2016年02月14日

今日は5冊。

 おっと、気がつけばもう2月も半ばではないか!
 土曜の夜〜日曜にかけての暴風雨ですっかり偏頭痛&身体のだるさでいまいち動ききれないあたしは、金曜日になんとか買って帰ってこれた本の表紙をなでて過ごしている。

  シーラッハ罪悪.jpg 罪悪/フェルディナント・フォン・シーラッハ
 『犯罪』に次ぐシーラッハの第二短編集。 前作よりも収録話数は多いのにページは薄い、という削ぎ落とすだけ削ぎ落としつつも、語らないことで多くを語るというシーラッハ節が確立された感がある。
 こういうのを読むと、さすがドイツは「ニーチェとヘッセの国」と自慢したくなるのもむベなるかな、である。 とりあえず日常生活は怖くなるけれども。

  証言拒否1.jpg証言拒否2.jpg 証言拒否<リンカーン弁護士>/マイクル・コナリー
 コナリーの<リンカーン弁護士>シリーズももう4作目。
 ミッキー・ハラーの性格には困ったもんだが、ボッシュほどではない、というところが読みやすいところかも。 いま、カーの『ユダの窓』も読んでいますが、法廷内作法とその裏事情が似て非なるところはアメリカとイギリスという違いではなく、完全に時代のせいでもあるように思われる。
 弁護士という職業の複雑性は、現代のほうがはるかにひどい。 勿論刑事さんも大変だが・・・あたしはそれを、マイクル・コナリーから学んでいるような気がする。
 そして古沢さんの<訳者あとがき>は、ここ最近同様相変わらずマイクル・コナリーにまつわる現時点での最新情報と、翻訳予定情報で埋まっており・・・こういうリアルタイム感、好きです。

  雪花の虎02.jpg 雪花の虎 2/東村アキコ
 歴史オンチ・東村アキコによる「上杉謙信・女性説」を説得力をもって語る渾身の歴史物、第2弾。 比較的早いペースでのリリースなので、行き詰ってはいない・ある程度話が出来上がっているとみた。 “彼女”の最期まで描くとなれば結構長くなるのではないかしら。
 まだ<歴史のうねり>というか、それを前にした人間のちっぽけさを描くまでは進んでいないものの、作者の登場人物たち(それはつまり歴史上に存在した人物たちのことでもあるのだが)への愛情が強くて、今のところはその熱量で読者としては十分です。

  おんなの窓文庫1.jpg おんなの窓 (文庫版)<そうなの独身、まさかの結婚篇>/伊藤理佐
 『おかあさんの扉』は買っておりますが、『おんなの窓』シリーズは図書館で読んでしまっていたあたし。 文庫になるとタイムラグを埋めるための書き下ろしとか入るだろうし、『おかあさんの扉』を読んでからまた読み返すと面白いかなぁ、と思って。

ラベル:新刊 マンガ
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2016年02月13日

ジョルジョ・モランディ―終わりなき変奏@兵庫県立美術館

 あ、1月中に駆け込んで観に行っていたことを、すっかり忘れていた〜(観に行ったことを忘れていたわけではなくて、まだ会期あるから記事にしなくてもいいか、という油断のほうである)。 そしたら14日までだった!
 「まだ先がある」と思っているといつの間にか終わってしまう、それでこれまでいくつの展覧会を見逃してきたことか・・・近いと思うから、余計にですかね。
 ほんとはこれの前の『パウル・クレー展』にも行きたかったんですよね・・・気がついたら終わってたけど。 だからこそ今度は、見逃したくなかった、というのはあります。

  モランディP2.jpg きっかけは、ジュンク堂のレジのところに置いてある、しおりに適当な割引券で。

 静物画は結構好きなんです。 でも「壜しか描かない」というのもなかなか特徴的なこと。
 このポスターにあるようなやわらかな色合いに惹かれました。
 でも会場に入ってすぐの一枚目は、静物画だけどものすごく写実的で、また光の加減もかなりダークで、ぐっと心をつかまれる(写実も好きなもんで)。 でも同じ傾向なのはそれ一枚。 エッチングなどからはエッシャーばりの精密さを感じるものの、あの一枚を観てしまったがために他の絵はぼんやりしたものに思えてしまった・・・。 ちょっと残念。
 気を取り直してかなり顔を近づけて見ると、背景などが相当厚塗りされていることに気づく(油彩です)。 で、そのまま何歩か下がると、ぼんやりしていた輪郭線がそうでもなく見えてくる。 一見、何事もなく並べられたような壜たちだけど、厚塗りのせいで奥行きと立体感が出てるんですね!
 そんなわけで、出品作の8割くらいが壜だったような・・・あとは風景画が数枚、花瓶と花でワンコーナー、しかも最後に。 “壜だけ”に見慣れて満足してくると、なんだか花が過剰に見えてきてしまい、これまた残念なことに(花の絵だけ見たらまた違ってくるんだろうけど)。
 同傾向の絵ばかりだとあれだから、という気づかいなんだろうけど、展覧会の配置順って重要だわ、と改めて実感した次第。
 一枚目の絵がポストカードになっていたので、それを2枚と他何点かを購入。
 うっ、美術館で買うポストカードも、高くなったものだわ!

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2016年02月12日

チョコレート・デイ

 無事にチョコを配り終える。 通勤時に大変重たかったヴィタメールの大きな紙袋が空っぽになるよろこび。
 いつもはいないのにその日に限っている人というのは必ずいるもので、念のためと思い予備のチョコレートをもっていっていて本当によかった。 もう一人いたらあたしが食べるはずのビターオレンジを放出しなければならないところだった、ドキドキ(ちなみに今年のテーマは<“Bean to Bar”的タブレット>ということにして、いろんな種類の板チョコで揃えました)。 ちなみに今年もベルギー優勢、フランス勢も盛り返してきているけれど、スイス勢はどこにいるの?、という特設会場でした(逆にスイスのタブレットは輸入食材を扱っている雑貨屋さんなどで買い揃えた)。
 いつからスイスのチョコは日本のヴァレンタイン市場からこんなに姿を消してしまったんだろう? あたしの子供の頃は、「チョコレートといえばスイス」だったのに(リンツは輸入食材のお店でよく見るけど、それ以外のメーカーがあまり。 あたしはマエストラーニが好きなんだが。 あと、いわゆる高級店を見かけない)。
 日本のチョコレートのつくり方がスイス流だから? 国内メーカー・ブランドと食い合ってしまうのだろうか。 でも別モノなんだけどな・・・。
 と、そんなこんなでチョコレートが舞い飛ぶ職場。
 一人になったあたしに2月一週目は周囲のみなさんが気を遣ってくれたけれど、あたしが淡々としているためかもう誰も何も言わなくなった。 というか、いそがしすぎてそういう感慨めいたものに浸っている暇などない!
 「これ、やるから」と言っていた件、進んでないよなぁ、と思っていたらえらい人から検印済みの書類がまわってきた。 許可が確認できないからやってなかったのか。 だったらその旨も伝えておいてほしい! まぁ、辞めるんだからどうでもよかったんだろうな。
 そんなこんなで今日のお昼休みも午後3時近く。
 携帯ニュースで育休を取ると言っていた男性国会議員が辞職する、というのを見る。
 あぁ、ばかばかしい。 育休という権利と、国会議員という国民のために働かねばならない仕事との間で“個人の幸福の追求”はどこまで許容されるのかという大きな話になるはずだったのに、その土俵にすら立てないで終わるとはダサすぎる。
 しかし、こんな人を議員に選んだのもまた国民の責任。
 日本に<男性の育休>が根付くのはまだまだ先になりそうだなぁ・・・。

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2016年02月11日

平和な一日。

 待ちに待った祝日。
 昼から長風呂に入る。 いやー、「休み」って感じだ。
 あたしはもともとそんなに風呂好きというわけではないのだが(それこそ毎日シャワーで平気)、シャワー上がりも気持ちいいのだけれど、この風呂上がりの気持ちよさは更に上をいく、と実感する。 これって日本人に組み込まれているDNAなのかしら?
 その後、翌日に仕事場で配るチョコレートの整理。 今回はそれぞれに違うものを用意したので、付箋に「○○さん」と書いて貼る。 お店でラッピングしてもらえなかったものにはリボンとシールでちょこっとデコレーション。 多少お金はかかるけど、これもまた楽し。
 でもなんとなく気分は日曜日で、明日は月曜日のような気もしてしまう。
 もう一日出れば休みだなんて、なんとうれしや。 たとえそれが雨で、気温も急に上がって2月なのに「蒸し暑い」と感じそうな日であるとしても。

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2016年02月10日

翌日休み、をことほぐ。@ココノハ

 わーい、やっと明日休み〜!
 とはいえ、週休二日制に慣れ切ってしまった身では一日の休みでは物足りなくなっているというのが正直なところではあるのだが・・・(あたしだけ?)。
 というわけで、ゆっくり本も読みたいところだし、外食!

   ココノハセット3.JPG 冬野菜の豆乳グラタン
 場所は例によってミント神戸8Fのカフェ・ココノハでした(とはいえお久し振りな感じ)。
 いつもはだいたいデリセットだけど、今日は気前よく(?)デザートセットにしてしまった。 どんだけ浮かれてる、あたし。 ちなみにセットドリンクは、だいたい黒酢ベリーです(ここの紅茶は・・・あまりあたしの得意な味じゃないので)。
 別にそんなに寒くないんだけど、ついグラタンがあると注文してしまうのがあたしの悪い癖(しかもあたしは猫舌)。 でも熱いのをフーフーしながら食べるのが好き!
 レンコンとホワイトソース、なかなか合うなぁ、と思いながら、今後自分で作るときに真似してみようとか思ってしまう。 多分あたしはしめじも入れるな。

  ココノハセット4.JPG 発酵バターのパンケーキ
 今回はシンプルイズベスト!、なデザートを。
 ミニポットの中は結構な量のメイプルシロップ。 米粉を使っているのでちょっともっちり食感なのがここの特徴。 パンケーキの熱で溶けるように、先に発酵バターを表面に塗りたくってからゆっくりいただきました。
 そして『霜の降りる前に』もだいぶ読み進み(今回、今までの中でいちばん怖い話になってるかも!)、読み終わるのがもったいないところにまで来てしまいました。 あとは最後の章とエピローグのみ。
 そこまで来て本を閉じ、黒酢ベリーを飲み干して立ち上がったのでした。
 当然、おなかはいっぱいです。

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2016年02月09日

フランス組曲/SUITE FRANCAISE

 戦後70年とかそういう節目は世界各国にあるらしい。 ナチス関連映画が(新しい観点のものも含めて)それなりに毎年何本かつくられるけれども、このところすごく多い、という感じがする(日本に入ってくるまでのタイムラグがあるので、余計にその期間が長く感じるのかもしれない)。
 そんなわけで本作は、パリがナチスに占領された時期のフランス片田舎での物語。
 でも今作のいちばんの目玉は、アウシュヴィッツでなくなったという著者が遺した原稿が発見され、それを元にした映画である、ということだよなぁ、と思いながら観に行く。 勿論、ミシェル・ウィリアムズは好きだがあたしの観たいポイントのいちばんはそこだったりするし。
 原作者イレーヌ・ネミロフスキーはその当時活躍していた現役の作家であったようだが、ユダヤ人だったため1942年にアウシュヴィッツに送られ、一カ月後にはなくなったそうである。 残された娘たちは逃亡中も母の書きつけを肌身離さず持っていたが日記だと思い込んでいて、つらい記憶に向き合いたくなくてずっとそのままにしてしまい、それが日記ではなく小説だと気づくのに60年以上たっていた・・・という、もうそれ自体がドラマになるエピソード。

  フランス組曲P.jpg その旋律はあなたのもとへと連れ戻す
   1940年、ドイツ占領下のフランス―― 愛と使命に翻弄された男女の物語
   アウシュヴィッツに散った作家が残した一つのトランク そこには、命を削って書き続けた“愛の物語”が眠っていた――

 1940年、ナチス・ドイツの占領下にあったフランスで。 田舎町で大地主の厳格な義母アンジェリエ夫人(クリスティン・スコット・トーマス)とともに暮らしながら、出征した夫の帰りを待っているリュシル(ミシェル・ウィリアムズ)は、小作人から容赦なく取り立てをする義母のやり方についていけず、しかし正面切ってそれに異を唱えることもできない日々を送っていた。 ある日、ついにこの町にもナチス軍が到着。
 彼女の家に、ナチス軍のブルーノ・フォン・ファルク中尉(マティアス・スーナールツ)が宿泊することが決められる。 ナチスの軍人は残酷だと聞かされていたが、ファルク中尉は芸術を愛し、ピアノを借りて作曲もする繊細で穏やかな人物(彼がつくっているのが“フランス組曲”というタイトルのピアノ曲)。 リュシルが孤独であるように、ブルーノもまた軍の中で孤独を抱えていた・・・という話。

  フランス組曲1.jpg いつしか、ともに愛する“音楽”を通じて惹かれあうようになっていく二人。
 よくある悲恋ものといえばそれまでなのだけれど、よく観るとそうでもなくて。
 絵に描いたような残忍なナチス将校も登場して小作人たちに迷惑をかけるし、それを自浄できない<軍隊>という組織の理不尽さ、それが個人の“恋愛”の枠を超え、占領国の男と被占領国の女という立場が浮き彫りになってしまうどうしようもなさ。
 趣味や関心が共通項となって分かり合えたはずの人でも、結局他国人(この場合は敵国人でもあるわけだが)である、ということが足枷になる、他の事を優先してしまわざるを得ない時代だということがしみじみと。 だがリュシルにとっては、それが自立へとつながっていく、というのがなんとも皮肉というか・・・そうでなければ女性は誰かの言いなりでしか生きていけないときだったのね。

  フランス組曲4.jpg とりあえずクリスティン・スコット・トーマス、今回の役は怖すぎだった。
 実際に戦場で戦っている人々も悲惨だが、残されて生活をしていかなければいけないものたちも違う種類の悲惨さがある、ということをまじまじと知る。 非日常の中にある日常は、進んでしたいことじゃない。 やはり戦争や一方的な支配は全方向に迷惑だ。
 唐突に訪れるラストは予定調和ではないが故に心に引っかかり(原作が未完で途切れてしまっているから仕方ないのだが・・・あたかもとってつけたような感じさえある)、それ故にまた「作者もまた歴史の犠牲者の一人である」という事実を突きつけられる。
 だからこそリュシルには生き残ってもらえるような、希望を感じさせるラストにしたかったのだろうか。 しかし単純な希望ではありえないところが、エンディングのあたしの胸中をより複雑にさせるのだが。
 恐ろしい現実を前にして、日記を綴るよりそれをもとに物語を紡ぐ方がもしかしたら難しいかもしれない。 ただの現実逃避ではなく、他の、しかも後世の人間が読むに耐えるような作品にするには。 原作者の強靭な精神、フィクションのもたらす力、そういうものを実感する映画だった。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年02月08日

週の頭からつらい

 結局、今日も早く帰れなかった・・・。
 週の頭から、ぐったり。 今週木曜日は休みだけど、あと2日もつのか?、という気持ちが頭をよぎる。 そのくせ、こんなものを並べてみる。

  CA3A1987.JPG 『超少女明日香』、文庫版を手に入れました!(白泉社文庫・全5巻)

 しかし明日香シリーズのみ収録なので、マーガレットコミックス時代にはあった『朱雀の紋章』といったノンシリーズの傑作は含まれてはいないのがかなしい。
 しかし手に入っても読む時間が今はない(どうせ読むなら一気に読みたいし)。
 祝日と週末をひたすら待つのであった。

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2016年02月07日

母と暮せば

 井上ひさしへの献辞が出るのは『父と暮せば』へのオマージュだから?
 だが、『父と暮せば』は娘視点の物語で、生きているのは娘、死んでいるのは父という違和感のない設定。 では『母と暮せば』は息子目線となるが、生きているのは母親、死んでいるのは息子・・・すでにここから「???」となってしまうのだが、あくまでファンタジー処理なのだろうか。 山田洋次ちょっと苦手だけど、それが気になって。

  母と暮らせばP.JPG もう息子には会えないと、思っていました。

 1945年8月9日、長崎。 いつものように市の中心街にある医科学校に向かった浩二(二宮和也)は講義中に原爆が落ちてきてそのほかの大勢とともに死ぬ。
 3年後、助産婦をしている母・伸子(吉永小百合)の前に浩二がひょっこり姿を見せる。 「あんまり母さんが悲しんでいるから、なかなか出てこれなかったんだよ」と。 そんな二人の静かな生活が始まるが・・・という話。
 おそらくかなり悩んだのであろう原爆投下から炸裂へと至るシークエンスは、なんとも言えない後味の悪さ。 特に雲による視界不良のため、当初の目的地ではなく、一瞬の雲の切れ間で長崎がターゲットになってしまったというのは・・・神のいたずらとしか言いようがないほど。 そして炸裂シーンは・・・現在のCG・VFX技術を考えると稚拙にも思えるが、“あの瞬間”を誰も実際に見ることはできないのだから、<観る側の想像力に委ねる、けれど最低限でありながら最上級の残酷さを目指す>というようなあのやり方は正解だったと思われる。
 そう、“神のいたずら”と思ったのは・・・舞台が長崎だったから。

  母と暮らせば1.jpg “隠れキリシタン”以降、この土地ではキリスト教的感覚が根付いているように描かれているような気がした。 でも出ている人の長崎弁(?)は微妙な感じがあったが・・・。

 そこであたしはキリスト教者ではないので戸惑うのだが・・・死んだはずの息子が死んだことを認めつつも現れる、というのはある種の奇跡なのではないのかしら? しかし母はあっさりそれを受け入れて、大騒ぎも盛大なる感謝をするわけでもない。 そして息子の婚約者であった町子(黒木華)が浩二を忘れず一人でいることに二人して「困ったねぇ」みたいなことを言っている。
 描かれるのは徹頭徹尾、“日常”なのだ。
 だからこれが伸子さんの妄想や幻覚なのかどうなのか観客には判断する術がない。 いやむしろ、させない方向に行っているとみるべきかもしれない。
 とても静かで、むしろほのぼの路線にまとまりそうな途端、それをぶった切る“現実”の容赦のなさはさながら原爆級である。
 どうしても戦争やその時代を描くと、好むと好まざるとにかかわらず主義主張が入ってしまうもの。 山田洋次監督はそれを避けつつ、<反戦>というメッセージだけを入れた。
 多分そういうことだと思うんだけど・・・それでもあのラストシーンにはつい「は?」ってなっちゃう人が多いような気がする・・・あたしが、そうでした。
 やはり、その時代を多少なりとも自らの体験として知っているかいないかって大きいなぁ。
 でもこれから先も戦争は経験したくないと思うのでありました。

ラベル:映画館 日本映画
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2016年02月06日

火星の人/アンディ・ウィアー

 やっと読み終わった・・・。
 これで映画にもいつでも行ける!!!
 大変面白かったですが、つくづくSFって一般受けしないというか、最近ではそうでもないけどちょっと前までSF好きって言うだけでちょっと肩身狭かったよな、ということも同時に思い出させてもらえた大作でした。
 マーク・ワトニーは有人火星探査ミッション<アレス3>のメンバーの一人。 猛烈な火星の砂嵐に襲われ、ミッションは6日目にして中止を余儀なくされるものの、脱出過程で彼一人が砂嵐にさらわれて行方不明に。 いったんは絶望視されたワトニーだったが彼は生きていて、火星に残された設備と物資、そして自らのアイディアで救助を待つ、あてもないサバイバルが始まる・・・という話。

  火星の人.jpg 現在は映画化に備えて2分冊となっておりますが(おまけにカバーはマット・デイモン)、あたしが買ったときは映画化は決まってたけど一冊でした。
 あたしはこっちでよかったけど、分冊にした方が売れるのかな? ← こういう対応の早さがハヤカワの特徴でもある。

 マーク・ワトニーくん、読んでいるイメージだとマット・デイモンより声がちょっと高めな気がする(年齢もちょっと若めか)。 で、なにしろ宇宙飛行士になるくらいの人材だから(普通、宇宙飛行士は科学者か技術者の面ももつ)、優秀で才能ありながらどこか純粋なところがあって・・・つまりガキっぽい。 そういう社会性の乏しさというか、自分に言動が他人からどう見られるか・どう影響を及ぼすか気にしないところとか、「あぁ、オタクだ・・・」としみじみ思ってしまうわけです。
 SFは面白いんだけど設定がまず普通の日常じゃないから、そのルールをまずは理解しないといけないというのが慣れない人にはハードル高いのかな。 この場合も、火星の環境条件やどうやって呼吸をしているか等々の理屈をまず聞かされて、全部じゃなくても8割くらいは理解しておいた方が続きでつまづかない(あとで関係することが出てくるし)。
 どうやってサヴァイヴするか、も特に派手な展開があるわけではなく、大半は地道なトライアル&エラーの繰り返し。 それがまた科学において必要な手続きであったりするわけなんだけど、興味のない人にとってはまどろっこしいよなぁ。
 著者は自らオタクを自任する人物らしく、そういうディテールをはぶかずにワトニーくんの前向きでユーモアあふれる(ときにはガキっぽ過ぎる)キャラクターで読者を飽きさせないことに成功しているけれど、それは読み手であるあたしもちょっとオタク入っているからか?
 そんなわけで、「SFって・・・」という原点(?)を思い出させてくれる、とてもわくわくする作品。 これを面白く感じたら、あなたもSF者認定!、ぐらいの。
 それでもレベル的には十分初心者向けなんだよなぁ。
 なのにミステリなどに比べて他の人に薦めにくいというのはどういうわけだ?
 SFというジャンルの特異性をしみじみ感じる今日此頃。
 それとも、そう感じてしまう自分が閉鎖的なんだろうか・・・。

ラベル:SF
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2016年02月05日

ぐったり&へとへと

 今週は否応なくフル残業ウィーク。
 へとへと、とはこういうときのためにある言葉だな!、と実感した一週間。
 でも以前はもっと働いてももうちょっと余裕があった・・・これが<トシをとる>ということでしょうか。 ただ単に、体力が落ちてきているせいかもしれませんが・・・(それもある種、トシのせい)。
 あぁ、『オデッセイ』、初日行きたかったよ〜(でも原作は2/3強しか読めてないんだけど。 やはり読み終わってから行くべきだわ)。
 『白鯨との闘い』、タイミングを見計らっているうちに一日の上映回数がどんどん減ってきたよ〜。
 ヴァレンタインフェアは始まっているのに全然会場に行けないよ〜。
 来週は早く(普通に)帰りたいよ〜。 でも祝日あるから一日少ないんだわ!
 月曜日が試金石になりそうです・・・。

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2016年02月04日

マイ・ファニー・レディ/SHE'S FUNNY THAT WAY

 「あぁ、<特に何も残らないコメディ>って感じだなぁ!」と思って。
 『ペーパームーン』のピーター・ボグダノヴィッチ監督最新作といわれても、「監督、結構ご高齢では?」としか思えないあたしですが(でも『あきれたあきれた大追跡』好きです)、演劇やステージが舞台、となるとついこっちの心も踊るし、少人数キャストの演技合戦もまさに舞台っぽいし。
 新たなハリウッドスターとして注目を浴びる若き女優、イザベラ・パターソン(イモージェン・プーツ)がとあるスタジオで見るからに皮肉な受け答えをしそうな記者(シビル・シェパード)からインタビューを受けている。 記者から、かつて高級コールガールだった経歴を問われ素直に告白するイザベラ。 そんな彼女が何故チャンスをつかめて今ここにいるのかのきっかけになった出来事について話し出す・・・という話。

  マイファニーレディP2.jpg 最高に楽しくて、とびきり笑える!ロマンチック・コメディ
   人生が輝きだす街、ニューヨーク、ブロードウェイ。 きっかけは大金のプレゼント!? ひょんなことから交錯してゆく男と女たちのおとぎ話。

 女優を夢見ていたイジー(当時はそう自分のことを呼んでいた)だが、実家から出るお金もなく、比較的時間が自由になるアルバイトとして別名でコールガールをしていた。 精神面でもいい気分になってもらう彼女の“おもてなし”は客からも好評で固定客もついていた。
 ある日、初めて会うお客のアーノルド(オーウェン・ウィルソン)から、「この仕事を辞めて自分の将来のために動き始めるなら3万ドルをプレゼントしたい」と言われ、コールガール業界から一切足を洗ってオーディションを渡り歩く日々に。
 あるオーディションに行ったらば、そこは偶然にもアーノルドが演出家として参加していて、彼の妻で女優のデルタ(キャスリン・ハーン)が主演する舞台だった。 しかも共演者にはデルタに昔からほのかに片思いをしている人気俳優のセス(リス・エヴァンス)がいて、唯一の常識人と呼ばれる脚本家ジョシュア(ウィル・フォーテ)はなんだかイジーに一目惚れしたっぽくて、ジョシュアの恋人で人の話を聞かない困ったセラピストのジェーン(ジェニファー・アニストン)や、コールガールだった彼女が忘れられない常連客が探偵を雇ったりと、狭いところで絡まり合う人間関係が舞台の稽古の邪魔をする。
 みなさん奇人変人揃いなので、そもそものイジーの特異性というか、「元コールガールでした」という告白自体が何の意外性もないというか、だからどうした的雰囲気に見えるのがあとから思えば面白く。 リス・エヴァンスがセクシーな人気俳優として街でキャーキャー言われているのが『ノッティングヒルの恋人』の頃を思うとすごく意外だし(でもTVドラマ『ホームズ&ワトソンinNY』で演じてるマイクロフト役もかっこいいんだよねぇ。BBCの『SHARLOCK』よりこっちのドラマがすぐれている点はマイクロフト・ホームズの扱いだと個人的には思うので。 彼も年をとるにつれかっこよくなっていく男のパターンか!)。

  マイファニーレディ3.jpg で、今回も浮気症に見えて実は一途な男だったり。
 ジェニファー・アニストンの見事な自己中振りは「もしかしたら『フレンズ』のレイチェルがロスたちに出会わなかったらこんな感じの人になっていたのでは?」と思わせる役柄で、これまたちょっとニヤリ。 そんな中をほんとはいちばんの原因である浮気男のオーウェン・ウィルソンのあたふたする様が、いちばん普通に思えてくる不思議。 今回の彼は結構抑え気味で、アンサンブルキャストの要の役割をきっちりこなしているなぁ。
 まさに舞台をつくり上げる話なれど、映画としてもなんだか舞台的。
 そこを「偶然が多すぎてばかばかしい」と思うか、ニヤリとするかは観た人のそのときの気分次第、という気が。 あたしはニヤリ派でした。
 イスから転げ落ちる、という描写があまりに古典的だったり、<唯一の常識人>というふれこみの彼がそんなに常識人でも真面目一本やりというわけでもなかったりと監督とのジェネレーションギャップを感じないことはなかったですが、ロマコメというジャンルはそれくらいの世代差を飛び超える包容力をもっているようです。

  マイファニーレディ4.jpg それぞれがハッピーエンドならばなおよし。
 ちなみにこの映画、<リス割>実施(リスのぬいぐるみやリスのイラストのついたグッズをカウンターで見せればお一人様1000円でOK)。 何故リスなのかといえば、「セントラルパークで人々はリスにクルミをやる。 でも、ときにはクルミにリスをやったっていいじゃないか」という鍵になる台詞から。 合言葉は「クルミにリス!」です。

ラベル:映画館 外国映画
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2016年02月03日

今日は3冊。

 1月最後の大物を忘れていました。

  黄昏の彼女たち1.jpg黄昏の彼女たち2.jpg 黄昏の彼女たち/サラ・ウォーターズ
 サラ・ウォーターズ作品に出てくる女性は怖い、というか、サラ・ウォーターズの<女性への容赦のない描き方>が怖いという印象があたしにはあるので、彼女の全作品を読んではいないのですが、これはなんとなくよさげな雰囲気が漂っているというか、群像劇っぽいからでしょうか。
 でも体裁としてはミステリだし、ひどい目に遭わない可能性もなきにしもあらずですが・・・期待します。

  おかあさんの扉05.jpeg おかあさんの扉 5/伊藤理佐
 こちらは2月2日発売。 閉店間際のさんちかジュンク堂に駆け込んだら在庫ゼロでした! 売れているのか!
 というわけでジュンク堂三宮駅前まで足をのばす。
 ここでは普通に、平台山積みでございました。

ラベル:新刊 マンガ
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2016年02月02日

マイペースで行きましょう

 2月になりました。
 同期であったEさんが退職したので、あたしは一人で仕事をしています。
 これまでもそういうことがほとんどだったので、元に戻っただけだとあたしはすんなり解釈していますが(ただ、今の仕事は2月と8月がいそがしい感じがしているので、その2月に仕事が増えたのは「ちょっとなんだかな」という気持ちがしないでもないけれど、それは言っても仕方がないことである。 誰しも自分の事情が優先・我が身かわいさは当たり前。 そういうのを含んでやるのもまたあたしの仕事)、まわりが、やけにあたしに気を遣ってくれるというか・・・「かしこんさん、今ちょっと話しかけていいですか」と上司にまで言われてしまう驚きっぷり(そんなこと、今まで一度も言われたことないのに)!
 みなさん、気を遣わないでください!
 中には「ちょっとぐらい気を遣ってくれても」と思いたくなる人もいますが、それはそれでその人のマイペースだからもうそれでいい。 あたしはやることはやるけれど言いたいことは言うし、それでいいなら使ってください的立場なのでそれを貫ける方がありがたい。
 ま、必然的に残業時間が増えてますが、欠員補充する気はないみたいなのでそこは目をつぶっていただきましょう。 そしてやっぱり、休みたいときは休むから!
 というわけで、アカデミー賞授賞式を衛星生中継で観るため、今月半ばぐらいまでに怒濤のように仕事を片付ける覚悟。 がんばります。

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2016年02月01日

凍氷/ジェイムズ・トンプソン

 『血の極点』の刊行をきっかけに、読みかけであったこれを読んでしまおうと思った。
 というか、あたしには“読みかけの本”が結構な数あるんですけどね!
 カリ・ヴァーラ警部シリーズ2作目。 前作『極夜<カーモス>』で心身ともに深い傷を負った彼はそのまま同じ仕事を続けられるのだろうか、そもそもキッティラにも住み続けられるのだろうか、と思っていましたが、なんとすでにヘルシンキにお引っ越し済み。 キッティラでは小さい町ながらも警察署長だったのに、殺人課の一警部としての再スタート。 カリの妻ケイトの当初からの希望通りのヘルシンキの都会生活なれど、それがいまいち合わないのか、前作からのトラウマを引きずっているのか、ケイトが妊娠中だから心配でたまらないからなのか、カリは絶え間ない偏頭痛に悩まされており・・・という、土地は変わっても前作ラストのダークさは引きずられている。

  凍氷.jpg 原題は『悪魔(ルシファー)の涙』ですが、ルシファーがいるのは氷の地獄。 「氷も凍るほどの寒さ」はヘルシンキを襲う稀に見る大寒波と、知っている気でいたけどまだまだ人間の残酷さには底がない、という意味のダブルミーニングかと。

 今回、カリが扱うことになる事件は残忍だけれど内容は単純なのでミステリとしての意外性は低い。 そのかわり、カリがヘルシンキで出会う人々、フィンランド警察の組織の中にしっかり組み込まされた自分、アメリカ人であるケイトの弟妹が訪ねてきたことによって起こる文化的衝突、等々、カリのパーソナルな部分にかなり踏み込んだ内容になったとともに、フィンランドの歴史の暗部にもまた触れている。
 第3作目の原題が“HELSINKI WHITE”、4作目が“HELSINKI BLOOD”
 もしかしたら完成しなかった5作目のタイトルは“HELSINKI BLACK”で、シリーズの中でも要の三作になるはずだったのではないだろうか。
 『凍氷』『極夜<カーモス>』とそれらをつなぐ意図で書かれたのではないだろうか。
 どうもそんな気がしてならない。
 魅力的なキャラクターも多く登場し、読者として、前作よりも明らかにカリに共感している自分もいるし(向こうの方が当然すごいのだが、<北国に住む人間>としてわかる部分があったりするから)。 と、盛り上がってきているのに、作者の不慮の死によって中断したシリーズの続きを読むのは、気が重い。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする