2015年06月12日

本屋の新刊平台の前で、考える。



 仕事帰り、書店に寄って、普段はあまり立ち寄らない単行本の新刊コーナーを覗く。



 2日ほど前にネットのニュースで、元少年Aが手記を出版する、早いところでは10日には



店頭に並ぶ、というのを見たので、本当だろうか、と思って確認しに来たのだ。



 そしたら、ほんとうにあった。 平台に堂々と、積まれていた。 立ち読み絶対禁止を象徴



するように、その本だけすべてパウチ済み。 これは、出版社が理屈をどうこう言おうが



結局“商売”である以外の何物でもない証拠だと思うのだが、違うのかな。



 手にとる気すら起きないが、どうやらそれなりに売れているらしい(帰ってからアマゾンを



見たら本総合ランキングで1位)。



 ノンフィクション、それも特に犯罪系をこれまでたくさん読んできた者の立場から言わせて



もらえば、犯罪者の手記で再読に耐えうるものは皆無といっていい。



 これぞ、というジャーナリストやルポライターが彼を徹底的にインタビューし、それをもとに



プロが執筆するのであれば是非読みたいところであるが、本人の自己顕示欲たれながしの



手記など読みたい気持ちは起こらない。 どうせ、言い訳に満ちているのであろうし。



 しかも、被害者遺族からは出すなと言われているにもかかわらず、自らの欲求を優先する



あたり、精神構造は犯行当時と変わっていないのでは? それこそ国が総がかりで臨んだ



ような印象を受けた<更生プログラム>には意味はあったのか? そんな疑念さえ生じて



しまうのだが。



 実際、あの事件や少年Aに関する著作は沢山あるが、本人と直接コンタクトをとって



書かれたものはなかったように思う。 どうせなら出版社も手記を出す見返りに、直接



面談の上でプロに書かせる契約も結ぶ、くらいのしたたかさがほしいものである(それを



しないから商売だと叩かれるのだ)。



 犯罪ノンフィクションの読者はただキワモノを楽しんでいるわけではない。 心理学面



だけでなく科学的な分析・統計学とも繋げて考えたいのだ(勿論、時代の問題もあるが)。



 ・・・大変、気分が悪い。



 他の本を買うつもりで行ったのだが、意欲が失せた。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする