2016年03月05日

ユダの窓/カーター・ディクスン

 トリックだけは子供の頃から知っている『ユダの窓』
 トリック・パズラー大全集みたいなもので小学生ぐらいのときに読んだような(出典は記されていたが、今思えばミステリ古典のネタばれ事典のようなもので罪つくりな存在だったのでは・・・)。 30年近い時を経て、初めて原典に触れる!
 婚約者メアリの父であるエイヴォリー・ヒュームを訪ねたジェームズ・アンズウェルは、勧められたウィスキーソーダを飲んだ後意識を失い、気がつけばヒューム氏は死体となって倒れていた。 現場はすべて内側から鍵がかかった密室。 彼以外に犯人はいないものと思われたが・・・。

  ユダの窓.jpeg H・M卿モノなのでカーター・ディクスン名義。
    この静謐さを感じさせる表紙絵、いいなぁ。

 そういわれればH・M卿の職業は弁護士だったなぁ、と実感する法廷劇。 まさに、はじめから最後まで裁判所で事件が振り返られるという裁判を傍聴しているような感じ。
 で、メイントリックを知っているからといって楽しめないということは全然なくて、むしろトリックは結構どうでもいいというか(いや、どうでもよくはないんだけど)、あまり重要ではない。 裁判の過程で現れる関係者の人となり、意外な過去、そして駆け引きという名の心理戦のほうがずっと面白い。
 ・・・なんというか、やっぱり推理小説(探偵小説)の醍醐味ってこういうのよねぇ。
 制約のある中での情報収集、そこから現れる人間の意外な本性、理路整然とした解決策。 勿論、現代のミステリが面白くないってことはないんだけど、どうしても社会派だったり時代を先取りする要素を入れていかないといけないから<広義のミステリ>の幅がどんどん広くなるばかり。 それはそれでジャンル小説と純文学との垣根も低くなるわけだから結果的にはよろこばしいことですが。
 そんなわけで、今更ですが古典に触れるって大事、ということを改めて実感したのでありました。
 でもまさか、『ユダの窓』本編が読める日が来るなんて、小学生だったあたしには想像もできなかったな・・・時間が解決してくれることも確かにある、ということですね。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする