2016年05月26日

追憶の森/THE SEA OF TREES

 渡辺謙がマシュー・マコノヒーと共演! しかも監督はガス・ヴァン・サント!、おまけに舞台は青木ヶ原の樹海!、と109シネマズHATで巨大告知の幕をだいぶ前に見て以来、あたしの気持ちは盛り上がっていた。
 でも公開はまだ先だなぁ、とそのときは思っていたのに! もう始まっていて、そしてもう終わりかけてるなんて! やばい、やばいぞ!、と意味もなく焦る(結局、時間と日付の都合で神戸国際松竹で観てしまいました)。

  追憶の森P.jpg 愛は思わぬところで、あなたを待っている。

 明らかに死に場所を求めている風情のアメリカ人・アーサー(マシュー・マコノヒー)は、飛行機で日本を訪れ、富士山麓の青木ヶ原の樹海に足を踏み入れる。 散策ルートを示すロープをあっさりくぐりぬけ、森の奥深くにどんどん踏み込んでいくアーサーは、早速そこここに転がる遺体や白骨を目にすることになり、動揺を隠しきれないが、その気持ちは変わることなくある場所に腰掛け、睡眠薬(か強い鎮静剤)を呑み始める。 が、そこでなにかの声が聞こえたような気がしてあたりを見渡すと、両手にけがを負って血だらけの男性(渡辺謙)がいた。 とりあえず手当をすると男性はタクミと名乗り、妻と娘の元に帰りたいと言い出す。 よろよろなタクミを支え、アーサーはとりあえずロープを踏み越えて来た散策ルートまで戻ろうとするが、もはや森は道を示してなどくれず、二人はどんどん森の中へと迷い込む。 ともに歩みながら二人はお互いのことを語り合い、いつしか前向きに樹海からの脱出を試みようとするのだが・・・という話。

  追憶の森1.jpg マシュー、いい男度をかなり封印。
    渡辺謙は日本語で独り言をいうところと英語で話すときとは人格ごと変わったかのような佇まいで、それもまた伏線でした。

 実際の主な撮影はボストン郊外の森だったようですが(だから青木ヶ原とは植生がまったく違う)、風景描写は実際に青木ヶ原を撮影していて、なんかちょっと妙な気持ちになる。 ほぼ二人芝居ということもあって、とても演劇的な印象を受けました(青木ヶ原の映像をところどころ背景に使いつつ、実際は劇場の舞台上にセットを組んでいるかのような)。 なんとなく宣伝も早かったし公開規模もそこそこだったので、大作映画的なイメージがありましたが、結局のところガス・ヴァン・サント作品だなぁ、佳品で小品という印象。 『永遠の僕たち』から青春要素を引いたものという感じ方もありで。
 そのかわりミステリー要素が加わりますが、残念ながら日本人(もしくは日本語を解する者)にとってはすぐわかってしまうネタで、おかげでタクミの正体(?)も早々にわかってしまうのですが、二人芝居の醸し出す空気感(それをやっているのがマシュー・マコノヒーと渡辺謙だからね!)への満足度のほうが高く、濃厚なお芝居を見た気持ちに。

  追憶の森3.jpg アーサーの回想シーンで妻役としてナオミ・ワッツが出演。 少人数ながら豪華キャスト。
 不思議だったのは、何故アメリカ人が自殺する場所に青木ヶ原を選んだのかということだったんだけど、本編中に理由らしきものがあったので納得。 世界でも知る人ぞ知る自殺の名所として認識されているらしいです(でも当然知らない人は知らないので、そして映画の中でもはっきり説明されてはいないので、アメリカ本国ではあまりヒットしなかった模様)。
 でも困ってしまうのは、アーサーが飛行機を成田で降りて新幹線に乗っているのに、何故かその間に渋谷のスクランブル交差点を歩いてしまっているところ・・・わざわざ遠回りか? 寄り道か? というか、ガス・ヴァン・サント作品ですらも日本を舞台にしようと思ったら今は渋谷のスクランブル交差点を出さないと日本とわかってもらえないのかな・・・というのが悲しい。 新幹線の車窓から富士山は見えているのにね。

  追憶の森2.jpg 美しくて爽快感すらあるのだが、抜けようと思えば絶望的に広い。 それが樹海というものなのですね。
 他にもツッコミどころは数々あれど(アーサーが乗ったタクシーは日本のテレビドラマでも見たことのあるカラーリングなんだけど自動ドアじゃないとか、アーサーの飲んでいたペットボトル入りの水が、半分くらいしかなかったのにタクミに最初に会って水を分けてあげる場面では8割以上に増えていたりとか)、日本人の死生観が多少なりとも反映されている珍しいアメリカ映画かもしれません。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする