2016年04月07日

星籠(せいろ)の海(上・下)/島田荘司

 いつの間にやら、という感じで、行方不明になっていた下巻が不意に姿を現しました。
 「え、そこ、探してなかったっけ・・・?」とすでに自分の行動に自信のないあたし。 原因を追及することはあきらめました。 多分、あたしの家の中はあたしのまわりだけ、瀬戸内海のように時計仕掛けで何かがまわっているのでしょう。
 さて、『星籠の海』でございます。
 正直なところ、<御手洗潔モノ>、読むの結構久し振り。 一時期はすごく集中して読みましたけど(それこそ綺羅星のごとき作品が次々待つことなく読めたから)、ある程度読みつくしてしまったら、その勢いって途切れますよね(『眩暈』あたりまでは多分その時期までに読んでいます。 あれ、『龍臥亭事件』はそのあとだっけ?)。
 そのあとは図書館で不意に見つけて、手に取る、ぐらいの出会いになってしまいました。 
 そういえば、探偵役の人を個人的に好きになってしまうのがあたしの昔からの傾向なのですが、御手洗さんは例外で(あ、法月綸太郎もそうだ!)。 とにかく、ワトソン役である石岡君がかわいそうだったのです。

  星籠の海1.jpg星籠の海2.jpg ところが今回は・・・石岡君のあまりの間抜けっぷりに同情する気も失せ、いつもならもったいぶった御手洗さんの態度にいらっとするところなのに、さっぱり気にならない。

 これはどうしたことでしょう!
 この作品自体が映画化前提で創作されたシノプシスをもとに出来た小説、ということがいちばん関係あるかも。 とにかくひたすら行動するのみの御手洗さん! 語り手だけどおいてけぼりの石岡君は、なるほど映画に出てこなくても全然問題ないね!
 多分映画は現代設定で作られるのでしょうが、御手洗年表に入れるとしたらここしかない、ということで物語設定は1993年になっています。 まずこれが不幸のもと。
 1993年では、よほどのビジネスマン以外携帯電話はそんなに持っていないはず・・・(でも主要人物みなさん持ってて使いまくってる)。 タイ料理もそこまでブームになっていないのでは・・・。 液晶テレビもきっとなかったし、ノートパソコンという呼ばれ方もしていたかな?(あたしの記憶ではラップトップですし、そもそもデスクトップ型以外のPCは少なかった)。 インターネットという名称もなく、「パソコン通信」時代じゃないですかね。
 おまけに福島から引っ越してきた少年が白血病になったからって「原発のせいだ」というのは完全に後出しじゃんけん。 作者は自分の意見を作品にガンガン込めて書くタイプの人ではありますが、これまではかなりの分量を割いていたからその情熱に免じて読むことができたけど、今回みたいにさらっと、まさにつけたしのように書かれてしまうとですね、「・・・なんだかな」とあざとさを感じてしまうんですよね!
 <ライトノベル的御手洗さん>を経たせいなのか、全体的に内容が軽い。 歴史に関する部分はまぁまぁ読めるけど、村上水軍については多島斗志之の『二島縁起』のほうが深かったような。
 あと、出てくる女性たちの(偏差値は多少高いのかもしれないけどさ)バカっぷりにも唖然。 そりゃ御手洗さんじゃなくても女嫌いになるっつーの! そしてそんな女たちにくっつく男たちもダメ揃いで、げんなり。
 上昇志向の強い女たち(そのためには男でもなんでも利用しますよ)のメンタリティはバブル時代を思い起こさせるものもあるので、そこは時代設定に忠実ではあったかも。
 もはや『占星術』『斜め屋敷』のようなものを期待してはいけないの?
 いや、これはきっと映画にするせい。 『星籠の海』は御手洗モノの番外編と考えた方がいいのかも。 そしてかっこいい玉木宏を期待する、にとどめておくべきかと。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする