2016年11月30日

さすがに焦ってきました

 まだこのブログの引っ越し先を決めていないことに(汗)。
 というかほぼ準備すらできていない・・・。
 長文ながら、あたし自身の映画や本のある種のデータベースになっているので、できればどこかに残しておきたい(いただいてきたコメントやトラックバックなんかも)。
 年末年始休暇の取り組みで間に合うのか?!
 日々、焦りだけがつのる・・・。

2016年11月29日

アウシュヴィッツの図書係/アントニオ・G・イトゥルベ

 1994年、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所には、いつ来るかわからない国際監視団の視察をごまかすためにつくられた子供たちのための学校が存在した。 そこには青少年のリーダーであるフレディ・ヒルシュが尽力してつくり上げた蔵書8冊だけの秘密の“図書館"がある(のちに、「物語を語れる者」が「生きた本」として登録されることになる)。
 フレディに図書係を任命されたのは、14歳のチェコ人少女ディタ。
 その仕事は、本の所持など禁じられているなか、ナチスに見つからないよう日々隠し持ち授業の間に先生や子供たちに回し、一日の終わりには無事に“図書館”に戻すという危険なもの。 だが、ディタはその任務も、本を手近に扱えることも誇らしく、うれしかった。
 これはそんなディタとその家族・仲間たちの(アウシュヴィッツにいるという<非日常>における)日々の記録と、日常化したナチスによる強制収容所の運用が淡々と同時進行で描かれている。 そんな、事実に基づく物語。

  アウシュヴィッツの図書係.jpg ディタにとって本の存在はまさに、「絶望に差し込む希望の光」。 現実を忘れて旅に出られるもの。

 途中から、描かれるところの少女たちの姿が、ブラッドベリが描くところの少年のように思えてきた(少年のように描かれているのではなく、その本質に詩的に迫っているという意味において)。 少年にとって少女たちは永遠の謎で、何を考えているかわからない。 けれど少女たちは考えている、少年以上に少年とは違う次元で。 少年と少女は、夢見る世界の方向が違う、現実との折り合わせ方もまた違う。
 そう感じたら、全体の文章もどこかブラッドベリぽく勝手に思えてきて・・・もしも彼がアウシュヴィッツを描いたならば(多分ありえないけど)、こうなった部分があるんじゃないか、という気さえした。

 これは原文のせいなのか、翻訳者の技量ゆえなのかわからないけれど、なんとなく・・・こちら側にフィットする何かがあったのだ。 とてつもない残酷なことをさらりと告げる一文の軽さのようなもの。 現実なのにどこか現実ではないような。
 それをあたしは“詩的”と感じたのかもしれない。

 たとえば、地の文で、

> 1944年3月8日の夜、BUb家族収容所にいた3792人の収容者がガス室に送られ、
>アウシュヴィッツ=ビルケナウの第3焼却炉で焼かれた。

 と、この一文でその章をしめくくるように。

 これは「事実を基にした物語」であるが故に、<著者あとがき>もまた本文に含まれる。
 そこで語られる“現実の後日談”こそが読者をさらに打ちのめし(当時アウシュヴィッツの存在に懐疑的だったユダヤ人に対して真実を告発したハンガリー系ユダヤ人との軋轢が今尚残っているとか、結局同族内においても争いは消えない)、また(ディタのモデルになった女性がいまも生き続けていて、本に対する愛情を失わないでいることなどにも)勇気づけられる。

 最近日本でまた<アウシュヴィッツ物>関連の映画が公開されるのが続く。
 一時期、「いつまで“ユダヤ人は弱い被害者”像を描き続けるのか」という論争があったことが忘れられたかのように(勿論、近年の映画はかつてのものよりタッチが違っていることは確かだが−『手紙は憶えている』なんてラストシーンの意外性のためにアウシュヴィッツとユダヤ人という設定を利用しているといっても過言ではないかも)。
 でもこの本の立ち位置は少し違う。
 筆者がスペイン人だということもあるけれど、これは最後まであきらめなかった少女の物語であり、“本”や“物語”がいかに過酷な現実から救ってくれるものであるかという証明であり、アウシュヴィッツにおけるアンネ・フランク以外のアイコンの誕生でもある。
 これは歴史、大きな歴史年表に埋もれてしまいそうな、けれど忘れてはいけない歴史のひとコマなのだ。
 読んでよかった。 現在のイスラエルがしていることはどうなんだとかそういうことはまた別にして、そんな気がした。

ラベル:海外文学
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2016年11月28日

試運転、開始。

 もう12月も近いし、寒波もやってきたし、ということで、リビングで使用するオイルヒーターのスイッチをオン。
 ほぼ一年ほったらかし(ヒーターとして使用しない時期はタオルハンガーと化している)なので、いざ使いたいときに使えないと困ってしまうのだけれど・・・今のところこのシーズンも元気に働いてくれそう。
 しかしヒーターをつけると部屋干しの洗濯物が乾くの早いな!
 暖かさもそうだけれど、そっちの効果の方をつい求めてしまいそうだな・・・(重ね着の季節になってきたので、一日に出る洗濯物が夏よりかさばる)。
 あぁ、なんか、もう、冬なんだな・・・今年の秋は思った以上に短かった。

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2016年11月27日

怒り/吉田修一

 どうも映画のもやもやがおさまらないので、原作を読むことにする。
 あ、「もやもやした気持ちのままの映画がイヤ」ということではない。
 もやっとした気持ちはあれど、それはそれで受け入れられるとか、むしろはっきりしないことが心地よい映画もある。
 でも映画『怒り』は、あたしの中ではそうではなかった、ということだろう。

  怒り単行本1.jpg怒り単行本2.jpg 図書館に予約を入れていたのが来たら、単行本だった。

 あのオチさえ違う形であれば、『横道世之介』は好きな作品として人に薦めたかもしれない。 吉田修一はあたしにとって、「なんだか“おしい”作家」である。
 さてこれはどうだったのかといえば・・・先に映画を観てしまったので、特に衝撃は受けなかった・・・というのが正直なところ。
 あえてなのだろうけれど、妙に俗っぽい言葉を選んでいる気がして、ちょっと落ち着かない気持ちにさせられた。 リアルタイムのあるひとときを切り取ったのかもしれないけど、2016年の終わりに読んだだけである種の“古さ”を感じてしまったから。 ずっと読まれるものにする気はないのか、それとも何十年かたてばそういうことが気にならなくなるのか。
 映画では中途半端な感じがした刑事さんに、こういう設定があったとは・・・というのは原作を読んでよかったところ。
 同じような言葉を告げても、呼び止められることもあれば去ってしまう人もいる。 そういう理不尽さというか、人の心の不可解さが浮き彫りになる対比として重要だけれども、映画でカットしたのは正解だったと思う(<謎の三人の男>に集中できない可能性が出てくる)。
 それにしても、やっぱり『怒り』という感情の正体がよくわからない・・・。
 泉ちゃんと辰也くんに関しては、映画の方がうまく処理されていた気がするけど、愛子が家出した理由は原作でしっかり明かされていたので「ダメな子だな、この子は」と思うことができた。 映画と小説とで合わせ技、という感じ。
 そのへんも、『悪人』を越えてないかな。

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2016年11月26日

ときめく化石図鑑/文・土屋香 絵・土屋健

 たまたま、図書館のイベントで遭遇。 やはり図鑑は薄くても全頁カラーであってほしいものです。 しかしどちらかというとあたしは化石にはあまりときめけないタイプなんだよね・・・恐竜も古生代の生き物も好きなんだけど。
 押しつぶされた平面のものから、立体の生き物が想像できないからかもしれない(空間認識能力に問題が?!)。 方向音痴ではないんだけど。
 「化石からかつての彼らの生きている様子を夢見る」ことができないのよね・・・。 なので復元図や立体模型のほうが個人的には好きです。
 しかしそんなあたしでも、この本は楽しめた!

  ときめく化石図鑑.png 化石の写真(ときには部分)だけでなく、復元図もしっかり添えてあるからわかりやすい。

 ただ<図鑑>というわりに、あいうえお順でも年代順でもなかったりするし、「これを載せといてあれがないってのはちょっと」という不満もなくはないけれど、あくまで初心者向けの入り口、そして筆者の愛情優先みたいなつくりが逆に潔いというか。 ページ数も限られてますし。 やはりマニアックになりすぎずに「好きな人の熱量」が伝わるのがこの場合大事かと。
 中でもあたしのお気に入りはグリフィアというジュラ紀の牡蠣の化石!
 貝類は全体化石として残ることが多いからわかりやすい、ということもありますが、なんともいえないカーブが優美で素敵!
 あと、ミネラルショーについての記述もあり・・・「おぉ、『七つ屋』とシンクロしてる!」と個人的に勝手に盛り上がる。
 でももしあたしがミネラルショーに行ったら、化石ではなくて原石の方に行っちゃいそう。
 そう、石そのものの魅力ならわかる。 琥珀の中に閉じ込められてしまった何か、とか、長年の堆積によって石になってしまったものとか。 ということは・・・あたしは化石よりは鉱物のほうにときめくタイプかも。
 検索したら<ときめく図鑑>はシリーズになっており、『ときめく鉱物図鑑』も勿論あったので早速予約。
 が、他にも『ときめくカエル図鑑』『ときめくきのこ図鑑』『ときめく小鳥図鑑』『ときめくインコ図鑑』(小鳥とインコは別扱いなのね)・『ときめく微生物図鑑』などなどいろいろあることが判明。 現在も順次新しいものが刊行中のようです。
 これは今後も要チェックだ!

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2016年11月25日

今日は9冊(その2)。

 そして、あとはヤバめな海外ものを文庫で2組。

  氷結1.jpg氷結2.jpg 氷結/ベルナール・ミニエ
 ピレネー山脈に水力発電所があるなんて知らなかった。 それと、寒さを感じさせてくれるこの表紙が購入の決め手であります。 標高2千メートルの水力発電所で皮を剥がれて吊るされた首なし死体が発見される。 現場には、何故か現在収監されている連続殺人犯のDNAの痕跡があり・・・と静謐なタイトルと表紙からかけ離れたトンデモ物の可能性もあり、そこが知らない海外作家のバクチ感に繋がります(その後、大化けしても邦訳が定期的に出ないと意味がないので売り上げに貢献しておかないと)。

  羊飼いのルール1.jpg羊飼いのルール2.jpg 羊飼いのルール/イーサン・クロス
 これは逆に、「最近ここまでおどろおどろしい表紙、ないぞ」と手に取ってしまった。
 これは迷った・・・。
 ちなみにこれもまた連続殺人犯もので、主人公はニューヨーク市警殺人課の刑事だったのだけれど、悪夢に日々悩まされ続けて退職。 叔母から相続した農場に移り住み、平和な生活を取り戻したように思えたが・・・という明らかに<主人公受難もの>の気配濃厚。
 『羊飼いのルール』というタイトルにやられた感あり(原題だけなら『羊飼い』)。
 『羊たちの沈黙』も思い出しちゃうしね。

  星へ行く船3カレンダーガール.jpg カレンダー・ガール 【星へ行く船3】/新井素子
 加筆・修正つき<『星へ行く船』シリーズ>新版第3弾。
 このシリーズでは『通りすがりのレイディ』がいちばん好きだと思っていたけど(いや、好きなのは確かなんだけど)、もしかしたら読み返したのがいちばん多いのはこっちの方だったのかもしれない、と思ってしまった。 目次の章立てを見ただけで、いろんな場面がばばばばっと浮かんできた。
 ・・・なつかしい。
 小林弘利の<聖クレア高校シリーズ>もこんな感じで復刻してもらえないかなぁ(何故か『風と天使が踊る夏』だけアマゾンのマーケットプレイスで高騰しているのです、2万円越えとか。 実家に行けばコバルト以外の作品含めて全部あるんだけど)。

ラベル:新刊
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2016年11月24日

今日は9冊(その1)。

 祝祭日があるのはうれしいですが、週休二日制に慣れてしまった身としては一日だけの休みじゃ物足りない! そして休んだ分、結局残業・・・。 もう、あたしは<休み体質>になってしまっているようです(月も後半になるといろいろつかれが出てくるせいか)。
 そんな中、本を手にするのは素晴らしい気分転換!

  詩人と狂人たち.jpg 詩人と狂人たち【新訳版】/G・K・チェスタトン
 <ブラウン神父シリーズ>でおなじみのチェスタトンによる、もう一人の名探偵ガブリエル・ゲイルの短編集(彼のもともとの職業は詩人画家)。
 これも存在は噂で知っていたけど・・・パターン。 新訳ブームばんざい!!

  深夜の市長.jpg 深夜の市長/海野十三
 もうこの表紙が楽しみになってきている海野十三傑作選。 今回はノンシリーズ編。
 『深夜の市長』のみちょっと長編、あとは短編という感じ。 ぱらぱらめくって『キド効果』といった興味深い言葉が出てくるのが面白い! 復刻ブームばんざい!!

  ゴッドガン.jpg ゴッド・ガン【一部新訳】/バリントン・J・ベイリー
 一度復刻されれば次々出てくる、というのが海外SF・ミステリ作品の面白いところ(早川書房と東京創元社は密かにご相談をしているのだろうか)。
 『カエアンの聖衣』が好評だったのか、バリントン・J・ベイリーの日本オリジナル短編集。
 解説を共訳者の中村融氏が書いているのだが、「大森望さんじゃなくてすみません」的低姿勢なのが面白過ぎ(どうも大森さんのスケジュールが間に合わなかったみたいだけど、生真面目な中村氏の解説もよいですよ)。

  二壜の調味料.jpg 二壜の調味料/ロード・ダンセイニ
 ロード・ダンセイニってミステリも書くんだ! SFファンタジー系の人だと思っていた。
 そしたら実際、ミステリとしての作品はこれ一冊でほぼ網羅されているよう。 「エラリイ・クイーンと江戸川乱歩が絶賛」というあたりに時代を感じてしまいますが、短編とは一種ワンアイディア勝負。 古典として生き残るのは意外とそういうものなのかもしれない。

ラベル:新刊
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2016年11月23日

手紙は憶えている/REMEMBER

 『スウィート・ヒアアフター』以来注目しているアトム・エゴヤン監督の新作というだけで結構わくわくだが、over80の俳優さんたちがメインということ自体にも期待(だってクリストファー・プラマーとマーティン・ランドー共演だもん)!
 「ラスト5分の衝撃!」とか煽られてしまうと、大体オチはわかってしまうんですが(実際、予想通りだったし)、でもここはそんなどんでん返しが大事なのではなく、老練な役者さんたちの演技!、それを観るのがいちばんの目的です。

  手紙は憶えているP.jpg 70年前、家族を殺したナチスを探せ。
         容疑者は4人。 手掛かりは一通の手紙のみ。

 90歳のゼヴ(クリストファー・プラマー)はある施設で暮らしている。 毎朝、目覚めてすぐに死んだ妻を探してしまうほど認知症が進んできたこともあり。 だが、同じ施設で暮らす友人のマックス(マーティン・ランドー)とはアウシュビッツからの生き残りであるという共通点から特別な絆があり、お互いの家族を殺した男<ルディ・コランダー>を探し出して復讐するという目的があった。 マックスはこれまでのすべての調査内容、ゼヴが忘れたら困る手順をすべて書き出した手紙を「心変わりはないか?」と確認してからゼヴに手渡す。 妻を亡くした今となっては、ゼヴの生きる目的はそれしかなかった。 施設を出て単身<ルディ・コランダー>探しの旅に出る。

  手紙は憶えている1.jpg クリストファー・プラマー、ですよね?

 何がハラハラするって、ゼヴのよぼよぼ具合!
 『人生はビギナーズ』であんなにキュートだったクリストファー・プラマーが、こんなに老いさらばえるなんて・・・とショックを受けつつ、それでも自分より実年齢よりも上の役を演じるその心意気(同年代の普通の人よりもはるかにご本人は矍鑠としているはず)にも強烈な印象を受ける。 もう少し先に確実にやってくるであろう<老醜>を、あえて体現する役者としてのその勇気、というか。
 ドアップになってみて、「もしかして、老けメイクしてる?」と気づくことになるのだが・・・その佇まいや動き、背中の曲がり方などはメイクじゃないから。 そんな状態で、ナチスへの恨みを果たすことを生きがいにしているのだ。 ユダヤ人の執念深さは半端じゃないね!
 おまけにゼヴの認知症も進行しているようで、ちょっとした眠りに落ちるだけでも最近の記憶をなくし、目が覚めるたびになくなった妻の名を呼ぶ(これが記憶を失くした合図にもなるのだが、『メメント』も思い出させるものが)。
 だが、とりあえず身体は動く。 対して、パートナーであるマックスは頭の働きが正常で(というかむしろ鋭敏さは失われていない)、なのに呼吸困難で車椅子でクリニック内を移動するくらいしか出来ない。 計画段階では二人で一人でやれたことが、いざ実行となると二人は別々に行動しなければならず、計画のすべてはマックスが渡した手紙の中にだけ存在する。 ゼヴが目覚めて手紙を読むことに気づくまで、彼は失われた過去の中をさまよう(だから腕や服の袖に「手紙を読め」とペンで書く)。
 なんかもう、すべてが不憫でたまらない。

  手紙は憶えている2.jpg 「彼が、ルディ・コランダーだ」
     マックスはゼヴから入る電話で後方支援(携帯電話を持って出かけてはいるが、案の定途中で失くす。 勿論電話番号は手紙に書いてある)。

 ちなみに、マックスがコツコツと集めた情報はユダヤ系人権団体<サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)>からのもの(ちなみにここは、戦後逃亡していたアイヒマンやメンゲレも探していたという歴史も実績もあるところ)。 過日、日本の某アイドルグループの衣装がナチスの制服を連想させると抗議してきた団体とはここのことである。
 となれば世界中に張り巡らされたその情報網のすごさ、ナチのかけらも見逃さないという冷徹さ、日本の関係者がすぐに謝罪したことからも影響力のすごさが想像できる。 ゼヴもマックスもその情報を疑わないのはそのせいもあるだろう(ゼヴに至っては任務を遂行するだけでいっぱいいっぱいだが)。
 今は名前を変えているけれど、かつてルディ・コランダーという名前だった4人を尋ね歩く旅は、シリアスなテーマとどこか遊離して、時折ユーモラスなロードムービーになる。
 だからこそ、よくわからなくなって焦るゼヴの姿が切ない。

  手紙は憶えている3.jpg パニック起こして車に接触しかけて倒れ、旅先の病院に運ばれたり。 同室(?)患者の見舞客の子供に手紙を読んでもらうが、観客もそこで初めて手紙の全文を知ることになる(それまでは部分しか出てこない)。 そして少女は「ナチ」をどう読むかわからない、というあたりに時代の変化を入れているあたりもうまい。

 <水晶の夜>やワーグナーなど、他の作品で知った出来事が繋がっていくのも「あぁ、あたし、わかってきてる!」と近現代の歴史オンチとしてはうれしくもあり、でもキーワードに過ぎなかったものが実際にいろんな人に影響を与えてきた事実なのだと思い知ることになって、それもまたつらいのであるが、この映画では回想シーンは一切入れず、<歴史の罪>を暴くことではなくゼヴの生きざまに焦点を当てているのでぎりぎりサスペンスの枠をはみ出さないように軌道修正が行われるので、いわゆる<ホロコースト映画>とは一線画すものである。
 ま、ブルーノ・ガンツが出ているので、カギを握るのは彼だろうと最初から予想はしてたけど・・・彼の老けメイクもまたすごくて、一瞬誰だかわからなかった(ということは、クリストファー・プラマーやマーティン・ランドーよりひと世代くらい若いのか?)。
 「ラスト5分の衝撃」は予測できた内容だったけど、それを彩るのは彼らのすさまじい演技であり、だからこそわかっていても衝撃を受ける。
 こういうところが小説よりも映画の強み、だろうな。 新人の脚本をベテランのみなさんが一切手を抜かずにつくりあげる、という構図がいちばんの観どころではないかと。
 それにしてもユダヤ人の執念深さはすさまじい・・・。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年11月22日

今日はとりあえずマンガ3冊。

 今日はやたらすごく暑かった!
 服が夏の終わりごろに戻りました(念のためそれにストール持ったけど、朝、仕事場に行くまでにすごい汗かいた)。 明日からまた気温は下がるというが・・・だから完全に衣替えしきれないのである。 あー、油断できない。

  七つ屋3.jpg 七つ屋志のぶの宝石匣 3/二ノ宮知子
 『87CLOCKERS』が終わったからこっちのペースが上がるかなー、とひそかに期待しておりますが、改めて見ると普通のコミックス、どんどん薄くなってるなぁ(当然お値段は上がっている)。 あたしが小学校の時のコミックスに比べて半分近い薄さになってはいないだろうか。
 ま、それはともかく、宝石というタイトルながら、貴石や半貴石も取り扱う幅の広さがうれしいです。

  ツーリングユーロ08.jpg ツーリングEXP.Euro 8/河惣益巳
 『ツーリング』も形態を変えて再出発してからもう8巻か・・・世界が平和になるまでこの物語は終わらないんだろうな、と思う(つまりは、終わることはない)。
 ディーンとシャルルの関係はもうとっくに安定期に入っているわけで、この物語を続ける理由は「世界のどこかで日々起こっている争い事をなんとかしたい!」という作者の気持ちをあらわすため、という気がする。 でもそのおかげであたしも現在進行形の社会情勢を知ることができます。

  蜻蛉2.jpg 蜻蛉 2/河惣益巳
 同一マンガ家による別作品同時発売って流行っているのか?
 いやー、これは1巻がすごく面白かったから続き、待っていましたよ!、と思ったら1巻が出たのはほぼ一年前であった・・・マジか?!、と時間の経過の早さにまた驚くのであった。
 仮想とはいえ歴史物なので、読む側としても気合が入る(というか、エネルギー使う)。
 それだけ、物語や登場人物に感情移入してしまっている、ということでしょうか。

ラベル:新刊
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2016年11月21日

降るような、落ち葉

 桜が散っていくのもいいが、落ち葉がからからと風に揺れる様もいいな、と改めて気づく今日此頃。

  2016年11月道端のイチョウ.JPG 前日はもっとすごかったのに、掃除されてしまった・・・。
     がさがさと、降り積もった落ち葉に足を踏み入れる感じも悪くなかったのに (ただし、葉っぱは乾いているものに限る)。

 特にイチョウの葉っぱがくるくると落ちてくる感じは、まるで自由落下する竹とんぼのよう。
 駆け足で秋が過ぎていく。

ラベル:季節もの
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2016年11月20日

さよなら、シリアルキラー/バリー・ライガ

 三部作全部入手したのに、一作目が行方不明・・・やっと見つけ出し、読み始めたらこれがなかなか読ませるもので、結構な勢いで一気読み。
 <イベリア・シリーズ>とこの続きどっちを読むか、悩むほどである(悩んでいる暇があったら読め)。
 これは21世紀最悪の連続殺人鬼(シリアルキラー)の息子として生まれ、育ってしまった高校生ジャスパー(愛称ジャズ)の、自分の人生を取り戻す戦いの始まり。

  さよなら、シリアルキラー.jpg スカイエマの表紙絵が、よりYA小説感を引き立たせる。

 ジャズは普段、普通の高校生の仮面をつけて暮らしているけれど、父親ビリーがシリアルキラーであるが故に、殺人者の心理を幼少時から英才教育されてしまった。 ジャズ自身は殺人者ではないのだけれど、自分の中には“そういうスイッチ”があって、ただ今はそれがオンになっていないのではないか、人を殺すことが快感であるという欲望を植え付けられてしまったのではないか、という苦悩をずっと引きずっている。
 そんなある日、自分の住む町で殺人事件が起こってしまい、どうやらシリアルキラーの犯行とジャズは気づいてしまう・・・そしてそれを理解できる自分は、やはり父親と同じように“そういう血”が流れているのか、と事件を追いながらますます苦悩を深める・・・という話。
 となると「YAのわりに重たくて残酷ではないか」という印象を受けるのだが、そこを青春モノにしているのがジャズの親友・ハウイーとジャズの彼女コニーの存在。 この二人のおかげで、ジャズは普通の高校生とはどんなものかを忘れずにいられるし、危険な一歩を踏み出さないためのブレーキを得ている。

 しかしこの町に現れた殺人犯は<ものまね師>と名乗り、過去のビリーの犯行を模倣。
 “ビリーの手口”をわかっているのは誰よりも自分だと、<ものまね師>と対決する道を選んだジャズの運命は・・・それが原題“I HUNT KILLERS”へと繋がります。
 長年のミステリ読みには<ものまね師>の正体は比較的最初の方でわかってしまうので、どんでん返し的なものを期待する方には向かないかもしれませんが、ジャズの苦悩に比べれば<ものまね師>の動機など浅すぎる!、というのがわかってある意味痛快です。
 シリアルキラーの子供が長じてFBIに入り、という話は以前『クリミナル・マインド』でもありましたが、自分のせいではないとはいえ<過去の自分>と向き合い続けるのは相当の覚悟と努力がいるはず。
 でもあえてその道を行くジャズの決断を応援し、彼の今後を見守りたい。 だって不安はまだ残ってるし、そのための三部作なんだろうし。

ラベル:海外ミステリ
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2016年11月19日

多分大丈夫、と思ったので。

 ちょうどそのとき、あたしは寝ておりました。
 その2時間ぐらい前に寝付いたところだったので・・・。
 寝付きの悪い自分ですが、一度寝てしまえば短時間で目を覚ますことはそんなにないのですが・・・何故かふと目が覚め。 そしたら、ゆらーっと、ゆっくりとした長い揺れが。
 地震の際の、高層における耐震構造故の増幅された揺れ、だということはすぐにわかりましたが、あんまり気分のいいものではないですね。
 でもその波長の長さ故に、震源がそれほど近くないこと、それほど大きい感じの地震ではないことを経験上感じ、部屋の本棚からなにも落ちなかったので、そのまま引き続き寝てしまいました。 ちなみに起きたのは13時半くらい。
 起きたときには一瞬、地震のことを忘れていた・・・。

 震源は和歌山県南部でM5.4とのこと。
 体感では震度3ぐらいだったので、神戸ではせいぜい震度2といったところか。
 こんなんでは、多分急に大地震が来ても動けないだろうなぁ、ということを実感。
 現地では大きな被害が出ないことをお祈りいたします。

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2016年11月17日

ピエール・エルメ サティーヌ

 サティーヌとは、クリームチーズ・オレンジ・パッションフルーツを組み合わせてエルメがつくった新しい味。 その“サティーヌ”味のお菓子レシピを一堂に集めたのがこの本。

  ピエールエルメサティーヌ.jpg 表紙に載っているのが、“サティーヌ”味のスタートになったチーズケーキ。

 レシピ本ではありますが・・・お菓子づくりの腕がすっかり落ちた(もともとそうあるほうではなかったが、神戸に住むようになってから自分でつくらなくても食べてみたかったお菓子が普通に売っているので、買う方が楽だし味に心配がない)身としては、写真集を見る思い。
 実際、フルカラーですし。
 パッションフルーツという食材からのインスピレーションなのか、“サティーヌ”味がそういうイメージなのか、様々なお菓子たちは原色に近い花々と競演。 でもギリギリのところで毒々しさを感じない、不思議な雰囲気となっております。
 今のところ神戸ではエルメの生菓子は食べられないのだけれど(大丸神戸店の地下にマカロン&焼き菓子等のブティックはあるけど)・・・これに載ってるサントノレは是非食べてみたいなぁ!

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2016年11月16日

鎖された海峡/逢坂剛

 <イベリア・シリーズ>も第5弾でございます。
 一作目『イベリアの雷鳴』以来の一冊刊行(これまでは上下巻多し)。
 トータルのページ数、30ページ前後しか違わないんだからなんで上下に分ける必要があるんだろう? 講談社文庫は『白夜行』を一冊で出しているのだから(あれ1000ページ近かったよ!)、技術面で問題はないはず。 やはり通勤等での持ち歩き読者を想定しているのであろうか。 でも途中で読み終わったら困るから2冊携行するときもあるわけで、それが不便と思ってしまうあたしです(だから荷物が多い・小さなカバンに収められないのだな・・・)。

  鎖された海峡.jpg 鎖された海峡、とは早い段階からジブラルタル海峡のことだと思っていたのですが・・・結構隠喩が含まれてました。

 ドイツの敗色がより濃厚になってきたものの、戦争はまだまだ続いている。 そして連合軍総攻撃の“Dデイ”上陸地点をめぐり、熾烈を極める情報戦が水面下で行われていることを活写。 ヴァジニアは北都とのことでマドリードからロンドンに呼び戻されてしまうのだが、ベルリンに潜入せよという危険な命令を下されてしまう・・・という話。
 今回は北都の出番はほとんどないといってよく、ヴァジニア側の視点中心。 隠れ主役はカナリス提督。
 あ、グレアム・グリーン出てきた!、と読んでてちょっと興奮。
 それで、「あ、『ケンブリッジ・シックス』にでてきた<ケンブリッジ・ファイブ>の人じゃないか!」と気がついた(思い出した)あたし・・・。 遅い、遅すぎる。 それでもこうやって繋がっていくヨロコビはあります。
 そうなるとイギリス側のトマス・ハリスって、あの『羊たちの沈黙』の作者のトマス・ハリスじゃないよね?、という不安が生まれてきちゃうわけですが(さすがに年齢的にどうかと)、あえて調べません!
 そしてこのシリーズで初めて、この巻のラストでうるっと落涙してしまいました・・・。
 やっぱりこの作品のヒロインは彼女だったんだよ、ということを実感。

ラベル:国内ミステリ
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2016年11月15日

われらが背きし者/OUR KIND OF TRAITOR

 ジョン・ル・カレの作品の映画が107分でまとまるのか?! 原作の分厚さを考えると若干不安がなくもなかったが、ユアン・マクレガーとステラン・スカルスガルド共演という魅力には勝てない。
 それにきっと、<省略の美学>がはたらいているのだろうという期待も込めて。

  われらが背きし者P.jpg 何故、僕を選んだ――

 モロッコにバカンスに来ていた、イギリス人の大学教授ペリー(ユアン・マクレガー)とその妻で弁護士のゲイル(ナオミ・ハリス)だが、夫婦仲は危機を迎えていた。 夕食のためのレストランでも口論となり、仕事の電話が入ったと席を立ったゲイルと、その場に取り残されたペリーの姿を見て、奥にいた人物が「一緒に飲もう」と声をかけてきた。
 ディマ(ステラン・スカルスガルド)と名乗るその男はペリーが頼むのを躊躇したワインを開け、みんなに振る舞う。 強面だが話の通じる彼と意気投合し、翌朝もテニスを一緒にする約束をしてしまう。 しかし、実はディマはロシアンマフィアの資金洗浄役で、組織のトップ交代の権力闘争のため自分がそのうち消されるであろうことを察知しており、情報を交換に自分と家族を安全なイギリスに亡命させたいからMI6に渡してほしい、とペリーはUSBメモリーを託されてしまう。 「何故僕に?」と戸惑うペリーに「他に信用できる人間がいない」と答えるディマ。 事情を知り、そもそもマフィアの人間と関係を持つなんてありえない!、と激怒したゲイルだったが、テニスコートにいるディマの家族(特に子供たち)が組織の者たちに監視されている様子を見て困惑。 イギリスに戻り、空港の税関でMI6の人を呼んでもらい、物を渡せばそれで終わりだと思っていたのだが・・・という話。

  われらが背きし者3.jpg 少し前にTVで『天使と悪魔』が放送されていたのをちょこっと観てしまったので、「ユアン、老けた〜」と個人的に衝撃を受けたが・・・この作品ではあえてそんな老け感を受け入れ、ハンサム色も薄くして<いたずらに正義漢は強いけど実力は伴わない、普通の人>を好演。 そしてナオミ・ハリスが持っているその赤いカバン、どこの?!、とすごく気になった。

 やはりストーリー展開を早くするために、登場人物の設定には多少の変更が加えられている。 でもそれが特に気にならないのは、スピード感と緊張感が最後まで持続するから。
 多分最大のネックであろう「なんでそんなやばいことを引き受けちゃうのか」の説得力は、そもそも出会ったのが非日常の旅先であることと、ペリーが基本的に善良な人間であること、ペリーとディマの友情と信頼、でクリアされているのでこちらも彼らと一緒に逃亡劇についていっているような気持ちになる。
 そう、<男の友情>。 大切なことはいちいち口には出さないから女から見て意味不明なときもあるけれど、たとえ出会ってすぐでも「こいつは信頼できる相手」だと思えば自分や家族の命も託せるし逆に命も投げ出せる、みたいな感覚。 お互いにそんなものを感じてしまったら、銃なんか持ったことがない軟弱インテリも「自分にできることがあればなにか」とがんばってしまうよね、とあたしは納得。

  われらが背きし者2.jpg それもこれも、ステラン・スカルスガルドがディマという人間をとても魅力的に体現しているからである。
 強面だけどチャーミングなのは彼のもともとの持ち味だが、この役ではよりその差を深めている。 日本でいえば吉田鋼太郎みたいなポジションか。

 まぁ、そんな二人の関係を巧みに利用するのがMI6のヘクター(ダミアン・ルイス)なのだが・・・どこか官僚っぽい佇まいに「この人、『HOMELAND』と同じ人だよね?!」と自問自答してしまった。 ヘクターの感情や葛藤を表に出さない感じが非常によかった。コイツほんとに信用できるのか?、という疑惑もスリルを高めてくれたから。
 今回はジョン・ル・カレ作品にしては珍しく、ただMI6が出てくる、というだけで大がかりなスパイや諜報戦とは無縁。 それ故に、「一般人が−もしくは自分が巻き込まれたら一体どうなんだろう」と自己投影する余地もあり、余計にスリリング。
 原題にある“TRAITOR”“裏切り者”のことだが、登場人物がほぼ多かれ少なかれ何かを裏切っている(そしてその裏切りの度合いにも違いはあるのだが、その尺度は絶対ではない−たとえば国家を裏切ることと愛する人を裏切ることと、どちらがよりひどいか、感じるのは個人差がある。 法律に違反するという基準は別にして)。
 『われらが背きし者』とは、つまり「誰もが多かれ少なかれ裏切り者である」ということであり、だからこそ「裏切ってまで何をするのか」の生き方を問われる物語である。
 展開としては大きな意外性があるわけではないのだが、演出というか見せ方が巧みというか、こっちが予想するテンポとちょっとずらしてくるので、たとえ予想通りだとしても結果的にはハラハラドキドキしてしまう・・・監督が女性だったからでしょうか、結構あたしはいろんなところがツボでした。

  われらが背きし者5.jpg 逃亡劇がロードムービーっぽくなっているのも風景が美しいから。 フレンチアルプスもまた、こんな状況であれども美しい。

 あぁ、だから<裏切り>というテーマと同じぐらいの、もしくはそれ以上の比率で<男の友情>を描いたのか。 ディマを実は繊細でとてもチャーミングな人間として表現したのか。
 ディマの妻の台詞は大変少ないのであるが、彼女の動作だけで事態をすべて承知したうえで夫についていくと決めたのだなぁ、愛だなぁと察することができるかっこよさ(それに対してゲイルは喋りまくりなのだが、次第にペリーの気持ちを理解し、ディマの家族に寄り添うにつれ言葉少なになっていくのも印象的)。

  われらが背きし者4.jpg ヘクターがいかにただの官僚っぽく見えようとも、いざとなると銃の扱い方はさすが。 ダミアン・ルイスは次の007第一候補らしいですが・・・となるとよりリアル方向を目指すのだろうか。

 もっと愁嘆場も大物が捕まるシーンも撮れただろうに、あえて一切出さず、静かに終わるラストには物足りなさもないわけではないけれど、パスタをゆでるヘクターの姿に、非日常を職業にしてしまった男の日常を垣間見る。 多分その気持ちはペリーも同じで、彼は彼の日常にまた帰っていくのだが、その“日常”は以前と同じものではない。 この世界が様々な人たちの裏切りや努力であやうく成り立っているものだと知ってしまったから。
 上映終了後、はーっ!、と、思わず深呼吸してしまいたくなったのは、やっぱり観ている間ずっと緊張していたからでしょう。 でも充実した時間だった!
 ちなみに、エンドロールの出演者にジョン・ル・カレの名前を見つけてしまったが・・・どこにいたのかわからん!(いや、そもそもあたしは彼の顔を知らんのだが)。
 お元気そうでなによりです。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする