2016年09月29日

白の迷路/ジェイムズ・トンプソン

 『極夜−カーモス−』『凍氷』に続くカリ・ヴァーラシリーズ三作目。
 まだ読む気はなかったのですが(なにしろ作者急逝のため、五作目が刊行されないことがわかっていたから)、仕事場の人に『極夜−カーモス−』を貸したら面白がって引き続き『凍氷』も借りていったので、戻ってくるまでにこっちも読んどかないと!、とちょっと焦る事態に。
 二作目までは<フィンランド発・北欧ミステリ>に分類できたかと思いますが・・・本作から雰囲気も内容も大きく変貌。 なにしろ長い間苦しめられていた偏頭痛の原因を取り除く手術をしたら、一時的なものなのか副作用(?)でカリの感情が喪失。 主人公であり語り手の性格がガラッと変わってしまった!
 おまけにフィンランド国家捜査局・特殊部隊を指揮する警部という肩書を手に入れ、前作で登場したやばい部下とともに超法規的に複数の麻薬組織から麻薬とカネをひそかに強奪し、お互いを疑心暗鬼にさせ最終的に壊滅に持ち込もうとするのだから・・・はっきり言って無茶苦茶です(しかもそれが国家警察の上層部の指示だからね)。

  白の迷路.jpeg “白”は雪であり麻薬でもある。

 それだけでもやばいのに、ある日移民擁護派の女性政治家が殺害され、その頭部が移民組織に届く事件が(フィンランドもヨーロッパ各国の例にもれず移民問題が社会現象化しており、移民のせいでフィンランドの伝統が失われると排斥論が強まっているようで、作者はそれに対する憤りをこの作品に込めたようだ)。
 この事件を境に報復殺人が各地で勃発。 第一作で黒人女性殺人事件を満身創痍で解決した実績が世間に知られているカリは、秘密部隊を率いてやばい仕事をしながらも、この事件も解決せよと命令される・・・という話。
 コイツ絶対ウラがあるだろ、という明らかに一癖ある人物が登場したり、過去の大富豪の子供誘拐事件が浮上したりと、ミステリというより行き当たりばったり感が強く(でもそれは感情の動かない語り手のせいでいろんなことが読者に伝わってこないせいもあるのかもしれない)、暴力描写も更に容赦がなくなり(でもこれは感情がないせいで読んでいて苦痛に感じない、という利点もあり)、ノワール展開まっしぐらです。
 でも基本的にノワール小説は主人公が一匹狼であることが多いのですが、この作品の特徴はチームであること。 しかもカリの妻ケイトや生まれたばかりの娘アヌはまぁ仕方がないとしても、天才ハッカーだが変態ミロの従姉妹や前作でカリに心酔してチーム入りしたスイートネスとその親戚の子まで加わっているという大所帯。 女性や子供がいるなんて、明らかにリスク要因だろ・・・なのですが、危機感に乏しいのか感情が動かないせいなのか、カリはそこに潜在する危険性に気づいているのかいないのか、毎日コッシュ(フィンランド産ウォッカ)やビールを飲んで酔っ払う。 いや、寒いところだから酔いはすぐに醒めるんだろうけどさ・・・なんとなく、「ちゃんと働いて!」という気持ちになってしまう。
 そんなわけでラストはまたもひどいことになり、次作『血の極点』に続きます。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さよなら、人類/EN DUVA SATT PA EN GREN OCH FUNDERADE PA TILLVARON

 原題長すぎる! スウェーデン語では“EN DUVA SATT PA EN GREN OCHFUNDERADE PA TILLVARON”、英語タイトルは“A PIGEON SAT ON ABRANCH REFLECTING ON EXISTENCE”です。
 でも『さよなら、人類』はなかなかの意訳かと。
 なにしろシティボーイズのコントが好きなものですから、ナンセンスコント大好きです。
 でも<ナンセンス>とは実はものすごくセンスが問われるもの、なんでもありじゃない、ということをわかっていないで<ナンセンス>を名乗るやつがいる!
 泣かせるより笑わせる方が難しい、ということを世の中の人はもっと理解してほしい(大袈裟でエラそうですみません)。 だから一歩間違えれば「ナンセンスは難解」という評価にもつながってしまうのかもしれないのだけれど・・・モダンアートと一緒で、「難しいのではなくて自分にピンと来るかどうか」なんですよね。 理由は特にいらないのです。

  さよなら人類P.jpg じゃあ、また明日。
     さすらいのセールスマン サムとヨナタンは、今日も途方に暮れる・・・。

 カメラは定点、ワンシーンワンカットのショートコントの積み重ねが続き、「え、いつまでこれ続くの?」と思ったあたりで前のシーンとちょっとした繋がりが見えてきて、「おっ!!」となってしまうのは、三木聡時代のシティボーイズライブを思い出してしまうからでしょうか。 定点撮影なのも舞台を観ているような気持ちになるし(でも計算されつくした構図なので絵画が動いているようにも見える)、映画を観ているというよりもモダンアートのインスタレーションを観ている感じに近い、かもしれない(でもインスタよりは娯楽性はあるか・・・中間な感じ?)。

  さよなら人類1.jpg 役者さんの表情がよく見えないのも舞台を観ているっぽい。 部屋の壁はすべてペールトーンなれど場所によってアイボリーからグレーまで幅広いのが面白かった。

 時代遅れなお笑いグッズを売り歩いているサラリーマン、サム(ニルス・ヴェストブロム)とヨナタン(ホルゲル・アンデション)が主役のように見えるポスター&コピーですが、数多くいる登場人物たちの一角を担っているにすぎない(出番の割合は確かに多いですが)。
 それと、これは日本人だから楽しめるポイントとして、生気のないおじさんの名前が「ヨナタン」ってのが妙にかわいくて笑ってしまいます(スウェーデン的にはありがちな名前だともわかってますが。 マルタンとかいるしね)。 だから主役扱いなのかなぁ。

  さよなら人類4.jpg 電話にまつわるシーンも何度も。
    どういう関係かは不明だが「元気でよかったわ」を繰り返すパターンと、待っているのに携帯にメッセージが一件もないといわれるパターンと。

 日の光が薄いのと同様に、そのナンセンスさ加減が描く人間讃歌もかなりクールなまなざしで、途中は人間讃歌なのかもあやうい(恐ろしく残酷だったり、とてつもなくダメだったりする人間だけど、という前提かなぁと思ったけど)。
 これが全部アナログ撮影だというのもすごい。
 さすが、スウェーデンの鬼才ロイ・アンダーソンと呼ばれるだけのことはある(あたしは今回初めて知りましたが、イギリスジャーナリズムはモンティ・パイソンと並び評していたし)。
 中盤あたりで「うっ、いつまで続くんだこれは」とちょっと思ったけれど、それを乗り越えたら序盤以上にすごく面白くなってきた。
 やっぱり、映画というよりも不思議な体験だったかも。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 20:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする