2015年12月05日

25/ADELE

 CDもしばらく遠ざかってしまうとまったく買わなくなってしまうのだが(普段の習慣から“音楽を聴く”という行為がなくなるわけではないのだが、時間が結果的に減ってくる)、先日の“COOL UNCLE”以来、またちょこちょこ見るようになった。
 そしたらば、アデルがニューアルバムを出すと!
 そりゃ、聴きますよね。
 あたしはボーナストラック3曲つきの日本盤を購入。

  アデル25.jpg やはりというかさすがにというか、“Skyfall”は収録されていません。

 一聴して・・・「なんか今回、キラーチューンがない感じ?」と思う。
 それだけ、彼女のヴォーカル力を重視したつくりというか、ストイックなまでに<歌>を届ける、というコンセプトなのかと。
 しかし繰り返し聴いているうちに、じわじわと<曲の力>も浸透してくる。
 一曲目“HELLO”がアルバムからのファーストシングルのようですが、最初地味かと思ったのに、今では確かにこのアルバムの代表曲のように感じますよ。
 前作『21』のジャンルミックスの綺羅星のごとき名曲揃い、そして“Skyfall”と頂点を極めたあと、と思うと若干の物足りなさのようなものがないわけではないのですが、あえてスタンダードに立ち戻ったのではないかと。 あたし自身がソウルやR&B系が好きなのでそっち寄りの曲が多かった『21』が好きなのは当たり前なのですが、それでも歌のうまさはジャンルを超えてしまうな、と脱帽するしかないわけで。
 特に8曲目〜10曲目、“LOVE IN THE DARK”“MILLION YEARS AGO”“ALLI ASK”とテンポの違うバラードのなだれ込みには胸熱です。

 とりあえず、“HELLO”を聴いてみてください。
 そのパワーに、圧倒されますよ。

ラベル:洋楽
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2015年12月04日

アクトレス〜女たちの舞台〜/CLOUDS OF SILS MARIA

 これもまたあやうく見逃すところであった。 予告からの印象ではジュリエット・ビノシュ&クリステン・スチュワート&クロエ・グレース・モレッツの火花散る女優対決!、という感じだったので、是非観たかったのですよ。
 今や大女優となったマリア(ジュリエット・ビノシュ)に、自分の出世作となった舞台『マローナのヘビ』再演のオファーが来た。 しかし20年前に彼女が演じた役ではなく、その上司の役で。 彼女の当たり役だった若き秘書役にはハリウッドのお騒がせヤングスター、ジョアン(クロエ・グレース・モレッツ)が決まったと言われ、憤懣やるかたない。
 しかしマネージャーのヴァレンティーヌ(クリステン・スチュワート)は、ジョアンは若手ハリウッドスターにしては実力派だし、マリアは十分成熟した魅力を持っているのだから若さに嫉妬する必要はないと説得する・・・って感じだったから、完全にリアルかつ虚構の女優バトルが期待できるバックステージ物だと思うじゃないですか。
 でも実際に舞台稽古の描写があるのはエピローグの中のわずかな時間!
 完全にあてが外れたけど、それでもなんだかとても面白かったのであります。

  アクトレスP.jpg 永遠に輝くこと、それが彼女たちの使命

 映画はスイスを走る高山列車の中でマネージャーのヴァレンティーヌが繋がりにくい携帯電話(しかも複数!)と四苦八苦しているところから始まる。 戯曲『マローナのヘビ』の作者ヴィルヘルム・メルヒオールに授与される賞を代理でマリアが受け取るためにチューリッヒに向かっている、ということが二人の会話などから次第にわかってくる。
 おぉ、説明を一切しない映画だな!、と観る側も気合が入る。
 がたごと揺れる電車の中で、会場でのスピーチ原稿を考えているマリアのもとにヴァレンティーヌがもたらしたのは「ヴィルヘルムが亡くなった」という衝撃の知らせ。 どうにか授賞式をこなすが、そこでマリアを待っていたのは新進舞台演出家のクラウス(ラース・アイディンガー)。 そこで彼は前述のオファーをし、悩むマリアに絶対引き受けるべきと説得するヴァレンティーヌ。 ヴィルヘルムの妻ローザ(アンゲラ・ヴィンクラー)が待つシルス・マリアの彼の家に行くと、ローザはつらいからこの家をしばらく離れるといい、「役づくりのためにこの家を提供するわ」と申し出る。
 仕事を引き受けておきながら悩む、という大女優らしからぬマリアの小市民的な行動にあたしはちょっと親近感が。 また、年齢的にあたしはマリアでもヴァレンティーヌでもジョアンでもないので(とはいえ若い二人のところどころに見えるイタさには心当たりがないわけでもなく)、比較的客観的に“女の人生”というものを感じられたような気がする。

  アクトレス2.jpg ヴァレンティーヌに頼り切りのマリアの日常。 ほんとに女優の仕事しかしていない感じが、マリアの内面にある少女性を浮き立たせる。 多分年齢的には親子ぐらいだろうけれど、世間知らずの姉としっかり者の妹のような関係性が微笑ましくも、いつかそこにヒビが入ったらとんでもないことになるんだろうなぁ、というあやうさもあって。
 あと、結構重要なのが観客側に演劇体験経験があるかどうか、かもしれない。 あたしは少しだけあるので、台詞をどう言うかひとつで役柄のイメージが変わってしまうため、そこがぶれないための役作りとか台詞覚えの過程などすごく面白かった(だからそういう体験のない人には退屈に思えてしまうかも)。 山を散策するのも意味のないことではなくて、舞台をこなすための体力づくりの一環(身体を動かしながら台詞を覚えるというのも大事なこと。 まさに身体に覚えさせる感じというか)。
 そう、ジョアンの出番は思っていたよりかなり少なくて(それでも出てきたら十分な存在感ですが)、ほぼマリアとヴァレンティーヌの会話とシルス・マリアの景観とで映画は進む。
 ジュリエット・ビノシュと対等に渡り合うクリステン・スチュワートの姿に、『トワイライト』の呪縛が解けてよかったね!、と心から称賛したい気持ちに。
 ほんとに彼女は素晴らしかった。 新境地というよりも、もともといた場所に戻ってきた、という感じで「よかったね」なのです。

  アクトレス3.jpg ここが“マローナのヘビ”が見られるポイント。
 “マローナのヘビ”とはスイスのエンガティン地方でみられる独特の自然現象で、湿った空気が雲に変わってマローヤ峠にたまっていき、たまり切った雲が風に乗って細長く伸びて広がる様子があたかもヘビのように見えることからそう呼ばれるもの。 いつでも見られるわけではなく、初秋の早朝のある条件が揃った日にだけ。
 じわじわと集まってくる雲(その元は水蒸気)はマリアがこれまでにずっと積み重ねてきたすべての<過ごしてきた時間>かもしれないし、彼女が出会った人々との会話のすべてかもしれないし、彼女が演じてきた役柄すべてかもしれない。 それが一気にあふれ出して動き出すのは彼女の再出発を表しているようにも思えるし、でも雲は広がり切ってしまったら目に見えない水蒸気に戻るわけで・・・可視性・不可視性の問題は「目に見える評価・結果だけがキャリアではない」ということなのか。 それとも世代交代を繰り返す人間という種にとって、個人は一粒の水滴になるかどうかの水蒸気にしかすぎない、ということなのか。
 雄大な自然の前には人間はちっぽけなものに見えますね。
 “マローナのヘビ”現象に圧倒されつつ(そう、映画では余すところなくその姿を映し出してくれています)、そんなことを考えてしまいました。
 マリアにとって戯曲『マローナのヘビ』はとても大事な作品かもしれないけど、でも仕事のひとつにしか過ぎない。 これから先、彼女にはまた別の仕事が来るし彼女は生涯女優という道を進み続けることだろう。 けれど今の苦悩もまた、次の雲のための水蒸気。
 勿論、ジュリエット・ビノシュありきの映画なんだろうけれど、ただひたすら女性たちしか描かれていない印象(男性はそもそも出番少ないし、出てきても女性たちの引き立て役でしかない)。 つまり、オリヴィエ・アサイヤス監督による女性賛歌。
 「女の方が人生は面白い」ってことかも!

ラベル:映画館 外国映画
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2015年12月03日

1001グラム ハカリしれない愛のこと/1001 GRAM

 しばらく前から、シネ・リーブル神戸の上映時間が自分の行動時間とずれが生じている、と感じてはいた。 仕事のせいかと思っていたが、いきなり気づく。 はっ、閑散期に入ったのか! つまり、はっきり夏は終わったのだ。
 おかげで観たかった映画を結構逃している。 20時以降の上映時間がなくなったので、だいたい一時間以上繰り下がっている(普通に仕事していて平日16時台〜17時台前半の上映に間に合うわけがないだろう)。 しかし作品数は多いので上映時間が午前中だけで終わったりとか・・・平日20時以降にはそんなに人が入らないんだろうが、それが頼りの人間もいるんです。 ま、ルミナリエが始まればまた少し時間が遅くなり、2月ぐらいからまた時間が早まるんだろうけど(毎年のことなのに、あたしも何故忘れてしまうのだろう。 多分、OSミントとハーバーランドが年間ずっとレイトショー枠を設定してくれているせいだ)。
 しかしこの映画はうまいこと観られてよかった。 まずポスターイメージがよかったし、『ホルテンさんのはじめての冒険』ベント・ハーメル監督最新作だというんだもの。

  1001グラムP.jpg ノルウェーからパリへ ≪不思議なオモリ≫と旅するマリエが新たに見つけた幸せの基準とは?

 ノルウェー国立計量研究所に勤めるマリエ(アーネ・ダール・トルプ)は、ありとあらゆる物質の計測のエキスパート。 すべてを規格通りに進めたい彼女だが、結婚生活はその通りにはいかず、離婚手続中。 そんなとき、病に倒れた父の代わりに、パリで行われる重さの単位についての国際セミナーに出席することになり、ノルウェーが自国として唯一持つ“キログラム原器”を預かって旅立つことに。 1キログラムの新しい定義をめぐっての議論が交わされ、充実した時間を過ごすマリエはひとりの男性と出会うのだが、帰国後、自宅への帰り道で起こったアクシデントで彼女の人生は大きく動き出すことになる・・・という話。

  1001グラム1.jpg ある意味、ノルウェー版・リケジョの物語。
    マリエの父親がこの研究所の所長だけど、正確さや精密さ、厳密さを愛する彼女にとっては天職でしょう。

 「理系だから感情表現が上手じゃない」というのはステロタイプだけど、わかりやすいしそこは仏頂面ヒロインに感情移入しやすくするポイントだろうか。 でも、マリエが乗っているくっきりしたブルーのEVがすごくかわいいんだよね! あたしもこんな車なら乗りたい!
 他にも私服のタンクトップとかキレイな青が結構出てきて、北欧の淡い空の色との対比もあるけど(この映画のイメージカラーでもあるのかも)、そういうのを選ぶマリエの女らしさ的なものを感じたんだけど、離婚する夫には通じなかったんだね・・・。

  1001グラム2.jpg これくらいの仏頂面だったら日本では十分許容範囲な気がしないでもないが。

 なにより、メートル法を愛する日本人として、ポンドやフィートが出てこないパリの国際セミナーでの会話がすごく楽しかった! 無機化学が大好きだったことを思い出しましたよ。
 監督にとって、今回初めて女性を主人公に据えた物語だそうだけど、『ホルテンさんのはじめての冒険』もそうだったように、<同じことを繰り返すような毎日に安心をおぼえる人物が、自分の意思とは無関係にトラブルに見舞われた結果、思わぬ出会いに遭遇して新たな価値観を知り、世界が広がる>という大筋は変わっていないのでした。

  1001グラム3.jpg だから彼女の表情筋も、徐々に動き出して(これでも一応)やわらかくなっていく。

 マリエを演じるアーネ・ダール・トルプさん、はじめはずっと無表情だったので気づかなかったけど、後半になって「あ、『私立探偵ヴァルグ』に出ていた人だ!」とわかった。 あのドラマではもっと若いイメージだったけど(吹替版だったせいもあるか)・・・ノーメイクもしくはメイクダウンで実年齢よりも上を演じたのかな?(彼女が実際はいくつなのかはわかりませんが)。
 北欧ミステリではハードな面をさらすノルウェーだけど、この監督の映画で描かれるノルウェーはなんだかほのぼので、のほほんとしている感じがなんだかいいのです。
 あと、何故か日本に対する言及がほんのちょっとしたところに出てくるのが不思議で。 意外にノルウェーでは日本は身近な存在なのかしら?
 でもラストシーンではがくっとひじが落ちそうになるので、「あぁ、やっぱり、そこは北欧(もしくはフランス?)・・・」と日本人との価値観の違いも思い知らされましたが。
 ちなみにタイトルの『1001グラム』は、ここでも“魂の重さ=21グラム”に関係しています。

ラベル:映画館
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2015年12月02日

季節の変わり目ってやつは・・・

 最近、どうも調子が悪いのです。
 寝つきが悪いのは相変わらずとはいえ、薬の効きがよりよくない。 ちょっとしたことですぐめまいがする。 物をよく落とす。 基本的に低体温ではあるものの、更に体温低めだったり、逆に急に上がったりでアップダウンが激しい。
 先日は貧血と低体温でぶっ倒れ、動くのもままならない状態になったので病院に行くと、検査に回された。 どうせいつものように「異常なし・原因不明」なんだろうな、と思ったけど念のため。 そしたらやっぱり「これといって異常はない」そうで。
 「季節の変わり目だからですかねぇ。 あなたの場合、普通の人よりそういう変化に敏感というか、過剰に反応してしまう傾向にありますね」と、ドクターもお困りの様子。
 まぁ、気圧の変化で偏頭痛起こすタイプなんでね、敏感ですみません。
 更年期というにはまだ年齢的に若いそうで(やった! でも30代でも症状は出る人いるというしなぁ)、不定愁訴ともちょっとくくりが違うらしいし(細かい違いはあたしにはわからないのだが)、要は北東北的季節感と神戸の気候が違いすぎるから、もう冬なのにあたしには冬だという自覚ができていなくて、その齟齬認識故に身体がどう反応したらいいかわからなくなっているのではないか、ということに。 つまり身体は冬に向けて準備を始めているのに、脳が「冬じゃない」と言っているので指示系統がごちゃごちゃになっている、ということか?
 ・・・どうしたらいいの?
 だから重ね着とかしてみているものの、加減がわからない・・・着すぎて汗だくになり、その結果身体が冷えたりしてるんですけど。
 あぁ、<冷え>かぁ。 現在仙台在住の友人から「冷えとり靴下、いいよ!」と以前強力に勧められたが、そのままだったな・・・(あたしは子供の頃から家の中では靴下はかない派なので)。 しかしそんなことも言っていられなくなってきた。 急に仕事を休むとEさんに迷惑をかけてしまう。
 「でも、多分いちばんの原因は心因性のストレスですよ」とドクターにズバリ言われる。
 はい、転勤問題にまだ答えを出していません・・・先延ばしにしてるだけです・・・「それを考えるのは来年になってから」と開き直って口には出しているものの、それが無意識下であたしを苛んでいる、と。 決断できない自分を自分で責めている、と。
 あぁ、仕事辞めちゃいたいなぁ、と確かにときどき思っているからなー(遠い目)。
 とりあえず今は、週末が早く来てくれることを祈るばかり。

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2015年12月01日

今日は6冊

 なんてこった、もう11月も終わりですね。
 今年は秋はいたのだろうか? 一足飛びで冬がやってきてしまったようで、どうも体内季節感覚がおかしくて、一応上着を羽織るようにしてみたものの、ちょっと動けば(そして風の流れがないところに来れば)、もう暑い。
 ・・・ほんとに次から12月なのかな?
 しかし出版界は締めくくりに入っているようでございます。

  世界の誕生日.jpg 世界の誕生日/アーシュラ・K・ル・グィン
 70冊予定のハヤカワ補完計画の中の一冊。 装丁も新しくなり、新訳短編も収録。なによりあたしの大好きな『闇の左手』と同じ世界の話です、そりゃ買わないとね。

  ケール死神の刻印.jpg Ker(ケール)死神の刻印/エメリー・シェップ
 あ、メレンハルメ美穂さんの訳ということはスウェーデンミステリだ!、と深く考えずに手に取ってしまった。 警察小説が中心のスウェーデンミステリの中で、これはかなりの異色作とか。 よくわからないけど楽しみ!
 そういえば早川書房から12月半ばに『ミレニアム4』が発売されると告知出てるんだけど、誰が書いたの?(作者はすでにおなくなりです) そして誰が訳してるの?

  友罪.jpg 友罪/薬丸学
 これはハードカバー刊行時に「読みたいなぁ」と思っていて・・・待望の文庫化です。
 その間に、時代がこの本に追い付き、もしくは飛び越えてしまった部分があるのでは?
 だって連続児童殺人犯が自ら手記を発表したりHPを開設したりなんて、普通は誰も思わないもんね。

  カー髑髏城.jpg 髑髏城【新訳版】/ジョン・ディクスン・カー
 アンリ・バンコランシリーズ第3作目の新訳版。 この上なくカーっぽい表紙になんだかときめく。 新訳の新刊であってもレトロ感全開の佇まい、いいよ!

  叛逆航路.jpg 叛逆航路/アン・レッキー
 <『ニューロマンサー』を超える史上初7冠達成>ということで鳴り物入りでの邦訳・発売ですが、あたしが惹かれたのは宇宙船のAIが復讐のために数千人の“肉体”を持つ存在として動き出す、というところ。
 極端にいえば、『ブレーメンU』のアンブレラが超シリアスな世界で生きている設定と言えないこともなくない?

  ノックスマシン.jpg ノックス・マシン/法月綸太郎
 『髑髏城』は別として、他はどれも厚さ2〜3センチ越えの本ばかり持っていたので、これは手に取った途端「薄っ!」とつい驚きの呟きが漏れてしまった。
 本の面白さは薄さや厚さで決まるものではないが・・・でもちょっとさびしくなりましたよ。

ラベル:新刊
posted by かしこん at 03:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする