2016年12月26日

この世界の片隅に

 公開前からいろんな意味で話題になっていたこの作品、やはりというかなかなかに込んでいた。 このことが「日本映画(特にアニメ)は制作者側が苦労に見合う儲けを得られないおかしな構図である」ともっと世間に広まって改善へのきっかけになってくれるといいな、と思う。
 片渕須直監督は、子供の頃『名探偵ホームズ』(犬の姿をしたやつ)を見ていたので、名前に見覚えはあった。 そのくせ『マイマイ新子と千年の魔法』は観ていないのであるが、そこは<原作・こうの史代>の力は大きい。 『夕凪の街 桜の国』も実写化ではなくアニメにしてほしかったな、と思ってしまったのはこの映画の出来栄えがよかったからであろう。

  この世界の片隅にP2.jpg 昭和20年、広島・呉。 わたしは ここで 生きている。

 物語はすず(のん)の少女時代から断続的に続いていく。
 13年、18年、20年、というように時期は表記され、それが<昭和>であることに観客は気づかされる。 歴史についてはつい西暦で考えがちだが、当時の人々は年号で数える方が当たり前。 そして18歳になったすずは故郷の江波を離れ、よく知らない人・周作(細谷佳正)に嫁ぐため20キロ以上離れた呉にやってきた。 子供の頃から「おまえはぼーっとしとる」と言われ続けているすずだが、絵を描くことは好きで「この情景をどうやって描けばいいのだろう」ということをよく考えている、プラス志向の性格。 戦争が厳しくなり、配給がどんどん乏しくなるなか、<いかに日々の暮らしを充実させるか>が彼女を妻として主婦として成長させていく。
 しかし昭和20年(1945年)8月は容赦なく近づいてくる――という話。

  この世界の片隅に4.jpg 周作さんはかつて、お使いに出て迷子になったすずを見て知っていて、是非彼女と結婚したいといろいろ頼みこんだのだが・・・そんな事情を彼女はまったく気付かない。

 基本的にいい人たちしか出てこない(ので、それにちょっとドキドキする)。 夫と離縁した、と出戻ってくる周作の姉などちょっとしたいじわるキャラはいるものの、彼女がすずにきつく当たる理由や、やがてそんなにイヤミではいられなくなる姿を目にすることになるので気にならなくなる。 戦争中、一般人にとっては必ずといっていいほど悪役として描かれる「憲兵さん」ですらも、息子を戦争に取られ、自分に課せられた役目にただただ懸命な人だったりする。 周作の両親はすずをいつくしみ、ちょっと天然な彼女の性格を理解し、受け入れ、当たり前に家族としてそこにいる。 戦時下であろうとも人々は日常を大事にし、ささやかな楽しみを見い出して生きている、ということを教えてもらってこちらは胸がだんだん詰まってくる。

  この世界の片隅に1.jpg 家事も楽器を演奏するみたいに・・・想像力が、人生を豊かにするのです。
    のん(能年玲奈)はモノローグ含め7割くらいの台詞を一人で喋っている。 監督の演技指導故であろうが、周囲のプロ声優たちと違和感なく作品を成立させ、唯一無二の“すずさん”としてまさに生きている感じは、主演女優賞ものだと思う。

 それはその先の未来を知っているから、どんなにそれが普通の生活になっていたとしても悲劇はすぐ隣り合わせにあることをわかっているから。
 多分、当時すずさんのような人生は特別なものではなかったのだろう。
 彼女にとって幸福なこともあっただろうし、不幸なこともあった。 でもそれは戦時下でなくても起きることであり、戦時下でなければ起きなかったかもしれない。 <時代に翻弄される人々>というのはある意味テンプレだが、たとえそうでも生き続けることが時代への抵抗でもあり自分自身が存在するための意味なのだと、はっきり言葉にはしないけど、すずさんはそう伝えてくれている。

  この世界の片隅に2.jpg 絵を描く、それがすずさんの強み。

 この当時、女性に参政権はなかった(はず)。 いつの間にか都会のえらい人が決めて始まってしまった戦争を彼女たちはただ受け入れる他はなく、けれどそんな過去が、現在のあたしたちの持つ権利へと繋がっている。 時の流れは戻らないし止まらないけれど、でもずっととどまることなく続いているのだと、当たり前だけどあまり実感できないことを、この映画はあたしたちに体験させてくれる。
 そしてそれは戦争だけではないと。
 ただ拡声器で「反戦!」を叫んだりするより、この物語を胸に刻む方が、響く。
 でも政治的な思惑なんかにこの映画を利用されたくない。
 そんな個人的かつ人として普遍的なものがここにはあると思う。

ラベル:映画館 日本映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする