2015年12月13日

裁かれるは善人のみ/LEVIATHAN

 『父、帰る』のアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作、ということで期待の一本でしたが、この邦題で、しかもロシア映画となれば“絶望”というキーワードしか浮かばない。 むしろそれが観たいんだよ!、という気持ちになる。 「面白い=楽しい・わくわくする・いい気分になる」という考えの方には理解してもらえないかもしれませんが、心がえぐられるほどのダメージを受けてもう立ち上がれない、というくらいの作品もまた、あたしにとっては貴重なものなのです(「面白い」というのははばかられる内容だったりするので、褒め言葉として「立ち直れない」という表現をしたりしています)。
 そして期待にたがわず、「立ち直れない」素晴らしい作品でした。

  裁かれるのは善人のみP.jpg 涙も、枯れ果てる――。

 ロシア北部の海辺の小さな町で、ひっそり自動車修理工場を経営しているコーリャ(アレクセイ・セレブリャコフ)はかつて自分たちで建てた家で、後妻リリア(エレナ・リャドワ)、先妻の息子ロマ(セルゲイ・ポホダーエフ)と静かに暮らしていた。 が、微妙な年頃のロマはリリアとそりが合わないし、自動車修理の仕事もそう多くはないのが日々の悩み。 しかし最大の問題は、市長のヴァディム(ロマン・マディアノフ)がコーリャの土地を安価で買収しようとしていることだった。 権力を笠に着る市長に激しく怒るコーリャは、モスクワから昔馴染みの友人である弁護士ディーマ(ヴラディミール・ヴィドヴィチェンコフ)を呼ぶ。
 ディーマの調査によると市長の悪事の証拠があるから、それをちらつかせれば取引できると請け負う。 が、それが市長の意地に火をつけて・・・という話。

  裁かれるは3.jpg コーリャとリリア。 他にも出てくる町の人たちは、とても生活に疲れたリアルな佇まいである。
 ディーマはモスクワ、つまり都会から来たよそ者ということでスーツで洒落っ気があるが、それだけ。 しかし市長の執務室にはプーチン大統領の写真が掲げられているので、現代ロシアという設定なのであろう(スマホ、持ってたし)。 だがテーマ性はドストエフスキーというか、昔から描かれてきたものでありながら今日性がある(そしてそれはそのまま今の日本にも通じる話だという・・・)。
 なんというのだろう、とにかく絵(画)ぢからがすごい。
 冒頭から、暗い海の岸辺に朽ちかけた船がいくつも放り出されたままで、そしてかなり以前に打ち上げたのであろうクジラの全身白骨が野晒し。 打ち棄てられた町、という強烈なイメージがもうそれだけで。

  裁かれるは4.jpg 悪役といっても市長は所詮小者であることは明らか。 が、目に見える暴力を前にすればディーマも臆病風に吹かれる。
 絶対的な“悪”、といったものは登場しない。 なのに、小市民たちは一矢報いることもできずに、そして生死をかけたかのような大きな決断をしたわけでもないのに、気がついたら絶望のふちに立っている。 それがすごくリアル!
 よどみなくただ早口な判決は、まるで誰にも聞かせる気がないように空虚で、法の秩序が機能していないことを表しているのだろう。 あぁ、それもまたリアル。
 原題は“レビアタン”(英語読みでは“リバイアサン”)。 ヨブ記に出てくる海の怪物で、転じてホッブスが「個人が抗えない国家というもの」にその名をつけた。 この映画は両方の意味を含んだタイトルだなぁ、としみじみする。 あと、ロシア正教がやはり根底にあります。
 それと完全シリアスというわけでもなく、コメディ要素もいくつか。 特に登場人物みなさんのウォッカの飲みっぷりとか、酒の飲めない外国人にはギャグとしか思えない。

  裁かれるは2.jpg 登場したときにはロマと姉妹かと思えたリリアも、映画が進むとともにぐんぐん疲れ、老けていくように見える。
 あまりの出来事に打ちのめされたリリアが暗く荒れた海を見つめているとき、彼女には見えたかどうかわからないけれど、観客には波の合間に一瞬だけ、クジラらしき巨体のわずかな背だけが2度見える。 あぁ、これは文章では表現できない、映像ならではの描写だ!、とめちゃめちゃ盛り上がりました。
 しかもそのクジラは巨体であるにもかかわらず、“生き物”的な空気を醸し出していないのだ、クールすぎる!
 なんでこんなにひどい目に遭うのか、とコーリャが地元の古びた教会の神父に迫る(もしくは言いがかりをつける)場面がある。 神はどこにいるのか、と。
 そこで神父は答える、「私の神は私の側におられるが、あなたの神はわからない」。
 あぁ、と一神教の本質を見たような気がした。
 もしすべての人がそうならば、一神教もまた多神教とわかりあえるのでは。
 そうならば、宗教戦争など起こらないのでは。
 でも実際はそうではない。
 ということはこの神父の境地に立つものは少数派なのだろうか。 残念だ。
 いやー、重たい。 それ故に美しく、素晴らしい映画だった。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする