2015年10月15日

屍者の帝国/THE EMPIRE OF CORPSES

 伊藤計劃の長編3作品をほぼ連続した時期に長編アニメ映画として上映する、という<Project Itoh>の存在を知ってから、あたしは小説『屍者の帝国』を読むのを途中でやめた。 読んでしまったら絶対映画に文句を言いたくなってしまうだろうから、できるだけまっさらな気持ちで映画に臨みたいと思ったのだ(とはいえ、多少読んでしまっているので完全まっさらは無理なのだが)。 それに、約2時間の映画でこの原作をすべて収めるのはかなり不可能だから、絶対どこかアレンジしてくるだろうし。
 ところが冒頭のナレーションからいきなり原作通りだったので度肝を抜かれる。
 要所要所で<大事な言葉>がそのまま活かされていることに自分でも驚くほど胸が熱くなった(勿論、それ以外はかなり改変をされてはいたのだが)。 だが明らかに本質を外していないこの映画、<Project Itoh>はかなりの成功を収めるのではないか。
 そんな気がしてしまう素晴らしい出来だった。

  屍者の帝国P.jpg 求めたのは、21グラムの魂と君の言葉

 改変歴史物としての19世紀末、ヨーロッパでは死体蘇生技術がある程度確立され、兵士や労働者として屍者は使われていた(とはいえその屍者たちは、ゾンビと初歩的ロボットの中間といった存在で、生者と意思疎通はできない)。 が、ロンドン在住の若き医学生ジョン・H・ワトソンは親友フライデーを病で失い、彼の死体を盗み出してきて“21グラムの魂(のようなもの)”を注入することで再びフライデーが戻ってくると信じて実験を続けていた。 しかしそれは犯罪であり、女王陛下のために働くある機関(のちのMI6なんでしょうね)からの使者Mにより、「フライデーのことを黙っていてやるから、私たちと共に働け」と半ば脅迫を受け、アフガニスタンに向かうことになるが・・・という話。
 「なんかワトソン君がマッドサイエンティストになってるよ!」と驚愕したのはあたしだけではあるまい。 しかしフライデーへの想いが彼の行動の原動力だと説明してしまえるのでそれはそれでわかりやすい(これは原作にはない設定である)。
 登場人物も結構減らされていたりキャラが変わっていたりと違いはあるけれども、ネオスチームパンクな世界観や観客に迎合しないギリギリラインのわかりやすさの追求には頭が下がる。 アニメですがほんとは実写でやりたかったけどおカネがないので・・・というような気持ちがにじみ出ているように見えるほど、予告で見せられた他のアニメ映画とはヴォイスキャストのみなさんの演技がシンプルで映画や海外ドラマ風。
 アニメファンとして観に来た方はどう感じたかわかりませんが、あたしはその姿勢に大変胸を打たれました。 ← 最近のアニメからかなり遠ざかっているもので、あたし自身のアウェイ感が半端ないのです。

  屍者の帝国4.jpg 生前のフライデーは才気煥発で小生意気。 まるで、ワトソン君がのちに出会う誰かさんを思い起こさせる人格。

 そういう意味でもド・シリアス映画ではなく、オマージュどころではない直球のリスペクトを繰り出すパロディ作品でもあるわけですが(ホームズ作品だけではなく、『海底二万哩』・『未來のイヴ』などなどからもいろんなものが。 その当時、実在した人物たちも続々と)、それだけをつなぎ合わせた感で終わらなかったのはやはり全体を貫くテーマ性故か。
 それともうひとつ。 作者たちはほぼ絶対否定することだろうけど、「夭折した作家の中断した作品を、盟友とも言える立場の作家があとを引き受け完成させた」という一行から受けるある種の“ロマン”を、制作陣や観客でもある読者はそこに物語を見い出してしまうのではないだろうか。
 それ故に、すべてを知りながらもう語ることはないフライデー(伊藤計劃)と、フライデーにそれでも問いかけ続けるワトソン(円城塔)という原作にはない関係性を持ち込まずにはいられなかったのではないだろうか。 そのロマンが軸にあるが故に「具体化された言語」といった抽象的な言葉の応酬にもついていけたというか、多少の難解さすらも美しく思えた(それでも原作よりはかなりわかりやすくなっていますが)。

  屍者の帝国2.jpg そしてもう一人の重要キャラ・M(大塚明夫)。

 このMがまたクセものなのですが、オープニングクレジットに名前がなかったので「あれ、明夫さんだよね?」とときどき自信がなくなった(あたしは目が悪い分だけ、声の聞き分けはできると思っていたので)。 それくらい、明夫さんは自分の個性・ウリである“男気”をかなり減らして、抑えた渋さを強めに出しつつMを演じていて・・・納谷吾郎かと思う場面も度々。
 すごいな明夫さん、ついにあのレベルに到達しちゃったの?!
 そしてMと考え方と立場が異なる故に対立する“ザ・ワン”(フランケンシュタイン博士がつくりだした、現存する唯一の思考し話せる感情を持った屍者)を菅生隆之さんが当てており・・・当然の安定感なわけです。 この二人がバトルする後半、聴き惚れました・・・。
 これだけで、映画料金のモトはとった!、と思えるくらいのヨロコビ。
 なので映画全体に対しても点が甘くなってしまっているかもしれませんが、やはりキャスティングは大事なので。

  屍者の帝国3.jpg しかし、更なる山場はエンドクレジットにあった。

 こんなふうにエンディングを構成するとは! 最後まで誰も席を立たなかった・むしろ立てなかったですよ!
 そこで流れるのは言葉。 聞きたかった人には決して届くことはない、けれど確かな言葉。
 あぁ、だから登場人物たちが言う「ありがとう」には様々なニュアンスがこめられていたのか(これを表現したヴォイスキャストのみなさんに拍手)! 思わず目頭が熱くなる。
 家に帰って、まだ目を通していない『屍者の帝国』後半をぱらぱらめくれば、エンディングのモノローグはエピローグの一部そのままだということがわかった。 あぁ、冒頭通りに。
 そのまま、円城塔によるあとがきを読み・・・落涙しました。
 まさに、映画は原作へのリスペクトにあふれた作品でした。 それもまた、映画の至福。

 <Project Itoh>、次回公開予定の『虐殺器官』はなにかトラブルがあったようで・・・公開延期に。 その代わり、11月13日から『ハーモニー』が繰り上げ上映になります。
 次も初日レイトショーに行ってやるぞ!、と固く決意をしてみるのだった。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする