2016年05月23日

レヴェナント:蘇えりし者/THE REVENANT

 予告を何度も見ていて・・・物語的にはあまりあたしの好みではない感じがするのだが、まぁディカプリオ念願のオスカー受賞作ですしね、とご祝儀気分でレイトショー。 しかし、内容はそんなお気楽なものであるはずがなく・・・ずっと息苦しい思いでスクリーンに向かい合う。 何故だろう、復讐モノは好きなのに。
 あぁ、<開拓時代>というものにそんなにロマンを感じないからかもしれない。 すべてにおいて残酷な時代、つらいことだけは、とてもよくわかっているから。

  レヴェナントP2.jpg 復讐の先に、何があるのか。

 アメリカ開拓時代、未開拓の西部の原野にバッファローの毛皮を求める一団にガイドとして雇われたハンターのヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は原住民の今は亡き妻の忘れ形見である一人息子を同行させていた。 勿論、原住民のある一族はよそ者に自分たちの土地で好き勝手させるわけもなく、一団は命がけで追われてもいる。 が、グラスは狩りの準備で先をうかがっていた最中に巨大なクマの襲撃を受けて瀕死の重傷を負ってしまう。 一行の一人ジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)はグラスを見捨てて早く立ち去ろうと言うが、誰よりもこのあたりの土地をよく知っているグラスの知恵が必要だとリーダーは反対し、彼を連れていくが、状態はどんどん悪化し、フィッツジェラルドの提案により最期を見届けたらきちんと埋葬し、チームのあとを追いかけると話がまとまる。 もともとグラスを快く思っていなかったフィッツジェラルドは、そんな約束など元から守る気はなく、グラスをほぼ生き埋め。 反対した彼の息子も殺して立ち去る。
 その後、何故かギリギリで生還してしまったグラスは、フィッツジェラルドへの復讐を果たすべくボロボロの身体で300キロにもわたる追跡を開始する・・・という話。
 というか、このあらすじがほぼ話のすべてといっても過言ではない。

  レヴェナント1.jpg 死にかけた割に意外と元気(?)なのは、もしかしたら一回死んだのでは?疑惑もよぎった。

 グラスがグリズリーに襲われるシーンははっきり言って「え、それ絶対死ぬって」という描写なのであるが、これが実話だというからすごい(エンドロールで英語の文字は出たけど、日本語のテロップは出なかったなぁ)。 実話だと知らないで見たら、「あんなクマに襲われて生きてるなんてありえない」と引いてしまうのではないか、それくらいの迫力(グラスにしてみたらそれくらいの恐怖だった、ということを映像化したのかもしれないが)。
 実際、グリズリーの襲撃によって喉もつぶされた彼はその後喋ることができない、かすかなうめき声程度しか出せないのだ(だからディカプリオの台詞はほぼ序盤のみ、心の声としてナレーションが入りますが)。
 それで2時間37分!
 それでももつのは、主役が人間ではなく大自然だから。
 とにかく風景というか光というか、人間以外すべてのものが美しく、雄大で、冷たい。
 八百万の神を漠然と信じる日本人にとってそれはとても納得のできるもので、それ故に一神教の登場人物たちとの差異が明確になる(アメリカ原住民って多神教だったっけ・・・彼らの気持ちのほうがわかるような気がしてしまうが、部族によって好戦性が違うので、残酷な方々はなかなかに残酷)。
 森といっても日本のイメージとは違ってそこそこ木がすかすかで、でも遠くまで見渡せるわけでもないから原住民たちの突然の襲撃に気づけなくてガンガン矢でやられるし、まさに血で血を洗う戦いを繰り広げるのだけれど、どちらも自然にはかなわない。 川に阻まれて先に行けないこともあれば、うまいこと船を使って逃げおおすこともできる。 岩山に身を隠すこともできるが、岩山を越えること自体が大きな障害になることもある。 せっかく獲った毛皮を捨てることになったり、そのせいで雇用主(?)のフランス人たちに責められる。
 なにひとついいところなく、一体あなたたちは何をしているのですか?、と問いたくなるほどここで描かれる人間たちはほんとにちっぽけな存在。
 フィッツジェラルドの悪行三昧(というか自分の欲望に忠実なところ)は、そんなちっぽけな存在であることへの抵抗や苛立ちのように見えた。 だから単純な悪役として描かれているわけではないのは非常によかった。 見かけも声も、この役はトム・ハーディだと知っているのに「ほんとに?」と思うぐらい変えてたし(知らなかったらエンディングまで気づかなかったかもしれない)。 そして相手がそんなフィッツジェラルドだからこそ、グラスもあきらめたりくじけたりすることなく(何度も途中でなりかけたが)追いかけられたのだろう。

  レヴェナント2.jpg 喋れないグラスの目ヂカラに対抗できたのは、フィッツジェラルドだけ。

 『レヴェナント』は、あたかも映像と音による純文学。
 起伏のある物語が展開されるわけでもなく、無言で圧倒的な大自然の中、ただひたすらにグラスが追い求める姿のみ。
 それはまるで神話の英雄譚のように。
 なので「物語がない」と言われてしまったらその通りの部分はある。
 けれど、ノンフィクションや小説といった文章では絶対に表現できないものを表現した、という意味ではどの映画よりも“映画”。
 アカデミー作品賞は獲れなくても、監督賞と撮影賞を獲ったのは納得。
 だったらディカプリオとセットでトム・ハーディが助演男優賞でもよかったんじゃないか。
 受賞スピーチでディカプリオがトム・ハーディを「兄のよう」といっていた意味がよくわかった。 それくらいの信頼関係がなければあの芝居はできなかっただろう。
 でも日本人の観客に受ける映画かどうかはちょっと難しいかも・・・。 坂本龍一の音楽は映像によくマッチしていたと思うし、<自然に対する畏怖>という概念は日本人のDNAに刻まれているとは思うんだけど、本能的にわかっていることだからこそあえて見に行くという必然性を感じないかもしれないような・・・(ま、でもそんな宣伝はしてませんでしたね)。
 まぁ、純文学はあまり売れないものだから、そして理解度は人それぞれだから、それでいいのかもしれないけど。 あたしの解釈も、あくまであたしのものですし。
 でも、『スポットライト』とは違う意味で、もう一度観たいとは思わない。
 これはあたしの苦手な緊張感・息苦しさだよ・・・。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする