2016年07月18日

エクス・マキナ/EX MACHINA

 最初は予定になかったのはずに、シネ・リーブル神戸にて急遽上映決定!
 しかし急にスケジュールに入れ込んだからなのか上映期間が短いのだ! でもこれは絶対に観逃してはいかん!、のですよ。 新『スター・ウォーズ』をおさえて第88回アカデミー賞視覚効果賞を受賞した、ということをのぞいても。

  エクスマキナP.jpg 人間か、人工知能か――

 検索エンジンの世界最大手、ブルーブック社に勤めるプログラマーのケイレブ(ドーナル・グリーソン)は、年に一度、ほとんど人前に姿を見せることがない社長のネイサン(オスカー・アイザック)が所有する別荘に招かれる権利を今回獲得する。 まわりの社員に祝福されて出発すれば、その別荘ははるか人里離れた山間部にあり、ヘリから降りて更に川沿いを歩かなければならないような場所。 休暇&ご褒美気分のケイレブだったが次第に不安が頭をよぎり始める。 ようやく出会った社長のネイサンは、AIの研究に熱中していたといい、ようやく人に見せられる完成品が出来上がったという。 それが女性型アンドロイドのエヴァ(アリシア・ヴィキャンデル−ヴィキャンダー?)。 ネイサンはケイレブに、エヴァが現在の常識を超えたAIであるかどうか試してほしいと提案する・・・という話。

  エクスマキナ2.jpg だとしてもそのAIがアンドロイドなのにこんなに色っぽいのは反則である。

 つまり、人間は何をもって人間たらしめているのか、脳に限定して考えたらAIは人間とほぼ同じレベルにまで行けるのか、ということ。
 実はアレックス・ガーランドの担当は脚本だけでなく、今回が初監督作品。
 ということでSF作品としてはかなりな低予算であることは見てとれるのですが、登場人物を絞る・舞台はミニマルな限られた空間にすることでその条件をクリアした模様。
 だけど集めた役者が豪華!
 ドーナル・グリーソンは『アバウト・タイム』のときよりも明らかにかっこよくなっており、でも人のよさというか誠実さのイメージも十分キープ。 歳を重ねるごとにかっこよくなるタイプか?!、と心の中でどよめく。 オスカー・アイザックはハゲ&ヒゲ姿がむさく、あえて彼のかっこよさや色気は封印(マッド・サイエンティストかつ“男の嫉妬”をもうその肉体から表現)。 アリシア・ヴィキャンデルは『リリーのすべて』のときと全然違うのよね!(『二ツ星の料理人』のときも思ったけど、こんなに若くて華奢な感じだったの?!、という驚き。 もはや『リリーのすべて』のほうが特別だったと思うべきなんだろう)
 エヴァや愛人AIアンドロイド・キョウコ(ソノヤ・ミズノ)へのネイサンの態度から、「『青髭公の城』か?!」と思わされたり。 しかし川の流れを利用した家づくり、家の中に天然の岩壁を取り入れるなど、別荘はどこか日本家屋っぽいところもあり、フランク・ロイド・ライト的でもあり・・・けれどポロックの絵画が壁一面を占領していたりして、生活感のない、まるで美術館のような家。 そもそもブルーブックと言えばウィドゲンシュタインだし、彼の姉(妹だったっけ?)をモデルにしたクリムトの絵もこの別荘にはあるし、という細かな意図があるのかわからない仕掛けも監督のこだわり故か? 深読みさせたいのか?

  エクスマキナ3.jpg 思いついたことや観察結果を片っ端からメモして壁に張るネイサン。 変質狂っぽいぞ!

 彼女の人工知能に蓄積されるデータが検索エンジンから、というのがリアルだが(実際にアマゾンの「あなたへのオススメ」・「これを買っている人はこちらも買っています」はかなり該当率高くて今でもときどきどきっとする)、それが純粋知識かといわれれば悩むところだ。
 ネットにはデマや嘘も渦巻いている。 勿論、人間の生活においてもそのとおりのことが起こっているわけなんだけれど、人間同士でも誤差のある“共感力”を持てるかどうか。
 それがAIが人間に近づけるポイントのような気がするんだけど・・・(あくまで個人的な意見です)。
 あたしは多神教が普通の日本人であるからなのか、「人工知能(AI)がもしかしたら人間を凌駕する力を持つかもしれない」と言われても普通に「すごいな〜」と思ってしまう能天気なやつなんだけれど、古典SF時代から「人間が人間以上のものを作り出してしまうことに対する畏れ」がテーマの大きな柱になっていることから、一神教ではやはりそれはタブーに近いことなのだろうか、と感じる。
 神が作り出したもうた“人間”が“人間以上”のものをつくったら、つまり人間が“神”を超えてしまうことになる、ということなのか。
 その<畏れ>がどうもあたしには理解できない・・・。
 そもそも“もの”に“魂”や“いのち”のようなものを見出してしまう身としては、それが当然のことのように思えてしまって。 自然にあるものすべてが神のようなもので、それに人間は太刀打ちできない、と思っているから(自然災害が多い土地柄ですかね・・・)。
 ただ、「能力的に人間、もしくは人類という種をはるかに上回る存在になる」ということがその恐怖の根源だとしたら・・・うーん、そこはどうしようもないというか、歩みよれない部分ではあるのだ。 人間がつくったつくらないにかかわらず、それは違う種だということにはなるまいか。

  エクスマキナ4.jpg 「お前が惹かれているものの中身は所詮これだぞ」と諭してみせるネイサン。 それもどこまでが本気なのか・・・ケイレブ同様、観客も戸惑う。 ケイレブもまた、どこまでエヴァを想っているのか考え込まざるを得ない。

 ただ、そんな宗教的な意味合いを切り離しても、エヴァをチューリングテストするケイレブ、その二人の会話をモニターで監視するネイサン、でもネットワークを通じて見るということはネイサンもまた機械に見られており、エヴァもまた自分の回答に反応するケイレブを観察し、データを蓄積していく。 観察者・被観察者の立場が容易く入れ替わる心理サスペンスとして受け取っても十分に面白い。
 そして二人のアンドロイドが皮膚に見えるシリコンを目もとからはがしていく場面は痛みを伴うと同時に限りなくエロティックでもあり、なんとも言い難い恐ろしさである(ちょっと背筋が寒くなっちゃった)。
 <デウス・エクス・マキナ>は<機械仕掛けの神>の意味だが、<エクス・マキナ>は<機械を超えたもの>?

  エクスマキナ5.jpg 最後にケイレブが見たものは一体何だったのだろう。
 ラストシーンは、そんなふうに見えた。 残酷に見えるのは、そこに共感力がないから。 観る側は彼の絶望を感じ取ってしまうから。
 開放感があるのに後味が悪い。 そんな奇妙な忘れがたい映画だ。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする