2016年12月06日

奇蹟がくれた数式/THE MAN WHO KNEW INFINITY

 あ、ジェレミー・アイアンズだ!
 それだけで<観る映画リスト>上位に躍り出る俳優は他にもたくさんいるけれど、この前『天文学者の恋文』があったばかりなのに、と「レアものに短期間に出会えたヨロコビ」みたいなものを感じてしまって期待値はさらに上がる。偶然にも、どちらも大学教授の役だが(似合うんだから仕方ないよね)、今回は純粋数学! それも研究に入り込み過ぎて対人関係うまくやれない学者バカ系。 こういうストイックで不器用な役を演じる彼も、大好きです!
 しかしあたしもうっかり者なので「あれ、『奇蹟がくれた数式』だっけ? 『数式がくれた奇蹟』だっけ?」とわからなくなり。 どっちでも意味が通じるから困りもの。
 原題は『無限を知る男』って感じですかね。

  奇蹟がくれた数式P.jpg 私には二つの偉大な“発見”がある――。
       それは彼の才能と、かけがえのない友情だ。

 冒頭、バートランド・ラッセルの言葉の引用で始まり、純粋数学は、ほぼ哲学なのだということを思い出す。
 母国インドで独学で数学を学び、神の啓示のように閃く公式をノートに書きつづっていたラマヌジャン(デヴ・パテル)は、仕事仲間の「その価値をわかってくれる人に伝えないと」という言葉に勇気をもらい、イギリスのケンブリッジ大学に長い手紙を書く。 それを受け取ったのは、1914年当時ケンブリッジ大学で数学者として高い地位を築いていたG・H・ハーディ(ジェレミー・アイアンズ)だった。 素数を示す公式ができたというその内容に、はじめは同僚にして悪友のリトルウッド(トビー・ジョーンズ)のいたずらだと思ったのだが、リトルウッドはそれを否定。 二人でその手紙の検討に入ると・・・証明はできていないがこの発想は素晴らしい、と彼をケンブリッジに招聘することにする。 しかしラマヌジャンは厳格なヒンズー教徒で、「海を渡ってはいけない」という家の戒律もあり、母親は大反対。 結婚したばかりの妻を置いていくのも忍びない。 しかし妻は「いつか私をイギリスに呼び寄せて」とラマヌジャンの背中を押すのだった。
 そして訪れたケンブリッジ大学の荘厳な空気、科学が積み上げてきた歴史を前に圧倒されるラマヌジャンだったが、とにかく今の自分にできることは研究を進めて発表すること、とひたすらペンを握る。 だが、ハーディ教授には「証明ができていない」と再三のダメ出しをくらってしまい・・・という話。

  奇蹟がくれた数式6.jpg インド時代が丁寧に描かれているのも好感触。

 時代は第一次大戦直前、インドはまだ英国の支配下(余談ではあるが、子供の頃アガサ・クリスティ作品に必ずインド帰りの人が出てくるのは何故なんだろうと不思議だったけど、そういうことだったんですよね)。 そのあたりは露骨な差別や習慣への不理解といったあたりにあらわされていて、なおかついちばん違うのが数式に対する考え方。 「だいたいこの通りで説明がつくんだからいいじゃないか」という東洋側と、「誰もが納得できるような厳密な証明がされてこそ意味がある」という西洋的考え方の根本的な対立。 おまけに人と人との信頼関係・情を大事にしたいラマヌジャンと、数式にしか目がいかず、ラマヌジャンが怪我をしていることにも何日も気づかないある意味個人主義、そもそも人間に興味がないのではというハーディでは、すんなりと理想的な師弟関係にはなるはずもなく。

  奇蹟がくれた数式2.jpg それでも二人を繋ぐのは“数学”への想い。

 なにしろ当時のケンブリッジには女性がほとんどいないから、二人を取り持ってくれる(そしてラマヌジャンの食生活に気を配ってくれる)ようなおせっかいおばさんは存在しないし、それでもリトルウッドやバートランド・ラッセルがハーディに忠告はしてくれるんだけど、自分を含めて人間に興味がないハーディにはまったく響かないという残念さ。
 見方によってはとても冷たい人なんだけど、ジェレミー・アイアンズだからかハーディはただ不器用なだけに見え、次第に気持ちがかたくなになっていくラマヌジャンとともに観ていてとても歯がゆい。
 おせっかいおばさん的存在は、やっぱり必要だ!
 こんなハーディが曲がりなりにも大学教授をしていられるのは、同じような研究バカが集まっている大学という環境のおかげだし(そんな大学の中でだって政治的駆け引きはあるのだが気付かないからね)、そんな彼を理解してくれる同僚や秘書(召使い?)がいてくれるからこそなんだけど、彼はそんなありがたさに気づいていなかった。 ラマヌジャンが現れて、彼の世界を揺るがすまでは。

  奇蹟がくれた数式3.jpg リトルウッド、超いい人だ。

 つまりはこの映画、ラマヌジャンという天才の存在を広める目的のように見えながら、実はハーディの内面的成長を描いたものだったりする。 感情なんてそもそも検討する価値もない、みたいだったハーディが、いつしかラマヌジャンのために(文字通り)奔走するまでになる心の動き、そのことに自分で戸惑いつつも次第に受け入れていく様子を、ジェレミー・アイアンズはいつも通りの端正さで、でも色気は控えめにして数式を解くように細心の注意を払って演じている。

  奇蹟がくれた数式4.jpg だからこそ彼の微表情から、こっちは感情を読み取れるようになってくる。

 その分、ラマヌジャンを演じるデヴ・パテルは感情の緩急をどんどん表に出せるので、二人の対比がより素晴らしいことに。 デヴ・パテルくん、『スラムドッグ$ミリオネア』の頃の少年ぽさがなくなって、すっかりたくましくなっている(そういう役ができるようになった)ことに感銘を受けましたよ。

  奇蹟がくれた数式5.jpg 次第にやつれていく様も、また壮絶で。

 ラマヌジャンがケンブリッジにいた期間は決して長いものではなく、その後も彼は研究を続けたものの当時の人々に完全に理解されることは難しく、けれど現代の技術に応用されている考え方がもうその当時には出来上がっていた。
 証明は確かに大切だけれど、ひらめきこそがその人の独自性。 けれど天才を見抜く人の存在がなければ、その才能は広まらない。
 科学と芸術はとても似ている。
 そして誰と出会うかによって人生が決まるってところも<運命>っぽい。
 偶然に似た運命ほど美しいものはない、と思わせてくれる佳作。
 数学的理解が難しい人(あたしだ・・・)でも大丈夫につくってあるのはいいのだが、その分、ラマヌジャンの功績が伝わりにくい・・・今でも彼のひらめきは研究対象であるということで、時代の先を行っていたことは伝わるかな。 あまりやると難しくなりすぎるし・・・バランスや匙加減もまた難しい題材を、うまく処理したなぁ、という感じ。
 ジェレミー・アイアンズ、いい仕事選んでくれてるなぁ。 ラマヌジャンについて、もっと知りたくなっちゃうもんね!

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする