2016年10月04日

リトル・ボーイ 小さなボクと戦争/LITTLE BOY

 戦争を題材にした映画は多いが、外国映画で日本が扱われる・・・となるといささか複雑な思いになってしまうのは、やはり自分が日本人だからなんだろうな、ということをこういうとき実感する。 移民問題や多国籍で当たり前の国々から見たら、やはり日本は<島国根性>である、と言われても仕方ないなぁ、と、アイデンティティを意識しなくても生きていけることは幸せなのかそうではないのかどちらなのだろう、などといろいろ考えてしまいます。
 少年の目を通した<戦争>ということで、観る前はそこまでとは思っていなかったけれど、結果的にそんな感じになってしまいました。 チョイ役ながら尾崎英二郎さんが出ると知って観たかったんだけどね・・・。

  リトルボーイP.jpg パパは、ボクがきっと呼び戻すんだ――
   少年のひたむきな想いと大きな愛は遠くの戦場の父親へと届くのだろうか・・・小さな町に起きた奇跡の物語

 舞台は第二次世界大戦下のアメリカ、カリフォルニア州の小さな漁村オヘア。
 8歳の少年ペッパー(ジェイコブ・サルヴァッティ)は、村でいちばん背が低く、年齢とともに身長が変化しないことから同世代男子たちに“リトル・ボーイ”と呼ばれ、からかわれる日々。 しかし父親ジェイムズ(マイケル・ラパポート)はペッパーを「相棒」と呼び、ペッパーが卑屈に育たないように大きな態度で接し、それ故にペッパーも父親以上の存在として見ていた。
 だがある日、戦争へ行って活躍することを夢見ていた兄のロンドン(デヴィッド・ヘンリー)が扁平足であるために入隊検査に脱落、代わりに父が徴兵されることに・・・パパがいなくなるなんて耐えられない!、とペッパーが父に早く帰ってきてほしいと願いを叶えるためにはどうするか・・・という話。

  リトルボーイ2.jpg ペッパーくんがけなげである、というのは勿論だが、おとうさんが素晴らしい。
 この時代、仮に日本で周囲にいじめられて泣いて帰ってくる息子に「そんなことで泣くとはお前が悪い」みたいなこと言う父親、いっぱいいそう(ま、そこはアメリカでもいそうだが)。 本当に太陽のようなお父さんである。 なので母親(エミリー・ワトソン)はその分控えめで、口うるさくなく家族を支えているところも素敵。 その分、兄のロンドンのお間抜けさ加減が目立っちゃいますが・・・。
 それで更にアメリカだな!、と思うのは、カトリックのオリバー司祭(トム・ウィルキンソン)が小さな町の名士というかある程度影響力を持つ人物として描かれていること(別に悪事は働いていません)。 父親出発後はペッパーの後見人という立場を頼まれるし。 それだけなら「家族&キリスト教ばんざい」の話になってしまうところですが、ペッパーが信じているのは神ではなくアメリカンコミックのヒーローだったり、謎の奇術師ベン・イーグル(ベン・チャップマン)だったりするため、オリバー司祭はペッパーに、「ここのリストをすべて制覇すれば望みは叶う」と信仰の力を伝えようとする。 そのリストの中には、町に住む唯一の日系人ハシモト(ケイリー=ヒロユキ・タガワ)と友だちになること、という一文があり、収容所から出てきたハシモトだが、町の人々は対戦国の人間として当然のように彼につらく当たる(オリバー司祭は別だけど、このあたりの描写は“当時日本にいた外国人たち”も同じような、もしくはもっとひどい目にあったのではと思わせるに十分である)。 ペッパーとしても父親が命の危険をさらして戦っている相手の国の人間と仲良くしたいわけはなく、でもリストを制覇しないと望みはかなわないし、という葛藤の末、とりあえずハシモトとお近づきになってみる作戦をとることに。

  リトルボーイ1.jpg トム・ウィルキンソンがまたいい人さ加減と老獪さとを併せ持つ、一癖ある人物を好演。 何を考えているのかわからないのに不気味じゃないって素晴らしい。

 よく考えれば町で一人憎しみの対象として阻害されているハシモトと、「リトル・ボーイ」と揶揄されまくりのペッパーははぐれ者同士、仲良くなれる共通項はしっかりあって、でもそのせいで余計にいじめられるけど一人より二人のほうが対抗策がとれる利点もあり。
 ペッパーの忘れ物を届けに来たハシモトを見て一瞬心が乱れるけれど、何事もないように振る舞うおかあさん、かっこよかった(しかし兄はダメだったが)。
 でも広島に新型兵器(核爆弾)が投下され、快哉を叫ぶ町の人々の反応は当時のアメリカ全土そのままだったろうし、その名が<リトル・ボーイ>であることに誇らしさとやがて後悔や罪悪感を覚えるペッパーの心の動きと、それを「君のせいじゃない」と言ってくれるハシモトの姿には年齢を超えた友情が!

  リトルボーイ3.jpg 「私の名前はジャップじゃない」というときの静かな迫力、すごかった。 “ジャップ”が侮蔑語であることをペッパーは知らなかったようだが、当然知ってて使っている人のほうが多いわけで。 それにハシモトは戦争前からの移民だから正確にはアメリカ人のはず。

 アメリカばんざいではなく、ヒロシマにも同じように人々がいた、と想像(ペッパーの夢として登場)するイメージはアメリカ映画としては結構踏み込んできた方だと思うし(監督はメキシコの方でした)、どの戦争であろうともいいことはないというメッセージになっていたと思う。 リトル・ボーイという名前の皮肉を使いたいがための設定かと。 どっちが悪いとかはまったく描いていなかったし(むしろ信義にもとる行動をとる人たちをやんわり非難するような感じか)。 憎しみの連鎖を止めるのは許すこと、国家と個人を同一視してはならない、ということなんでしょうね。
 ちなみに尾崎英二郎さんはハシモトが語る日本の昔話で、身体は小さくとも強敵を倒した人物を再現シーン風に演じていて、出ているとわかっていなければ全然気付かないくらいにかつらとメイクで少年のようになっていました。 あー、びっくり。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする