あたしにはロマンス小説部分がやや長いかな、と感じてしまった(ま、それだけ、アレックスが女心に理解のある人物であることがわかるんだけれども)。
 で、過去作の内容もポンポン飛び出すので、シリーズを順番に読んでいることが前提のつくりなのよね・・・図書館に全部ないんだな、これが。
 ま、ジェームズ・パターソンについてある程度振り返れたから、それでいいか。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

聖杯たちの騎士/KNIGHT OF CUPS

 テレンス・マリックの映像美がなんだか好きです。 『シン・レッド・ライン』が個人的に衝撃的。 けれど予告の印象から、これも『ツリー・オブ・ライフ』っぽいんだろうなぁ(ストーリーがあるようでない感じ)と思いつつ、それでもいいや、と。

  聖杯たちの騎士P.jpg すべてが運命のひと

 新進気鋭の脚本家としてハリウッドに招聘されたリック(クリスチャン・ベイル)は、その華やかな業界がもたらす生活に溺れ切ってしまう。 だが心の中では、自分を見失い、むなしさが降り積もってくる現状にも危機感を持ってはいた。 しかし流されるように時は過ぎ、リックもまた流され、さまよっていた。 そんなときに出会った6人の女性たちがリックに与えてくれたものを拾い集めながら、次第に自分と向き合っていく。 そんな魂の彷徨。
 とはいえ、そんなあらすじが意味をなすのかどうか・・・どこまでが事実で、どこまでが願望で、どこまでが幻覚で、もしかしたらリックの創作内容かもしれない、どの場面もそんな明確な区別はつかない。
 あたかもモダンアートのインスタレーションのよう。

  聖杯たちの騎士2.jpg 一人目の彼女がイモージェン・プーツとはまったく気付かず。
 だって 『マイ・ファニー・レディ』と全然違うんだもん!
 そんなわけで実はものすごく豪華キャストなのでありますが、表情をアップで撮るシーンもあるんだけど遠景のほうが多くて、「人間も背景の一部」という構図が結構目立っていて。 個人の魂の彷徨を描きつつ、人間の内面そのものよりももっと大きなものと一緒に映すことで、所詮人間の悩みや苦しみなどはちっぽけなものだと言われているような気持ちに。

  聖杯たちの騎士5.jpg タイトルの意味がよくわからなかったが(てっきり聖杯伝説のほうかと)、タロットカードが出てきて「あ、そういうことか」とわかった。 でも聖杯伝説要素はゼロではなかったかな。

 映画もタロットカードを切るように章立ての構成。 カードの意味をあらわすように女性が現れる。
 冒頭のナレーションで、父である王に託された使命を果たす途中で美酒の誘惑に負け、眠りに落ちて使命を忘れてしまう王子の寓話が引用されるが、同じようにナレーションはあたかもリックの父であり、神でもあるような立場で時折現れる。 ちなみにタロットカードにおける<Knight of Cups>は、正位置では「ロマンチスト、優雅、成功」を意味し、逆位置(めくったときにさかさま)ならば「口達者、女たらし、嘘つき、敗者」という意味らしく。 まさにリックを表現するカードである。

  聖杯たちの騎士4.jpg 水・海・空といったモチーフは必須。

 テレンス・マリックの映像美はまさにそこに集約される。
 「人間もまたその場面の構成要素のひとつ」と特別扱いしないことで、他の生き物やら自然や地球、場合によっては時の流れそのものを、映像に残そうとしているようだ。 あたしもその美しさに、黙って酔う。

  聖杯たちの騎士1.jpg 人を動かすのは、海に波紋を起こさせるためのようにも。

 勿論、光と影を利用した美しいショットも多々あり・・・観ていてほんとにぼーっとしてしまう。
 「物語がない」という批判はこの映画には当てはまらない。 だって、最初から物語ることを放棄しているのだから。
 これは夢だ、と言われてもすんなり納得できてしまう。
 これはリックという人物の彷徨、夢に落ち、目覚めるまでのひとときを映したものだけれど、そんな時期は多かれ少なかれ誰にもあって、でも重要なのは「目が覚めてからどうするか」なのだ。
 きっと、リックは正しい旅の道を見つけ、辿っていくことだろう。 そうでなければ、6人の女性たちの存在が意味をなさなくなってしまう。
 あぁ、そうか、これは「出会いという意味」を考えさせる映画だったのかもしれない。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月09日

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男/DER STAAT GEGEN FRITZ BAUER

 ドイツ映画。 時間軸でいえば『アイヒマン・ショー』の前日譚にあたる感じですかね。 あっちではアイヒマンを裁判にかけたのはイスラエルでしたが、この映画ではドイツの検事総長フリッツ・バウアーが執念でアドルフ・アイヒマンを逃亡先から探し出す方がメイン、とはいえ一筋縄ではいかない話になっておりました。

  アイヒマンを追えP.jpg これは復讐ではない。 正義と尊厳を賭けた闘いだ

 舞台は1950年代後半のフランクフルト。 検事長のフリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)は、ナチスによる戦争犯罪の告発に心血を注ぎ奔走していたが、捜査は難航の一途を辿っていた。 それは戦後10年ほどのドイツではまだナチスの残党も多く残っており、ユダヤ人でもあるフリッツは様々な妨害を受けていたためでもあった。 ある日、ホロコーストに深く関わった親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンがアルゼンチンに潜伏しているという情報を入手するものの、ドイツの捜査機関は動いてくれず、フリッツは単身イスラエルに向かい、モサドに情報提供を申し出るのだが・・・という話。

  アイヒマンを追え4.jpg モサドの方々。
 意外にも、モサドは「情報が少なすぎる」とすぐ動かない。 結局はカネの話になって、彼らも政治の産物であると思い知る(だからこそ個人的な復讐心が出発点であるサイモン・ウィーゼンタール・センターのほうが執念深いのであろう)。 もっとも、フリッツをそうすぐには信用しないということの表れなのかもしれないが・・・こんなにいろいろやっているのに、事態はフリッツの思うようには進まないという怒りや苛立ちがびしばしと伝わってくる。
 そう、フリッツはドイツ人なのに<ユダヤ人である>ことを重視されている(ここが感覚的に日本人には理解が難しいところだ・・・)。 ドイツ人として戦争犯罪を告発する立場なのに、ユダヤ人であるが故に「それは私怨ではないのか」という問いを常に内外から突き付けられている。

  アイヒマンを追え2.jpg 唯一、味方であることを表明する検事のカール(ロナルト・ツェアフェルト)。

 カールにも実は事情があり・・・勿論動機の出発点は純粋な正義なのだが、少数派でありながらそれを保ち続けるのはどれだけの努力が必要か、というのは今も昔も変わらない話。 そう考えると現代は多少なりともましになっているのだろうか。
 基本テイストはフリッツ・バウアーの伝記映画っぽいのであるが、当時の雰囲気や時代の空気感をも焼きつけたい、という制作者側のこだわりも感じられ・・・なんとも言えない閉塞感が。 これは罠なのかそうではないのか、感じながら生きていくのはつらい。

  アイヒマンを追え3.jpg とはいえこんなお茶目な構図もあり。

 フリッツがなんだかんだいって<不屈の闘志の男>だから成り立った話であり、歴史を動かすきっかけをつくるのは非凡な誰かであるという公式は変わらず。 ただのヘビースモーカーの頑固者だけではない、フリッツの人間的魅力が描かれていたのがこれを単なる歴史ドラマではなく、実話を描きながらサスペンスとして成立しちゃっている原因ではないだろうか。 ときどき、この人、自分から敵をつくりにいってるよなぁ、と思える部分もなきにしもあらずで、でもそれは彼の意地なのだ。
 私怨ではない、これは正義のためなのだ、と証明するためにも彼はアイヒマンを捕まえなければならなかった。
 そのものぐるしさが、観ているこっちにも伝染する。
 けれどナチスの残党や、まだユダヤ人を憎んでいる人たちは存在した。 ドイツ国内で、戦争はまだ続いていたのだ。
 戦後、とのちの時代の人間は容易く口にするけれど、そのときを生きている人たちにとっては地続きの時間。 「戦争が終われば正義は戻ってくると思っていた」というフリッツの言葉が、戦争が終わったからといってすべてがリセットされるわけではない複雑さを物語る。 それは日本でも同じことだったんだろうけど・・・なんかGHQと東京裁判に収斂されてしまって、個人に起きたこととかはよく分からないなぁ(そう思うと、『仁義なき戦い』一作目の冒頭なんかは戦後の混乱期を描いたものだと言えるのかも)。
 だけど、この後の時代がまた『顔のないヒトラーたち』なわけでしょう?
 フリッツはできるだけのことをした、目的を成し遂げた。 けれどこの国の闇はすべて払えなかった。
 そう思ってしまうと、カタルシスはない・・・。
 やはり、実話は重い。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月07日

夏の沈黙/ルネ・ナイト

 不意に図書館の新刊棚で遭遇。 「もう新刊じゃないだろ・・・」と思いつつ、図書館基準はよくわからない。
 発売前に東京創元社が<ゲラ読んで感想募集>という企画をやっていて(不定期ながら、結構そういうのをやっている)、たまたま知ったあたしは応募したのですが、見事にはずれました。 やっぱりあたしには懸賞の類の運がない! そういう意味で、妙に記憶に残ってしまった本でした。 なので借りて読むしかないだろ、と。

  夏の沈黙.jpg ルネ・ナイトのデビュー作。
 49歳のキャサリンはテレビドキュメンタリー制作の仕事をしつつ、充実した人生を送っていた。 夫は優しく理解ある存在、一人息子との関係はうまくいっているとは言えないが独立していて、周囲からはまったく問題がないと、むしろうらやましいと思われている。 更に手がけたドキュメンタリー番組が賞を獲得し、まるで人生の絶頂期であるかのような。
 だが、引っ越してきた新し家で、見覚えのない本を見つける。 『行きずりの人』というタイトルのその本は、彼女しか知らないはずの彼女の人生が、20年前の夏の記憶が描かれていた・・・という話。
 本を読んでて、主人公が「これって、自分?!」と感じるような体験なんてほぼない(作家が知り合いで勝手に自分をモデルにされていた場合はのぞく)と思うので・・・ある意味キャサリンは貴重な体験を。 でも気分のいいものじゃないのはわかる、しかも内容が自分がずっと隠してきたことなら。
 時間軸は現在と20年前を行ったり来たり。 その合間にキャサリン側の事情、本を送ってきた人物の思惑、『行きずりの人』本文が挿入されて、次第に謎が解けていく構成。
 とはいえ「すっきり謎解き!」という感じではなく、人の心は誰にもわからない(むしろ自分の気持ちを自分でいちばんわかっていない)というサイコサスペンス系・・・読み手によってどう解釈するかの余地があるのが逆に怖いというか、読後感すっきりしない味わいです。
 解説では『ゴーン・ガール』とも比較していましたが、そっちより『妻の沈黙』のほうがテイストは近いかと。
 わりと突き放した描写なので、登場人物たち誰にも感情移入ができないようになっていて、それがサスペンス色を強めているものの、感情移入が目的で読む人にとっては物足りないというか理解できない話になっているかも・・・結構賛否両論のようですが、原因はそれかも。
 うーん、あたしとしては、親がなんらかのわだかまりを持っていると、子供は意識的にか無意識的にか「それは自分のせい」と思いこんじゃって屈折する、という典型的な例を見せられたような気が・・・大きな隠し事のない人生って大事だなぁ、としみじみ。
 イヤミスと言えるほど突き抜けてはいないんだけど、後味悪いというか手触りがざらっとしているというか。
 前評判で翻訳権が何カ国にも売れたとか、デビュー作としては破格の対応とのことですが、世界的にこういうのが求められてるってことなのかなー。 それはそれで、なんだか複雑。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月06日

今日は4冊。

 気がついたらもう2月である。 なんだかいろいろ、早すぎる。

  おかあさんの扉06.jpg おかあさんの扉 6/伊藤理佐
 これもまた、「もう6巻出るの?!」という感じ。 確かに5巻出たのはちょっと前ですが・・・と思ったら一年たってたよ!
 これって、<他人の子供の成長は早い>みたいな感じ?
 小学校に入ってしまったなら、この連載はいつまで続くんだろうな〜(子供が自分がネタになっていることにまだ気づいていない的な描写が見られますが、気づいたときが決断の時かな)。 連載誌が『オレンジページ』ってところがポイントか(親同士は気づいても、子供は気づきにくい?)。
 子供のいないあたしは自分が子供の頃のことを思い出しつつ、「今ってこうなんだ・・・」と知ることで子供のいる友達との会話に役立てております。

  ファミリー文庫1.jpgファミリー文庫2.jpg ファミリー
          シャロン・テート殺人事件/エド・サンダース
 文庫新刊コーナーにて発見。
 あれ、これってずいぶん昔に図書館で、ハードカバーを読んだやつと同じ? それが今更文庫化ってことある? 新訳でもないし(でも小鷹信光を越える訳は簡単にはできまい)。
 奥付周囲を見たら、ハードカバー版は1972年刊行とある! やっぱり昔読んだやつか!
 いろいろ犯罪ルポルタージュは読んでおりますが、あたしはどうもカルト系が苦手で。 もしかしたらその原点はこれだったのかもしれない・・・と思い、確認のため再読しようかと(でも、多分読んでもイヤな気持ちになるんだろうな)。
 でもサブタイトルの<シャロン・テート殺人事件>っていうのは・・・被害者の中でいちばんの有名人ではあるけれど、殺されたのは彼女だけではないし・・・なんとなく複雑な気持ちに。

  相棒劇場版4オフィシャルガイドブック.jpg 相棒 劇場版W&Season14・15
        オフィシャルガイドブック
 なんだかんだいって、『相棒』、観ています。 前シーズンよりは、今シーズンのほうが脚本練られてる感じがするかな。
 で、エピソードガイドを見て、「あれ、前シーズンにこんな話、あったっけ・・・」と記憶を掘り起こすものがいくつかあり。 やはり昔ほど、真剣に見なくなった様子。 確かに初期のほうが面白い話が多かったけど、記憶に残っているのはそれだけ再放送も見ているから。 最近のは(特にカイトくん時代以降)、再放送見ている余裕があたしにないからな。 個人的には神戸くん時代が好きです。 他のドラマや映画でミッチーを見ても「きゃー!」とは思わないんだけど、神戸くんとしてのミッチーを見ると「きゃーっ、神戸くん!」と盛り上がってしまうので、やはり彼のことが好きなんでしょう。 そしてちょっとの出番でも、神戸くんを見たいがために劇場版をなんとかして観に行ってしまうんでしょう(米沢さんも出るというし)。
 でも個人的に冠城くんもきらいじゃないです。 あの妙にフレンドリーな軽さ、したたか者って感じがよく出てる。
 小野田公顕さんに代わる人はいないけど(だって右京さんと過去の因縁をあれだけ持つ人はもういない)、峯秋さんには別方向の存在として特命係の命運を左右する人物になってくれることを期待してます。
 どうしても『相棒』には<社会派>とか<組織と個人、国家と機密にせまるもの>というレッテルがつきまといますが、でもほんとに『相棒』らしいのは、古き良き探偵小説へのオマージュみたいな事件(謎解き)なんだけどな、と個人的には思ってしまうので・・・劇場版にはやはりある程度のスケール感が要求されてしまう分、通常のテレビシリーズではそういう小さいけれどひねった事件を大事にしてほしい。 初期から名作として語り継がれている作品群には、そういうエピソードだって多いんだから。

ラベル:新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする