2016年03月29日

女が眠る時/WHILE THE WOMEN ARE SLEEPING

 このチラシを映画館で発見したとき、「あれ、西島さん、劇場版『MOZU』のときにたけちゃんと共演できるのがうれしくてたまらないみたいなこと言ってたけど、こんな企画あったんじゃん!」と<大人の事情>というやつに若干いきどおりを感じなくもなく。 しかしそれもまた“お仕事”というやつなのだからして、いい大人であるあたしとしてはそこは流しておくべきだろうとわかっているのになんか気になる! おとなげない、です。
 だが、「もしかしたらこれ、結構急いでつくった?」という気がしないでもない出来上がり(撮影期間も短そう)。 意外にあれは、リップサービスではなかったのかもしれん。

  女が眠る時P1.jpg 覗かなければよかった。
    (このポスタービジュアルは結構好きです)

 作家として一作目で賞を取り、爆発的にヒットした健二(西島秀俊)だったが、二作目はさほど話題にもならず、三作目を書けない葛藤の中、就職を決めていた。 編集者でもある妻の綾(小山田サユリ)は自分の友人が務めるリゾートホテルで一週間の休暇を取ることしようといい、健二は乗り気ではなかったがやってきた。 ホテルに到着したその日、彼はプールサイドにいた男性(ビートたけし)と若く美しい女性(忽那汐里)の二人組にひきつけられ、明らかに親子ではないこの二人への興味がどんどん強くなっていく・・・という5日間の物語。
 多分季節は夏のリゾート地だというのにまったく暑さは感じられず、「沖縄とかじゃないな・・・伊豆か?」とつい考え込む(正解でした)。 あえて太陽光に暗めのブルーのフィルターをかけたような映像は、暑くもなく寒々しくもなく、なんともはっきりしない雰囲気をストーリー展開と同様伝えてくる。

  女が眠る時5.jpg そしてやけに雨も降る。
 答えらしきものは推測はできるけど、決して明確ではない、という意味では映画『複製された男』に少し似ているといえるかもしれない(テイストはまったく違うが)。
 男が作家である、というのがいちばんのひっかけなのよねぇ。 現実なのか幻覚なのか妄想なのか、に加えて「創作なのか」が入ってくるから(実際、彼がノートPCをたたいている場面あり)。

  女が眠る時3.jpg だとしても何故そこまで妄執してしまうのか。 「それ、ストーカーですよ!」と何度も声をかけたくなる。
 が、あえてすべてを放り出し、「お好きに解釈してください」に身をゆだねるのがきっとこの映画を観る上では正解なんだろうな、という気がする(一応、納得のいくような解釈もできないことはないけれども)。 原作はスペインの作家ハビエル・マリアスの短編小説だそうなので、多分原作からも大きく変わっているのではないか(だから原作を読んでもこの映画の理解の助けにはならなそう)。

  女が眠る時1.jpg プールサイドなのに揃って厚着。 服は心を押し隠す象徴か。
 たけちゃんは『MOZU』のときよりずっとイキイキしているというか、より自然体で、やけに楽しそうにやっている感じがするのが結構意外(外国の監督とのやりとりに刺激を受けているのか)。 それに比べると西島さんはいまいち精彩に欠けるというか、それは鬱屈しているという役柄のせいでもあるかもしれないんだけど、どうもいまいちなにかが足りない感じがしてもったいない。
 『MOZU』が振り切っちゃった役だったからですかねぇ。
 それにしても、リリー・フランキー、こんなところにも出てくるとは、なんかずるいぞ!
 『女が眠る時』と英題“WHILE THE WOMEN ARE SLEEPING”とは微妙にニュアンスが違う気がするが・・・女たちが眠っている間、男たちは何をしているのか、そして女たちは本当に眠っていただけなのか、という話だったような。
 そこには、「決して理解しえない男と女」という昔ながらのテーマが横たわっていたような気がします。

ラベル:映画館 日本映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする