2015年10月20日

パージ:アナーキー/THE PURGE:ANARCHY@Cinema Kobe

 引き続き、続編。
 『パージ』で描かれた一年後のその日、スタート開始まであと数時間、というところから。 ちなみにどちらもR+15ですので、血まみれ度は結構なものがあります。
 前作が中流家庭以上のコミュニティを舞台にしたものなら、『パージ:アナーキー』はそれ以下、低所得者層や家に完全防御システムなどつけられない人々が主な登場人物。 俳優さんたちは見覚えのない人ばかりですが、そのおかげで誰がいつ死ぬのかどうかもわかりにくいスリリングさを保ってくれます。

  パージ2P.jpg 最恐の12時間再び。
   1年に一晩、殺人を含むすべての犯罪が許される法律<パージ>。
   無法地帯となった街で迫られる選択は逃げるか、戦うか。あなたはどうする?

 コピーが「あなたならどうする?」じゃないのが怖いんですけど。 「もし」要素なしが前提じゃないですか。
 パージが始まるまであと数時間だというのに、スーパーマーケットの帰り、家に向かう車の中で口喧嘩を始める若夫婦がいる。 大人でも、何年もたってくれば危機感が薄れるのか? 19時前に家に着けばいいと思っているのか? もっと前から家に帰っておこうよ! そのせいかパージを前にやる気満々の仮面集団に目をつけられ、駐車場で車に細工され、家に辿り着くまでに車が動かなくなってしまう(しかしパージが始まるまでに細工したらそれは犯罪では? が、パージが始まると警察・救急等の活動は停止するため、捜査してもらえるのかは大変あやしい)。

  パージ2−1.jpg 明らかにやばいでしょ、というやつらが19時スターをを前にばっちりスタンバイ。
 ダイナーでウェイトレスをしながら娘と病気の父親を養っている女性はオーナーに昇給を願い出るがあえなく玉砕。 父親は結局薬を飲んでも治るわけではないのに、娘に無理をさせていることを苦しんでいる。
 そしてある男は、パージを前にすべての準備を終え、装甲車仕様にした車で出かけようとしていた。 交通事故で息子を失くしたが、加害者は責任を問われず幸せな家庭生活を送っていることに我慢ならず、復讐に出かけようとしていた。 しかし途中で謎の軍事集団が母娘のアパートを襲い、皆殺しにしているところに差し掛かり、ついつい二人を助けてしまう(行きがかり上、若夫婦も)。 5人は跳梁跋扈する夜をどうにか逃げ延びようとする・・・という話。
 前作とは違い、市街戦なので舞台は動くし殺戮者たちがどこから出てくるかわからないハラハラ感が。 そしてパージ法のそもそもの目的(というか、国民が支持したらしき理由)が男のような例、いわば仇討ち認可制だったのだとするならば、実際の現実は憂さ晴らしの殺人狂やら金持ちの娯楽としての殺人、そして前作でもうっすら見えていた“権力者側にとって不都合な人々の排除”の構図がよりくっきり鮮明に。

  パージ2−3.jpg だから男の行動がとても自己犠牲的でヒロイックに映る。
 それは一市民にはとても抵抗できないほど強大なものなのだけれど、すべてを失い、未来に希望を見出せない男が命を捨てる気で臨んだ今回のパージで、意図せず他人を助けている。 ここに<人間の良心>があるのでは。
 そしてまさに、情けは人のためならず!、という展開が待っており・・・なんとも言えない気持ちになる。 漂うのは無常感なのか。 やるせない。
 “アナーキー”ってタイトルだから政府転覆まで行くことを期待したんだけど・・・反乱の芽は出ているけどその道のりはまだ長そう(それもまた現実的である)。
 大袈裟なB級アクションを装っているけれども、この2作が描いているのは現在進行形の格差社会そのもの。 だからドキドキ・ハラハラ感がエンドロールまで続き、うっかり寝てしまうどころではなかったのだと思われる。
 あぁ、すっごく、こわかった。
 なんでも、3作目の構想はあるとか・・・これがどこに着地するのか、是非観てみたいなぁ。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パージ/THE PURGE@Cinema Kobe

 この映画、とても観たかったのですがチェックが甘くて神戸市内で上映したのがどうか不明(やってたとしたら元町映画館かアートビレッジセンター)。 そうしたら新開地の二番館CinemaKobeにて上映決定!、ということで楽しみにしていました。
 しかも一作目とその続編同時公開というありがたさなれど、順番を間違えてはいかん!、と上映時間に気を遣うCinemaKobe。 一日おきに作品の順番が交代、一週間で上映終了なので油断&仕事が終わらない等の理由で何度もいろいろなものを見逃しておりますが、これは絶対見逃せない!、とダッシュで駆け込んだ上映5分前。
 ここは飲食物持ち込み可なので(というか飲み物の自販機があったかな、というくらいでコンセッションがない・一度入場したら外出不可、しかし入替制ではないので繰り返し観てもいいという子供の頃の映画館のような趣きである)、仕事の休憩中に買っておいたものをカバンから出す。 体調面でだるさが残っているので寝てしまうのではないかと思い、カフェオレをまず一口。
 しかし映画はそんな心配する必要のない、スリリングでハラハラ感全開の、そして恐ろしいテーマを根底に敷き詰めたものであった。 思い返しても、マジで恐ろしい。

  パージ1P.jpg 12時間を生き延びろ。
   1年に一晩だけ、殺人を含むすべての犯罪が許される法律<パージ>。
   人々はこの夜、抱えている闇を解き放つ――

 チラシのコピーが基本設定を説明してくれていますが、映画としてはそれがちょっとずつわかっていく(はっきりナレーションですべてが説明されるわけではない)。 この<じわじわ事情がわかってくる感じ>が大変怖い。
 2023年3月21日。 最先端のセキュリティーシステムを売っている会社の営業チーフであるジェームズ・サンディン(イーサン・ホーク)はいつものように仕事を終えて家に帰ってきたが、車には青い花束、そして出会う人との別れの挨拶は「安全な夜を」。
 3月21日19時から22日7時までの12時間は殺人を含むすべての犯罪が見逃される<パージ法>が施行され4年ほど、アメリカの<新しい建国の父>が定め、国民によって支持されたこの法案によって失業率は1%以下、犯罪件数も激減した。 だからその分、パージの日がガス抜きになっているということですよね・・・ジェームズの妻(レナ・ヘディ)にご近所のある奥さんが「あら素敵、お家を増築したのね。 近所の内にセキュリティ装置を売りつけたお金でしたのよね。 つまり私たちから絞り取ったお金でしょ」などと言い出すのがもうすでにおそろしい。
 一年間隠していた悪意がむき出しになる日なのか!? 『デスパレートな妻たち』的郊外のコミュニティの恐ろしさも思い起こされるよ。
 そもそも失業率が減っているのだって家に防御システムを設置できない貧困層の人々が富裕層(もしくは凶暴性を抱えている人々)のストレス解消のために殺されているから数字上減って見えるだけだし、犯罪件数にしてもしかり(どうせやるならパージの日に、ってなってるだけで)。 そして<新しい建国の父>はパージを“浄化”という意味で使って言葉触りをよくしているが、実際のところ“粛清・追放”って意味でしょ・・・。

  パージ1−1.jpg サンディン一家は中流以上、家に防御システムを施し、家の一角に閉じこもり外とのかかわりを持たずに静かに家族で一晩を過ごそうとしている(多分、多くの家庭がそんな感じなのであろう)。
 しかしパージ法施行以前の治安の悪さを知っている父母とはいえ、普通に良心を持っていればパージ法の意義を堂々と説明できないのはむべなるかな、しかし年若き(ティーンエイジャー?)の娘と息子にとっては情報不足故かパージの夜の危険性について危機感がほとんどないのがこれまたおそろしい。
 だからこの映画はまず、傍観者の罪を断罪するものなのでしょうか。
 ジェームズが買ってきた青い花束は、玄関に飾っておけば<パージの日>を祝う、もしくは支持する証拠。 つまり花のない家は襲ってもいいということで・・・ヒマでアホなお金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんたちがトチ狂って暴れ出すときでもあり、「お前たちの方が社会の迷惑だよ・・・」とげんなりするが、現実とは得てしてそんなものなのである。

  パージ1−4.jpg なんでもパージの日の正式な服装というものがあるらしいのである。 伝統をつくりたいアメリカらしい感じ。
 みな同じ顔の仮面をかぶっているので、ほとんどゾンビである。 それを傍観するだけのはずだったサンディン一家、襲われて逃走中の黒人青年を息子が家にかくまったため、ゾンビの群れに取り囲まれてさあ大変、黒人を差し出さなければ一家ともども皆殺し宣言をされてしまうという展開に(その前に娘もやらかしているのだが、子供たちがバカというよりも二人がパージの日の意味をしっかり教えられていないのが問題なのではないだろうか)。

  パージ1−2.jpg 彼はただホームレスで、身を隠すところがなかったために標的になってしまっただけ。 そりゃチャンスがあれば、逃げ込むよね。
 なんというか・・・こういうとこでもあっさり人種差別というか、階級別主義のようなものが顔を出す恐ろしさ。 「アメリカ、マジ怖いなぁ」と思いつつ、実はアメリカだけの問題ではないことも誰もが知っている。
 理不尽な大前提の前に保身が理由ではなく良心を持ち続けることは可能なのか、しかしそのために命を落とすようなことがあればその良心を信じていいものなのか。 鬼ごっこになってからは映画は若干トーンダウンしますが、いろいろと考えてしまうことはなくならない。
 どうしていいかわからない妻ながら、いざというときにはサラ・コナーだった面影が出てくるレナ・ヘディ、かっこいいです。 そしてイーサン・ホークは低予算ながらチャレンジングな映画を選んで出演するよなぁ。 二人の知名度ある俳優が出演していることによって、ただのB級映画がちょっとランクアップする感は否めない。
 そして<パージ法>に関して消化不良な部分はあるのですが、多分そこは続編で出てくるんだろうなぁ、ということで、10分間の休憩ののち、『パージ:アナーキー』を待つのであった。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする