2016年04月23日

リリーのすべて/THE DANISH GIRL

 これはなんだか、紹介された時から「なんか観なければいけない映画だという気がする!」という感じがしていた。
 1926年、デンマークにて。 風景画家として確固たる地位を築いているアイナー・ヴェイナー(エディ・レッドメイン)は、同じく画家のゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)と結婚生活を平穏に過ごしてきたが、実は心の中では女性に憧れている自分に気づいていた。 ある日、ゲルダのモデルが遅刻するので代役を頼まれ、女性の服が着たい!、という強い気持ちにとらわれ始める。 アイナーの女装姿は<リリー>と名付けられ、本格的にゲルダの絵のモデルとなる。 はじめはアトリエの中だけで存在していた<リリー>はアイナーのいとことして外出し、社会生活を送るようになり、リリーの比率がどんどん増えていく。 最初は面白がっていたゲルダだったが、次第に困惑の色が深くなり・・・という話。

  リリーのすべてP.jpg あなたの愛で、本当の自分になれた。
     夫が女性として生きたいと願った時、妻はすべてを受け入れた。

 もう、ある時点からエディ・レッドメインが女性にしか見えない!
 なんだかわからないのだが「きゃーっ!」(うれしい悲鳴、的な?)と言いたくなってしまうほどである。 彼の演技力もあるだろうけど、それをあっさり受け入れられるのは歌舞伎や宝塚といった「個人の性的指向に関係なく男女が互いを演じることが比較的当たり前」の文化を持つ日本人だからだろうか(イギリスだって昔は女性は舞台に立てず、男性が女性を演じていた時代もあったけど、それはある時期だけのことだし)。
 だからひとつひとつの仕草に「おーっ」となってしまう。 そこに組み込まれた「文化的な女性らしさ」がいかに自然であるか見えるようにどれだけ計算されているのだろう、という逆説。 もしくはほんとにナチュラルにやってしまっているのか見極めたい、みたいな。

  リリーのすべて4.jpg 華奢な体型づくりをしてはいても、骨格は男性なんだが・・・雰囲気がね、もう女性です。

 というわけで完全にリリー目線でこの映画を観てしまいました。
 遅刻したモデルの代役としてバレリーナの衣装を羽織ったことが彼の自覚の始まりではなく、もとからそうだったことがかなり早い段階で明かされている。 それでもまわりから疑惑を持たれず(まぁ、時代的にそういうことはなかったのかもしれないけれど)、自分でも心折れずに<男>として振る舞ってこれたことはアイナーの意志の強さ以外の何者でもなかっただろうし、だからこそ<リリー>という救いの神が現れて・与えられてしまった以上、そこから離れることはできないのだろうと感じるし。
 “初めて性別不適合手術を受けたリリーと、それを支え続けた妻の愛の感動物語”、という風に宣伝されていたけれども、それも完全に的外れではないんだけど、なんだろう、この感じ。 多分リリー目線じゃなかったら、ゲルダはある意味「かわいそうな人」なのである(男だと思って結婚した相手が女で、彼女が愛した男性部分を夫自身は棄てたいと思っているのだから)。 でもあたしはどうもゲルダにバイセクシャルな要素があることを感じてしまい、「かわいそう」とか「ひどい目にあってしまった」と思えなくて、むしろ、だからこそ「身体は男・心は女」という人を(カミングアウトしていなかった時期だったとはいえ)、愛することができたんじゃないだろうか(勿論その時代故、彼女は自分のセクシャリティを疑うことなどなかったと思われるし、自分にそういう部分があるかなんて考えもしなかったことだろう。 あ、映画でははっきりそのような描写があるわけではなく、あたしが勝手にそんな風に受け取っただけです)。

  リリーのすべて5.jpg 支え合うときも、傷つけあうときも二人。
 だから夫婦ではなくなってもその気持ちは友情には転化せず、愛情のままだったのではないだろうか。
 アイナーは画家としてある程度の地位を確立していたけれど、ゲルダはまだそうではなく、リリーを描くことで「一皮剥けた」と評価されることになる。 そこもまた、<アイナー/リリー>の本質を見抜いていたからこそそういう絵になったのではないか(ただの人物画・肖像画ではない、プラスアルファが加わったなにか)。 リリーを描きたいというのは画家としての性もあっただろうけれど、自分がそれにひきつけられる媒体だったということなんじゃないかと。
 だから、たまたま夫婦という形をとることにはなったけれど、この二人にはやはり特別な絆があったということで、それを人は“運命”と呼ぶのではないだろうか。

  リリーのすべて3.jpg でも、ゲルダのように受け入れられる女性は結構多いかもしれないけれど、逆の場合、受け入れてくれる男性はそんなに多くなさそうな気がする・・・。

 初めての性転換手術、というセンセーショナルな題材を扱うことになってはいるけれど、描かれているのは<運命的な出会いをした二人>という由緒正しき、それ故に一般人にはなかなか体験できない波乱万丈なラヴストーリーだった、と思う。
 そしてちょっとうっかり泣いてしまったんだけれども・・・確かに、心と身体が一致しないという状態に悩む、というのは想像を絶する苦しさだと思う。 けれど、「自分は女である」とはっきりと自覚してからの彼女は、とても幸せだったように見えた。
 そのよろこびはとてもはっきりしたもので、あたしのような中途半端さ(自分は女だという自覚はあるけれど、女であるということは呪いのようなものだとも思っていて、だからといって男になりたいわけでもなく、でも進んでスカートははきたくないんだけど、レディースデイを利用することに良心の呵責も感じない、など)を抱えた者にとっては眩し過ぎました。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする