2015年07月26日

コングレス未来学会議/THE CONGRESS

 『戦場でワルツを』のアリ・フォルマン監督の最新作で、原作はスタニスワフ・レムの『泰平ヨンの未来学会議』となれば気にならないわけがなく(難解なんだろうけど)。
 でも『戦場でワルツを』は個人的に途中まですごく盛り上がったんだけど、後半失速したような印象があったので、不安半分・期待半分というところでしょうか。 それにしても最近、やたら毎週のようにシネ・リーブル神戸に来ている気がする・・・。

  コングレス未来学会議P.jpeg 世界がどんなに変わっても、揺るがない愛

 女優のロビン・ライト(ロビン・ライト)は20年以上前『プリンセス・ブライド・ストーリー』で一躍スターダムに躍り出て、40歳を過ぎた今でもハリウッド女優である。 だが、シングルマザーとしてアッシャー症候群という難病をかかえる息子の世話もあり、撮影スタジオを抜け出したりドタキャンするなどスタジオからの評判が悪く、そして年齢的にも旬を過ぎていると判断され、映画製作のミラマウント社から“最後のオファー”を突きつけられる。
 それは俳優の表情・演技・容姿のすべてをスキャンし、最盛期の容姿にデジタル変換させ、そのデジタルデータを“俳優”として自由に使って映画をつくるというビジネスに賛同しろ、というものだった(つまりはデータ化された方が世間的には女優ロビン・ライトなのだから、その間は俳優活動はどんな小規模なものでさえ絶対にしてはならないという条件付き)。 自分がデータとして扱われる違和感・役柄を選べない不自由さに一度は断ったロビンだったが、息子との時間を優先できるし、なによりデビューからずっとついてくれていたエージェントのアル(ハーヴェイ・カイテル)に「きみ自身が下した選択はいつも間違いだらけだったじゃないか」と諭され、サインをすることに。
 そして20年後、ミラマウント社の<未来学会議>に招待されるロビン。
 その間にも34歳の見た目のままの“女優ロビン”はこれまで自分は出演してこなかったアクション映画のヒロインとして大人気になっていた・・・という話。
 原作要素はこの<未来学会議>あたりからで、他の設定は監督の完全オリジナル(かなり現代ハリウッドの風刺、入ってます。 ロビン・ライトのネタも自虐ネタ入ってる気がしてドキドキする。 子供の父親の存在、一切出てこないもんな〜)。 まぁ、原作通りの映画化はほぼ無理なので、テーマだけは外さないという肝心なことを守ればファンは許すはず、というお手本のような映画づくりかと。

  コングレス未来学会議5.jpg <未来学会議>は“アニメ限定エリア”で行われるので、そういう薬をのまされると世界はこのように変化。
 20年後の社会がどうなっているのかの説明は一切ないのでよくわからないのだが、合法ドラッグなのか娯楽用なのか、その薬を服用すればアニメの世界でいくらでも自分は思い思いの容姿に変化できるし、ほしいものも思いのまま。 しかしそれは20年前の契約時にロビンがこだわった「選択の自由」を突き詰めた形であり、誰もが夢を見ているだけのようなこの世界には生産性も発展もない。 そしてまた、ロビンは間違った選択を繰り返す。
 わかっていても、人は成長しないのでしょうか・・・。
 アニメと実写がまじりあうことの違和感は特にないんだけど、かなり手描きアニメの印象が強いドラッグ的映像体験は、前半の実写パートの印象を薄くしてしまうくらい強烈(ちょっと『パプリカ』のラストにも似た混沌)。

  コングレス未来学会議4.jpg ハーヴェイ・カイテルはアニメパートには出てこない。 アルのような人物は、「古き良きハリウッド」を体現した最後の人物だったということだろうか。
 ロビンの息子アーロン役のコディー・スミット=マクフィーくん、どこかで見たことがあると思ったら『ザ・ロード』でのヴィゴ・モーテンセンの息子役だった子、そして『モールス』の彼ではないか! いい感じに成長してるぞ!、このままいってください、と願わずにはいられない。
 「選択の自由」に振り回されるロビンと、病気故にそもそも選択の余地がないアーロン。
 未来では彼にも夢の世界に行くか否かの選択ができるようになるのではあるが、彼は一体どうするのか。 そして生産性のない世界にNOを突き付ける人々もいるようで(はっきりとは描かれないが、革命やら階級間戦争の雰囲気も濃厚)、そのへんは監督の出自や個人的体験がどうしても反映されてしまうらしい。
 それにしても、このラストシーンは・・・どういうことよ。 救いがあるんだかないんだか、わからないよ・・・。
 アニメ世界をさまようロビンを追いかけるように流れる“フォーエヴァー・ヤング”(ロビン・ライト本人が歌っている)の美しくて切なく、はかなく、そしてなんと頼りないことか。
 字幕監修を柳下毅一郎さんがやっているので誤訳や不足部分はないと思うけど、解釈は観る人に委ねるタイプの映画なのでしょう。 多分希望を感じていいラストなんでしょうけど、あたしはなんだか、絶望的な気持ちになりました。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする