2015年10月11日

WOOL ウール/ヒュー・ハウイー

 ディストピアもの・ポストアポカリプスものってアメリカ人好きだよなぁ、と思うことが多いのだけれど、それはそのまま「日本人だってセカイ系はやってるじゃん!」と言われたら言い返せないということに気づく(あたしは個人的に“セカイ系”がなんなのかよくわからないのですが)。 これも時代とそれが醸し出す空気の産物ということなのかも。
 どちらにせよ、流行モノであるからには玉石混交(そして狭義の“セカイ系”には否定的かつ未熟な要素がかなり多いらしいが)。 ダメなものには当たりたくない、どうせ読むならいい(面白い)ものを!
 それをかなえてくれるのが<サイロ三部作>である。
 まず第一部、『ウール(WOOL)』
 章立てが「編み目を決める」・「ほころび」・「縒り合せるよりあわせる」とかなのでてっきり毛・羊毛というイメージの“ウール”なのかと思っていたら、実はある短縮形だとわかったときの驚きといったら! ← わかるのは結構後半です。

  ウール1.jpgウール2.jpg 世界各国で翻訳版が出ていますが、装丁がいちばん優れているのは日本版かと。

 近未来、世界の終末後のどこか。 生き残った人類は地下144階建ての<サイロ>の中で限られた資源をフルリサイクルしてどうにか暮らしていた。 最上階のカフェテリアがかろうじて地表に接し、外の世界を見ることができるものの有毒ガスが充満しているため生存には適さない。 サイロから外に出られるのはレンズの「清掃」をする者だけ。 しかし「清掃」に行った者は誰も帰ってこなかった・・・これまでは、という話。
 読者にとっては当たり前のことでも、この物語の中では当たり前ではない、ということにはっとさせられる場面が何度もあって、そのあたり作者はすごくうまいなぁ、と思う(たとえば白い結束バンド、あたしならすぐはさみで切ってしまうが、ジュールスはゆっくり逆方向からゆるめて取り外す。 再利用するために)。 そんな感じでまったく違う世界の中に読者としてすんなり入り込めるのは、そのようなディテールの積み重ね故かと。 そして職人気質の人たちの思考は国や時代が変わってもあまり変化がない、というのもなんだかうれしい。
 それしか知らなければユートピアなのに、疑問を持ってしまうとディストピアになる、という感覚は二元論的で、だからキリスト教圏の人たちに受けるのであろうか。 アメリカ人がディストピアものにはまるのはキリスト教をはじめとする一神教で、<終末観>が根底にあるから? 日本人がセカイ系に共感しがちなのは社会として個人として未熟だから?
 などといろいろなことを考えるのは読了後で、読んでいる最中はページを追いかけるので精一杯です。 いろいろ不明な点もありますが、そこは三部作通してわかることかもしれず、ということで置いておく。
 早速続編『シフト』に入っておりますが、時間軸的には『ウール』より前。 『ウール』の直接の続編が『ダスト』のようです。
 『シフト』を一気読みの予定でしたが、『スーツケースの中の少年』に予約が入ったのでそっちを優先・・・あぁ、こうしてあたしの読みかけの本がどんどん増えていく。

ラベル:SF
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする