2016年08月16日

シング・ストリート 未来へのうた/SING STREET

 <『はじまりのうた』を超える名作!>と言われてしまったら観に行かないわけにはいかないではないか。 『ONCE ダブリンの街角で』も結構好きですし、また舞台をアイルランドに戻しての80年代少年たちの音楽青春ストーリーとあれば、きっとジョン・カーニー監督の青春時代も反映されているであろうし。

  シングストリートP.jpg 君といれば、無敵。
   80年代、大不況下のダブリン。僕たちはバンドのPVで、憧れのロンドンを目指した。 爽快! 感涙! 青春音楽映画の傑作、誕生。

 1985年、大不況下のダブリンで、14歳にして人生のどん底を見ることになったコナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)。 父親が失業したため、私立の学校から荒れた公立学校へ転校させられたのだ。 当然のように起こるいじめ、そして両親の不仲はエスカレートと公私ともに気の休まらないコナーだが、唯一の楽しみは音楽好きの兄ブレンダン(ジャック・レイナー)と一緒にロンドンの音楽番組“トップ・オブ・ザ・ポップス”を見て語り合うこと。
 ブレンダンは音楽大学に留学するはずだったが諸事情により頓挫、以降引きこもりを続けているがコナーにとってはよき理解者で、音楽においては師匠でもある。
 そんなある日、学校でもなんとなく仲間ができ始めた頃、学校の門の前でラフィーナ(ルーシー・ボーイントン)という美人に一目ぼれしてしまったコナーは、彼女がモデル志望であることを知り、「僕たちのバンドのPVに出ない?」と声をかける。
 それからコナーのバンドメンバー探しが始まった・・・という話。

  シングストリート5.jpg 最初に声をかけてくれた彼は楽器が弾けないので、プロデューサー兼カメラマンということに。
 お話は大変ベタです。 個人的な感想としては『はじまりのうた』のほうが映画としての完成度はずっと上、だと思います。 それでもこの映画を気に入ってしまう人の気持ちがわかるのは、MTV黄金期というか、PV(当時はビデオクリップとも呼ばれていました)が音楽を変えた!、という時代をちょっとでもリアルタイムで知っているから。 A−HAやデュラン・デュランの音楽とビデオクリップに胸躍らせるコナーの気持ちがわかるから。
 だからバンドのメンバーが結構簡単に集まりすぎだろとか、はぐれ者たちが集まったわりに(急ごしらえのバンドなのに)みんな演奏がうまいじゃないかとか、そういうことは言ってはいけない。 荒れた学校でこそっと過ごしているからこそ彼らは自宅でこっそり練習して、結果的にうまくなっていたんじゃないかと思う。
 音楽を始めるきっかけナンバーワン:女の子にもてたい、をそのまま実践しているコナーだけど、それはやはりきっかけで。 バンドメンバーが集まって一緒に曲づくりをして練習して・・・そんな日々が楽しくないわけがなく。 PVづくりも当時流行のものまねから入って次第にオリジナリティを獲得していく様子とか、無茶苦茶再現率高いファッションとか、もうニヤニヤ笑いが止まりません。

  シングストリート4.jpg バンドメンバーもそれぞれキャラが立っている。 特にコナーとともに曲づくりをするエイモン(マーク・マッケンナ)のなんでもできちゃう感じがすごい!

 彼らのつくる曲がおにーちゃんの与えてくれる課題の影響もろ受けなのには笑ってしまうのだけど(特にザ・クラッシュ、ホール&オーツ、スパンダー・バレエ等)、でもそんな一途なまっすぐさがまさに“若さ”なんだよねぇ。 その直球度合いに胸がキュンとしてしまうのです。彼らのオリジナル曲“UP”のサビにはうっかり涙ぐんでしまいましたよ。
 そしてなにより、ブレンダンが教えるロック&ポップスの真髄<ハッピー・サッド>の精神!
 まさに生きる指針ですよ。

  シングストリート2.jpg ひどい両親のもとに育っても、信頼しあえる兄弟の存在は貴重。
 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』での学園祭の演奏シーンみたいなライブをやりたい!、とか監督とあたしは世代が近いのかな、「わかるわかる〜」ネタが多々あり、そんなこんなですごくコナーを応援したくなる。 でも個人的にいちばん気になるのは兄ブレンダンの将来なんですけどね(音楽評論家として生きていってくれてたらすごくうれしい)。
 ラストシーンはほぼファンタジー展開になってしまって「あれ?」なのだけれど、この物語に現実的な着地点をつけたくない、夢を追いかける姿のまま終わりたい、ということなのかな、と納得。 エンディングテーマをアダム・レヴィーンが歌っていることにもついニヤリとしてしまいました。
 やばいな・・・これもサントラほしいかも!

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

ホッチ!

 SMAP解散のニュースがあふれまくっていますが、あたしはその隙間に見つけた「『クリミナル・マインド』、主演俳優が解雇」というヘッドラインに目が釘付け。
 主演俳優って誰よ! まさかホッチじゃないでしょうね!
 ―― 予感、的中。

 報道によれば、テレビドラマ「クリミナル・マインド FBI行動分析課」でFBI特別捜査官アーロン・ホッチナーを演じているトーマス・ギブソンが脚本家にけりを入れ、謹慎処分になったとTMZ.comが報じたが、その後クビになったことが米CBS局によって発表された。 そうである。

 詳細を追いかけると、撮影中のシーズン12、第3話の監督をトーマス・ギブソンが務めていて、脚本家と意見が衝突。 暴力沙汰に発展したとのことだが・・・「けりを入れ」というのがどのくらいのレベルかわからないし(撮影中なり準備中だったらまわりの人がすぐ止めるだろうし。 とはいえ先に手を出した方が悪いとなってしまうのは常識だが)、作品をよいものにしようという気持ちが思いあまっての行動なんだろうなぁと推測はするものの、常に冷静沈着であるホッチのキャラクターと合わないんですけど・・・なんか残念。
 というか、アーロン・ホッチナーという存在なしに今後もこのドラマは成立するのか?!
 この9月からWOWOWで『クリミナル・マインド』シーズン11が放送されるのですが、今回のニュースのおかげでデレク・モーガンがシーズン11で番組を卒業ということを知ってしまい、それはそれでショックを受ける(モーガン、何シーズンか前からどっかの警察からスカウトされているとか毎回話が出てたなぁ)。 ちなみに後任は(シーズン12からの登場なのかそのへんはわかりませんが)、『CSI:マイアミ』のエリック・デルコ役でおなじみ、アダム・ロドリゲスだそうな。 エミリー・プレンティスの後任も長続きしていない(シーズンごとに交代)現状で、モーガン抜けて、おまけにホッチもいなくなるなんて、まさにドラマ存続の危機!
 でも、多分日本だったらなぁなぁで済まされてしまう(脚本家が泣き寝入りさせられる?)だろうことを、アメリカはきっちり対処するんだなぁ。 それぞれの協会(組合?)がしっかりしているからだろうなぁ。 まぁ、現場でいつ暴力をふるうかわからない人と一緒に仕事はしたくない、ってなるよね、多分。
 そして日本でも、そういうユニオンのようなものがあれば、SMAP解散という事態はもっとすっきりした形で発表できたんじゃないだろうか。 憶測が憶測を呼ぶような報道、ファンの思いこみのツィート、悪者探し・・・あたしにはどう考えても(今年1月の“公開処刑”のときもそうでしたが)、事務所のマネジメントというか危機管理体制がなってないだけのように見えるのですが。 大事な商品の価値を自分たちで下げてどうするのか。
 本当に意味がわからない。
 「事務所のおかげでこれだけ大きくなったはず。 恩をあだで返している」と言っている人もいましたが・・・彼らは事務所が投資した以上のものを十分還元しているはず。
 「プロなんだから仕事に徹しろ」と言われたって、一度「もうダメだ」と思ってしまったら戻れない気持ち、あたしにはよくわかる。 大事な仲間だと思っていた人からの不可解な言動で、信頼関係が一瞬にして崩れることだってある。 どんなにもう気にしないでいよう、忘れようと思っても、できないものはできないのだ(勿論個人差があるのでできる人だっているでしょう。 でもあたしは無理派です)。
 トーマス・ギブソンに蹴られた脚本家も、もしかしたらそのことを一生忘れられないかもしれない。 あたしがいくらホッチを必要としても、どうにもならないことがある(でもかつてこの番組はギャラ問題でJJとエミリーを降板させたけど、ファンからの要望が大きすぎて二人を復活させた過去があるけど・・・今回は経緯が違うからなぁ。 とはいえギブソン氏のギャラも今では相当なものなので、この機に乗じて、という説があるのも確からしい)。
 あぁ、森田順平さんもショックであろう・・・彼の吹替キャリアの中でも大きな比重を占める役であろうし、「ホッチは僕自身です」とかつてインタビューで役柄との一体感を語っていたぐらいなのに(そして聞く側としても、悪役っぽい要素のないモリジュンの二枚目声を堪能できる貴重なドラマなのに)。
 永遠に続くものなどないけれど、終わるなら綺麗に終わらせてほしい、と願うのは難しいことなのでしょうか。 諸行無常・・・。

ラベル:ドラマ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月12日

葛城事件

 あぁ、またしても誰ひとり共感できる人が出てこない・・・。
 なにしろ劇団THE SHAMPOO HATの赤堀雅秋作品ですから、もう最初からそれは承知の上だったのですが。 すでに演劇として上演していた作品を映画用にブラッシュアップ、新たなキャストで映画化、という流れは前作『その夜の侍』と同じ。
 あの時も痛い目にあったのだが、今回もなんで観ちゃったかな・・・。 でも、耳にした評判がよかったから、気になっていたのは確か。

  葛城事件P.jpg 俺が一体、何をした。
    無差別殺傷事件の背景にある闇を炙り出す、壮絶な家族の物語。

 ある郊外の住宅地で、葛城清(三浦友和)は重い調子で鼻歌を歌いながら自宅の壁に描かれた誹謗中傷的落書きをペンキで消している。 そしてホースで庭に水をまく。 ありふれた、けれどどこか異様な風景。
 親が始めた金物屋を継いだ清は、美しい妻・伸子(南果歩)との間に2人の息子が誕生し、念願のマイホームを建て、自分が思い描いた理想の家庭をつくったはずだった。 が、清のその思いの強さが、家族を抑圧的に支配するようになっていたことに気づくことはなかった。 長男の保(新井浩文)は小さい頃からおとなしく、よくできた子供だったが、従順であることを強いられてきたため、大人になってから対人関係に悩むことになるがそれを誰にも言い出せない。 なんでもかんでも飽きっぽく、アルバイトも長続きしない次男の稔(若葉竜也)は、ことあるごとに清にそれを責められ、優秀な兄と比べられてきた。 わかってもらえない気持ちはいつしか憎しみと自己弁護がないまぜになり、「すべて他人のせい」と考えるようになる。 そして清に言動を抑圧され、精神的DVに苦しめられてきた伸子は、いつしか思考停止のまま日々を生きるようになる。

  葛城事件2.jpg それを象徴するのが食卓。 全員で同じテーブルを囲むことはない。 並ぶのは誰かの手料理ではなくデリバリーやコンビニ弁当。 お茶でさえもペットボトル(せめてグラスに入れよう)。 ・・・食育って、大事だな。
 そんなすでに壊れた家族にある日、ある出来事が起こるがそれも失敗、葛城家は更に崩壊のジェットコースターに乗ることになり、決定打のように稔が無差別殺傷事件を起こし死刑判決が下る。 そして、死刑反対を信条としている活動家・星野(田中麗奈)が現れ、稔と獄中結婚したと清に告げるのだが・・・という話。
 まぁ映画は時間軸をシャッフルし、「何故こんなことになったのか」をじわじわと見せてくる。
 実際、すべてにおいて問題ありで、どこか途中で歯車を変えることはできなかったのか、とこっちが思う気力さえ奪われるほど。 こんな家族、本当に嫌だが、このような家族が存在しないとは言い切れない恐怖。 だからといって無差別殺人が肯定されるはずもなく、そんな家族で育っても無事脱出してまともに暮らしている人のほうが多いだろうと思いたい(「まとも」への適応はさぞ苦しくつらいものであっただろうと想像するのもあまりあるが)。

  葛城事件1.jpg 清が馴染みだという中華料理店で繰り広げるモンスタークレーマー振りは、「こいつに近付くと危険」という札を首から下げているかのようだ(しかも誰も止められない)。 『64』ではあんなにかっこよかったのに、三浦友和すさまじ過ぎる。

 更に、なにしろ田中麗奈がやっているので一見まともそうな女・星野であるが、やはり歪んだ家庭の近づいてきてしまうような人間はやはり内側に歪みを抱えているようで、下手したら彼女がいちばんやばいんじゃないか、という戦慄。 自分が正しいと思ってしてきたことに強烈なカウンターパンチを食らった清に、情け容赦なく更に追い打ちをかける存在。

  葛城事件3.jpg そして稔も、自分がわめいていることは父親の言っていることと構造はほとんど同じ、ということに気づかない愚かしさ。 客観性の欠如は、憎しみの再生産につながるのか。

 なんだろう、この「まともな人が誰も出てこない」という既視感。
 あ、『クリーピー』だ!
 郊外の住宅地で、家と家との間が近すぎるように見える、というのもなんか同じ。
 ホラーを謳っていないのに、描かれている内容はまさにホラー映画と変わりない、というのが、他人にはよく見えないそれぞれの家庭で起こっているかもしれない密室劇の恐怖なのだろう。
 そこにはむなしさだけがつきまとう。 ここまで不快な内容の映画を観客に最後まで見せ切るのは、すべて俳優さんたちの熱演に他ならない。
 けれど、これは決して「家族で観てはいけない映画」。 観るときは、是非お一人で。

ラベル:映画館 日本映画
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2016年08月11日

昨日のつかれで・・・

 本日からお休みですが・・・昨日のつかれでよれよれです。
 まず、朝、起きれない。 10時半頃携帯にメールがあったのに気付かなかった。
 腕は内出血の紫色の変色が顕在化。 段ボールやガムテープをさんざん扱ったせいか指先のひび割れがすごく(昨夜シャワー上がりにクリーム塗ったのに)、キングファイルのつかみ過ぎ後遺症か、ぺティナイフを持つ手がふるえる(そして皮をむいたキウイを持つ反対側の手がめちゃめちゃ細かな傷にしみて痛い)。
 中身を詰めた段ボール箱を持ちあげたり積み上げたりしたせいか、肩が痛い。
 こ、これがもしかしたら四十肩というやつか?!
 腰に来ていないだけまだましかも。
 そんなわけで、疲労困憊をなぐさめる一日でした。

posted by かしこん at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

引っ越し準備完了!?

 夏休み前最終日、そして事務所移転に伴う引っ越し準備最終日。
 とはいえ通常業務もあるわけで(とはいえ今日は必要最低限の仕事しかできない)、なんとか午前中に終えて午後から箱詰め作業、と思ってました。
 それまでにコツコツと書類・荷物整理をしていたので、箱詰めだけならそんなに時間かからないかも、と思っていたのが甘かった。 直属の上司その1から「かしこんさん、自分の机関係、早く終わらして。 やってほしいことあるから」といきなり言われる。
 「えっ、なにを!」と聞いても「とりあえずそれ終わってから」としか言わない。
 イヤな予感・・・ひとまず自分のまわりや関係物、一通り片付きました、という段階で14時過ぎ。 実は午前中に小口金庫のお金を全額銀行口座に振り込みに行ったあたしはかなりへとへとであった(神戸猛暑日ですし、わりと銀行も込んでいて小銭を入れ過ぎたせいかATMが一回止まり、並び直したりしたため少々時間もかかった)。
 とりあえず何か冷たいものを飲ませてください!
 というわけでそこからお昼休憩。 コンビニでおにぎりを買ってきたが食欲ない。 ただひたすら水・お茶・炭酸が飲みたい!
 そしてその後、下された使命とは・・・壁一面の分厚いキングファイルの分類と箱詰め。
 あたしは手が小さいので、キングファイルの厚さが10cm越えたら片手でつかむのが難しい(できるけど、ずっとやっていると指先がふるふるしてくる)。
 もう、だんだん段ボール箱を組み立てるだけでつかれてくる。 で、引っ越し業者さんが持ってきてくれた新しい段ボールなので(またオフィスに特化なのかA4ファイルにジャストサイズ)、端でこすって手や腕に切り傷&みみずばれが続出。 重たいキングファイルと段ボールの間に何度も腕を挟んで内出血(一度に3冊とか持とうとするからである)。
 みんなで動いているため、さっきは何もなかった場所に次の瞬間にはなにかが置かれていてスネ激突。 急遽FAXをしなければならなくなくなって急いで書類を仕上げたはいいが、FAXまでの道が見えなくてけもの道を分け入る感じに。
 まさに満身創痍。
 事務所の引っ越しってこういうものなの?!
 まぁ、ここでは言えない様々な人的トラブルにも見舞われ、さすがに温厚な(?)あたしも「は? 知るかそんなの!」と暴言が何度か出かかる。
 真夏の引っ越しは、大変危険です。
 一応、とりあえずなんとかなりました、というところで21時を大きくまわっており・・・帰りに図書館に寄って延滞手続きをしたかったあたしは無駄に本を持ってきてしまったことに(読み終わった分は返却ボックスに入れましたが)。 今日でこの事務所、最後なのに・・・まったく感慨に浸る余裕がなかったじゃないか。
 明日から実質夏休みですが、実感がありません。 とにかくこの荷物が新しい事務所に収まるのか、ということと、あたしが新しい事務所の勤務に適応できるか、というのが問題だ・・・不安しかない。
 新しい通勤定期も一ヶ月にするか三ヶ月にするか、それも問題だ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

裸足の季節/MUSTANG

 5人姉妹の物語といえば、『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』がまず思い浮かぶ(映画化された際のタイトルは『ヴァージン・スーサイズ』)。 美しいが不穏、そんなイメージがついこの映画に対しても浮かんでしまう。
 実際どうなのか、確かめなきゃ!
 ちなみにこの映画、第88回(今年の)アカデミー賞外国語映画賞にフランス代表としてノミネートされていますが、舞台はトルコで話されるのもトルコ語(制作国がフランス・トルコ・ドイツとなっており、多分資本比率がいちばん高いのがフランスなのでフランス映画として分類される模様)。 映画界も多国籍ですが、それを受け入れるフランスの移民度の高さも改めて感じます。

  裸足の季節P.jpg 夢見る季節は終わりがくるから未来へと走り出す。

 首都イスタンブールから遠く離れた小さな村に住むある5人姉妹、長女のソナイ(イライダ・アクドアン)、二女のセルマ(トゥーバ・スングルオウル)、三女エジェ(エリット・イシジャン)、四女のヌル(ドア・ドゥウシル)、末娘のラーレ(ギュネシ・シェンソイ)は祖母(ニハール・G・コルダス)に育てられている。 10年前に両親を事故でなくした5人は祖母に引き取られた形になったのだ。 が、いまやいちばん下のラーレですら13歳、元気いっぱいのティーンエイジャー5人が揃ってにぎやかにならないわけがなく。 学校帰りに男子生徒たちと海で騎馬戦をして遊んでいたところを近所の人に見られ、告げ口された祖母は激怒。
 「もうあなたたちを一人で見るのは無理」と彼女たちの叔父(アイベルク・ペキジャン)に救いを求め、因習的な価値観に凝り固まった叔父は「ふしだらな真似は許さん」と5人を家に監禁、学校にも行かせなくする。 そして歳の順に、強制的に結婚させようとする。 5人はどうにかしてそれに抵抗しようとするのだが、叔父の権力は一族の中では絶大で、彼女らが脱走を試みる度に家を囲む塀は頑丈になり、高くなっていく・・・という話。

  裸足の季節3.jpg お喋りの絶えない5人。 でも、それって当たり前だよね・・・。
 とにかくこの5人姉妹、それぞれに個性的でそれぞれ美人。 それが原題の“マスタング:野生の馬”のように常にしなやかで躍動感にあふれているのだから、多分、現代日本のお父さんでも気が気でないだろう(だからといってすべてを「ふしだら」と結び付ける方がふしだらだと思うのだが・・・それは通じない世界らしい)。 それに、抑圧されればされるほど反抗したくなるのは若者の条件反射みたいなもの。 明らかに彼女たちがされることは人権侵害であり虐待であり、下手すれば十分犯罪なのであるが、残念ながらそれはこちら側の価値観。
 同じ村でも「学校に行かないの?」と誘いに来るラーレの友だちの家はそこまで厳しくないようで、基本的な価値観はあってもそのへんの自由度は各一族によって違うらしい、ということはわかる。 となれば5人が反抗したくなるのは当然というか、なんでこの家に生まれたばっかりにこんなにひどい目に遭うのか、と怒りに打ち震えるのは当たり前である。 しかし彼女らにできる抵抗はあまりにもささやかで、そのくせ対価は大きすぎる。

  裸足の季節1.jpg このときが5人が揃って集まった、最後だった。
 「女には教育はいらない、ただ嫁にいって子供を産めばいい」という叔父の価値観は「いつの時代だ!」とつっこみたくて仕方がないが、それがまかり通ってしまうことが恐ろしいのだ。 叔父一人だけがそう叫んでいるのであれば「あの人は変わり者」で終わりなのに、その母親である祖母も、親戚一同も、そして同じような目に遭って来たはずの一族の女性たちもまた因習の前に服従している。 5人姉妹のように彼女たちも変われば事態は一変するというのに・・・だからこそ女性に教育が必要なのであり、だからこそ男たちは教育を与えたくないのだ。
 とはいえ、5人姉妹全員が純真無垢というわけでもなく。 それなりにちゃっかり遊んでしまっている(特に長女!)のも問題ありで。 長女はいちばん年上だからということもあってある程度制度のことも心得ていて、ほんとにちゃっかり一抜けするのは長女の責任としてそれはどうよ!、と怒りを禁じえない。
 映画は主にラーレの視点で動くので、ソナイやセルマにはわかることも彼女にはわからないというギャップも、ラーレに自立心を芽生えさせるために必要だったのでしょうね。

  裸足の季節4.jpg 「結婚なんてしたくない」と陰で泣くヌル。 そう、陰で泣くしかない。
 彼女らの反抗・抵抗・悪だくみ(?)を、叔父や一族の男性たちにばれないように、と孤軍奮闘するおばさんたちの言動はときに笑えて清涼剤的な役割を果たすものの、実際それは彼女たちのためを思ってのことなのか、それともただ一族に波風を立てたくないだけなのか、考えても正直わからない(彼女たちのことを思って、と思いたいが)。
 そして叔父を筆頭に、女性を個人としてとらえることなく、そもそもわかろうとしない姿勢が悪循環を生んでいることに気づかないのもまた・・・男性にも教育が必要だと思う点。
 インターネットもテレビも電話も取り上げられたエネルギーあふれるティーンエイジャーの女の子5人がひとつの家に閉じ込められたら、ますます自由奔放になり、遊びは鬼ごっこのような肉体的接触が多いものばかりになる。 そんな状態の子たちに論理的な根拠のないただの過去から続く慣習を説いても、少しも通じるわけがない。
 一応、“生き残った”姉妹にとってはハッピーエンドのように見える幕切れだが、それはラーレにとっての希望であって、決してハッピーエンドとは限らない。
 このほんの先の未来の幸せまでも保証できない終わり方に、こちらの気分はどよーんとなる。 日本だってかつてはそういう時代があった。 生まれた国や時代で女子の置かれる状況はこんなにも違ってしまうかなしさ、そして現代はよくも悪くも情報化社会により他国との比較が容易になってしまった。
 ・・・いったい、どうしたらいい?
 それが答えのない永遠の問いであるかのような状況が、悲劇なのだ。
 あきらめるよりは結果がどうであれ戦うほうがまし。
 少女にとっては、それだけが真実なのかも。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年08月08日

今日は12冊(その2)

 (その1)からの続きです。
 結果的に、残りは全部文春文庫になってしまった(結構めずらしい)。

  ガールセヴン.jpg ガール・セヴン/ハンナ・ジェイミスン
 これが今回いちばんの大バクチ。
 知らない作家、内容がよくわからない、表紙から“ガール”を感じない。
 なのにカートに入れてしまったのは、イギリスが舞台なのに主人公は若き日本人女性、そして<『音もなく少女は』を想起させる傑作>と紹介文にあったから。
 騙されているかもしれませんが、チャレンジのし甲斐はある、と思う。

  永い言い訳.jpg 永い言い訳/西川美和
 映像作品のノベライズ本はもう二十年以上読んでいない気がするけれど、これは小説のほうが先・映画があとということで原作扱い(作者が監督だから頭の中では同時進行かもしれないけれど)。 小説と映画の表現の違いをじっくり感じさせてくれそう!、だから。

  辞書になった男文庫版.jpg 辞書になった男 ケンボー先生と山田先生/佐々木健一
 あぁ、文庫になっちまった! やっぱり読みやすいのは文庫のほうよね・・・。
 でも見坊豪紀、という名前、下の名前は読みにくいけど、名字は読めるでしょう。 どうも「ケンボー」って書かれると個人的には違和感。 それとも全国各地に必ずいらっしゃる山田姓への慣れ親しみ度合いが問題?
 ちなみにあたしは『新明解国語辞典』の第三版と第四版を持っています!

  小さな異邦人.jpg 小さな異邦人/連城三紀彦
 しばらく前から進む<連城三紀彦再評価>の流れ。 でもこれはそれとは関係なく、作者が生前最後に出した短編集の文庫化(ご本人も最後になるとは思っていなかったかもしれないが)。 “大人”を描くことが多いイメージの連城三紀彦が子供を描いたのですか?、という意外性でカート行きになりましたが、短編集だからすべて子供の話とは限らないのよね・・・ま、それはそれでよし。

  静かな炎天.jpg 静かな炎天/若竹七海
 おぉ、葉村晶がこんなに早く帰ってくるとは!
 長編ではなく連作短編という形だからだろうか。 うおー、なによりも早く読みたい。

ラベル:新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

今日は12冊(その1)

 最近すっかり本屋があいている時間に帰れないので、今回は通販を利用。
 いつも買っている好きな作家、気になっていた作品が中心ですが、「う、うーむ」と普段なら手に取ってから考えるタイプのもバクチ的な勢いで買ってしまいました。
 店頭に行ったら行ったでつられるけど、ネットの画面上の<新刊一覧>で探すのはまたちょっと違う感じになりますね(新刊一覧は定期的に見るけど、それは出るものと発売日を確認するためで、実際の選択は店頭でのことが多いので)。

  秘密S0−04.jpg 秘密 Season0 4<可視光線>/清水玲子
 映画の公開に合わせて新刊を出してくるあたり、商売っ気を感じてしまいますね。
 しかも同時発売でこんなのも出てるし。

  秘密パーフェクトプロファイル.jpg 秘密 パーフェクト・プロファイル
 キャラ紹介とか年表とかのデータ本。 普段のあたしはこういうのは買わないのですが・・・単行本未収録の番外編2本と、清水玲子と萩尾望都との対談収録とあったので・・・ついカートに入れてしまいました。 萩尾望都は映画版を「すごく怖かった! 面白かったです!」とおっしゃっており・・・映画化には懐疑的でしたが仕方がない、観に行ってみるか、という気持ちにさせられ。

  グイン139.jpg 豹頭王の来訪<グイン・サーガ139>/五代ゆう
 あぁ、もう139巻、筆者がバトンタッチしてからもう10巻になったのか・・・ということにしみじみ。 やっぱり時間って経ってしまうものなのね。 そして、あたしはまだ生きているのね。 新生グインは買ってはいるけどまだ全然読んではいないんですが(まだ覚悟ができていないらしい)、表紙がわかる人だとちょっとテンションあがります。 今回はグインとヴァレリウスかな。 ヴァレリウスじゃなかったらどうしよう・・・。

  死の鳥.jpg 死の鳥/ハーラン・エリスン
 ハーラン・エリスンといえば『世界の中心で愛を叫んだけもの』しか記憶にないのですが・・・それしか手に入る作品がないからそういうイメージになってしまっているようで、<半世紀にわたり、アメリカSF界に君臨するレジェンドの、代表作10篇を収録した日本オリジナル傑作選>としてこれを出し、ハーラン・エリスンのSF界での業績を日本でもわかりやすくしておきたいらしい。 最近ハヤカワ、そういう方向に力を入れてるよね。

  飛行士たちの話.jpg 飛行士たちの話【新訳版】/ロアルド・ダール
 ロアルド・ダール新訳シリーズ第4弾にして、実はデビュー作含む処女短編集だというこの作品、あたしは存在を知りませんでした・・・。 ただなんだか表紙がかわいくて(絵にかぶらないように<早川書房>と入れているところに工夫と努力も感じられる)、でも内容は実は戦争・従軍小説だというギャップにやられ。
 ま、相手はロアルド・ダールなんであれですけど、でも若い頃の筆致ということは意外にストレートな表現もあるかも、ということを期待しつつ、でもすでに作家として完成されている気配も濃厚なんですが。 結構期待の一冊です。

  血の季節.jpg 血の季節/小泉喜美子
 小泉喜美子さんは『弁護側の証人』の作者ではありますが、あたしにとってはずっと翻訳家のイメージ。 いや、『弁護側の証人』もすごく面白かったのだけれど、他にも作品があったとは思いもよらず。
 しかもヴァンパイアものだというではありませんか。 日本の都市部を舞台にそんな話、取り組んだのはもしかしたらこの人が最初なのでは? とてもうれしい復刊ではありますが、表紙にそれを書いちゃうのはダサいぜ(そこは帯でとめておけ)。
 だから宝島社の本は買うのをためらわせる。

  視える女.jpg 視える女/ベリンダ・バウアー
 『ブラックランズ』で心打ち抜かれたあたし、すっかり彼女のファンになってるな。 これは注文時にはあらすじも表紙もまったくわからなかったのですが(装丁は決まったらもうネットに載せてほしい、結構重要な要素だから。 それとも今回はギリギリまで修整があったとか?)、「ベリンダ・バウアーの新作」というだけでカート行き決定。
 (その2)に続きます。

ラベル:新刊
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2016年08月06日

死霊館 エンフィールド事件/THE CONJURING 2

 えっ、ジェイムズ・ワン監督、もうホラー撮らないんじゃなかったの?!
 そう聞いていたのでびっくり。 しかも『死霊館』の続編だというではないか。
 ではあの<アミティヴィル事件>に踏み込むのか?! これは観なければ、なわけです。
 ちなみに前作は1971年のロードアイランド州が舞台でした。

  エンフィールド事件P.jpg その日、世界は初めて心霊現象<ポルターガイスト>を信じた――

 1977年、ロンドン北部に位置するエンフィールド特別区に住むホジソン一家は、4人の子供を育てるシングルマザーとの5人暮らし。 ある日から家の中で奇妙な物音がしたり、家具が勝手に移動するなど奇妙な現象に悩ませられる。 はじめは泥棒が入ったと思い警察を呼ぶが、巡査も誰も触れていない椅子が移動するのを目撃。 「これは警察の領分じゃない」と教会に連絡するも、教会は確実な証拠がないと動けないから、その予備調査の依頼がアメリカのウォーレン夫妻(パトリック・ウィルソン&ヴェラ・ファーミガ)に入る。
 しかし<アミティヴィル事件>で精も根も疲れ果てたロレイン(ヴェラ・ファーミガ)は今後調査は一切引き受けないと宣言、<アミティヴィル事件>の後遺症に苦しめられていた。 そんな妻を気遣いながらも、もたらされる情報で子供たちが苦しんでいるのを知ったエド(パトリック・ウィルソン)は「事実かどうか判定するだけ」の調査を引き受ける。 それが「夫妻が地獄を見る」始まりだった・・・という話。

  エンフィールド事件2.jpg お二人の再登場はシリーズとしてはありがたいことです。 この次もあるのかと期待してしまう。
 ウォーレン夫妻が実績のある有名人だからお願いする、というのはわかるけど、歴史の長いイギリスにだってそういう<調査員>みたいな人はいないのだろうか?、という疑問が頭をもたげたが、まぁそれを言っては始まらない。 むしろ<教会ネットワーク>が機能していることをさすがと思うべきか。
 で、この映画、大変怖いです!
 舞台がロンドンだということもあり、雨が多いという気象条件や建物そのものの年代的な重み、悪霊(?)がまず子供たちの遊び道具を使って気持ちをつかもうとするなど、底意地の悪さが半端ない。 で、昨今頭打ちのJホラーですが、ジェイムズ・ワン監督はその基本をきっちりと押さえ、更には“視点のぼかし・焦点とのずれ”を利用することによってちら見せの美学:Jホラー要素を底上げ。 子供たちが多いので悲鳴が飛び交ってもそれで観客を驚かしている感じはしないし(むしろ子供たちなら叫んで当然、と受け入れられるし)、いろんな意味で前作よりも巧妙になってます。 でも<家族の愛の物語>という基本テーマは踏襲されてますが。

  エンフィールド事件3.jpg かわいい子供たちを見たら、「平穏な暮らしを送らせてあげたい」ってつい思っちゃうよね。
 しかしあたしにとってなによりショッキングだったのは、あれほどにあやしい美しさを放っていたロレインが、今作では登場からすっかり精彩を失っていること。 常に戦う姿勢を崩さなかった彼女が悪夢に苦しめられ、そこから逃げられずに怯えている。 それがとても痛々しくて、「エド!、なにやってる!」と彼の明るさに八つ当たりをしたくなってしまうほど(勿論、エドのそういうところがこれまで彼女の救いになってきたことはわかっていますが)。
 ベースが実話だし時代的に具体的な記録も残っている<エンフィールド事件>、描かれるポルターガイスト現象はこれまでのホラー映画にさんざん使われてはいるものの、それでも新鮮味を持って描けるってすごい! お約束的描写もありますが、その緩急がよいのかも。

  エンフィールド事件1.jpg いちばんおかしなことが起こる部屋には厳重に鍵をかけて誰も入れないようにしているのに、気がついたらその部屋の中にいることに気づく恐怖って・・・。 ちなみに壁の十字架は、ご近所の方々が持ってきてくれたもの(効果なし)。
 ホジソン一家、特に憑依されてしまう次女のジャネット(マディソン・ウルフ)がすさまじいまでに素晴らしい。 母ペギー(フランシス・オコナー)の愛情深い母親なんだけどどうしても弱さが入り混じってしまう部分とかもリアルでした。
 そして悪霊(?)の正体を暴く過程がさりげなくもちゃんと“謎解き”になっているのもミステリファンとしてはうれしいところ。 多分、<エンフィールド事件>だけを描いたらどこかで見たことのある話になってしまったかもしれないけれど、ロレインが引きずる悪夢も並行して描くことで、ロレインの再起とホジソン一家の団結をだぶらせ、より大きなカタルシスを得る、という感じ。 で、この映画でいちばん心温まるというか印象深い場面は、役立たずとあたしが言ってしまったエドが、ギター片手に怯えるホジソン一家の前で家族の団欒を思い出してもらおうとエルヴィスの真似をしつつ“好きにならずにいられない”を歌うところだったりするので、あなどれないぜ、パトリック・ウィルソン!
 前作よりもエクソシスト(悪魔祓い)感が薄かったのも日本人としてはよかったところかもしれない。 キリスト教者じゃないからなんか醒めちゃうのよね。
 ラストで自分にしかわからないことで苦しめられているロレインとジャネットがわかり合うシーンにほっこりし、「おぉ、ホラー映画でこんなハッピーエンドなんて!」とお気楽にもよろこんでしまったあたしでしたが、エンドロールで実際の<エンフィールド事件>の報道写真が次々出てきて絶句。 映画での再現率、ほぼ100%では・・・。
 それにぞっとして、帰途を辿ることになりました。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年08月05日

本日、残業により

 本日、深夜残業のためグロッキーです。
 21時頃、ゲリラ豪雨&雷に「ひえー、今、帰りたくない」と思ってしまった罰でしょうか、結局退勤時刻は22:50になってしまいました・・・。
 週末だからまだましだけど、つかれました。

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2016年08月04日

ブルックリン/BROOKLYN

 小説ではダメ男を描かせれば絶品のニック・ホーンヴィだが、映画の脚本では女性が主人公のことが多い。 別に原作があるからなんだろうけど、「なんか女心、あらわすのがどんどんうまくなってる!」という気が。 小説と脚本という構造の違いもあるでしょうが、やはりあたしには気になる作家であります。

  ブルックリンP.jpg 愛が見えない街で、私は未来を探していた。
    アイルランドからアメリカへ――洗練されたニューヨーカーに変わっていく彼女の選択が、大切な答えを教えてくれる。

 1950年代のアイルランドの田舎町。 エイリシュ(シアーシャ・ローナン)は母と姉の三人暮らし。 町で唯一(?)の食品店で働いていたが、自らの内気な性格が因業ババアと呼んでもいいくらいの店主と合わず、つらい日々を送っていた。 そのときのアイルランドは景気が悪く、特技も資格もない若い女性が仕事を見つけるのは至難の技で。 姉のローズ(フィオナ・グラスコット)が簿記の資格を持っており、工場で安定した職を得ていたのとは正反対。 妹の将来を気遣うローズは、エイリシュにニューヨークに行ってみたらと神父様の紹介を取り付ける。 地元で暮らせない若者たちはアメリカに渡っていたのだ。 母と姉、そして友と会えなくなるのは淋しいけれど、エイリシュはアメリカに行くことに。 そこではまったく想像のしなかった世界が待っていて・・・という話。
 船に乗るときに着ていた緑のコートが印象的。 ブルックリンに住むようになっても、彼女はしばらくこのコートばかり着ている。

  ブルックリン1.jpg 百貨店の化粧品売り場で働くも・・・お客様との“気さくな会話”ができずにお叱りを受けることもしばしば。
 第二次世界大戦の傷跡が治りかけ、移民がアメリカという新天地に夢を持っていた時代。 そして田舎では、女が一人では生きていけなかった時代。 朝鮮戦争の影響で労働力を必要としていたアメリカと貧しいアイルランドの関係性も見えてきて大変切ないのだけれど、この映画の主題はそこではない。 これって「違う国に行く」とスケールアップしてるけど、どの国でも起きてたことだよな、と感じる(それこそ日本でだって、田舎暮らしの女の子が大学に行く・就職するという形で大都会に出ていく構図と同じ)。 しかも不安と期待で胸がいっぱい、というのは時代に関係ないかも。
 で、エイリシュは神父さんの紹介だからアイルランドから渡ってきた女性たちがまとまって住む家に下宿することになり(その家主のおばさまがジュリー・ウォルターズで、口は悪いがアイルランドの因業ババアと違って実は心根は優しい)、デパートの売り子という職も得て、あたかも寮生活を送っているよう。 生活はアイルランドにいた頃より明らかに上向いているのだが、彼女を捉えているのはホームシック。 そうだよね、知っている人が誰もいない知らない土地だもんね、と子供の頃から転居の多かった(そして親の都合で子供の頃から一人で留守番が多かった)あたしはちょっとしみじみ。 あたし自身はもう慣れてしまってあの頃の不安な気持ちとか明確に思い出すことはないけれど、エイリシュに共感はできる。
 とはいえ、彼女は若い女性である。 いくら内気な性格とはいえ時が経てば順応する力がある。 緑のコートを変えたとき、彼女には新天地で生きる覚悟と自信が育っている。
 そんな感じでファッション(着る服の色や持ち物)でこんなにも心情や状況をわかりやすく表現している映画は珍しいかもしれない(だいたいの映画でやってますが、ここまで露骨にわかりやすいのはやはり珍しいと思う)。

  ブルックリン3.jpg 勿論、彼氏もできちゃうよ。
 そんなエイリシュの成長物語ですが(そういう意味ではNHK朝の連続テレビ小説に近いものがある)・・・ブルックリンでの生活が順調に見えれば見えるほど、この先になにかがありそうでドキドキしていると、急にアイルランドに帰らなければならない事態が勃発!
 そして久し振りに帰ってみた故郷は、かつてと違って多少景気は良くなっており、なによりニューヨーク(ブルックリン)で得た自信と努力と資格と時間がエイリシュを美しく変えていて故郷の人々の態度や反応もまったく違っていることに気づく。 あんなに息苦しかった町が、今は自分をあたたかく迎えてくれている・・・かつてダンスパーティーで壁の花だった自分が、あたかも主賓のようにパーティーに招かれる、そんな状況に感慨を持たない女などいるか? 親友の結婚式まで滞在してと言われ、その間手伝ってくれと仕事のオファーもあり、やはり家族と暮らせるのはいい、と思ってしまうのは当たり前。 いくらブルックリンに彼女を待っている人がいたって、心が揺れてしまうのは当然、だって若い女の子だもん。 結婚相手で人生が決まってしまう時代なんだから。

  ブルックリン2.jpg 役に立つ若い娘を逃してはならんと町ぐるみでお見合い的なことに。 相手はお坊ちゃま風ハンサムのドーナル・グリーソンでびっくり! 『エクス・マキナ』のときよりかっこいい・・・。
 だから帰郷後のエイリシュの行動はひどい、と多くの人は思うでしょうが、あたしは彼女を責める気にはなれない。 もし自分でもそうなってしまうかもしれないし、と図々しくも考えてしまうのは、ひとえにシアーシャ・ローナンがしっかり<ごくごく普通の、どこにでもいそうな女性>を素晴らしく演じていたからではないかと。 それにしてもつい数年前という気がしていた『ハンナ』『ラブリー・ボーン』の頃にはあった“少女性”ががらっと姿を変え、すっかり大人の女性になってしまったことにびっくりです。
 以前、こっちでできた友達にあたしは引っ越しが多かったので故郷というものがどこなのか認識するまで結構時間がかかったという話をしたとき、「生まれてからずっと同じ家で暮らしてきて、学校も会社も家から通って、結婚相手もわりと近所の人で、私はずっとこのエリアから出たことがないから、ちょっとうらやましい」と言われ・・・でも一カ所にずっといるという経験はあたしにはないのでそれはそれでうらやましいかも、とないものねだりごっこをしたのを思い出しました。
 故郷を決めるのは自分自身。
 映画としては新しいものはないのだけれど、そんなふうに観た人の心を揺さぶる古典的なスタンダード性を持ち合わせたこの作品は、その丁寧なつくりと相まって「あぁ、映画を観たなぁ」という贅沢な気持ちを味あわせてくれた。 帰り道は、とても満足感でいっぱい。
 申し訳ないが『TOO YOUNG TO DIE』とは比較にならんな、と思ってしまったのでありました。
 もっとも、あっちも比較してほしいとは思っていないだろうけれど。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年08月02日

熱中症にご用心

 えーっと、軽い熱中症で、倒れました。
 そりゃーもー、文字通りに。
 どうも斜め後ろに倒れたらしい。 で、とっさに左手が出たのだけれど支えきれず、ひざから落ちた。 そんで両手を床についたはいいものの、そこから動けず、「えーっと、どっちのほうが広かったっけ」と考えながら、多分こっちだというほうに倒れ込み、しばし横になったままなにかが去るのを待った。
 そのときのことはよく覚えていないんだけど、あとから見たら左の手のひらに血マメができており(何十年振りだよ!、って感じ)、ひざにも青あざができていたので(気付かずひざで立ち上がろうとして激痛のあまりそれはそれで倒れそうになった)、どうやらそうだったようだ、という予測。 ちなみに血マメはとっさに触ったところが棚の角みたいな場所であったらしく、大変中途半端な位置で大きさです(手を洗うときについ汚れかと思ってしまうほど。 当然、落ちない)。
 で、熱中症になった原因は・・・寝ている間のことでした。
 寝るときはエアコンつけないので、どうもその間に部屋がいつもより暑くなりすぎてしまったらしく。 調べたらその日は熱中症指数が最高だった。
 倒れたときはすぐにはわからなくて・・・とりあえず仕事場には「遅れます」の連絡を入れた。 勿論その前にエアコンのスイッチは入れた(暑いから)。 で、横になっていたのだがなかなか起きられず。 普段であればなにか水分を欲しがるはずなのに、そのときはまったくそれが浮かばなくて。 数時間後、多少動けるようになって、「うーん、今から仕事場に行ってもお昼休憩とってる時間ないし、軽く何か食べてから行かなきゃ」と思ったのだが・・・野菜ジュース、なかなか飲み進めない。 水分多めのものをちょっと食べたが・・・お手洗い直行。
 ここでやっと、「普段の貧血とちがう。 もしや熱中症では?」と思いいたるのであった。
 濡れタオルで首の回りを冷やし、横になる。
 もう今日は外に出ていくの無理!、と仕事に行くのをあきらめる(でも絶対しなければいけないことがあったので、そこは電話で最低限のことをお願いする)。
 とにかくだるい。 せっかく結果的に一日休みになったのに、何もできなかった・・・休みの日に本の一冊も読めないとは、なんだかくやしいを通り越して自分が腹立たしい。
 そんなわけで、体質にもよりましょうが、暑い夜はしばらくの間でもエアコンはつけた方がいいですよ、という話でした。

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2016年08月01日

今回は12冊(その3)。

 えーっと、残り4冊ですね。

  その先は想像しろ.jpg その先は想像しろ/エルヴェ・コメール
 北欧ミステリブームの次はフレンチミステリ、と各社総力をあげている気配濃厚。
 ただ同じミステリでもジャンルというか方向性が違うから、北欧ミステリが好きな人はすんなりフレンチミステリに乗っかるとは思えない。 だってフランス、ちょっとヘンだもん!
 どうヘンかはこの表紙からイメージしてください。

  約束の海.jpg 約束の海/山崎豊子
 未完であるとわかった上で読むのはどうなのかな、という気もしなくもなかったのだけれど、現在WOWOWにて放送中の『沈まぬ太陽』をがっちり観ておりまして、基本的に原作に忠実なので読んだの15年くらい前なんだけど、観ていると思い出してきて(でも今手元に『沈まぬ太陽』はない)。 そんなわけで、そんなストレス解消の意味も含めまして購入。 でも続きがきっと気になって、それが新たなストレスになるんだろうけど。

  銃とチョコレート文庫.jpg 銃とチョコレート/乙一
 これは文庫になるのを一体何年待ったことでしょう。
 待ったかいがあった作品であることを祈りたい。 でもぱらぱらめくって目に飛び込んでくる登場人物の名前だけでついニヤニヤしてしまうのですよ。
 怪盗ゴディバ、名探偵ロイズ、少年リンツ、などなど。
 世界中の様々なチョコブランド大集合!

  ランド03.jpg ランド 3/山下和美
 なんとなく枠組みが見えてきた3巻目。 「ランドは企業です」の一言にがーん、と頭を殴られたようなショックを受ける。 資本主義とは、つまりそういうことなんですね。

ラベル:新刊 マンガ
posted by かしこん at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする