2016年12月31日

ドント・ブリーズ/DON'T BREATHE

 今年の最後を締めくくったのはホラー映画となりました。
 なんかで宣伝されていたのだろうか、ほぼ満席といっていいくらいめちゃめちゃ込んでいた! しかも高校生や大学生といった若い人たち中心で、ホラー映画ファンの一人客はあたしを含め大変肩身の狭い思いを。 しかしその価値はあった!
 最近のホラーはジェイムズ・ワン系が多かったので、製作総指揮サム・ライミの突き抜けた感じもまた大変好きだということを思い出しました(フェデ・アルバレス監督はリメイク版の『死霊のはらわた』を撮った人)。

  ドントブリーズP3.jpg 20年に一本のアメリカ発恐怖の作品!
     この家から生きて脱出したければ、息をするな・・・

 舞台はすっかり寂れてしまったデトロイトの田舎町。
 妹を連れてとにかく早く町を出たいロッキー(ジェーン・レヴィ)は、父親がセキュリティ会社で働いているのでパスワードや鍵を持ち出し放題のアレックス(ディラン・ミネット)と彼氏のマニー(ダニエル・ゾヴァット)とともに留守の豪邸に侵入し一回一万ドル以内の窃盗を繰り返していた(一万ドル以上の被害額になると強盗罪になってしまい、捕まったときの刑が重くなるため)。
 古買屋は盗品だとわかっているので安く買いたたき、目標額にはまだまだ遠い。 ある日、マニーがしこたまお金を隠し持っている老人がいることを聞きつけてくる。 調べてみるとその老人は娘を事故で失い、その賠償金として30万ドル受け取っているという。 しかし使った気配はなく、ご近所とも没交渉(そもそもご近所、空き家が多い)。 ただその老人(スティーヴン・ラング)は実戦経験のある元軍人なのだが、戦場でけがをし、盲目だという。
 これはちょろい仕事だぜ!、と盛り上がる三人だったが、それが恐怖の始まりだった・・・という話。

  ドントブリーズ2.jpg バカ3人。 何故夜を待って侵入するとかわざわざ自分たちに不利なことをするのか・・・。

 まずメインの若者三人組がバカすぎて情けない。 ろくでもない母親が家にいて、賢い妹にちゃんとした環境を用意してあげたいという姉としてのロッキーの気持ちはわかるが、その手段が犯罪ってどうよ。 おまけにマニーは留守宅に侵入して金目の物を盗むことより家の中をめちゃくちゃにすることの方にヨロコビを見い出すタイプ。 こんな男を恋人にするようではろくでもない女確定である。 しかもいちばんまともそうなアレックスはロッキーに恋しているのがばればれなのに、その気持ちを利用しちゃってない?
 しかも相手は老人で目が見えないから勝ったも同然、とうかうかしているけれど、元軍人ですよ? 目が見えなければ他の感覚が俊敏になるとは考えないのか? しかも理不尽に娘を失っているとあれば人間不信のかたまりですよ。 すっごいやばいことをしようとしていることに気づけ! しかし気づかないのですよね(まぁ、気付いたらこの話は成立しないですが)。

  ドントブリーズ1.jpg 老人の動きを目にして、やばいことになったと気づいてももう遅い。 息を止め、気配を消すので精いっぱい。

 だが、とふと考える。 バカであることは悪いことなのか?
 わかっててバカなのは手に負えませんが、バカではない道を選択することができない人たちもいるわけで。 世の中にはびこる理不尽さや不公平さというものに、実は真っ向からテーマを突き付けてくる映画だったりするのですが・・・まぁそんなことを考えずともお化け屋敷感覚でぞっとするのもよろしいかと。 でも後味はよろしくないので、ご注意ください(B級ホラーにありがちな、続編ができそうな終わり方)。

  ドントブリーズ4.jpg アレックス役の人、数年前のローガン・ラーマンを彷彿とさせる顔立ち。 ということはいい人もそうでない人の役もできるお得顔ということかも。

 そんなわけで三人に同情できるような同情できないような・・・しかも俊敏な感覚の持ち主でもやっぱり目が見えないんだなとわかる不潔さを見せつける一瞬のシーンには思わず悲鳴が出そうになる。 しかしほぼ満席の映画館は水を打ったように静かなのだ。
 音をたてたら、老人がこっちを向きそうな気がするから!
 という、低予算ながらアイディアとすぐれた演出・カメラワークで魅了するリアル感。 ホラー映画ってこうじゃなきゃねー、と思わせてくれる力作。
 そして思うのは、バカであることは悪いことではないかもしれないが、強欲はやはり悪である、ということだろうか。

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2016年12月30日

ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気/FREEHELD

 ジュリアン・ムーア新作、となれば観ずにはいられない。
 小規模系映画かつドキュメンタリー作品を劇映画化という流れなれど、趣旨に賛同した彼女が出演を快諾したというおまけつき。 そりゃ彼女のファンなら観るしかないでしょう!

  ハンズオブラブP.jpg 愛があなたを強くする。
     ニュージャージー州、オーシャン郡
     一人の女性の願いが、全米の人々の心を動かした――。

 ニュージャージー州オーシャン郡で、有能なベテラン刑事として働くローレル(ジュリアン・ムーア)だが、警察という男社会で生きてきたが故に、自分がレズビアンであることは誰にも告白できないでいた。 刑事という立場上、“発展場”のようなところで相手を探すこともできない。 しかしある日、休日のバレーボール練習サークルでステイシー(エレン・ペイジ)という若い女性と出会う。 彼女はボーイッシュな外見で同性愛者であることを隠さず堂々としていた。 年齢も生活環境も違う二人だが、いつしか惹かれあい、ついには<パートナー制度>(同性婚は認められていないので、それが法的にできる精一杯)に申し込んで一緒に家を買って暮らすことに。
 が、幸せな日々はあまり長く続かず、ローレルが肺がんであることが発覚。 遺族年金の受取人をステイシーにしたい、そうすれば家のローンが払えるし思い出の詰まったこの家を彼女は手放さずに済む、と行政委員(FREE HOLDER)に訴えるローレルだったが、正式な婚姻手続きをとっていない相手には不可能、とあっさり却下されてしまう。
 ローレルの仕事上の相棒・デーン(マイケル・シャノン)が後押しするが、同僚をはじめ警察組織は表立って動くことはなく、だがローレルの訴えは同性愛者支援団体代表スティーブン(スティーヴ・カレル)の耳に入り、いつしか大きな運動に発展していくのだが・・・という話。
 意外に見たことがある人たちが沢山いて、そういう意味でも面白かった。

   よく考えたらスティーヴ・カレルとジュリアン・ムーアって『アヴ・アゲイン』で夫婦役してたなぁ。 それつながり?

 基本、シリアスタッチなのに、スティーヴ・カレルは結構やりすぎ演技になっていてちょっと困るんだけど、キュートだから仕方がない(スティーブンはユダヤ教のラビという設定なのだけれど、かぶっている帽子が毛糸の手編みで、ピンクで「同性婚成立を!」と縫い込んであるのもおかしいし、デーンに「俺のことをハニーと呼ぶな」と真剣に怒られても「じゃあね、愛してるわ〜」とさらりと返すところなど、いろいろお茶目すぎ)。
 どうしても後半の、訴えとその戦いがメインになってしまうので、ローレルとステイシーの関係描写は最低限なんだけれど、二人が惹かれあって信頼と愛情を深めていく過程はしっかりと描かれていたと思う。 ただ、スティーブンが持ち込む騒ぎより、二人の穏やかな時間のほうをもっと観たかった。
 でもいちばんの功労者はデーンである気がする。 相棒に長年ひそかに思いを寄せながら同性愛者だということに気づかず、でもそれを知ってからも彼女を支える気持ちはより強く。強面だけどいい男!、の見本のような人で、彼に誰かいい人紹介してあげて!、みたいな気持ちになる(不器用だけどいい男なので、きっといい相手と巡り合えることでしょう)。

  ハンズオブラブ2.jpg またマイケル・シャノンがいい人役ってのも珍しくて新鮮でした。 悪役、多いからなぁ。

 またスティーブンは「これを契機に同性婚成立の大きなムーブメントにしたい」という下心を一切隠さず、ローレルとステイシーを利用したいと堂々と言う。 それに対してローレルは「私が求めているのは平等に扱われること。 同性婚を認めてほしいとまでは思っていない」と毅然とした態度。 お互いを利用しつつも対等な関係、というところがいかにもアメリカだなと思いつつ、そう割り切れる強さをうらやましいと思う(勿論、互いに信頼関係があるからそう口にできるわけですが)。
 ゲイであることをカミングアウトして以来、あまり大作映画に出なくなった印象のあるエレン・ペイジですが本作ではプロデューサーも兼任。 思い入れのある物語なのでしょう。

  ハンズオブラブ5.jpg 『JUNO』の頃と変わってないな!、と思う部分もあれば「あ、やっぱり彼女も歳をとっている」と感じるところもあり・・・複雑な心境。

 同じ同性愛者でも男性より女性側への差別がきついと聞くので、彼女があまり映画に出なくなったのもそのせいなのかな・・・と感じていたから。 この映画自体も実話ベースですが、出演者の実話も重なってより現実味が。
 誰かさんのおかげで「個人のセクシュアリティー」がまたちょっと微妙な扱いとなってしまっている今の日本ですが、あたし自身はLGBTだという自覚はないけれど、LGBTではない、と自信満々に言える根拠はない。 なので同性婚賛成派(むしろ反対派の気持ちがわからない。 個人の幸福権を追求すれば当然の権利では? 公共の利益に反するとは思えないし、少子化が進むというのならそういう人たちは家族を持つことに人一倍憧れをもっている場合が多いので、養子をとる確率はかなり高くなると思う。 養子制度が充実し、中絶や虐待で消える命が救われるのならかなりの少子化対策になると思うのだが)。
 差別意識が彼らを追い詰めるのだということを、他の場合と同じように誰しも考えてみるべきだ。

  ハンズオブラブ1.jpg しあわせな時間は思い出として一生消えない。

 邦題は主題歌であるマリー・サイラスの曲名から。
 この曲が泣かせる、というか胸に詰まるので、エンドロールは視界がゆがんだ。
 あぁ、やっぱりジュリアン・ムーア素敵、と思うのでありました。

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2016年12月29日

聖の青春 (さとしのせいしゅん)

 最初にチラシを見て、羽生善治を東出くんがやるなんて大丈夫なの?!、と思ってしまっていました、すみません。 あたしは村山聖という人を<『3月のライオン』の二階堂くんの大雑把なモデル>と解釈していたのですが、ご本人のお写真見たら、見た記憶あり! <羽生善治七冠達成>の頃って、すごく将棋の世界も注目されていたんだなぁ(というか、あたしもよく見ていたというべきか)、と実感。
 映画『宇宙兄弟』(実写版)の監督の人、ということで、あまり期待していなかったのだが・・・(羽生さんを東出くんで大丈夫なのかよ、という危惧もあり)、でも松ケン、がんばってるしなぁ、ということで。 原作は読みかけで(前から三分の一ほどで止まっていた)、あえて最後まで読まないで行った。 事実として知っていることでも、詳細まで知らないほうがいい、と思ったから。

  聖の青春P2.jpeg 生きること。

 実話ベースではあるものの、驚くほど映画はドキュメンタリータッチだった。 過剰な演出はしない、でも必要と思われることは描写する。 だけど必要最小限過ぎたというか、ある程度原作を読んでいるもしくはご本人のことを知っている人でないと誤解を招く部分がなきにしもあらず。 そこは残念だなぁ、と思う。

 5歳のときネフローゼであると診断された村山聖(松山ケンイチ)は入院生活の中で将棋と出会い、ひたすらのめり込んでいく。 名人になることを目指し、15歳で森信雄(リリー・フランキー)に師事、メキメキと力をつけていくが、病もまた確実に彼の身体を蝕んでいた。 だがそれをおして七段に昇段した頃、同世代で羽生善治(東出昌大)が名人のタイトルを獲得、一歩先に出る。 彼に嫉妬心と憧れを両方感じた村山は、「羽生に勝つ」ことを目的に更なる将棋道に邁進する・・・という話。

  聖の青春1.jpg 松ケン、一体何キロ増量したのやら・・・。

 あたしは当時東日本に住んでいたので、やはり羽生さんのほうが印象が強い。
 というか彼は日本の将棋界においてアイルトン・セナのような存在で、羽生善治がいるために将棋の世界に興味を持つことが当たり前の時代であった(だからルールは明確に知らねども、『3月のライオン』の将棋シーンについていけるのはその頃の知識の貯金のおかげである)。
 今は通勤途中の電車の窓から福島駅近くにあるという大阪の将棋会館が見える。
 まわりの風景は違えども、「あぁ、この建物なんだな」と見かけるたびに感慨深い(実際、映画でもこの将棋会館が出てきます)。 彼が乗ったであろうJRの車窓からの風景は多分当時のもので、今ほど高層の建物はそんなにない。 そこにも時代を感じたりして。
 回想シーンは多少あれど、映画は1994年からの約4年間に絞り、時間軸通りにまるで村山聖の生きた姿を焼きつけるかのように進む。 彼が残された命を振り絞って戦う姿が壮絶な分だけ、「なんでもっとちゃんと早い段階から健康管理してないわけ?」という疑惑が生まれてしまうと思う。 ネフローゼと診断されるまでの彼はまさに元気いっぱいの子供で、その記憶があるから病気のせいで思い通りに動かない自分の身体というものに屈折した感情を持っていることが描かれていない(だからこそ将棋に出会ったことで世界が広がった、という当時の彼の希望と救いが、たまたまお父さんが将棋盤を持ってきたという偶然に置き換えられてしまった)。

 プロ棋士という職業と人生を選択したからには普通の人が当たり前にしていることを手放さなければならない、という描写はあるものの、それは村山さんだけではなくすべてのプロ棋士に言えること。 お母さんだって体調の為に減塩食をつくったり懸命に世話してたのに、師匠に任せてまるでほったらかしみたいに描かれているのは失礼に感じた。
 限られた時間の中でどこかを端折らねばならないことはわかるんだけど・・・「でも、ここはいらないんじゃないか?」とあたしは思う部分があったので、残念だった。 『宇宙兄弟』もそうだけど、この監督に長い原作は向いていないのかもしれない。

  聖の青春2.jpg 本であふれる村山の部屋。 若干親近感・・・。

 少女マンガが好きだった村山の部屋に、萩尾望都の『マージナル』が3巻まであるのを発見したときは「おおっ!」と心の中でうなった(プチフラワーコミックス版)。 でもあれ全5巻なんだけど、残りは!、と思っていたら古本屋を訪れた村山くんが4巻と5巻を買っているシーンがあって安心する。 彼がいちばん好きだったのは『イタズラなKiss』だったみたいだけど、あたしは彼とマンガ・本友達になれたかもしれない、と勝手に思った(部屋の本棚に一段、ハヤカワSF文庫も並んでたし)。

 そして不覚にも(?)、「羽生さんかっこいい!」と思ってしまったあたし。
 東出くんは羽生善治の対局中の仕草含めてほぼ完コピ。 必要なこと以外は喋らないキャラ設定のおかげで、彼のこれまでのキャリアの中で最高の演技ではなかったか、と思う。 羽生に声をかけたいが何を話していいかわからずただあとをついていく村山、それに気付きながらも「なにかご用ですか」などと無粋なことは言わず、わずかに微笑み会釈する羽生。 ・・・それは少女マンガのお嬢様キャラ的ヒロインそのままで、「きゃーっ!」と心の中で悲鳴を上げそうになってしまった。

  聖の青春5.jpg そう、結婚するまでは常に髪に寝癖がありましたよね、ということも思い出したり。

 基本的にはこの二人の対比ですが、個性豊かな棋士たちもまた短い村山の人生を彩る。
 我儘で自分勝手なように見えるけど、誰よりも将棋に対して誠実であり続けた彼を、なんだかんだ言いつつもみなさん愛していたのだなということは伝わってくる。 だから「手術したら将棋ができなくなる」、「麻酔使ったら頭の働きが鈍るから、麻酔使わないで手術をするならやってもいいです」みたいな無茶苦茶なことを言っても、あたかも駄々をこねる子供のように見えてどこか微笑ましい(出番は少ないが、医師役の鶴見辰吾の最近の充実ぶりもまた素晴らしい)。 それもどこか憎めない村山聖像を松山ケンイチが作り上げたからだろうか。
 ヤスケンさんや染谷将太もいい味出してるし、羽生に負けて7冠を明け渡す谷口浩司の後姿を数秒だけ体現した野間口徹さんもおいしい。 原作者の投影人物である筒井道隆は最初誰だかわからなかったが(ひげ面だったので)、彼もいい感じに歳をとってきているんだな、と思った。 ま、リリー・フランキーはいつもの通りおいしい役どころでほんとずるいですわ。
 と、キャストにはほぼ文句なしだし、泰基博のエンディングテーマもよかった。
 それ故に、端折られた部分のことがあまりに残念だった。

ラベル:映画館 日本映画
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2016年12月28日

殺人者たちの王/バリー・ライガ

 『さよなら、シリアルキラー』の続編にして、三部作の第二部。
 一作目はこれ一冊で終わりだといえば納得できる内容だったけど、これは完全にその続きで、なおかつこれでは終わらない(一区切りするわけでもなく、海外ドラマのクリフハンガー的シーズン終わりのようなラスト)。 これは大変腹が立つ。 三部作揃ってから読み始めて本当によかった。 完結編『ラスト・ウィンター・マーダー』が出るまでに半年ぐらいかかってたからね。

  殺人者たちの王.jpg 今回、ジャズはニューヨークまで出張。

 <ものまね師>事件から2か月後。 ジャズの周囲が静かになるわけがなく、更にNY市警の刑事が訪ねてくる。 少し前からニューヨークを震撼させている連続殺人鬼<ハット・ドッグ・キラー>の捜査に協力してほしいというのだ。
 当然、ジャズとしては行きたくない。 しかしその事件に<ものまね師>との共通点、つまり父ビリー・デントとの共通点を見つけてしまったジャズは、仕方なくニューヨークへ。 そして、新たに発見された遺体には“ゲームへようこそ、ジャスパー”のメッセージが記されていて・・・という話。

 ジャズの苦悩はより深まり、ダークサイドがすぐそばで口を開けて待っている。
 それをひきとめるのは親友ハウイーとガールフレンドのコニーの役目なれど、とはいえこの二人にも今回は恐るべき危機が訪れます。 特にコニーはジャズへの理解が深まるとともにジャズの得意技・相手の心を操る方法を自分も親に対して実践していると気づいて愕然としたり、といった“影響”について考えさせる内容になっています。
 そんな若者中心の物語展開のせいでしょうか、今後のカギを握りそうな大人たちがあっけなく(しかも結構残忍に)殺されてしまうのはなんだかとても物悲しい。 最終的にはジャズ対ビリーの戦いになるのだろうけれど(それもすんなり殺し合いになってしまってはジャズのこれまでの苦悩の甲斐がない)、その道程はまだ先になりそう、となにひとつ解決しないまま終わっちゃった!
 「どういうこと!」と即座に『ラスト・ウィンター・マーダー』を読み始めるのであった。

ラベル:海外ミステリ
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2016年12月27日

さらばスペインの日日/逢坂剛

 <イベリア・シリーズ>もついに最終章まで辿りつきました。
 思えば、これを入手してから約三ヶ月。 一気に駆け抜けた全7作でございました。
 今年中に読み終われてひと安心。
 はじめは「最終巻にふさわしく、分厚いな」とニヤリとしていましたが、結構これまでの振り返りが多く(そりゃ普通は一年後とかに続きを読むわけなのでそこは親切なのだろうけれど、シリーズ一気読みした身としては「重複多い」と感じてしまうのはいたしかたないことか)。

  さらばスペインの日々1.jpgさらばスペインの日々2.jpg この劇画タッチの表紙絵もなんだか懐かしい。

 ナチス・ドイツは降伏したが、日本はまだ負けを認めていなかった。 しかし無条件降伏を突き付けられた挙句の原爆投下についに降伏、第二次世界大戦は終わりを迎える。
 戦争は終わったが、結局何の役にも立てなかったと北都昭平は忸怩たる思いになるが、それは英国情報部員のヴァジニアとて同じこと。 戦後処理で北都は戦犯扱いになるかも知れず、ヴァジニアは情報部にいる二重スパイの存在を白日の下に晒さなければ気がおさまらない。 そんな二人を罠にかける陰謀が密かに進行していて・・・とそれなりに活劇場面はあるのですが、全体としての緊張感は薄い。
 やはり戦争が終わってしまったからか。
 そして敗戦国の人間である北都に戦勝国側のみんなが優しいと感じてしまい、なんだかご都合主義の香りが・・・。
 いちばんリアリティがあるのは敗戦国の人間を国へ戻す引き上げ船での描写。
 もしかしたらここが最も書きたいところだったのかも。
 北都が日本に戻ってからの物語性もいまひとつ・・・日本で戦っていた人々(というか、ある意味焼け出された人々)を目にして実際の祖国の悲惨な状況を初めて知ってショックを受けた、というところがポイントなのかも。 スペインでの日々は恵まれていた、と感じるところ(ベルリンにいた尾形記者も同じように感じているので、ほんとに日本はひもじかったんだろうな、と)。

 まぁ、ハッピーエンドは読者サービスだとしても、一作目『イベリアの雷鳴』の面白さとは質が違うものになっちゃったな、と残念な気持ちになったが、作者による覚え書きを読んで一気に気持ちが変わった。
 そこには、作中に出てきた実在の人物についてと、その人々を知る方々へ取材したことについて書かれており・・・本編より熱量あり。
 でもその熱を感じられるのは、やはりこのシリーズを読み切ったからこそ。
 素晴らしいボーナストラックをありがとう!、なのでした。

ラベル:国内ミステリ
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2016年12月26日

この世界の片隅に

 公開前からいろんな意味で話題になっていたこの作品、やはりというかなかなかに込んでいた。 このことが「日本映画(特にアニメ)は制作者側が苦労に見合う儲けを得られないおかしな構図である」ともっと世間に広まって改善へのきっかけになってくれるといいな、と思う。
 片渕須直監督は、子供の頃『名探偵ホームズ』(犬の姿をしたやつ)を見ていたので、名前に見覚えはあった。 そのくせ『マイマイ新子と千年の魔法』は観ていないのであるが、そこは<原作・こうの史代>の力は大きい。 『夕凪の街 桜の国』も実写化ではなくアニメにしてほしかったな、と思ってしまったのはこの映画の出来栄えがよかったからであろう。

  この世界の片隅にP2.jpg 昭和20年、広島・呉。 わたしは ここで 生きている。

 物語はすず(のん)の少女時代から断続的に続いていく。
 13年、18年、20年、というように時期は表記され、それが<昭和>であることに観客は気づかされる。 歴史についてはつい西暦で考えがちだが、当時の人々は年号で数える方が当たり前。 そして18歳になったすずは故郷の江波を離れ、よく知らない人・周作(細谷佳正)に嫁ぐため20キロ以上離れた呉にやってきた。 子供の頃から「おまえはぼーっとしとる」と言われ続けているすずだが、絵を描くことは好きで「この情景をどうやって描けばいいのだろう」ということをよく考えている、プラス志向の性格。 戦争が厳しくなり、配給がどんどん乏しくなるなか、<いかに日々の暮らしを充実させるか>が彼女を妻として主婦として成長させていく。
 しかし昭和20年(1945年)8月は容赦なく近づいてくる――という話。

  この世界の片隅に4.jpg 周作さんはかつて、お使いに出て迷子になったすずを見て知っていて、是非彼女と結婚したいといろいろ頼みこんだのだが・・・そんな事情を彼女はまったく気付かない。

 基本的にいい人たちしか出てこない(ので、それにちょっとドキドキする)。 夫と離縁した、と出戻ってくる周作の姉などちょっとしたいじわるキャラはいるものの、彼女がすずにきつく当たる理由や、やがてそんなにイヤミではいられなくなる姿を目にすることになるので気にならなくなる。 戦争中、一般人にとっては必ずといっていいほど悪役として描かれる「憲兵さん」ですらも、息子を戦争に取られ、自分に課せられた役目にただただ懸命な人だったりする。 周作の両親はすずをいつくしみ、ちょっと天然な彼女の性格を理解し、受け入れ、当たり前に家族としてそこにいる。 戦時下であろうとも人々は日常を大事にし、ささやかな楽しみを見い出して生きている、ということを教えてもらってこちらは胸がだんだん詰まってくる。

  この世界の片隅に1.jpg 家事も楽器を演奏するみたいに・・・想像力が、人生を豊かにするのです。
    のん(能年玲奈)はモノローグ含め7割くらいの台詞を一人で喋っている。 監督の演技指導故であろうが、周囲のプロ声優たちと違和感なく作品を成立させ、唯一無二の“すずさん”としてまさに生きている感じは、主演女優賞ものだと思う。

 それはその先の未来を知っているから、どんなにそれが普通の生活になっていたとしても悲劇はすぐ隣り合わせにあることをわかっているから。
 多分、当時すずさんのような人生は特別なものではなかったのだろう。
 彼女にとって幸福なこともあっただろうし、不幸なこともあった。 でもそれは戦時下でなくても起きることであり、戦時下でなければ起きなかったかもしれない。 <時代に翻弄される人々>というのはある意味テンプレだが、たとえそうでも生き続けることが時代への抵抗でもあり自分自身が存在するための意味なのだと、はっきり言葉にはしないけど、すずさんはそう伝えてくれている。

  この世界の片隅に2.jpg 絵を描く、それがすずさんの強み。

 この当時、女性に参政権はなかった(はず)。 いつの間にか都会のえらい人が決めて始まってしまった戦争を彼女たちはただ受け入れる他はなく、けれどそんな過去が、現在のあたしたちの持つ権利へと繋がっている。 時の流れは戻らないし止まらないけれど、でもずっととどまることなく続いているのだと、当たり前だけどあまり実感できないことを、この映画はあたしたちに体験させてくれる。
 そしてそれは戦争だけではないと。
 ただ拡声器で「反戦!」を叫んだりするより、この物語を胸に刻む方が、響く。
 でも政治的な思惑なんかにこの映画を利用されたくない。
 そんな個人的かつ人として普遍的なものがここにはあると思う。

ラベル:映画館 日本映画
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2016年12月25日

ほぼ寝て暮らした三連休

 気がついたらクリスマスでした。
 すっかり忘れている・・・そして来週で仕事納めとかマジか?!、な「日時を把握できない状況」にあたしは陥っている。
 それもこれも、急性副鼻腔炎のせい!
 体力温存&免疫抵抗力浮上のため、個人的にしたかった三連休の予定はありましたが、すべて投げ捨てて寝て過ごす。 勿論、バランスよく食事もします(回数は少ないが)。
 そのおかげで、だいぶよくなってきたような。
 でも咳が残っちゃってるんだよね。 これはあす以降ものど飴でなんとかして、と。
 残り数日、残業覚悟の年末仕事が待っている! それを乗り切らなければ。

 しかしグータラを三日もやれば、慣れる。
 明日、あたしは社会復帰できるのでしょうか。 非常に不安。

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2016年12月22日

誰のせいでもない/EVERY THING WILL BE FINE

 ヴィム・ヴェンダース監督作品って久し振りだな!、ということで。 キャストも何気なくも豪華じゃないですか! しかも人間ドラマなのに3Dって!(実際には2Dで視聴)。

  誰のせいでもないP.jpg 一つの事故。 一人の男。 三人の女。
     すべては雪の日に始まった。
     巨匠ヴィム・ヴェンダースが描く、揺れ動く感情のランドスケープ。

 作家のトマス(ジェームズ・フランコ)は、絶賛スランプ中。 恋人のサラ(レイチェル・マクアダムス)ととともにカナダのモントリオール郊外に住んでいるが、気分転換のため湖のワカサギ釣り小屋を借りていた。 サラから何度も携帯に着信が入るが、何度かに一回くらいしか出ないトマスはなかなかの自己中心的性格だとわかる。 そして大雪の中で人気のない道で車を走らせているとき、サラからまた電話がかかってくる。 出ようとしたとき、目の前に突然なにかが飛び出してきた。 あわてて急ブレーキをかけて車外に降りたトマスは、そりに乗ってぼんやりしている少年クリストファーを見つける。 何事もなくてよかった、と少年を家まで送るが、家の中で本を読んでいたらしい母親のケイト(シャルロット・ゲンズブール)は、子供は二人いる、と言って駆け出していく・・・という話。

  誰のせいでもない4.jpg このときは、何事もなかったと思っていた。

 3D効果はファーストシーンの小屋の中で目覚めたトマスが、差し込んでくる日の光の中、舞い散るホコリの美しさに(観客も)目を奪われるところから始まる。 氷と雪に覆われた湖の広さを表現するための奥行き、そしてガラス窓越しの風景や、逆にガラスに反射する像をくっきりと映すため。 それは基本的にはトマスの視点なのだが、妙に他人事のように映るときもあり、彼の作家としての性故なのか、もともと感情や共感能力に乏しい人だから小説を書くことにも行き詰っているのではないかと思わせる。
 主人公なのにトマスの気持ちは最後までよくわからなくて、そしてすべて現実に起こった出来事なのか、もしかしたら一部トマスの想像ではないか、とも見えてくる。

  誰のせいでもない1.jpg またシャルロット・ゲンズブールは狂気に踏み込みかねない、幸薄い人の役だなぁ。 しかし法律的に罪にはならなかったとはいえ、この二人が一緒にいてなんでもない内容について話す、という状況が恐ろしくも奇妙(でも奇妙に見えないようになっているのがすごい)。

 事故から2年後、その4年後、更にまた4年後、と時折時間はスキップするが、戻ることはない。 その10年の間、子供を持つかどうかの意見が合わなくてトマスはサラと早い段階で別れ、その後、小さいが賢い娘がいる編集者のアンナ(マリ=ジョゼ・クローズ)と出会い、結婚する(でもそれってサラとしては納得いかない展開よね)。 事故後に書いたトマスの小説はベストセラーになる。 だがその間もケイトとクリストファーの姿はトマスから消えることはない。 成長したクリストファーは自分が弟に何をしたのか苦悩する歳になった。

  誰のせいでもない5.jpg トマスに会いに来たクリストファー。 流れた10年間の月日は二人にとってはまったく違う重さだった。

 「誰のせいでもない」とは、優しくて思いやりの心から出た言葉のようでいて、実は本当にどうしようもなくてあきらめるしかないような、自分に言い聞かせるような表現なんだ。
 誰かを責めたいんだけれど、責めた分だけそれは自分にも必ず返ってきてしまうから。
 「誰のせいでもない=ちょっとずつすべての人のせい」。
 ありふれた言葉のようでありながら、そう簡単に口に出せるものでもなく、実際自分でもこれまで使ったことがあるだろうか、と考え込んでしまう。
 それくらい、このタイトルには意味があったように思う。
 原題の『すべてうまくいく』よりははるかに重くて、救いのない感じ、絶妙。 このあたりが日本語の語彙の多さなのかな。

 人間関係に答えなどない。 あるのはただきっかけとタイミング、出会いと別れだけ、とでもいうような。 人の心の中は誰にも、ときには本人でさえもわからない。 なんかいまいちすっきりとしないのだが、それが人生ということなのだろうか。 ずっしりと重かった。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年12月21日

手に入れたのはいいけれど・・・

 いつか出るんだろうなぁ、と思っていた。
 そして、出た。
 早速購入しましたが・・・まだ開く気になれない・・・。

  いつか緑の花束に.jpg いつか緑の花束に 吉野朔実作品集/吉野朔実

 最後の、作品集です。
 それにふさわしいように大判、表面カバーがすかしになっていて、地の表紙と重なるようになっている。
 読みたいんだけど、読んだらこれで終わりだから読みたくない・・・。
 勿論、ご本人は遺作のつもりで描いていないので、いつも通りの作品なんだろうとは思うのだけれど・・・あたしの心の準備ができていません。

ラベル:新刊
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2016年12月20日

ガール・オン・ザ・トレイン/THE GIRL ON THE TRAIN

 原作を買ったときに<映画化決定>とは聞いていたけれど、まさかこんなにも早く日本で公開になるとは思わず・・・原作先に読んじゃうとどうしても映画が粗探し的になっちゃうよね、と読まないで映画を待つことにして、でも本の背表紙に書いてあったあらすじ的なものはぼんやりと覚えているので、「確か一見無関係な女性3人が絡む話だったよな!」と強引にまとめて記憶から追い出す。
 とりあえずあたしが観たいのは、エミリー・ブラントなんで!

  ガールオンザトレインP.jpg 人はひとを殺したことを忘れられるのか?
     通勤電車の窓から見た、不倫現場。 やがてそれは、殺人事件に発展。
     目撃者の記憶から消えた空白の時間。

 毎日、マンハッタン行きの列車の窓からある家の、そこで暮らす夫婦二人の仲むつまじい様子を眺めることをなぐさめとしていたレイチェル(エミリー・ブラント)は夫トム(ジャスティン・セロー)と離婚し、その深い心の傷からまだ立ち直れないでいた。 その日々が続くにつれ、いつしか自分と彼女を同一視していく。 しかしその車窓から見える家の妻メガン(ヘイリー・ベネット)もまたとある事情を抱えており、その近所の家にはトムと再婚したアナ(レベッカ・ファーガソン)も住んでいる(もともとレイチェルとトムが住んでいた家だったのだが、離婚して彼女が追い出された形に)。
 それ故に、レイチェルにとっては遠くから見るだけで近くに立ち寄ることができない地域なのだが、ある日車窓からメガンの浮気現場を目撃してしまった彼女は頭に血が上り、最寄駅で降りて家へと向かってしまう。 だが、その途中で意識を失い、気がついたらひどいけがを負い自分の部屋で目覚める。 そしてメガンが(そのときは名前は知らなかったが)行方不明になったことを知るのだった・・・という話。

 まずレイチェルのアルコール依存症以外の何者でもない目がすごい。
 しかもそれを台詞で説明させるのではなく、列車で隣り合わせた幼い子供連れの女性が気づいた態度で示しちゃうところがさりげなさ過ぎて(なおかつ雄弁で)かっこいい!
 この映画は語りすぎませんよ、ということを冒頭の少しのエピソードで宣言している感じに期待が募る。

  ガールオンザトレイン1.jpg このいっちゃった目、周囲を気にする余裕のない言動・・・追い詰められた女っぷりを見事に体現。 なんか賞とれそうなレベル。

 しかし主人公がアルコール依存症ということは、小説(特にミステリー)においては<信頼できない語り手>として認定されるのであるが(なにしろ自分の記憶もはっきりしないわけなので)、映画の場合はそういう分類ってあるんだろうか。
 そんなわけでレイチェルは「もしかしたら自分がなにかやった・やっているのかも?」と心の中でひそかに悩みながら彼女の行方を追い、メガン(多分メーガン? 字幕のため文字制限あり?)の夫スコット(ルーク・エヴァンス)にメガンの友人の振りをして接触。 警察に疑われたりしながらも彼女を探し求める。

   それでもやっぱり酒びたり。

 あらすじを突き詰めれば二時間サスペンスになってしまうのであるが、それを映像表現で心理サスペンスの粋に高めているのは素晴らしい。 ミステリとしては若干弱いところもあるのだけれども、日本のミステリーを名乗る映画に比べればはるかにしのぐ出来ですし。
 そしてもう一人鍵を握る人物がアナ。 どこかで見たことある人だなぁと思っていたら、『M:I/ローグ・ネイション』の謎の美女レベッカ・ファーガソンであった。 今回は幼い子供もいる主婦、という役柄故生活感が出ているので最初わからなかった! 若干老けた感を堂々と出してしまうのも、さすが北欧系女優!

  ガールオンザトレイン3.jpg メガン、意外にもうけ役でした。 

 今回脱ぎ役担当(?)となったヘイリー・ベネットはあたし初めてかな?、と思ったら、あの『ラブソングができるまで』のアイドル歌手だった人か! すごく大人になっててびっくり・・・けだるげと投げやりさが混ざり合った絶妙さが“謎の女”っぽくて素晴らしい。 エミリー・ブラントは突出しているけど他の二人も負けてない。
 自ら選びとった結果なのか、なす術もなく陥ってしまったのか、それぞれ違う要因・事情ながらも追いつめられる立場となってしまった三人の女性の姿を、「自分も一歩間違えばああなるのかも」と共感が得られる感じに描いたのもよかった(なにしろアルコール依存症の主人公に同情させないと話が成立しなくなっちゃうからね)。 それ故に悲しみがつのる。
 それは子供を持つ、ということに意識的・無意識的に縛られている女性へのかなしみでもある。 この観点ってやはり女性ならではなのかな。
 エンドロール、監督がテイト・テイラーと出て驚く。
 えっ、『ヘルプ〜心がつなぐストーリー』の人だよね?!
 そのあと、ジェームズ・ブラウンの伝記映画も撮っているからブラックカルチャーを題材にした映画を主に撮る人なのかと思っていた(多分、あたしはリー・ダニエルズと同じ括りにしていたようである)。 と思ったらそもそも『ウィンターズ・ボーン』の監督なのであった。
 なんだ、あたし、日本で公開されてる4作品全部観てるじゃん!
 監督の名前を覚えるのも大事、と改めて思った次第。

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2016年12月19日

今日は7冊(その2)。

 引き続き、残りの3冊。

  黒い波.jpg 黒い波 破滅へのプレリュード/エゼキエル・ブーン
 生物パニックもので始まり、世界の破滅にまで広がりそうな話って好きなんです。
 このジャンルではチャールズ・ペレグリーノの『ダスト』が今のところ個人的には最高峰ではありますが(現在絶版、どこか文庫化してくれないものか。 ハヤカワ、お願い!)、それ並みのものを期待してしまうのであります。

  グイン140.jpg ヤーンの虜 <グイン・サーガ140>/宵野ゆめ
 あ、なんか久々にグインで「あまり見たくない表紙」登場! 個人的には『紅の密使』(なんと12巻だ!)以来ではないかと思いますが。

  ラストレター文庫.jpg ラストレター/さだまさし
 かつて土曜深夜は文化放送の<さだまさしのセイヤング>を聞いていた世代としては、素通りできない内容でしょう。 あの<セイヤング>の精神は<今夜も生でさだまさし>に引き継がれているとはいえ、深夜ラジオ独特のおふざけ感はあまりない(テレビは不定期放送故コーナーをつくれないのも原因かと)。
 その空気を、この本が果たしてくれそうな気がしました。

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2016年12月18日

今日は7冊(その1)。

 土曜日ほとんど寝込んでいたので、だいぶ体調はよくなりました。
 やっぱり睡眠と休養は大事ですね(今更・・・)。

  パタリロ!097.jpg パタリロ! 97/魔夜峰央
 ついに100巻までのカウントダウンに入った感じ。 昨今更なるマンネリが指摘されていますが・・・あたしは今回読んでみて、「もしかして、マリネラ宮殿という限られたスペース、パタリロとタマネギたちという限られた登場人物で会話だけで物語を成立させようという<マンガでやる小さな落語>を今は目指しているのかな・・・と思いました(一時期、4コマだけで話を成立させられるかという実験的手法にも挑戦していたこともあるし)。
 でもミーちゃん(作者本人投影の劇中キャラ)ネタはあまりに内輪受け過ぎるかな〜。
 初期は名作が多かっただけに、中期もそれなりに安定していただけに、長年のファンの目は厳しいのでしょう(だってずっと単行本買ってるってことはそういうことだもんね)。

  あなたのお背中流したい01.jpg あなたのお背中、流したい。 1/山口美由紀
 山口美由紀新作。 表紙だけ見て「三助さんの話?!」と『神の舌を持つ男』のことが一瞬頭をよぎったけど、いつも通りのハートフル日常ファンタジーでした。
 “お風呂 = リラックスする場所 = 心が解放されるが故に不思議なことを自然に受け入れられる”、という日本人ならではの感覚というのでしょうか。
 なんとなくトラブルメーカーっぽい女の子と、不器用で不愛想だけど実はいいやつという組み合わせも王道。 ほっこり楽しめる物語なので、続きを期待しています。

  贅沢貧乏のお洒落帖.jpg 贅沢貧乏のお洒落帖/森茉莉
 ちくまから引き続く、森茉莉のエッセイ復刊(新編集)。 今回は黒柳徹子が解説を書いていて、「あぁ、そういう時代だったんだ」ということを改めて実感。

  花闇.jpg 花闇/皆川博子
 こちらも長らく品切れ状態だった作品の再文庫化。 皆川博子の再評価が進むのは大変うれしいのだけれど、まだまだ出回っていないものもあるんですよ・・・。
 実在した伝説の江戸歌舞伎役者、三代目澤村田之助の壮絶な生涯を弟子の視点から描くという筆者の好みやこだわりの詰まり具合が半端でない気配濃厚。 それ故に、表紙をもっと美しくしてほしかった・・・なんか美も闇も足りない、中途半端な印象になっているのが残念かな(あたしの個人的な感想ですが)。

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2016年12月16日

12月の青空

 なんなんだ、この青空は・・・。
 もう12月、半ばですよね?!
 北東北では見られないよ〜。

  12月の青空.JPG @JR神戸駅ホーム

 新快速を待ちながら。 でも風は冷たいなー。

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2016年12月15日

ジャック・リーチャー NEVER GO BACK

 というわけで、原題も“JACK REACHER:NEVER GO BACK”でございます。
 あまり『アウトロー』の続編である、ということを宣伝していない気がするのは気のせいかしら(前作はあまり興行成績がよくなかったんだっけ?)。 ハードテイストなポスタービジュアルや予告編からも、「あれ、ジャック・リーチャーにはちょっとドライなユーモアがあるのがよかったような記憶があったのに、お笑い要素は『M:I』シリーズに特化して、シリアス方向に転換したのか?!」という気にさせられて、心配になって確認したかった。
 監督がエドワード・ズウィックになったこともあり、アクションよりも人間ドラマ寄りにシフトしたのかと。 
 大丈夫だった、ユーモアもアクションも健在だった。 日本の宣伝のせいか!

  ジャックリーチャーネバーゴーバックP.jpg 決して、屈するな。
      決して、あきらめるな。 決して、戻るな。

 かつてアメリカ軍の優秀な秘密捜査官だったものの、今では住所不定無職として街から街へとさまようドリフターな生活を送っているジャック・リーチャー(トム・クルーズ)。 今回は軍のターナー少佐(コビー・スマルダーズ)からの個人的な依頼である不正を暴露したところから話は始まる。
 後日、ターナー少佐を訪ねたリーチャーは、彼女がスパイ容疑で逮捕されたことを知る。
 これはなにか大きな陰謀の一翼だと察したリーチャーは、独断でターナー少佐を救出し、軍内部に巣くう不正を明らかにしようとする・・・という話。

 あぁ、そうなんだった、原作のリー・チャイルドの<ジャック・リーチャー>シリーズ、何作か読んだんだけど・・・ほんとに容赦なく人が死ぬんだよね、ほんとにあっさり。 映画では若干そのへん、遠慮している感じがなくはないが、「こいつあやしい」と感じさせた人からバタバタ死んでいくのはさすがです。

  ジャックリーチャーネバーゴーバック1.jpg それも結構見覚えのある方から。

 それにしても、アクションヒーローのシリーズを複数抱えるのは大変だと思うけど、トム・クルーズはやっちゃうのですね。 このジャック・リーチャーと『M:I』シリーズのイーサン・ハントとの違いをより明確にしたのが、もしかしたらこのシリーズも続ける意気込みの証拠?
 イーサンはスタイリッシュで美女に弱く、チームワークでことにあたるが、ジャックは武骨でちょいダサめで、恋愛要素ゼロだし基本個人プレー。 ユーモアはどっちにもあるけれど、あっちはお笑い担当(サイモン・ペッグ)に主に引っ張らせているけどこっちは全体的に乾いたユーモアで勝負、みたいな。 結構無茶展開は共通しているといえばいえるけど・・・。

  ジャックリーチャーネバーゴーバック2.jpg この“ちょいダサ”な感じが魅力。
 一作目ではあんなにも<連絡の取れない男>であったジャック・リーチャーに彼女が何故そんな依頼をしたのか(できたのか)、という部分ははっきり語られないのでよくわからないのだが、世捨て人として生きている割に“関係”を捨てられないとは皮肉なもの。
 でもそれは結局彼が有能だからなのだからなのかな?
 しかも今回、「ジャック・リーチャーの娘」を名乗り出る少女が登場したりと、いろいろ過去も引きずり出されております。
 まぁ特に意外な展開、というわけではないのであるが、飽きさせない工夫がしっかり施されており、また敵役が見覚えのない人物だったりするのでそういう目新しさもあり(逆にいえば、役者さんのイメージが固定されていないので、ほんとに骨の髄まで悪役なのかそうじゃないのか予断を許さないというか。 ここしばらくのトム・クルーズプロデュースの映画には、そういうのと実力ある役者に機会を与えるという両方の意味があるように思える)。
 まぁそれでもベタな展開はあったりもするわけですが・・・。

  ジャックリーチャーネバーゴーバック4.jpg 本場のハロウィンパレードのすごさも見られます。 やはり日本のハロウィンは付け焼刃だ・・・。

 軍人だから、ということもあるけれど、女性のターナー少佐の描かれ方も超クール。
 恋愛要素を一切におわせないところもまたかっこいい。
 そのかわり、疑似親子的少女とおじさんの信頼と交流が描かれているところが監督なりの人間ドラマだったのかな。
 “戦争に絡んだ利権”が陰謀として描かれることは結構多いですが、フィクションとはいえそういうネタに慣れてしまってきている自分にも愕然。 かなり恐ろしい話なのに“娯楽”にできてしまう、ハリウッド映画の図太さもまた感じる。

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2016年12月14日

うっ、何故こんな時期に

 月曜日の朝、のどの痛みを自覚。
 その前の週から空気の乾燥のせいか予兆らしきものを感じてはいたものの、まさかこう急に来るとは! しかし熱はないし、今月もう仕事は休めないのでヴィックスドロップをなめつつ一日様子を見た。
 翌朝、声がひどいことになっている。 鼻水も止まらない。
 これは仕事帰りにいつもの耳鼻咽喉科に行くしかない、と決意したものの、最終受付19時までに帰りつけず。 まぶたがはれぼったくなってきた気がする。
 その翌日、更に声がひどいことに。 頭痛もしてきたし、今日こそは絶対病院だ!、と間に合うように帰る。

 結局、急性副鼻腔炎ということに・・・。

 あれ、あたし去年もやってなかったか、と過去ログを読むと、ほぼ同じ症状について書かれてあった・・・にもかかわらず本人は忘れていた。 やっぱり記録を残しておくって大事よね。
 いつものドクターからも「これ、来年もなるようだと慢性化するおそれがあるから、気をつけようね」と言われたのですが、どう気をつければ・・・。
 結局、睡眠不足と疲労の蓄積が身体の抵抗力を下げているのが主な原因という感じなのですが、通勤時間長くなったから汚染された空気にさらされるリスクも増えているわけで。 やっぱ転職せよということなのかなぁ。
 「クセにならないように、ちょっと強めのお薬出すわな〜」というドクターのお言葉通り、一日一回のむ抗菌剤(抗生物質を今はこう呼ぶようになったらしい)がなかなか強力で、薬の効き目が出てきてしばらくすると意識不明になる。 NHKのドラマ『東京裁判』を見ていたはずなのに、気がつけば全然違う時間帯に・・・。
 まぁ、これも早く治すためである。 がんばろう、自分!

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