2016年04月16日

萩尾望都 SFアートワークス

 表紙が目に入った途端、「おぉ、『スター・レッド』!」とつい声が出てしまった。
 萩尾望都のSF作品を中心としたカラーイラスト集。 作品についての作者コメントつきとあれば、そりゃほしいですよね!

  SFアートワークス.jpg ちなみに裏表紙は『百億の昼と千億の夜』
 前にも書いたかもしれませんが、あたしがリアルタイムで萩尾望都の雑誌掲載作品を初めて読んだのは多分『モザイク・ラセン』(当時、プリンセスを買っていたので)。 その次が『A−A´』(これはとてもショッキングだった・・・)。
 なのでそれ以前の作品は、当然ながら後追いで読んでいたわけです(でも『モザイク・ラセン』のときにはあたしはすでに萩尾望都を知っていたので、ほんとに最初に読んだ作品はいまいちはっきりしていない。 旧文庫版の『11人いる!』かなぁ)。
 と、これもいちいち思い出話がつきないのでやめておきますが、萩尾望都が新しいものに対して常にいい意味で貪欲で、新人の新しい作品もどんどん褒めたりするところとか、勿論ご本人の性格もあるだろうけど、絶対「SF好き」だからではないか、と思う。 だから新しいものに抵抗がない・固定概念に縛られないのだ。
 ハヤカワ文庫のために描いた表紙イラストなども収録されており、「あ、これ知ってる!」と別の意味で懐かしい(タニス・リーの『闇の公子』とか、まさに表紙につられて読んだなぁ、的な)。 ページをめくりつつ、まったくもってあたしは実に充実した小学校高学年〜中学〜高校時代を過ごしたのだのだなぁ、とヨロコビをかみしめる(今もまだ続いているけど)。
 結構いいお値段でしたが、後悔はない!

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2016年04月14日

「犯人はPM2.5、お前か?!」

 仕事がちょっと落ち着いてきまして・・・余裕が出てきたなぁと思ったところであっさり体調を崩しました。
 ですので不規則な更新が更に遅れ気味になっております。
 詳細を書くと長くなるので後日にまた。

 大丈夫であろうか、熊本・・・。 また意識していない場所に大きな地震、来るなぁ。

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2016年04月11日

幸せをつかむ歌/RICKI AND THE FLASH

 あたしはジョナサン・デミ監督が好きである。 映画は子供の頃から沢山観てきたが、それはストーリーを追うことだったり、いい役者さんを見たり見つけたりすることでしかなかった。 『羊たちの沈黙』が、映画のすべてのカット・アングルには意味があり、ストーリー以外のテーマに関わることを時にははっきり、時にはひっそり潜ませているのだと教えてくれた。 残酷な場面にすら(いや、だからこそ、か?)、美しい意匠が施されているということを。
 それからあたしは少しずつではあるが<映画の観かた>というものを独力で学び、今の自分がある気がする。 ちなみに『羊たちの沈黙』を映画館で観たのは大学一年のとき(大学生協の書籍コーナーで割引券をもらい、「前売券を買うよりこっちの方が安くない?」と真剣に話し合った記憶が残っている。 そのとき一緒に観に行った友人とは、住んでいる場所は違うが今でも友人である)。
 そんなわけでジョナサン・デミに関する思い出話は尽きないが、今回久し振りの新作ということで、巷の話題は「メリル・ストリープ、実の娘と初の母娘共演!」なのでしょうがそんなことは関係なく、たとえ誰が主演であろうが気にせず観たことでしょう。

  幸せをつかむ歌P.jpg わたしを救ったのは、“大っ嫌いな母の歌声”でした。

 妻となり母となり、音楽は趣味の範囲でと自分の夢を抑え込もうとしたリッキー(メリル・ストリープ)だったが、ロックスターへの夢をあきらめきれず、家族を捨て、今は<リッキー&ザ・フラッシュ>という名前で小さなライブハウス専属のコピーバンドのリードヴォーカルとして57歳の今も(スーパーでレジのバイトもしながら)音楽活動を続けている。
 そんなある日、元夫(ケヴィン・クライン)からの電話で、娘のジュリー(メイミー・ガマー)が離婚した、しかも相手の突然の心変わりが原因でひどく落ち込んでいてどうしようもない、と聞かされる。 20年間振りに娘に会いに行くが、ジュリーはジュリーで結婚が破綻したことで深く傷ついているうえ、自分は母親に捨てられたと思って育ってきているので、この再会はすんなりうまくいくはずがなく・・・という話。
 正直なところ、「え、ロックスター目指してるのにコピーバンド?」と思ったが・・・ある意味カラオケと一緒で、観客がよく知っている歌だからこそ容易く盛り上がる・そういうのはほぼ名曲なわけだから歌っていて気持ちがいい、などステージに上がる快感を覚えたらこりゃ中毒になりますな、というのはよくわかる、ものすごい高揚感。 そこはカバー文化が確立されている欧米ならでは、という感じもするが(日本でもカバーは当たり前になってはきたけれど、自分のオリジナルを出してある程度評価されてからでないと、という前提がある感じなのでカバー文化は向こうほどではない)。

  幸せをつかむ歌2.jpg ちなみにギターでリッキーのメインサポートをしているのはリック・スプリングフィールド・・・『ジェシーズ・ガール』の人ですか?! 実はバンド仲間を演じているのは一流ミュージシャンの方々である。

 ポスターは<母と娘の物語>を謳ってはいるけれど、原題がそもそも“RICKI AND THE FLASH”なのだから、バンドの物語でもある。 だから前者を期待するとわりと肩すかしにあうというか、「音楽とバンドの話、多すぎない?」と感じてしまうかもしれない。 でもその比率が、リッキーの願う人生そのものなのだ。 家族も音楽も、ほんとは両方を手に入れたい!、という。
 脚本が『JUNO/ジュノ』などのディアブロ・コディということで、負け犬人生の痛々しい台詞が痛々しくなく、下品なジョークもほどよく盛り込み、20年振りの母娘の再会を皮肉な台詞の応酬でニヤリとさせてくれるのですが、なんというか、メリル・ストリープに「下品」や「負け犬」といった言葉がなんか似合わないわけで、そこはもう長いキャリアの中で出来上がってしまっているイメージなので演技力の問題ではどうにもならないというか・・・「この人、教養ないキャラだけど教養ない人の振りをしているだけでは?」という目でこっちが見てしまう(それはあたしが悪いんだろうか)。 ギターもバリバリ自分で弾いて歌も自分で歌っているみたいですが・・・まぁそれくらいできちゃうでしょうね、この人、と思っちゃうから怖いね!

  幸せをつかむ歌3.jpg 右の人:エイミー・ガマー。
 ドラマ『恋するインターン』でこの人のことをはっきり認識して、それ以来ちょこちょこドラマで見るなぁ、と思っていたのですが・・・今回、「あれ、こんな顔だったっけ?」と。 今、『エクスタント:インフィニティ』に出てて毎週見てるはずなんだけど、と改めて見たら、それはグレース・ガマーさんだったのです! 姉妹だったのか?! というかメリル・ストリープの娘は2人いて、2人とも女優なんだね!
 並べて見たら違うんだけど、この2人、結構似てる! 今まで一人だと思っていたから、もうどのドラマに出ていたのがどっちなのかわからない。
 ちなみに、ブルース・スプリングスティーンの曲が重要な役割を果たすのですが・・・あぁ、『フィラデルフィア』で主題歌お願いしたもんね(確かそのビデオクリップをジョナサン・デミが監督してるはず)。 監督好きなんだなぁ、とつい感じてしまいました。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年04月10日

今日は5冊。

 また性懲りもなく本を買っております。 もう置くところがないよ〜。 読み終わった物をどんどん箱詰めして仕舞うしかないよ〜。 でもシリーズ物は同じ箱に入れたいし、だけどまだ全部読んでないし、で片づけは進まない。 しまった分だけ(もしくはそれ以上に)買い足すから、結局同じ状態が続いているのでございます。

  二人のウィリング.jpg 二人のウィリング/ヘレン・マクロイ
 ちくまが次々とヘレン・マクロイに手を出している〜。 昔からの版権の問題があるのかもしれませんが、創元推理文庫で読んできた身としては、同じ作者なのに本棚の同じ棚に並べにくいよ・・・(昔の本屋の習慣で、出版社別に並べたくなるあたし。 作者で揃えることも考えましたが、背表紙の並びが美しくない)。
 タイトル通り、これもウィリング博士モノ。 ギゼラさんと結婚後の話のようです。

  地球礁.jpg 地球礁/R・A・ラファティ
 R・A・ラファティといえば『九百人のお祖母さん』ですが、あれは当時のインパクトありすぎの表紙に惹かれて手に取ったのがきっかけ。 改めて考えるとヘンな作家の作品だったが、当時は違う種類のヘンな作品も山程読んでいたのでその特異性もあっさり受け入れたのだろう。 今回の表紙もなかなかヘンなので、そんなことを思い出して・・・翻訳が柳下さんなので買うことにする。 これは河出文庫です。

  十月の旅人.jpg 十月の旅人/レイ・ブラッドベリ
 ブラッドベリほんとの初期の短編集、初の文庫化。 やっぱりブラッドベリに似合う月は10月ですよね! まだ“ブラッドベリ文体”が出来上がっていない時期の作品もあるようですが、こんなタイトルで出されたら買っちゃうでしょ!

  グイン138.jpg ケイロンの絆<グイン・サーガ138>/宵野ゆめ
 グインが再開してから本を買っておりますがまだ読んでいない・・・(読み進める決心がまだつかない)・・・だから今回の表紙が誰なのか全然わからない・・・。
 ハヤカワ文庫はすっかりトールサイズですが、長いシリーズであるこれは新刊であってもサイズは従来通り。 やっぱり本棚に並べている人のことを考えてくれているのであろう(ということはローダン・シリーズとかもそうなのだろうな)。
 あたしはしばらく前、アマゾンのキンドル本セールのときにノスフェラス編(1〜5巻)だけ買い直しちゃいましたよ。 「あの頃はよかった・・・」とノスタルジーに浸りたいときのために。 しかし読み始めたらきっと16巻までいってしまいそうなので、とりあえず眠らせてます。

  吾輩は猫である殺人事件.jpg 「吾輩は猫である」殺人事件/奥泉光
 タイトルに<殺人事件>とあってもなんとも言えない牧歌的(?)な表紙が素晴らしい。
 これはハードカバー時代に図書館に予約を入れていたんだけど、順番が来る前に自分が引っ越すことになって予約を解除した・・・ような記憶があり。 それ以降忘れていましたが、やっと読むことができそうです。 奥泉流パスティーシュの真髄を。

ラベル:新刊
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2016年04月09日

人生は小説よりも奇なり/LOVE IS STRANGE

 こちらも上映最終日。 こっちは遅い時間スタートなのでいつでも行こうと思えば行けないこともなかったのだけれど、平日だと翌日の仕事を考えるとちょっときつい。
 『ロブスター』が観れる日ならば続けて観られるのだから、とタイミングを待っていたらこっちも最終日になってたんですよね! シネリーブル神戸、上映最終日が決まるのが唐突過ぎるときがあるのが玉に瑕(いや、他の映画館でもそういうことはあるけど)。
 だから今回の金曜日は一人で二本立てを敢行したわけです。

  人生は小説よりも奇なりP.jpg されど愛しき我らが日々。
    NYマンハッタン。39年連れ添った画家のベンと音楽家のジョージ。優しく慎ましい二人が“結婚”を機に直面する、笑いと涙。

 このポスターイメージから結構なドタバタコメディを連想していたのですが・・・意外にも本気というか、いい意味で大真面目な話でした。 思わず背筋が伸びるくらい。
 2011年にニューヨークで同性婚が可能になる法律が成立した。 39年間マンハッタンのアパートで一緒に暮らしてきた画家のベン(ジョン・リスゴー)と音楽教師のジョージ(アルフレッド・モリーナ)は、今の状況に不満はまったくないが、考えた末に結婚することに。
 当日は親戚や友人たちに祝福されながら結婚式を挙げ、パーティーも彼らへの温かい賛辞で盛り上がった。 が、ジョージは同性婚を理由に勤務先のカトリック系の学校をクビになってしまう(彼がゲイであることはカトリックの教えに反しているが、これまでは知らない振りができても結婚されてしまっては公の関係になるので、組織の上の方の司祭にばれて怒りを買ってしまったため)。 ジョージは定職に加えて様々な社会保障も失い、ベンは70歳を越えているし、それほど売れている画家でもないので二人の生活は一気に行き詰まり、アパートを売らなくてはならなくなった。
 次の家が見つかるまで、ベンは甥の家に、ジョージは同じアパートに住む友人の家に身を寄せることになり、結婚したばっかりに新婚から別居を強いられてしまう・・・という話。

  人生は小説よりも奇なり1.jpg あれだけ二人をたたえていた親類縁者たちなのに、二人の窮状を知った途端に及び腰。 ベンの甥・エリオットの妻ケイト(マリサ・トメイ)はそういう展開になったと見るや「仕事があるから帰るわ」と超そっけない!
 勿論、それぞれの事情はあるでしょうが・・・。
 ただ、この映画の大変上品なところは口汚い争いとか、直接的な結論をまったく描写しないこと。 舞台の暗転のようにシークエンスがゆっくり切り替わったら多少の時間が経過して次の状況に動きだしている。 これも『ロブスター』同様説明が少ない映画ですが、でもそれは描かなくてもわかるから、あえて描かないことでその空白を観客に委ねているから。
 それぞれが違う家に居候することで、二人で自由に暮らしてこれた39年間の貴重さや、空気のように相手を気遣い、思いやることのできる大切さといったものが胸に迫ります。 特にベンの行き先、エリオットとケイト夫妻の家には思春期真っ只中の息子ジョーイ(チャーリー・ターハン)がいて、いくら父親の叔父さんでこれまで付き合いがあったとはいえ生活を共にするのはまた別の話。 彼がベンや両親に怒りをぶつけたり八つ当たりする姿はあたし自身の子供時代の心の狭さというかまわりの見えてなさというか、自分中心でしか考えてなかった日々を見せつけられたようで、「なんかすいません!」と過去に向かって謝ってしまうほど。 ちなみにこのジョーイ君、ドラマ『ウェイワード・パインズ』でマット・ディロンの息子役やってます(なんと役名はベン)。

  人生は小説よりも奇なり2.jpg 二人の絆を明確な形として残すために結婚したはずなのに・・・。
 いや、別居生活を通じて二人の心の絆はより深まったのは間違いないんですけどね、代償が大きかったというか、時間の経過は容赦ないというか・・・。
 宗教の教義ってなんなの? 信者が幸せになるためのものじゃないの?
 時代はどんどん変化しているのに、教義だけが不変ってどういうわけ?!、とあたしはこのカトリックの学校に怒りを覚えましたが、たとえば憲法は国民投票など手続きを踏めば変えることは可能だけれど、宗教の教義や戒律とかって変えることはできるのかな?
 気になったので今度プロテスタントの友人に聞いてみたいと思います。
 でも映画の本質はそこではなくて・・・人生に対する肯定感をベンがジョーイに伝え、そしてジョーイが(ちょっと時間はかかったけど)それを受け止める、という、「子孫を残す」とは違う意味で若い世代に贈ったギフト。
 美しく穏やかな夕日とショパンの調べ。
 あぁ、こんな感動作だなんて思いもよらなかった!
 ジョン・リスゴーもアルフレッド・モリーナも、とってもキュートだったし。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年04月08日

ロブスター/THE LOBSTER

 これは予告を観た時だったかチラシを見た時だったか、「おぉ、シュールなナンセンスコント!」と大いに盛り上がったのだが・・・仕事の都合と上映時間が合わず、気がつけば神戸最終日。 最近、こういうの多いぞ(それでも間に合っただけよかったというべきか)!
 最終日だけ上映時間が違っていたので、これまでタイミングが合わなくて来れなかったのかもしれない人たちがぞろぞろ。 珍しく、5割以上埋まっていたのではないかしら。
 しかし観に行った甲斐のある、冒頭から理不尽映像てんこ盛りの、暴力的なまでのナンセンス(ラヴ)コメディでありました。

  ロブスターP.jpg ルール @45日以内にパートナーを見つけること A独身は罪 B捕まれば動物になって頂きます

 成人以上はカップルでなければ街で暮らすことができない世界(もしくは時代)にて、パートナーをどのような形であれなくしてフリーになった者は街から離れたホテルのような宿泊施設に送られる。 そこで45日以内に新たなパートナーが見つかれば街に戻ることができるが、そうでなければ自分が選んだ動物にならなければならない。 しかし宿泊施設の裏にある森にはこの制度に耐えられない独身者たちがコロニーをつくって逃亡生活を送っており、ホテル滞在者たちは独身者狩りをすることで滞在期間を延ばすことができる(一人を捕まえたら一日延長、麻酔銃が支給される)。 11年1カ月の結婚生活の末、突然妻に心変わりを告げられたデヴィッド(コリン・ファレル)は、ルール通りにパートナーを見つけられなくて現在は犬になっている兄とともに施設に向かうことになる・・・という話。
 タイトルの“ロブスター”とは、「もしパートナーが見つけられなかったら何の動物になりたいですか?」と聞かれた時のデヴィッドの答え。
 とりあえず、「この初期設定なんなの?」と疑っていては話は始まりません。
 あぁ、そういう世界なんだな、とすんなり受け入れられるか否か! それがこの映画を楽しむための鍵といえましょう。
 結構な豪華キャストなのに作家性が強いというか、説明しようという色気さえ見せずにばしばしと断片でぶった切りされる置いてけぼり感がむしろ爽快で、監督は誰かと思えば『籠の中の乙女』のヨルゴス・ランティモスだったんですね・・・多分初めての英語での映画であろうに(監督はギリシアの人)、自分のスタイルを放棄しない。 それもまたすごいことである。

  ロブスター2.jpg 品定めのダンスパーティー。 まともだとかまともではないとか、そういう基準すらすでに曖昧。 とにかく、45日ルール下にある独身者たちをめぐる状況はすべて異常である。

 コリン・ファレルがのたっとした印象のちょっとダメ男な感じをやっているのがすごくこの映画の雰囲気づくりにぴったりで(いろいろ疑問に思いつつも反論できない感じのわずかな愚鈍さがこのストーリー展開に説得力を与えている)、ジョン・C・ライリーの期待を裏切らない“いつもの感じ”で、更にベン・ウィショーもまた素晴らしく美味しい! あの絶妙な空気読めなさ、最高!
 一方、森で逃亡生活を送る独身者たちにはリーダー(レア・セドゥ)がいて、強烈なリーダーシップを発揮しているのだがそこでは「恋愛禁止」がルール。 それを破った者には恐ろしいことが待っている・・・という選択肢がまた極端から極端しかないのである!
 街に戻るために妥協の結婚も考えたデヴィッドだったが、結局、ホテル内の雰囲気に耐えきれずに逃走、森の独身者たちに加わるのだが、そこで運命の出会いをしてしまうんだな、これが。

  ロブスター1.jpg 運命の皮肉ってやつですね。 でも静かな時間は長くは続かない。 レイチェル・ワイズ、ヘンだけど相変わらず美人♪で見ているだけで気持ちが盛り上がるな〜。
 ルール的にはパートナーは異性でも同性でもいいらしい。 ということは少子化対策とは関係ない。 森のルールは「おひとり様でなければいけない」という個人主義を尊重しているようでいてこれも一つの価値観の押し付けである(制裁を加えるレア・セドゥの姿に、思わず『実録・連合赤軍/あさま山荘への道程』を連想してしまったのはあたしだけではあるまい)。 体制側の冷酷さと、反体制側にもある冷酷さ。 社会という構造そのものがはらむ矛盾を極端な例でつきつける。
 かといってそんな身も蓋もない話で終わらないところがこの映画のニクいところ。

  ロブスター3.jpg こんな美しい場面を不意に挿入してくれたり。
 そんな異常下でも純愛は存在する、という救いが描かれているところが監督の優しさではないだろうか。 でも、こんないかれた社会に対抗するために払われる犠牲もまた欠かせないという点で、素直な優しさじゃないんだけど。
 あぁ、あたし、この社会では絶対生きていけないわ。 何の動物になろう・・・。
 とはいえ、この社会が現代社会の風刺でないわけないわけで、誰しも少数派に転がり落ちる危険があることを、そして必ず助けてもらえる保証なんてないことを教えてくれているわけです。 だったら最初から少数派であるという自覚を持っている方が、いざというときショックが少ない、ということでしょうか。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年04月07日

星籠(せいろ)の海(上・下)/島田荘司

 いつの間にやら、という感じで、行方不明になっていた下巻が不意に姿を現しました。
 「え、そこ、探してなかったっけ・・・?」とすでに自分の行動に自信のないあたし。 原因を追及することはあきらめました。 多分、あたしの家の中はあたしのまわりだけ、瀬戸内海のように時計仕掛けで何かがまわっているのでしょう。
 さて、『星籠の海』でございます。
 正直なところ、<御手洗潔モノ>、読むの結構久し振り。 一時期はすごく集中して読みましたけど(それこそ綺羅星のごとき作品が次々待つことなく読めたから)、ある程度読みつくしてしまったら、その勢いって途切れますよね(『眩暈』あたりまでは多分その時期までに読んでいます。 あれ、『龍臥亭事件』はそのあとだっけ?)。
 そのあとは図書館で不意に見つけて、手に取る、ぐらいの出会いになってしまいました。 
 そういえば、探偵役の人を個人的に好きになってしまうのがあたしの昔からの傾向なのですが、御手洗さんは例外で(あ、法月綸太郎もそうだ!)。 とにかく、ワトソン役である石岡君がかわいそうだったのです。

  星籠の海1.jpg星籠の海2.jpg ところが今回は・・・石岡君のあまりの間抜けっぷりに同情する気も失せ、いつもならもったいぶった御手洗さんの態度にいらっとするところなのに、さっぱり気にならない。

 これはどうしたことでしょう!
 この作品自体が映画化前提で創作されたシノプシスをもとに出来た小説、ということがいちばん関係あるかも。 とにかくひたすら行動するのみの御手洗さん! 語り手だけどおいてけぼりの石岡君は、なるほど映画に出てこなくても全然問題ないね!
 多分映画は現代設定で作られるのでしょうが、御手洗年表に入れるとしたらここしかない、ということで物語設定は1993年になっています。 まずこれが不幸のもと。
 1993年では、よほどのビジネスマン以外携帯電話はそんなに持っていないはず・・・(でも主要人物みなさん持ってて使いまくってる)。 タイ料理もそこまでブームになっていないのでは・・・。 液晶テレビもきっとなかったし、ノートパソコンという呼ばれ方もしていたかな?(あたしの記憶ではラップトップですし、そもそもデスクトップ型以外のPCは少なかった)。 インターネットという名称もなく、「パソコン通信」時代じゃないですかね。
 おまけに福島から引っ越してきた少年が白血病になったからって「原発のせいだ」というのは完全に後出しじゃんけん。 作者は自分の意見を作品にガンガン込めて書くタイプの人ではありますが、これまではかなりの分量を割いていたからその情熱に免じて読むことができたけど、今回みたいにさらっと、まさにつけたしのように書かれてしまうとですね、「・・・なんだかな」とあざとさを感じてしまうんですよね!
 <ライトノベル的御手洗さん>を経たせいなのか、全体的に内容が軽い。 歴史に関する部分はまぁまぁ読めるけど、村上水軍については多島斗志之の『二島縁起』のほうが深かったような。
 あと、出てくる女性たちの(偏差値は多少高いのかもしれないけどさ)バカっぷりにも唖然。 そりゃ御手洗さんじゃなくても女嫌いになるっつーの! そしてそんな女たちにくっつく男たちもダメ揃いで、げんなり。
 上昇志向の強い女たち(そのためには男でもなんでも利用しますよ)のメンタリティはバブル時代を思い起こさせるものもあるので、そこは時代設定に忠実ではあったかも。
 もはや『占星術』『斜め屋敷』のようなものを期待してはいけないの?
 いや、これはきっと映画にするせい。 『星籠の海』は御手洗モノの番外編と考えた方がいいのかも。 そしてかっこいい玉木宏を期待する、にとどめておくべきかと。

ラベル:国内ミステリ
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2016年04月06日

これってオフ会でしょうか?!

 実は、ひょんなことからブロガリ仲間の方とお会いするチャンスが!
 これっていわゆる<オフ会>というやつですか?! ← そういうことに慣れていないのでテンションが高くなる。
 しかし会うのは1:1・・・それでも<オフ会>なのか?
 ま、ともかく、ブロガリ上ではすっかりお知り合いのような気分でも、実際にお会いするとなるとまた話は別。 楽しみでありつつも、なんだか緊張してしまうのでありました。
 待ち合わせは、お互いよく行っている元町の紅茶専門店・カフェのマヒーシャ(旧マドマド)。
 だから今日は意地でも定時であがるわよ!、という勢いで仕事をしていて、よーし大丈夫、帰れるぞ!、と思っていた矢先に「すみません、私のパソコンからカラープリンターが消えちゃったんですけど・・・」という相談が持ち込まれ(この段階で定時まであと20分!)、何故それをあたしに持ち込む!、と言いたかったが(あたしは情報機器担当者でもネットワーク担当者でもない)、そんなこと言っている時間がもったいないので再設定。
 どうにか約束の時間に間に合ったのでした。
 そして平日なのに何故か込んでいたマヒーシャ。 こんな日に限って、何故!
 やはり向こうも緊張していたそうで(ここに書くことの同意を得るのを忘れていたので名は伏せさせていただきます)、お互い同じですね〜、みたいな。
 そして初対面にもかかわらず、そこそこ相手のベースは知っているのでやっぱりちょっと妙な気分。 「小学校の時の同級生にものすごく久し振りに会う」というのともまったく違う、ネット上という仮想現実が現実と繋がった、という大袈裟な感じでもなく、「あぁ、やっぱり文章に性格って出るんだな・・・そこでウマが合う感じがしたら実際も楽しく過ごせる相手だってことなのかも」という、ある意味当たり前のことを実感したのでありました。
 「ブロガリのサービス、終わるじゃないですか。 そのあと、どうします?」
 「あ、全然考えていないんです」
 ここにも仲間がいたよ!、とうれしかったです。
 話は弾み、お茶のあと場所を変えておなかいっぱいごはんも食べちゃった!
 見た目でがっかりされちゃったらどうしようとか(どんな見栄っ張りだよ・・・)、いろいろと不安もありましたが、お会いできて、楽しい時間を過ごせてよかったです!
 また会いましょう!、と(具体的な日付は決まってなくても)、お約束できたのはとてもよかった。 現実世界に友だちが増えた気分。
 ネット上と現実との誤差が少ないというのは、とてもしあわせなことなのかも。

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2016年04月05日

これが私の人生設計/SCUSATE SE ESISTO!

 「働く女性応援ムービー!」という響きにはびくともしない年齢である(そしてそれなりの仕事暦もある)あたしですが、それがハリウッド映画ではなくてイタリア映画である、と聞けば興味をそそられます。

  これが私の人生設計P.jpg ポジティブだけじゃ、ダメかしら?
    新しい自分を探して故郷ローマへ。超前向き建築女子の人生リノベーション計画!

 イタリアの片田舎の大家族で生まれ育ったセレーナ(パオラ・コルテレージ)は、子供の頃から建物をつくるのが夢だった。 大学も当然のように建築科に進み、卒業後もその情熱は止まず、海外留学して博士号をいくつもとり、賞もとって世界を股にかけて働いてきた。 しかし不意にイタリアの味が恋しくなり、故郷のローマに戻ることに。 が、保守的な男性社会であるイタリア建築業界においては女性の就労状況は想像以上に厳しく、仕事自体が見つからないセレーナはイタリアンレストランでウェイトレスのアルバイトを始めることに。 レストランオーナーのフランチェスコといい雰囲気になったと思ったら彼はゲイで、純粋に友情として彼女を心配してくれていたのだが、セレーナとしては恋に破れた気分。
 そんなとき、おばあさんの住んでいる公営住宅のリフォーム案が公募されることを知ったセレーナは、どうにかこの仕事を取るべく悪戦苦闘する・・・という話。

  これが私の人生設計3.jpg ちょっと空気の読めない人ではあるが、セレーナは基本的に“努力の人”なのです。
 なにしろこの映画がリアルなのは、ヒロインがそんなに若くないってところ(世界各国の大学で修士号をいくつもとっているのならそれくらいにはなっているよ、と納得の)。 だからやたら前向きなのも根拠がないものではなく、それなりのことを成し遂げてきたから当然と見える。 でもハリウッド映画ならばもっと若い(もしくは若く見える感じの)女性を抜擢するはず(でもそれだと“根拠のないポジティブさ”にいらいらすることになるのよね)!
 そして冒頭から繰り出される早口のイタリア語モノローグがすごくパワフル! ラテン系の勢い炸裂! ヒロインのご家族はどんどんしゃしゃり出てくるし(女系家族っぽいところもまたポイントだ)、いろんな意味で遠慮がない。 そしてゲイ男性たちの登場はイタリア映画ではもはやお約束なのか。

  これが私の人生設計1.jpg でもフランチェスコもその彼氏も(元カレも)、人としていい人ばかりだよ。
 そう、全編“ラテンのノリ”なのです。 女性の社会進出が遅れている国・イタリアの現状を描きつつ、あえて社会派を気取らず、コメディに徹したところが潔く(いささかステレオタイプな展開も含めて)、だからこそ余韻が心に刺さるのかも。 若干、日本に似ているようなところがあるからかもな〜(でもさすがに「妊娠したら会社を辞めます」という誓約書にサインさせるのは法律違反だが・・・ブラック企業ならやってそうでもあるなぁ、と完全否定できないのがコワい。 もっと表現は変えてくるだろうけど)。

  これが私の人生設計5.jpg ほんとは協力し合っていい仕事ができるはずなのに、いっとき<女の敵は女>みたいなことになってしまったり。
 仕事のできるできないは性別ではなくあくまで個人差の問題だし、あたしのように性格的にサポートのほうが向いている・表にあまり出たくないタイプは助手の仕事はむしろ歓迎です。 でも、性格的にそっちは向いていない・自分が先頭に立ってがんがん行きたい人が「女性だから」という理由でその仕事ができないのはおかしいし、内向的な性格の男性が「男性だから」というだけでトップに立たされるのもおかしい。
 それは仕事につきものの“つらさ”とはまた違う種類の“つらさ”、むしろまったく必要のない“つらさ”ではないかと思うのだが(なんだか無駄ですね)・・・保守的な人たちというか、そういうもんだと思っちゃっている人たちにとってはそのような<個体差>は想像もできないのだろうか。 不思議だ。
 けれど明らかに時代が変わってきていると感じるのは、時間の止まった古狸たちの存在がどうにもギャグにしか見えないこと。
 それこそが<お仕事ムービー>における希望の光だということです。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年04月04日

ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります/5 FLIGHTS UP

 映画館に行く観客の平均年齢高齢化に伴って、高齢者向けの内容の映画が増えている(作りやすい状況になっている)と聞いたのはいつのことだったか。 でも昔だって高齢者やそれを含む家族がメインの映画はあったじゃないか(えーっと、『黄昏』とか『愛と追憶の日々』とかさ)。 でも、率としては確かに増えているのだろう、という気はするのは間違いない。 それはあたし自身がトシになってきたから目に入りやすくなったのと、名優が高齢化している(歳を取ることでいい味を出す役者が増えるから)こともあるだろう。 でも結局、観客の高齢化というのがいちばんの要因なのであろうなぁ。

  ニューヨーク眺めのいい部屋売りますP.jpg 人生も、リノベーションしてみませんか?

 結婚して40年がたった画家のアレックス(モーガン・フリーマン)と妻のルース(ダイアン・キートン)は、ブルックリンの風景が楽しめ、屋上の家庭菜園も利用できるアパートメントの最上階に愛犬ドロシーとともに新婚当初から住んでいる。 文句はまったくない暮らしだが、歳とともにアパートメントにエレベーターのないことがだんだんきつくなってきた(その昇り降りが、犬さえも!)。 ルースの姪リリー(シンシア・ニクソン)が不動産のエージェントをしていることから、今の部屋を売りに出し、エレベーター付きの別の部屋を探すことにするのだが・・・という話。

  ニューヨーク眺めのいい部屋売ります1.jpg あ、『SATC』のミランダだ! 相変わらず、仕事にてきぱき・かりかりする様がはまっている。

 しみじみ思うのは、モーガン・フリーマンって、いくつ?、ということ。
 いや、確かに老けてはきているんだけど、『セブン』のときのかっこよさがこっちの眼に焼きついているからでしょうか、どうもあの頃と印象が変わらない気がする・・・(いろんな映画に出ていて頻繁に彼をこっちが見ている、というせいもあるでしょうが)。
 ダイアン・キートンがいつもの「あるべき母親像を演じ続けることで娘に精神的負担をもたらす」母親役ではなかったのはよかったのだが(今回、子供のいない設定だったので)、それでもやはり「理想的な妻像を演じている人」っぽいのはなんでだろう。 その雰囲気がお堅そうだから? 相手を理解しようとしていながらも限界を越えるとキレるから?
 とはいえお二人の演技はすっかり安定で、「こんな老後が望ましい」というアメリカ人の理想そのもののようだ。

  ニューヨーク眺めのいい部屋売ります2.jpg ブルックリンブリッジを見渡せるアパート前のベンチで。 ご老体の朝は早いから余計に空気がすがすがしい。
 黒人と白人のカップルなんていまどき珍しくもなんともないだろうけど、彼らが若かった頃はそれこそ偏見の対象だったのだ、と思うと奇妙な気さえする。 ヘイトスピーチとか最近また問題になっているけれども(そして欧米では移民問題は今も大きな壁だが)、それって日本にいるとどうしても非日常のこととしか見えなくて、けれどもかつての彼らにはそれが普通だったのだという驚き。 歴史は地続きなんだけど・・・個人の感覚として納得するのはなかなか難しい。
 それにしてもニューヨークというのはアメリカにとって特別な街なんだなぁ、ということがしみじみわかる。 エレベーターのない築40年以上の物件でも内覧会には様々な人たちがやってきて、切実にブルックリンに、ニューヨークに住みたがる。
 日本に置き換えたらどこだろう、と考えてみるけれど、いまひとつ思い浮かばない感じがして・・・しかも日本なら絶対改装工事するはずなのに、下手したらタワーマンションに建てかえちゃうに違いないのに、昔の建物をそのままずっと使っちゃうところが地震のない国だなぁ、と実感(原題は『5階までがんばろう』という意味かな?)。
 かつてはマンハッタンとブルックリンは雲泥の差という扱いだったはずだけど、治安もよくなって地域の差はそれほどなくなってきているような感じがした(ミートパッキングエリアは流行りの地域からもう一歩ランクアップしたみたいだし。 そりゃ、アッパーイーストサイドのようにどうしようもなくハイソなエリアはあり続けるだろうけど)。
 そんな街の移り変わりを今の段階で焼き付けた映画、ということかもしれない。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年04月03日

油断が呼ぶ行方不明事件

 最近、物の置忘れがはなはだしい。
 仕事場や外では起きない。 ただひたすらに、家の中でのみ。
 『星籠の海』下巻も佳境だというのに、不意に行方不明になる。
 これまではそんなことがあっても、「多分このへんだろう」と当たりをつけて探せばすぐ見つかったものだが・・・此頃はそのカンがまったく当たらない!
 ・・・で、全然予想していないところから見つかる。
 『星籠の海』の前に行方不明になった『美食探偵明智五郎@』がちゃっかり出てきたりする。
 その脱力加減はなかなかに重い。

 ところで、今の仕事場で結構話が合う人がとても勘のよい人で、<虫の知らせ>というレベルどころではないくらいいろいろ感じ取る。
 もしやエンパスでは?、と思うくらいである。
 で、あたしもエンパス気質ゼロではないみたいみたいで、彼女の近くにいると影響を受けて近い未来に起こることが頭に浮かんだり、なにかとシンクロしたりする。 仕事の面では役に立つのだが・・・家の中での行方不明事件にはまったく役に立たないのである。
 まぁ、この場合実害を被っているのはあたし一人だから別にいいのであるが。
 家にいると油断するのであろうか、パワーを外で使いきっているのであろうか。
 とりあえず、つかれているようです。

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2016年04月02日

ザ・バット 神話の殺人/ジョー・ネスボ

 今更ですが、やっとジョー・ネスボの処女作にして刑事ハリー・ホーレシリーズ第一作『ザ・バット 神話の殺人』を読み終える。
 黄金期のミステリや、日本の作品、イギリスのちょっと古いの、とかいろいろ読み渡り歩いていても、ふと北欧に戻りたくなる。 完全に<北欧もの>はあたしの中で流行りではないひとつのジャンルとして定着したようです(スーパードラマTVでも『ブリッジ』の第3シーズン始まりましたしね)。
 北欧といっても広い。 ジョー・ネスボはノルウェーです。

  ザ・バット神話の殺人.jpg とはいえ、表紙からわかるように舞台はオーストラリアです。

 オーストラリア在住のノルウェー人女性が他殺体で見つかったことで、オスロ警察の刑事ハリー・ホーレは単身シドニーへ飛ぶことに。 現地のシドニー警察の協力し、犯人を探すためだが、捜査の過程でこれは単一の犯罪ではなく連続事件の一端であることが判明するのだが、警察の打つ手は次々と後手に回ってしまい・・・という話。
 タイトルの『ザ・バット』というのは蝙蝠のこと(バットマンのバットですな)。
 ハリーとコンビを組むことになるアンドリュー・ケンジントン刑事はオーストラリア先住民をルーツに持つ人物なので、シドニーやオーストラリアの観光案内を兼ねながら先住民の伝説をいろいろと教えてくれる。 それが事件とリンクしていくので『神話の殺人』というサブタイトルがついたのだと思われる。
 ノルウェーとオーストラリアというまったく正反対の土地でありながら、ハリーにも<白人の罪悪感>のようなものがある、という奇妙さ(それは“教育”によってもう国は関係なく、人種間で共有されることになってしまっているのか?)、それに対してアンドリューは「おいおい、日本人観光客が来てノルウェーのこと何も知らないって怒るのか?」と問いかける。 それは二人の真の友情の始まりでもあるのだが、ここで引き合いに出される日本人って・・・人畜無害って意味なのかなぁ。 それとも金を持って世界中どこにでも現れるやつという比喩なのか。 ちょっと複雑な気持ちになったじゃないか(原著は1997年)。
 事件そのものは途中で大方の姿が見えてきてしまいますが、なによりいろんな意味で魅力的な登場人物が多く、そしてハリー自身が抱える闇も見えてきて、この先のシリーズ展開にも大いに期待させられます。
 この重厚感は、間違いなく北欧ミステリ。 舞台が南半球でもそれは変わりない。

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2016年04月01日

光陰矢のごとし、とはこういうことか

 えっ、もう3月終わったの?! もう4月なの!
 それが正直な感想でございます。
 2月も早かったけど、3月も早かった・・・2月はまだ日数が少ないから言い訳ができるとはいえ、3月は31日間フルにあるというのに。 年度末だから、ですかねぇ。
 でもおかしい、去年もこんなにいそがしかっただろうか・・・と考えてみるが、もはや思い出せない。
 あまりにもバタバタなので、何も進まない・・・しかしここのみなさんはどんどん引っ越し先を決めたり見切りをつけたり、続々と何らかの行動に移っていらっしゃる(それを目にすると「やばい!」と焦るのだが、焦るだけである・・・)。
 大阪に転勤の話も(具体的な時期が判明していないというせいもあるが、まぁ今年の秋前ぐらいには行くなら行くことになるのであろう)、まだ自分の中で結論が出ていないし・・・続けるのか、近場で別の仕事を探すか、少し休むかも含めて。
 とりあえず早くGWが来てほしい・・・ゆっくり休みをください。
 しかしそうなればまた一ヶ月時間が先に進むということなので・・・それも恐ろしい。

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