2016年12月11日

蜂のざわめき/ヴァレリー・ギアリ

 いろいろ読みかけのシリーズを抱えているくせに、不意に気になって手にとってしまうときもある。 そんな典型。
 舞台はアメリカ、オレゴン州の小さな町。 少し前に母親を病で亡くして「天国なんてない、死んだら何もかもなくなる」とかたくなな気持ちになる15歳のサム(サマンサ)と、幼い頃から霊的なものが見えて、彼らに自分の身体を乗っ取られてしまうことに懸命に抵抗して生きてきた10歳の妹オリー(オリヴィア)。 だからオリーは近くにあまりに力の強いものがいると彼らの言葉を喋らされてしまうので、ときどき口をきかなくなり、ヘンな子供と思われている。 特に、悲しみに抵抗している姉にとってはただひたすら、自分を手こずらせる、信じないものを信じている振りをしている困った妹だと。
 そんな二人が、近所の川で若い女性の死体を発見する。 引き上げるまもなく、通報することもできず死体は川を流れていってしまう。
 そんな姉妹二人の最悪で、忘れがたい夏のこと。

  蜂のざわめき.jpg 表紙には夏を感じさせる要素はないけれど。

 父親が変人であるといろいろと町で噂になっていることもあり、サムは父親を疑ってしまい、その後、容疑を晴らそうとしてものっぴきならない羽目に落ち込む。 オリーはオリーでいろんなものが見え、<それ>らが伝えてくる情報もあるのに誰にも知らせることができないというジレンマを抱えている。
 殺人事件にスピリチュアル要素は反則だろ、と思う向きもあるでしょうが、なにしろ相手はティーンエイジャーですし、そうでなくても現実世界と折り合いをつけるのが難しいお年頃、あまり気になりません。 むしろ、本心ではお互いを思いやりつつも実際には衝突しがちな姉妹の様子がリアル。
 小さな町の出来事なので犯人の意外性などはそんなにないものの、狭い世界に生きているからこその<生きていく上で、しでかしてしまった過ちと償い>の残酷さがくっきりと浮かび上がる。

 原題の“CROOKED RIVER”はオレゴン州に実在する川の名前らしい。
 遺体が見つかった川なのかもしれない。 でもそれでは日本人にはわかりにくいから、姉妹の父が養蜂をしていることと(ミツバチは基本穏やかな性格だが)、姉妹の不安(特にサムはミツバチの身の上を自分の境遇に重ねている部分あり)とを掛け合わせた『蜂のざわめき』という邦題はふさわしいかな、と思う。

 「めちゃくちゃ面白いです!」と万人に薦めたいというわけではないのだが、なんだか自分の心に引っかかる忘れがたい作品。
 そういう出会いもまた、タイミングです。

ラベル:海外ミステリ
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2016年12月10日

もうこんな時期なの!(悲鳴)

 えっ、マジか!
 というのが正直な感想です。
 もう、これが出る時期になったなんて・・・。

  このミス2017.jpg このミステリーがすごい! 2017年版
 そして手に入れたはいいがしっかり読んでいる余裕も今はない・・・。
 あ、『静かな炎天』『ミスター・メルセデス』は高評価!
 でも『霜の降りる前に』はトップテン入りならず、か・・・(リストアップはされているけど)。
 とりあえずあたしの目的は<わが社の隠し玉>だ!
 匿名座談会が復活しているのはうれしいが、どうもこれまでとは趣旨が違う感じだ・・・もともとマニアックなムックであることには変わりないのに、何故かいつのまにか権威化されてしまったのが問題なんだろうな・・・あぁ、難しい。 

ラベル:このミス 新刊
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2016年12月09日

今日は早く帰ります!

 今日はまだ神戸ルミナリエ開催中・・・でもあたしは18:55からの映画をシネ・リーブル神戸で絶対観たいのです! その前に神戸の風景写真のポストカードも数枚買いたいのです! だから早く帰ります!
 と、早退したわけではないが定時そこそこで仕事場を出たかったあたし、なんやかんやで希望通りにはいきませんでしたが、予定の30分遅れぐらいで事務所を出る。 三ノ宮で降りるから、タイミングよく新快速に乗れたのもよかった。
 しかし交通規制はすでに始まっており、駅前から横断歩道を渡るのにも「右側通行をお願いします」と赤いライト棒とホイッスルと拡声器がそばにある。
 シネ・リーブル神戸に向かうには、三宮からにせよ元町駅からにせよ、ルミナリエに向かう人々の列を二度横切らないといけない。 横切ることができる場所は決まっているため、多少遠回りでもそこに行かなくてはならないし、かといっていつでも通れるわけではない(ある程度横断する人たちがたまってから、そして横断できる場所は一カ所ではないのでそことの兼ね合いと、ルミナリエに向かう行列も制御しなければならない)。 だから時間は多めに見積もらないといけないのである、この時期は。

 関西圏から比較的離れたところに住んでいる方々への年末のご挨拶には神戸の絵葉書を使っているのだが、さすがに10年以上ともなるとネタも尽きてきた・・・一応観光地でもあるんだからお土産用のポストカードとか、毎年新しいの出してもらえませんかね!
 もしくは自分で撮ってポストカードプリントしろと(・・・だんだん、そんな気になってきている)。
 とはいえ、今回も無事新しい絵柄を購入できた。 値段はちょっと高くついたが。
 そして運よく、行列横断もそんなに待たずにすんで、時間前に映画館に到着できました!
 チケット買ったらすぐ開場呼び出しだったけどね。
 上映後はまだ21時台だったので、ルミナリエはまだ終わっていなく・・・どうやって帰っていいかわからん!、と一瞬なりました。
 でも人の流れはさすがに少なくなっており、規制用の白い金属柵を片付けている方々もいて、「毎日これやってるんだよなぁ、大変だなぁ」と改めて感じ(夜片づけるということは、翌日の夕方前にまた設置するということ)。
 帰りは元町駅から電車に乗れば、そこで今年のルミナリエは11日までだと知る。
 あ、次の日曜日。 じゃあもう映画館に行くのを邪魔されないわ!、と運営のみなさんの苦労を一瞬で忘れて安心したあたし。 どうもすみません。

ラベル:季節もの
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2016年12月08日

暗殺者の森/逢坂剛

 <イベリア・シリーズ>もついに第6弾。 残すはこれとラスト一作になりました。
 となると読むのがペースダウン。 上巻は比較的早かったんだけど、下巻になかなか手をつけない、心の中で「読み終わりたくない願望」が抵抗をはじめたようです。
 とはいえ、作中でも時間は過ぎていき、ドイツの敗戦はもうすぐそこまでとなっているので、これまでの緊迫感が若干薄れてきた、ということなのかもしれません。

  暗殺者の森1.jpg暗殺者の森2.jpg これまたタイトルと内容がリンクするようなしないような・・・。

 上巻はほぼ、ドイツ軍内部による最大のヒトラー暗殺作戦の顛末(トム・クルーズ主演の『ワルキューレ』で描かれていた内容と結構かぶる)で、レギュラーメンバーほとんど出てこないんだけどそれが気にならないのは、もうこのシリーズが<歴史の流れとそれに翻弄される個人>を描いているものだという認識がこちら側にあるからでしょう。
 下巻ではまたも出会っては引き裂かれる北都とヴァジニアが描かれておりますが、今更ですがベルリンに派遣されている日本のジャーナリスト・尾形正義(一作目から登場)が実はいちばんおいしいキャラクターなのでは、ということに気づかされ。
 決して主役ではないけど、彼ほど様々な場面に立ち会い、物事を知る立場にいる人は他にいないのではないか。 ちょっと便利に使われている感もあるけれど、狂言回し的立場でもあり、客観的にすべてを見ている読者に近い位置にある登場人物でもある。 だから彼はきっと生き残るだろうな、と思います。
 ヒトラー暗殺に文字通り命をかけた人々を上巻分かけてじっくり描いたにもかかわらず、ヒトラーの自殺に関しては伝聞の数行で終わり、というあっさりさ加減もまたこのシリーズらしい。
 この『暗殺者の森』がシリーズ中いちばんページ数少なかったような気がするんだけど(いっそのこと一冊でよかったと思う)、こんなんで次、最終巻で大丈夫なのかしらと思ったら『さらば、スペインの日日』はこれの倍くらいの厚さでした(持ったときの印象)。
 グランドフィナーレ、最後まで楽しませてもらいます。

ラベル:国内ミステリ
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2016年12月07日

一触即発!

 先日のことですが・・・仕事からの帰宅のため乗った電車の車内で、掴み合い&怒鳴り合い、という光景を目撃。
 しかも胸倉掴んで怒鳴っているのは20代と思しき女性、掴まれているのはシニアな男性。 「なぜ人のことを突然殴るのか」&「殴っていいと思っているのか」的なことをミナミ方向の大阪弁で言っているのは伝わりますが、はっきりとどんな言い回しだったかは再現できません。
 シニア男性の奥様らしき方は上品な感じで平謝りなんだけど、20代女性の怒りはまったく収まらず。 シニア男性も反論しようとしてしまうので火に油を注ぐ。 車内のちょっと離れたところから「みっともないからやめんか」というどこかのおじさんの声(ヤジ?)も軽くスルー。
 いさかいはヒートアップするばかり。

 こういうとき、どうしたらいいんでしょうね〜。
 仲裁に入るべき? でも結構混んだ電車だったので近くまで移動がまず難しい。
 当事者に任せるべき? しばらく居心地悪い思いをすることになるけど。 更にヒートアップするようならさすがに近くの人が止めるか・・・。
 謝っているのは奥様ばかりなので、20代女性、「あんたはもういい、このジジイにあやまらさんかい!」と言ったところで、シニア男性が「おお、すまんかったな!」と明らかに言い方は挑戦的だったのだが一応非を認めた形になったので、決着。 それからすぐに電車が駅に止まり、人々の大移動が始まったので車内に渦巻いていた緊張感は一気に霧散した。
 で、「びっくりしましたね〜」と近くにいた人たちの話が断片的に聞こえてくるのを総合してみたところ、このような状況だったらしい。

 二人掛け座席に座っていた20代女性に、シニア男性が席を譲れ、もしくはちょっとずれてくれ的なことを話しかけたようなのだが、20代女性はイヤフォンで音楽を聴いており、それが聞こえなかった。 で、ずっと椅子に座っていたら態勢を変えたくなることってありますよね。 たまたまそのとき、20代女性が足を組みかえようとしたみたいで、それを見たシニア男性、蹴られる、と思い込んだらしくとっさに先制攻撃に出て20代女性の頭を殴った(というか、ぽかりとやった程度だとは思いますが)。 それに20代女性激昂、件の流れとなったようです。
 なんともタイミングが悪い・・・。
 まず、とっさに手が出る、ということはそのシニア男性はもともとそういう傾向にある人だ、というのが問題(奥様がうろたえることなくすごく冷静に対応していたのはさすが年の功ということもあると思いますが、普段から怒りっぽい夫のフォローをして慣れているという証拠かもしれず)。
 けど、突然意味不明に頭をはたかれたとはいえ、初対面の相手を面と向かって「ジジイ」呼ばわりする(しかも胸倉つかんじゃう)方もどうかと・・・。
 まぁ、「どっちもどっち」だからこういう展開になっちゃったんでしょうけど。 片方が冷静、もしくは普通に対応してたら車内全体が注目するほどのことは起きなかったはず。
 だから大阪はガラが悪いって言われちゃうんだよなぁ・・・とちょっと残念な気持ちに。

 それとも常に戦闘体制にいないと生きていけない地域が、今でもあるってことですか?
 神戸に来て10年以上になるけど、関西の謎はさっぱりわからないなぁ。 そこまで踏み込もうとしていないし、よそ者意識もあるからかもしれません。
 結構いろんなところ転々としてきたせいか、心底「ここが自分の地元!」と胸を張れる場所が実はないのですよね。 そんなことまで考えさせられてしまった。

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2016年12月06日

奇蹟がくれた数式/THE MAN WHO KNEW INFINITY

 あ、ジェレミー・アイアンズだ!
 それだけで<観る映画リスト>上位に躍り出る俳優は他にもたくさんいるけれど、この前『天文学者の恋文』があったばかりなのに、と「レアものに短期間に出会えたヨロコビ」みたいなものを感じてしまって期待値はさらに上がる。偶然にも、どちらも大学教授の役だが(似合うんだから仕方ないよね)、今回は純粋数学! それも研究に入り込み過ぎて対人関係うまくやれない学者バカ系。 こういうストイックで不器用な役を演じる彼も、大好きです!
 しかしあたしもうっかり者なので「あれ、『奇蹟がくれた数式』だっけ? 『数式がくれた奇蹟』だっけ?」とわからなくなり。 どっちでも意味が通じるから困りもの。
 原題は『無限を知る男』って感じですかね。

  奇蹟がくれた数式P.jpg 私には二つの偉大な“発見”がある――。
       それは彼の才能と、かけがえのない友情だ。

 冒頭、バートランド・ラッセルの言葉の引用で始まり、純粋数学は、ほぼ哲学なのだということを思い出す。
 母国インドで独学で数学を学び、神の啓示のように閃く公式をノートに書きつづっていたラマヌジャン(デヴ・パテル)は、仕事仲間の「その価値をわかってくれる人に伝えないと」という言葉に勇気をもらい、イギリスのケンブリッジ大学に長い手紙を書く。 それを受け取ったのは、1914年当時ケンブリッジ大学で数学者として高い地位を築いていたG・H・ハーディ(ジェレミー・アイアンズ)だった。 素数を示す公式ができたというその内容に、はじめは同僚にして悪友のリトルウッド(トビー・ジョーンズ)のいたずらだと思ったのだが、リトルウッドはそれを否定。 二人でその手紙の検討に入ると・・・証明はできていないがこの発想は素晴らしい、と彼をケンブリッジに招聘することにする。 しかしラマヌジャンは厳格なヒンズー教徒で、「海を渡ってはいけない」という家の戒律もあり、母親は大反対。 結婚したばかりの妻を置いていくのも忍びない。 しかし妻は「いつか私をイギリスに呼び寄せて」とラマヌジャンの背中を押すのだった。
 そして訪れたケンブリッジ大学の荘厳な空気、科学が積み上げてきた歴史を前に圧倒されるラマヌジャンだったが、とにかく今の自分にできることは研究を進めて発表すること、とひたすらペンを握る。 だが、ハーディ教授には「証明ができていない」と再三のダメ出しをくらってしまい・・・という話。

  奇蹟がくれた数式6.jpg インド時代が丁寧に描かれているのも好感触。

 時代は第一次大戦直前、インドはまだ英国の支配下(余談ではあるが、子供の頃アガサ・クリスティ作品に必ずインド帰りの人が出てくるのは何故なんだろうと不思議だったけど、そういうことだったんですよね)。 そのあたりは露骨な差別や習慣への不理解といったあたりにあらわされていて、なおかついちばん違うのが数式に対する考え方。 「だいたいこの通りで説明がつくんだからいいじゃないか」という東洋側と、「誰もが納得できるような厳密な証明がされてこそ意味がある」という西洋的考え方の根本的な対立。 おまけに人と人との信頼関係・情を大事にしたいラマヌジャンと、数式にしか目がいかず、ラマヌジャンが怪我をしていることにも何日も気づかないある意味個人主義、そもそも人間に興味がないのではというハーディでは、すんなりと理想的な師弟関係にはなるはずもなく。

  奇蹟がくれた数式2.jpg それでも二人を繋ぐのは“数学”への想い。

 なにしろ当時のケンブリッジには女性がほとんどいないから、二人を取り持ってくれる(そしてラマヌジャンの食生活に気を配ってくれる)ようなおせっかいおばさんは存在しないし、それでもリトルウッドやバートランド・ラッセルがハーディに忠告はしてくれるんだけど、自分を含めて人間に興味がないハーディにはまったく響かないという残念さ。
 見方によってはとても冷たい人なんだけど、ジェレミー・アイアンズだからかハーディはただ不器用なだけに見え、次第に気持ちがかたくなになっていくラマヌジャンとともに観ていてとても歯がゆい。
 おせっかいおばさん的存在は、やっぱり必要だ!
 こんなハーディが曲がりなりにも大学教授をしていられるのは、同じような研究バカが集まっている大学という環境のおかげだし(そんな大学の中でだって政治的駆け引きはあるのだが気付かないからね)、そんな彼を理解してくれる同僚や秘書(召使い?)がいてくれるからこそなんだけど、彼はそんなありがたさに気づいていなかった。 ラマヌジャンが現れて、彼の世界を揺るがすまでは。

  奇蹟がくれた数式3.jpg リトルウッド、超いい人だ。

 つまりはこの映画、ラマヌジャンという天才の存在を広める目的のように見えながら、実はハーディの内面的成長を描いたものだったりする。 感情なんてそもそも検討する価値もない、みたいだったハーディが、いつしかラマヌジャンのために(文字通り)奔走するまでになる心の動き、そのことに自分で戸惑いつつも次第に受け入れていく様子を、ジェレミー・アイアンズはいつも通りの端正さで、でも色気は控えめにして数式を解くように細心の注意を払って演じている。

  奇蹟がくれた数式4.jpg だからこそ彼の微表情から、こっちは感情を読み取れるようになってくる。

 その分、ラマヌジャンを演じるデヴ・パテルは感情の緩急をどんどん表に出せるので、二人の対比がより素晴らしいことに。 デヴ・パテルくん、『スラムドッグ$ミリオネア』の頃の少年ぽさがなくなって、すっかりたくましくなっている(そういう役ができるようになった)ことに感銘を受けましたよ。

  奇蹟がくれた数式5.jpg 次第にやつれていく様も、また壮絶で。

 ラマヌジャンがケンブリッジにいた期間は決して長いものではなく、その後も彼は研究を続けたものの当時の人々に完全に理解されることは難しく、けれど現代の技術に応用されている考え方がもうその当時には出来上がっていた。
 証明は確かに大切だけれど、ひらめきこそがその人の独自性。 けれど天才を見抜く人の存在がなければ、その才能は広まらない。
 科学と芸術はとても似ている。
 そして誰と出会うかによって人生が決まるってところも<運命>っぽい。
 偶然に似た運命ほど美しいものはない、と思わせてくれる佳作。
 数学的理解が難しい人(あたしだ・・・)でも大丈夫につくってあるのはいいのだが、その分、ラマヌジャンの功績が伝わりにくい・・・今でも彼のひらめきは研究対象であるということで、時代の先を行っていたことは伝わるかな。 あまりやると難しくなりすぎるし・・・バランスや匙加減もまた難しい題材を、うまく処理したなぁ、という感じ。
 ジェレミー・アイアンズ、いい仕事選んでくれてるなぁ。 ラマヌジャンについて、もっと知りたくなっちゃうもんね!

ラベル:映画館 外国映画
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2016年12月05日

今日は5冊。

 時間がたつのは早い、といろいろ改めて焦り始めた今日此頃。
 やはりどうも、あたしは危機感が薄い。

  処刑人シャーリー・ジャクスン.jpg 処刑人/シャーリー・ジャクスン
 今回の目玉はこちらです。
 なんとなく短編のイメージが強いシャーリー・ジャクスンに、こんな立派な長編があったのか! とはいえ、300ページぐらいなんですけど、『ずっとお城で暮らしてる』は200ページ前半だったような印象だし、十分長編な感じ。
 そしてテーマはまたしても、<少女のあやうさ>ときたら! まさに真骨頂でしょう。

  犯罪の大昭和史 戦前.jpg 昭和の大犯罪史 戦前/文藝春秋編
 こういうのを手にとっちゃう自分もどうかなぁと思いつつ、ぱらぱらとめくってみれば、主だった事件について大概知ってる自分も更にどうよ・・・なのではありますが、執筆陣がなかなか豪華で、ある意味資料的価値?、的な。
 <戦後>バージョンは出るのでしょうか。

  オシリスの眼.jpg オシリスの眼/オースティン・フリーマン
 これは何度か悩んで・・・でも「本邦初完訳」に背中を押された感じ。
 ソーンダイク博士ものです。 それに古代エジプトにも弱いんだ、あたし。

  雪の炎.jpg 雪の炎/新田次郎
 これもちょっと悩みました。 新田次郎で光文社文庫って珍しいのでは。
 しかもあたしの新田次郎のイメージは、実話ベースのシリアス社会派。 なので完全フィクション、むしろエンタメ寄りの作品というイメージがわかない。 とはいえ登山関連なんだけど、恋人が山で死んだのだが事故ではなくどうも殺されたらしい、しかも産業スパイが絡んでいるらしいなんて、まるで二時間ドラマのあらすじじゃないか!
 逆に興味を持ってしまいました。

  はじめてのゼンタングル.jpg はじめてのゼンタングル/さとういずみ
 だいぶ前ですが、ヤマちゃんさまに“ゼンタングル”という存在を教えていただき、興味はわいたのですが「あたしにはイラストロジックがあるから」と踏み込まなかったのでした。
 しかし今回、仕事で使うペンのリフィルなどを探してナガサワ文具をうろうろしていたら、製図用ペンの周辺に<ゼンタングル・コーナー>ができており、そこにこれがありまして。
 ぱらぱらめくってみたら・・・あら、なんか楽しそう!
 「絵心ゼロからのスタート」というのにも心惹かれ。
 イラストロジックも捨てられませんが、これにもちょっとはまりそうです。

ラベル:新刊
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2016年12月02日

ルミナリエだった!

 今日は用事があったので、いつもより早く仕事場を出て電車に乗る。
 おや、今日は妙に電車が込んでいるじゃないか、金曜日の夜なのに。 あ、そうか、梅田で飲み会とかでいつもより早い人が多いのかな?、と勝手に思っていましたが・・・大阪駅過ぎても人が減りやしない! むしろ増えてる!
 あたしは三ノ宮で降りたのですが、「神戸ルミナリエ会場にお越しのお客様、元町駅でお降りください。 元町駅でお買い求めになられた切符では三ノ宮駅からのご乗車はできません」という車内アナウンスに「はっ!」っとする。
 そ、そうか、今日からルミナリエだったのか!
 一応地元民のクセに、いつも忘れがち・・・(というか、開催日が固定になっていないのが、がっつり興味のない人たちに定着しない問題ではないだろうか)。
 あぁ、今日の映画、シネ・リーブル神戸じゃなくてよかった・・・それでなくとも時間がぎりぎりなのに。

 帰りはちょうどルミナリエ帰りの人たちとぶつかってしまい、微妙に混雑。
 でもいつも夜が早いさんちかの飲食店が、一部営業時間を延長していたのが印象的でした(営業時間延長をはじめた年はほぼ全店参加、って感じだったのに、それが今は一部しかやっていない、というのがね・・・)。

ラベル:季節もの
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2016年12月01日

インフェルノ/INFERNO

 予告を見て、「ラングドン教授、老けたなぁ」と思ってしまったものの、原作を読んでから観た『ダ・ヴィンチ・コード』はいまいちで、読まないで観た『天使と悪魔』は面白かった。
 それに、イタリアが主な舞台になる都合上、ヨーロッパの実力派俳優さんたちが惜しげもなく脇役に投入される贅沢さ、好みです。
 <映画で見る世界遺産・謎解きつき観光案内>という気持ちで出かける。 今回も原作は読んでいない。 トム・ハンクスが出る、タイトルから多分ダンテの『地獄篇』がモチーフ、という予備知識しかありません!  というか、『ダ・ヴィンチ・コード』がすでに10年前の作品だということにショックを受けたよ・・・そりゃ教授、老ける(そしてあたしも)。

  インフェルノP.jpg 人類は滅びる 全てはお前次第だ。

 きゃー、ラングドン教授、どうしちゃったの?!、というくらい、冒頭から教授自身はなにがなんだかわからない状況に陥っており、観客たるあたしもそれについていけないほどの混乱状態に唖然とする。 これが<煉獄>?
 とはいえ、ダンテに辿り着くまで映像的にはスピーディーなはずだが、あたしはなんだかだれてしまった(つかれていたのだろうか)。
 「ここはどこ、私は誰」状態で不意に悪夢から目覚めたロバート・ラングドン教授(トム・ハンクス)は、治療にあたっている医師のシエナ・ブルックス(フェリシティ・ジョーンズ)からここはフィレンツェの病院であること、頭部に銃創があるのでそのショックで一時的に記憶が混乱していると説明される。 自分は狙われたのか? だがまったく思い出せない教授のもとに銃を持った暗殺者が出現、シエナの手引きで病院を抜け出す。 一体何故教授は命を狙われるのか? 教授は持ち物とあやしげな記憶を頼りにどうにか真実に近づこうとするが、WHOの職員、謎の秘密組織らもまたラングドン教授を追いかけており、その追いつ追われつはフィレンツェ、ヴェネツィア、イスタンブールと続いていく・・・という話。

  インフェルノ4.jpg 追いかけられるのに慣れてしまったのか、教授の逃げ道は誰も知らないような古い抜け道だったりする(近々の記憶はないのに蘊蓄は健在)。

 予備知識ゼロなので、フェリシティ・ジョーンズが出てきたことにまずびっくりだったし、WHOの職員クリストフ・ブシャール(オマール・シー)、秘密工作組織のトップであるハリー・シムズ(イルファン・カーン)、冒頭でいきなり死ぬもののその存在感は最後まで残り続けるバートランド・ゾブリスト(ベン・フォスター)など、「おぉ、この人も出てるか?!」という驚きでわくわく。 イルファン・カーンさんはハリウッドでストレートプレイをするインド人俳優の今の第一人者になっているのでは! 今回もあやしげで冷酷だけど義理人情に厚い、という不思議なキャラを妙な説得力で演じちゃってた。
 いきすぎた正義感と理想主義がゆがんだ手段を選んでしまう、というのは古今東西よくある話なのではあるが、科学技術が進んだ結果、「その気になればできる」となってしまっている現状、そして科学がある程度前提となった世界でありながらヘンな神秘主義に傾倒する人々が絶えないっていうのはどういうことなのか。
 人間とは基本的に愚かである、というのがこのシリーズの隠しテーマなのだろうか。

  インフェルノ3.jpg ゾブリストの講演会(?)。 アメリカってこういう感じ、多いよなぁ。

 とはいえ、「ラングドン教授の世界でも<無差別テロ>が出てきてしまうか・・・」という妙な感慨にふけってしまったのも事実。 誰が信用できる人なのかそうじゃないのか、誰の言葉が事実なのかわからない、裏切りに次ぐ裏切りというスパイ映画的要素もあり、「これじゃ<知のインディー・ジョーンズ>じゃなくて<知のジェイソン・ボーン>じゃないか・・・」と思ってしまいました。
 でもこのシリーズの中では上映時間は短い方だし、多分かなり原作をはしょっているのだろうな、というのはわかる。 映画的に<絵になる>ストーリー展開を優先したんだろう。
 でもあたしはどうも、“ゾブリスト”が人の名前に思えなくて(シオニスト、みたいな?)、団体名のように感じてしまってちょっと困った(実際、ゾブリストはある団体の代表であるから余計に)。
 そんなわけでいまひとつ納得できないところはあるものの、ラングトン教授と昔わけありだったらしいWHOのエリザベス・シンスキー(シセ・バベット・クヌッセン)のゴージャスで歳を重ねることを受け入れた美しさと佇まいにはみとれました。
 こんな感じの人になりたい・・・。
 彼女もどこかで観たことある人なんだけど、フィルモグラフィ調べても心当たりがない・・・海外ドラマかしら。
 やっぱりこのシリーズの魅力は、キャストだ。

ラベル:映画館 外国映画
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