2016年04月05日

これが私の人生設計/SCUSATE SE ESISTO!

 「働く女性応援ムービー!」という響きにはびくともしない年齢である(そしてそれなりの仕事暦もある)あたしですが、それがハリウッド映画ではなくてイタリア映画である、と聞けば興味をそそられます。

  これが私の人生設計P.jpg ポジティブだけじゃ、ダメかしら?
    新しい自分を探して故郷ローマへ。超前向き建築女子の人生リノベーション計画!

 イタリアの片田舎の大家族で生まれ育ったセレーナ(パオラ・コルテレージ)は、子供の頃から建物をつくるのが夢だった。 大学も当然のように建築科に進み、卒業後もその情熱は止まず、海外留学して博士号をいくつもとり、賞もとって世界を股にかけて働いてきた。 しかし不意にイタリアの味が恋しくなり、故郷のローマに戻ることに。 が、保守的な男性社会であるイタリア建築業界においては女性の就労状況は想像以上に厳しく、仕事自体が見つからないセレーナはイタリアンレストランでウェイトレスのアルバイトを始めることに。 レストランオーナーのフランチェスコといい雰囲気になったと思ったら彼はゲイで、純粋に友情として彼女を心配してくれていたのだが、セレーナとしては恋に破れた気分。
 そんなとき、おばあさんの住んでいる公営住宅のリフォーム案が公募されることを知ったセレーナは、どうにかこの仕事を取るべく悪戦苦闘する・・・という話。

  これが私の人生設計3.jpg ちょっと空気の読めない人ではあるが、セレーナは基本的に“努力の人”なのです。
 なにしろこの映画がリアルなのは、ヒロインがそんなに若くないってところ(世界各国の大学で修士号をいくつもとっているのならそれくらいにはなっているよ、と納得の)。 だからやたら前向きなのも根拠がないものではなく、それなりのことを成し遂げてきたから当然と見える。 でもハリウッド映画ならばもっと若い(もしくは若く見える感じの)女性を抜擢するはず(でもそれだと“根拠のないポジティブさ”にいらいらすることになるのよね)!
 そして冒頭から繰り出される早口のイタリア語モノローグがすごくパワフル! ラテン系の勢い炸裂! ヒロインのご家族はどんどんしゃしゃり出てくるし(女系家族っぽいところもまたポイントだ)、いろんな意味で遠慮がない。 そしてゲイ男性たちの登場はイタリア映画ではもはやお約束なのか。

  これが私の人生設計1.jpg でもフランチェスコもその彼氏も(元カレも)、人としていい人ばかりだよ。
 そう、全編“ラテンのノリ”なのです。 女性の社会進出が遅れている国・イタリアの現状を描きつつ、あえて社会派を気取らず、コメディに徹したところが潔く(いささかステレオタイプな展開も含めて)、だからこそ余韻が心に刺さるのかも。 若干、日本に似ているようなところがあるからかもな〜(でもさすがに「妊娠したら会社を辞めます」という誓約書にサインさせるのは法律違反だが・・・ブラック企業ならやってそうでもあるなぁ、と完全否定できないのがコワい。 もっと表現は変えてくるだろうけど)。

  これが私の人生設計5.jpg ほんとは協力し合っていい仕事ができるはずなのに、いっとき<女の敵は女>みたいなことになってしまったり。
 仕事のできるできないは性別ではなくあくまで個人差の問題だし、あたしのように性格的にサポートのほうが向いている・表にあまり出たくないタイプは助手の仕事はむしろ歓迎です。 でも、性格的にそっちは向いていない・自分が先頭に立ってがんがん行きたい人が「女性だから」という理由でその仕事ができないのはおかしいし、内向的な性格の男性が「男性だから」というだけでトップに立たされるのもおかしい。
 それは仕事につきものの“つらさ”とはまた違う種類の“つらさ”、むしろまったく必要のない“つらさ”ではないかと思うのだが(なんだか無駄ですね)・・・保守的な人たちというか、そういうもんだと思っちゃっている人たちにとってはそのような<個体差>は想像もできないのだろうか。 不思議だ。
 けれど明らかに時代が変わってきていると感じるのは、時間の止まった古狸たちの存在がどうにもギャグにしか見えないこと。
 それこそが<お仕事ムービー>における希望の光だということです。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする