2015年06月15日

今日は3冊。



 気を取り直して、本日再び本屋へ。



   ナイト&シャドウ/柳広司



 歴史がらみでも実在の人物がらみでもない、柳広司作品。 SPものということは



『キング&クイーン』の姉妹編的作品? 彼にしては厚めの本なので、ちょっと気がかり。



表紙の人、なんか松ケンに似てない?



   原発ホワイトアウト/若杉冽



 ハードカバー刊行時に気になっていたものの、文庫化まで待ちました。 でも小説という



より、告発の書という意味合いのほうが重そう。



   悪女は自殺しない/ネレ・ノイハウス



 酒寄さん、仕事してるなぁ。 ドイツエンタメより文学の翻訳者として今のところいちばん、



とあたしは思っておりますが、その翻訳スピードにあたしが追いつけておりません。



 『深い疵』のオリヴァー&ピアコンビ第一作の翻訳。 これでシリーズを(全部では



ないが)順番通り読めるわ。


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2015年06月14日

パレードへようこそ/PRIDE



 イギリス、地方(とくに北部)、炭鉱、LGBTとキーワードが揃ったら、これはあたしが



観なければいけない映画である。



 『ブラス!』『フル・モンティ』『リトル・ダンサー』と過去に名作が続いてたせいで



しょうか。 個人的にもイギリス映画独特の地味さ加減が好きなのです(特にテレビドラマの



地味さ加減もたまらない。 よくよく見ないと主役が誰なのかわからないのだ! 今では



すっかり慣れたけど)。



   明日に向かって歌え!



 サッチャー政権下の1984年、イギリス各地で炭鉱閉鎖に対する抵抗デモが行われて



いた。 それをロンドンで見ていたゲイの仲間たちは「彼らの敵は自分たちの敵と同じ」と



マーク(ベン・シュネッツァー)を中心にLGSM(炭鉱労働者を救うゲイ&レズビアン)を



結成。 彼らのストライキを応援するために募金活動を行い、かなりの額を集まるが、



LGSMの素性を知った炭鉱組合側は受け取ろうとはしない。 しかしめげずに片っ端から



炭鉱のある町へ電話をかけ続け、ウェールズのある町が寄付受け入れを表明する。 ま、



ちょっとした勘違いだったんだけど。 そこから始まる、奇跡のような異文化交流。



   まずは町の代表ダイ(パディ・コンシダイン)が

     やってきて話を聞く。 戸惑いは隠せないが、彼が偏見のない人でよかった。



 しかし行先は田舎町である。 明らかに偏見や侮蔑の目を向ける者たちが大半。 そんな



中でも、彼らに理解と感謝を示す者たちがいて、町の世論は真っ二つ。 でも、全体的に



仲良くなるのは女性の方が早く、男性側は「もし自分がゲイと仲良くしたら自分もゲイだと



思われるからいやだ」という心の狭い・見栄っ張りの理由でひどい態度をとり、信仰に重きを



置く女性もまた彼らを声高に非難したり。



 まぁ、そういうのも“表現の自由”なのかもしれないけど、美しくないなぁ。



   でも、お互い同じ人間だと知れば、

     自然と偏見はなくなっていくもの。



 その過程がとても楽しくて、特に肝っ玉母さん的キャラのイメルダ・スタウントンがとても



いい。 だからって町民100%の意志が統一されるわけではないのが現実的です。 まぁ、



時代的なものもあるだろうけど・・・性的嗜好によって差別する、という感覚があたしには



理解できない。 それより“人としてどうか”のほうが重要じゃないか。



 多少嗜好が違っても、同じ目的を前にすれば人は連帯できる。 これはそういう話。



 はっきり言ってあたしは<連帯>とか<協同>といったものから程遠い精神構造である。



しかしこの映画を観ていると、そういうものって実は結構いいものなのかもね、と思ってしまう



不思議。 でもそれはただ単純に盛り上がるから、ということではなくて、「目的のためには



それがいちばんの方法だから」と納得させてくれるから。 実際、これは<連帯万歳>な



映画ではない。 連帯の危うさもきっちり描いているからこそ、成し遂げられたことが尊い



のだと思える、というか。



   だからパレードは美しい。



 その後、イギリスの国会において、同性愛者に対する差別撤廃が可決されたのは炭鉱



労働者組合が賛成に回ったから。 これ自体は「恩返し」という美しい構図なのだが、実際



なにかの法案を通そう・当選しようと思ったらどこぞの組合を引き込めば早い、という日本の



選挙と同じだよ!、ということがわかって哀しくなる、みたいな。



 目的が、自分の考えに近ければ素晴らしいことだと思い、そうでなければ胡散臭いこと



だと思ってしまうという感覚が拭えない・・・。 これは民主主義的考えとしていいのだろうか。



 逆に言えば、あたしは何故<連帯>を胡散臭く感じてしまうのか。



 LGBTな方々の気持ちはフラットに理解できるとほめてもらえるのに。



 うーむ、自分の生き方・思想を問われる映画なのかもしれないな。



 実話がベースでありながら原作となるルポもない。 登場人物のモデルとなった人たちや



その関係者を訪ね歩き、物語として完成させたスタッフのみなさんの熱意がとにかくつまって



いる。 だから観ているこちらの胸も熱くなるのだろうか。 なんだかそんな気持ち。



 地味なビル・ナイも素敵。


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2015年06月13日

龍三と七人の子分



 なんとなく<『アウトレイジ』・その後>というイメージで観に行ったのだが(だって、音楽



担当が同じく鈴木慶一さんなんだもの)・・・しょっぱなから繰り広げられるベタなギャグの



数々に肘掛けから腕が落ちそうになる。 こんなに正面切ったコメディ映画だったとは!



   金無し、先無し、怖いモノ無し!

           俺たちに明日なんかいらない!! ジジイが最高!!



 現在は息子夫婦と孫と同居している龍三(藤竜也)ではあるが、かつては組の看板を



背負っていた極道者。 組を解散して引退した身ではあるのだが、ヤクザとしての性分は



簡単に消せるものではないため、息子(勝村政信)が願う“普通の老後”を送ることが



できない。 そんな彼の唯一の親友が、かつての兄弟分マサ(近藤正臣)で、時折二人で



酒を飲むのが楽しみ。 が、ある日、龍三はオレオレ詐欺の電話に引っ掛かりそうになって



しまい(というか、ほぼだまされたままなのだが)、ヤクザを名乗らないくせにヤクザ以上に



あくどいことをしている<京浜連合>をやっつけるため、過去の仲間たち(存命中の者に



限る)を集めるのだった。



 まず、「ジジイ最高!」ではあるのだが、彼らの側が正義でもない、ということ。



 勿論、京浜連合(このチープな団体名も笑える)が悪なのは確実なのだが、ヤクザ時代の



価値観で今も生きている“龍三と七人の子分たち”もまた、一般人からしてみれば迷惑な



存在である、ということをきっちり描いてある点が(そのために爽快さが減ることも承知で)、



なんとも言えぬアナーキーな笑いを生むという・・・北野武監督作品というよりも、むしろ



ビートたけし監督作品とした方がいいのでは?、というくらい。



   ジジイのみなさん、誰ひとりとして印象が

   かぶらないのもすごい。 品川徹さんを「早撃ちのマック」として完全にコメディリリーフ

   扱いにしちゃっているのに度肝を抜かれる。



 七人の子分たち、といいながら7人目がなかなか登場しなかったり、そもそも龍三を今回



親分と決めた点数制ルールとか、細かな面白さの積み重ねがやたら楽しい。



   対する京浜連合のみなさん。



 京浜連合のトップが安田顕、というあたりが個人的には大変ツボでした。 この組織も



存在自体が結構ギャグなんだけれども安顕さんの演技力でもたせてしまった。 サブの



矢島健一さんもいい味出してた。 下條アトムの小悪党感、素晴らしい。



 そう、キャスティングは素晴らしいのです!



 特に藤竜也はかっこいい。 監督の要求に生真面目に応えるが故に起こる笑いは、



本人たちは徹底的に真剣であるからこそ。 近藤正臣はいつの間にこんなおじいちゃんに



なっちゃったの?、ですが、彼がいたからこそ場がぐっとしまるし、中尾彬にこんな役を



やらせるか!、というのも楽しい。



 でも、なんとなく・・・テンポがよろしくない。



 ところどころ落語から引っ張ったネタを織り交ぜているのか近年の彼の嗜好の反映とも



言えるが。 で、結局いちばんいいところは警視庁第四課の刑事であるたけちゃん本人が



持っていく・・・「なんかずるいんじゃないの!」という気がしたのはあたしだけ?



 いや、でもそれが狙いなのかな。 ひたすら真剣だが時代はずれな老人たちの滑稽な



姿を描くことに終始する、という。 感動要素もあるんだけど、そのあとにすぐぐだぐだな



展開を入れていい場面台無し、だし。



 とはいえ、「先がない」ということを実感している人たちは強い、ということはしみじみ



感じました。 そういう意味では確かに“老人讃歌”です。


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2015年06月12日

本屋の新刊平台の前で、考える。



 仕事帰り、書店に寄って、普段はあまり立ち寄らない単行本の新刊コーナーを覗く。



 2日ほど前にネットのニュースで、元少年Aが手記を出版する、早いところでは10日には



店頭に並ぶ、というのを見たので、本当だろうか、と思って確認しに来たのだ。



 そしたら、ほんとうにあった。 平台に堂々と、積まれていた。 立ち読み絶対禁止を象徴



するように、その本だけすべてパウチ済み。 これは、出版社が理屈をどうこう言おうが



結局“商売”である以外の何物でもない証拠だと思うのだが、違うのかな。



 手にとる気すら起きないが、どうやらそれなりに売れているらしい(帰ってからアマゾンを



見たら本総合ランキングで1位)。



 ノンフィクション、それも特に犯罪系をこれまでたくさん読んできた者の立場から言わせて



もらえば、犯罪者の手記で再読に耐えうるものは皆無といっていい。



 これぞ、というジャーナリストやルポライターが彼を徹底的にインタビューし、それをもとに



プロが執筆するのであれば是非読みたいところであるが、本人の自己顕示欲たれながしの



手記など読みたい気持ちは起こらない。 どうせ、言い訳に満ちているのであろうし。



 しかも、被害者遺族からは出すなと言われているにもかかわらず、自らの欲求を優先する



あたり、精神構造は犯行当時と変わっていないのでは? それこそ国が総がかりで臨んだ



ような印象を受けた<更生プログラム>には意味はあったのか? そんな疑念さえ生じて



しまうのだが。



 実際、あの事件や少年Aに関する著作は沢山あるが、本人と直接コンタクトをとって



書かれたものはなかったように思う。 どうせなら出版社も手記を出す見返りに、直接



面談の上でプロに書かせる契約も結ぶ、くらいのしたたかさがほしいものである(それを



しないから商売だと叩かれるのだ)。



 犯罪ノンフィクションの読者はただキワモノを楽しんでいるわけではない。 心理学面



だけでなく科学的な分析・統計学とも繋げて考えたいのだ(勿論、時代の問題もあるが)。



 ・・・大変、気分が悪い。



 他の本を買うつもりで行ったのだが、意欲が失せた。


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2015年06月11日

ゼロの未来/THE ZERO THEOREM



 ポスターを見たとき、「これって、『未来世紀ブラジル』のある種のアンサー?!」と、



ひそかにときめいたあたし(とはいえ、『1984年』『未来世紀ブラジル』『華氏



451度』
のイメージがなんとなくごちゃごちゃになっている部分もあり)。



 しかも予告を見たら、スキンヘッドの男の人はクリストフ・ヴァルツじゃないか!(実は



ポスターでは全然気づかず)、びっくり!



 でもこの映画もなんだかんだ言って早く終わりそう・・・という予感のもと(でも実際は



3週間くらい上映していたのかな? 時間がぐちゃぐちゃでしたが)、なんとか観に行く。



いっそのこと、最初からレイトショーでやればよかったのに・・・。



   本当の幸せは、限りなくシンプルなものである。



 舞台は近未来。 天才コンピューター技師のコーエン(クリストフ・ヴァルツ)は孤独を



愛し、火災で崩れかけた教会に住み、人生の意味を知るための電話を常に待っていた。



家に引きこもりたいのは山々だが、仕事のために職場まで行かなければならない。 再三



在宅勤務を願い出ていたコーエンだったが、職場のトップ(マット・デイモン)から「“ゼロの



定理”を解読せよ」との密命が下り、家にこもって謎の定理の解明に集中することに。



 パーティーで出会った魅力的な女性ベインスリー(メラニー・ティエリー)との関係、同じく



天才的なコンピューター・エンジニアで、同様に“ゼロの定理”を追究しているボブ(ルーカス・



ヘッジズ)との関係、自分のことを「私たち」と呼び、人との関係・距離がつかみづらかった



コーエンの人生は、一気ににぎやかになっていく。



   街の雑踏は秋葉原をモチーフにした模様。



 コーエンのつづりはQOHEN。 だから職場の直属の上司にはずっとクィンと呼ばれ、



そのたびに訂正する。 その繰り返しが、彼の実直さと融通のきかなさを表現しつつ、



名前なんて所詮記号に過ぎないという上司の気持ちも表していて、ここはまったく交わら



ないのがすごい。



 この世界を牛耳っているのは資本家・富豪(つまりマット・デイモンに代表されるIT社長)



だけれども、物語の構造は基本的に『未来世紀ブラジル』と同じ。 ただ、ゼロは虚無で



あり、虚無はブラックホールである、というビジュアル効果が、どこか希望を漂わせていく



のが大変テリー・ギリアムらしくて、キッチュでチープなガジェット満載なのもノスタルジック。



 『未来世紀ブラジル』を観たことのある人、好きな人は楽しめると思うけど・・・そうでは



ない人には意味がわからないかもなぁ。



 クリストフ・ヴァルツのイカレ具合が加速するなり切り演技だけでも観る価値はあるけれど、



『未来世紀ブラジル』の存在はやはり欠かせないなぁ。


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2015年06月10日

ちょっとほのぼのした光景

 最近(というかずっとですが)、朝はバタバタと走って駅まで向かうので、暖かくなってきてからうかうかと油断した姿をさらすネコや鳥たちとよく遭遇するのですが、写真に撮る余裕がありません。 帰りは暗かったり、雨だったりだし。
 しかしものすごく久し振りに、写真に撮るタイミングあり!

  CA3A1871.JPG アジサイの間に、ちょこんと佇むネコ。

 しかもなんだか「おこしやす」的いい姿勢。 じっとこっちを見ていたくせに、カメラを向けるとなんか知らんふりするのは何故?!
 ちなみに、世間ではイヌ派とネコ派に基本分かれるようですが、あたしはどっちも好きです(だって個性が違うから比較対象にはならないではないか)。 ただ写真を撮るのがネコばっかりなのは、ノラ・半ノラ含め容易に遭遇できるのがネコのほうだからです(鳥はあたしの携帯カメラではズームが限界)。 まぁ、野良犬は大概通報されちゃうもんね。
 さびしいことです。 とはいえ、そんなことを言っていられるのも飼っていない無責任さ故、なんですけどね。

ラベル:ノラネコ
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2015年06月09日

百日紅 〜 Miss HOKUSAI

 アニメ映画を見るのは久し振りだったので微妙に不安はあったのですが、熱狂的な愛好者の方々が集まる題材じゃないよな、と(時折、シネリーブル神戸に渦巻く一体感めいたものに自分に軽くアウェイ感を見つけてしまうので)、原恵一監督作品だから一般向けなはず、と自らを奮い立たせて臨む。 おかしい、なんでこんなに自分に言い訳をしなきゃいけないんだろうな、と思いつつ(でも結果的には様々な世代のお客さんで、結構席は埋まっていたのだった)。

  さるすべりP.jpg お栄23歳。職業、浮世絵師。父、葛飾北斎。
    江戸に恋する、浮世を描く!

 お栄(杏)は頑固で偏屈な天才絵師である父・葛飾北斎(松重豊)の浮世絵制作を陰で支えつつ、自らの絵を模索する浮世絵師(のちの葛飾応為)。 今日も江戸の町を闊歩しながら様々なものを見、そして絵を描く。
 杉浦日向子の原作『百日紅』は連作短編・点描の積み重ねなので、この映画も大きな一本の線がある物語ではなく、小さなエピソードを繋げていく形になってしまったのはちょっと残念か。 実際の上映時間以上に長く感じてしまった。 まぁ、日常を描くのだからそれは仕方のないことなのだけれど。
 ただ、実写映画も撮った原監督がまたアニメーションという手法を選んだ意味がよくわかる、アニメでしか表現できない場面がいくつもあった。

  さるすべり1.jpg 原監督がProduction I.Gと組んだのは意外でしたが・・・おかげで背景のクリアさというか、奥行き感がきれいです。
 でもやっぱりヴォイスキャストに顔も売れている俳優の方々を多く選ぶのはちょっと・・・「あ、この声、聞いたことある。 誰だっけ?」とつい考えてしまい、ストーリーへの没頭の妨げになったように感じたのは個人的理由であろうか。 そんな中、クレヨンしんちゃん父子がワンシーンだけ登場の人を何人も吹き替えている職人技を見せられ(聞かされ?)、なんだかほっとするのでした。 松重さんも声を潰し気味にしてだみ声風に喋り、もう少し上の年齢感や天才らしき気難しさを声だけで表現しようとしていたけれども。

  さるすべり3.jpg 母親の違う妹・お猶とのエピソードの膨らませ方はよかった。 咲いている花で季節の変化を表すのも。
 “百日紅”を“さるすべり”と読む、と知ったのは確か小学生の頃、多分横溝正史の『古井戸は何故軋る』だったのではないかと思う。 だからずっと百日紅の赤さにはどことなくおどろおどろしいイメージを抱いてきたのだけれど、この映画で「百日紅って、こんな明るい花だったんだ」と驚いた。 言葉が持つ印象をはじめにどこで拾うか、というのがこんなにものちのちまで影響を与えるものなんですね(あたしだけかしら?)。

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2015年06月08日

第69回トニー賞授賞式

 トニー賞といえばブロードウェイで公演された舞台演劇に贈られる賞、ということは演劇好きにとっては日本でも常識であるが、まぁ、アカデミー賞ほどの知名度がないのは事実。 しかしそれを去年からWOWOWが生中継を開始したことで、演劇ファン人口が増えたということか? ブロードウェイミュージカルなどを日本に輸入してこようという下地か?、などといろいろ勘繰っておりましたが、まぁ容易くニューヨークに行って観劇できる人はいいですが、そうではないあたしのような人間にとって<本場の最前線>の情報に触れられるのはとても貴重。
 おまけに今年は渡辺謙がノミネートされているので、あまり興味のない人にもアピールできる絶好のチャンス!
 というわけで、這いずりながら起き(8時には間に合わなかったのでレッドカーペットの模様はほとんど見られなかったが)、授賞式を全部見た。
 昨年のヒュー・ジャックマン司会の演出に比べると、今年はなんだか雰囲気が緩め(司会がトニー賞常連のアラン・カミング&クリスティン・チェノウェスだったからであろうか)。 全体的にアットホームな雰囲気でありました。
 つくづく思うのは・・・ミュージカルってアメリカのものなんだなぁ、ということ。 国民性にあった娯楽、とでもいいましょうか。 だからストレートプレイ(普通の台詞中心の演劇)はイギリス勢のほうが強いし、名作が多い気がする。
 まぁ、ステージでワンシーンを披露しろ、となればミュージカルのほうが絵になるし、華があるから、授賞式もミュージカル部門が花形といった趣だし。

  王様と私舞台.jpg そんなわけで、『王様と私』から“Shall we dance?”が披露された。
 ユル・ブリナー版の映画はテレビのロードショーで見たことありますが・・・謙さんの王様はそれよりももっと軽やかで、威厳もしっかりあるけどユーモアもある、という印象。 まったく新しい『王様と私』をつくり上げたことがプロデューサー・演出家含めてトータルで評価された理由でしょうか。
 ミュージカルはあまり得意ではないあたしですが、今回、いろいろと賞を獲った『ファン・ホーム』は観てみたいかも。 いかにもミュージカル、という演出ではなくて、半分くらいストレートプレイ、登場人物たちが心情を託すのが歌、という感じなので(おまけに12歳子役少女の歌が胸に刺さった)、これはあたしも楽しめそうです。
 授賞理由として「まったく新しいミュージカルのスタイルで」みたいなことを言われていたので、やはりアメリカではこういうパターンのミュージカルは珍しいのでしょう(日本で言うところの『オケピ!』方式ですね)。
 授賞式のクロージングでは『ジャージー・ボーイズ』のエンディングをみんなで歌う、という楽しさ。 やはりちょっと知っているだけで、楽しめる要素は沢山。
 そういえば最近映画であまり見てないなぁ、と思ったピーター・ギャラガーがいたり、あぁ、この人よく見るんだけど名前知らないなぁ、という人がいっぱいいたり、活動の基盤をどちらに置くかの違いだけなんですよね(まぁそれは日本でもそうなんですけど、アメリカの場合は規模が違うから)。
 しかしブロードウェイ、基本は一週間で8公演。 評判がよければいつまでもロングランされてしまいます・・・謙さんが映画に戻ってこられるのはいつなのか?!

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2015年06月07日

何故か休みとなると、体調不良

 土曜日あたりから、貧血その他で人事不省に陥っております。
 何故、休みの日にそうなるのだろう・・・結構せっかくの休みが台無し。
 しかし仕事がハードなときになられても困るので、それでいいのか。 というか、仕方ないのか(むしろ自分の意志と関わりなく、身体の方がそれをわかった上で休みまでなんとかもたせているような)。
 ということで、ほぼ寝込んでおります。
 明日、トニー賞生中継、8時からなのに・・・起きれるかしら。

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2015年06月06日

春にはすべての謎が解ける/アラン・ブラッドリー

 化学大好き少女、フレーヴィア・ド・ルースシリーズ第5弾。 あぁ、ついに現段階で邦訳されたの全部読んでしまった! また続きを待たされるのね・・・。
 今回、フレーヴィアは12歳になるまでもう少し、と思ってる。 おぉ、物語内ではちゃんと時間が流れているのね! 子供扱いされるのには業腹だが、子供であることの利点をフルに使うフレーヴィアにとって、“11歳”がギリギリのラインなのかしら。

  春にはすべての謎が解ける.jpg 今回、原題とはかけ離れた邦題なのですが・・・最後の一行でその意味がわかる。 衝撃! 次作が待ちきれない!

 復活祭まであとわずか。 考古学研究のために、教会に眠る聖人のお墓が発掘作業のために開かれようとしているのをフレーヴィアが見逃すはずがない。 大人に邪険にされつつも、最初に覗きこんだフレーヴィアは、最近行方不明になっていた教会のオルガン奏者・コリカットさんの遺体を発見してしまう。
 一方、フレーヴィアの家であるバックショー荘の財政状況は改善されないどころか更に悪化し、売却の危機に立たされる。 否応なく子供ではいられないフレーヴィアはまさに自分の足元が崩れ去ってしまうような気持ちに・・・という話。
 これまでの“小生意気さ”は健在なれど、フレーヴィアは勿論、バックショー荘に関わる人々の今後の不安定さも絡まり、これまででいちばんページ数が多い巻でありながら「実は前後編なんじゃないの?」という疑惑も浮かぶほどいろいろ投げっぱなし(殺人事件自体は解決しますが)。 ドガーは相変わらずかっこいいけれど、それでもフレーヴィアをすべてから守りきれるわけじゃないし、フレーヴィアもそれを望んでいるわけでもないし。
 “大人になる”ってこんなに苦くて切ないものだったのかしら。
 シリーズ1作目の著者あとがきで書かれていたフレーヴィア誕生のシーンが、まさにこの巻で描かれていて、ちょっと感慨深かった(著者はもともとアダムという青年を主人公に小説を書いていて、アダムが道端でメモをとっている少女に出会って名前が浮かんだ瞬間、彼女が主人公だ!、とひらめいたとのこと)。 おかげで今作が初登場のアダムも扱いが微妙である・・・これも自作に持ち越し?
 ともかくも、6冊目が待ち遠しい!、という結論に変わりはないのであった。

ラベル:海外ミステリ
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2015年06月05日

香港風おかゆ@甜蜜蜜 元町店

 先週土曜日出勤の代休として、本日金曜日がお休みに。
 おまけに来週月曜日はトニー賞授賞式衛星生中継を見たいという理由で有休届を出しており、なんと恐怖の4連休! 来週以降、仕事行きたくなくなる症候群に陥りそうで怖い。 とはいえ、金曜日。 明日も休みだし、雨降ってるけど涼しいし、と、仕事場で使うもの(個人的にではなく、業務として)を探して街に出る。
 メモを片手に、ふむふむ、これでいいかなぁ、と探しているところにEさんからタイミングよく電話(Eさんは木曜日に代休を取りました)。 買おうと思っていたものが別部署にあるので買わなくてもいいとのこと。 おお、ちょっと遅かったら危なかった!
 めでたいタイミングを祝して、香港風おかゆで腹ごしらえ。

  CA3A2013香港粥セット.JPG お粥セット。
    小鉢と大根もちとお茶つき。 他にも汁そばセットなどあり。

 中華粥、好きなんですが・・・自分で作るのが難しい。 ずっとお鍋をかき回していないといけないし、油断するとなんだか雑炊っぽくなってしまう(それはそれで美味しいんだけどさ)。 かといって炊飯器で作るのは手抜きな感じがしなくもなくて。
 ここのお店のお粥は結構手が込んでいるだろうにもかかわらず、さりげない風に出てくるので自分でも作れそうな錯覚に陥ってしまうのだけれど、やっぱりプロの味なんだよなぁ、と実感。 干しエビと干し貝柱の出汁がベースで、メインの具が3種類から選べます。
 あぁ、おいしい。 針ショウガとかも入っているし、お茶も日替わりの中国花茶(この日はちょっと特別な茉莉花茶)で、いろんな意味で身体によさそうである(メニューにしっかり効能など記載)。
 やかんを持った店員さんがどんどんさし湯をしてくれるので、苦さが出てきても大丈夫。
 そしてゆっくりできます。
 一回来ると、「あぁ、また来たい」と思うのですが、夜9時で営業終了なのでタイミングが難しい。 結局、このような不意の休みの日に利用、ということになる(ここはお店が地下にあるので目立ちにくいですが、土日のランチタイムは結構行列ができてます)。
 あぁ、次に行くのはいつかなぁ!
 あ、このお店はもともと香港スイーツ専門店としてオープンしたので、デザート系も充実。 それも食べたかったけど、お粥でおなかいっぱいになってしまったので、また今度!

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2015年06月04日

今日は4冊。

 思っていたよりも仕事終わりが遅くなってしまってびっくりだったのだが、今日、6月4日は意地でも本屋でハヤカワ文庫新刊を買うのだ!、と何日も前から勢い込んでいたので、とにかく小走りで本屋に向かうのである。

  トマトゲーム.jpeg トマト・ゲーム/皆川博子
 ここのところ再発著しい皆川作品であるが、これはほぼ初期の短編集といっても過言ではなく、手に入りにくさでは1・2を争うレベルだったはず。 そしてこの表紙写真、外国の少年のような佇まいでありながら実は人形であるという・・・皆川作品を愛している人たちが一丸となって編集しました!、という空気に満ちていて、新刊棚で手にとって大変うれしかったです。

  歌おう、感電するほどの喜びを.jpeg 歌おう、感電するほどの喜びを!【新版】/レイ・ブラッドベリ
 “ハヤカワ文庫補完計画”から、6月の。 表紙は新しくなりましたが、解説などは以前のままだな・・・せっかく萩尾望都も書いているのだから、新しく書き直してもらうわけにはいかなかったのだろうか(でもこの内容で十分、萩尾望都のブラッドベリ作品に対する想いは伝わってくるわけですが)。

  大日本帝国の興亡1.jpeg 大日本帝国の興亡 1 暁のZ作戦/ジョン・トーランド
 こんなノンフィクションがあったなんて知らなかったよ! しかも1971年ピュリッツァー賞受賞作。 アメリカ人が日本人の立場から太平洋戦争を描く、なんてことがあったとは!
 これはやばいぞ、なんか手をつけたら一気に読んでしまいそう。

  大日本帝国の興亡2.jpeg 大日本帝国の興亡 2 昇る太陽/ジョン・トーランド
 全5冊だそうで、3カ月連続刊行(7月に2冊、8月に1冊)。
 日本史を選択していながらも、進学校の常で歴史の教科書全部終われない、古い時代ほど詳しくやるけれども近現代は歴史の評価が定まっていないから先生もあまり踏み込みたくない感じが明らかだったので、あたしも小説を読んだり映画を見たりするくらいでしか<過去の戦争>について知らないのですが、これをきっかけにがっちり追えそうです。

ラベル:新刊
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2015年06月03日

ホーンズ 容疑者と告白の角/HORNS

 この映画も結構前からシネ・リーブル神戸のロビーで特大ポスター(というか垂れ幕というか)が飾ってあり、チラシやステッカーなどでかなり告知に力の入った感じなれど(この映画は予告見てないんですが)、微妙さ全開の雰囲気に、「絶対早く終わっちゃうだろうな」と予測。 どう考えてもB級映画(この説明調のサブタイトルもいかがなものか)、ラドクリフ君、「ハリー・ポッターの」の冠が取れないし、チラシでは独特の映像美を強調していたけれど、こんなポスターじゃそれも微妙・・・それを観に行くあたしは確かに物好きでしかないな、と自覚。 でもジョー・ヒル作品、『角−ホーンズ』だけ持ってないしな、という気持ちもあり。

  ホーンズP.jpg 角よ、恋人殺しの謎を解け――。

 ある日突然、幼馴染で恋人のメリン(ジュノー・テンプル)を何者かに殺害されてしまったイグ(ダニエル・ラドクリフ)は、最も近しい者であるが故に犯人と目され、マスコミに追いかけられ町の人たちからは白い目で見られる日々。 恋人を失った悲しみと、自分の無実を証明できない・真犯人を見つけられない苦しみに、次第に感情的で衝動的な言動を繰り返してしまうイグは、ついにメリン発見現場に供えられた花やキャンドルを踏み荒らし、メリンのための祈りの場を穢してしまう。 そのせいなのか、その日以来イグの額には角が生え出し、次第に大きく成長していく。 だがその角には、向かい合った相手の心の奥底に秘められた真実を語らせてしまう力があることがわかり、イグは角の存在に恐れおののきながらも真犯人を探し出そうとする・・・という話。

 はっきり言って、120分もかける内容ではないのである。 100分以内でまとめたら、もっとタイトでシャープな作品になったかもしれない。 登場人物の誰もが深く考えずに行動するので見ていて結構げんなりするし(二度手間・三度手間だよ!、ということが何度もある)、なんでツノ? なんでヘビ?、とキリスト教的知識がないと理解できない点が結構多くて・・・やはり原作を読むべきなんだろうか。

  ホーンズ2.jpg 医者に見せに行くけど、その医者も自分の秘密を堂々とイグに暴露。
 うーむ、R15+なのはグロいからだと思っていたけど、無意味にエロくもあるのですよね。“秘密の暴露”がなんで揃いも揃って下ネタなんだ・・・とげんなりするも、監督は『ピラニア3D』のアレクサンドル・アジャ。 あれは「ピラニア映画作法に則って」だと思っていたけど、基本的にこの監督はそういう方面が好きなんだな、と納得。
 イグたちの少年時代の回想シーンは、「ちょっと時代があとの『スタンド・バイ・ミー』」という感じがあり、鮮烈な残酷さがあってよかったです。 そう、スティーヴン・キングよりあとの時代なんだな、とつい思ってしまうのはジョー・ヒルがキングの息子だと知っているせいか、時代が多少違えどもアメリカの田舎町で少年時代を送るものはみんなあんな感じなのか、どちらだろう。 でも同じく少年時代を描いたホラー作家、ロバート・R・マキャモンやダン・シモンズ、ピーター・ストラウヴなんかと比べても、断然キングの方に近い印象。 まぁ、それは、映画をつくる側が意識したものなのかもしれないけど。

  ホーンズ3.jpg イグの兄でミュージシャンのテリー(ジョー・アンダーソン)とも突然殴り合いのケンカを始めたり。 みんな情緒不安定。
 ある人が出てきた瞬間に「絶対、こいつ犯人!」とこっちはわかってしまうので、ぐるぐるしているイグがじれったいというか・・・「ちゃんと頭を働かせろ!」と叱責したくなるのです。 勿論、最愛の人を失ったばかりの人間に「普通にしてしろ」というのは酷ではあるのですが・・・だからって無軌道でいても何の解決にもならないわけで。 <真犯人を見つける>という目的を定めたら、とりあえずそれを優先しようよ。 でもツノ生えちゃっているからなぁ、理性を問うのは無理なのか。
 天使と堕天使の組み合わせとか、なんとなくそうなのかな、と思う部分はあるものの、キリスト教的モチーフは多すぎて難しいなぁ。
 あ、メリンの父親役がデヴィッド・モースだったり、町のダイナーの美人ウェイトレスがヘザー・グレアムだったりという要所を押さえたキャスティングはさすがで(特にヘザー・グレアムの扱いがひどくて、申し訳ないが笑ってしまった)。 その点で、ラドクリフくんはもしかしたらキャスティング第一候補ではなかったのかもしれないけど、彼は彼なりに『ハリー・ポッター』のイメージを覆そうとがんばっているのだな、という気はしました。

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2015年06月02日

王妃の館

 結構映画館に行っているせいでしょうか、予告を見ただけで、もしくはチラシを見ただけで、「あ、なんかこの映画ダメそう」というのがわかるようになってきました(そのへんは、人の第一印象にも似ています)。 しかしダメだという気がしても実際に観てみないとわからないもの。 観なきゃダメだったと批判もできない。 それ故に、あえてチャレンジすることもあります(ごくたまに、予告編に騙されてしまうこともあるし)。
 そんなわけで、あたしのインスピレーション的にはこの映画、「映画的にはダメそう、でも水谷豊はイケてそう」ということで、終了直前のレイトショーに行ってまいりました。 ちなみに原作は未読(浅田次郎の面白さが、未熟故にあたしにはまだよくわからないのです)。

  王妃の館P.jpg ようこそ、パリの喜劇ホテルへ。

 <王妃の館>と呼ばれる<シャトー・ドゥ・ラ・レーヌ>は、泊まることが奇跡と言われるパリの最高級ホテル(なにしろスイート形式3部屋しかない)。 “憧れのシャトー・ドゥ・ラ・レーヌに泊まる10日間の旅”に参加した客は伝説の作家・北白川右京(水谷豊)をはじめひとくせもふたくせもある人たちばかり。
 しかし旅行会社側にも問題はあり、二組のツアーをダブルブッキングさせ、時間差でホテルの部屋を使ってもらおうという思惑が。 一体このツアーはどうなる?・・・というどたばたコメディを目指したものと思われますが、高価格ツアーのガイド(田中麗奈)と低価格ツアーのガイド(尾上寛之)が無意味にキーキー・ハラハラしているだけで、観客としては絶対的ピンチと感じない(もっとうまくやれるだろう、とか、ハラハラ感がさっぱり)。
 このネタで序盤を盛り上げなくてどうするのか?! せっかくがんばってくれてるホテルのフランス人従業員さんたちの奮闘ぶりが空回りである。 あー、もったいない。

  王妃の館1.jpg ただ、個人的な見どころとしては・・・。
 作家の北白川先生は今時珍しい手書き派で、何故か原稿用紙のまわりにカエルグッズをいっぱい置く(万年筆にもカエルマーク入り)。 そして小説の内容が“降って”きたとき、グラス一杯の水を一気飲みしてからとりつかれたように執筆する。 そのあたりもカエルつながりっぽくて楽しかったです。 しかも、毎日服装が違う!(腕時計でさえも)。 パリ10日間の旅でその荷物の大半はファッショングッズか・・・と思うとそれも楽しい(4日目ぐらいで腕時計が一巡したときにはちょっとがっかり、どうせなら毎日変えてほしかった)。
 ・・・という、映画の本筋とは違うところに目が行ってしまいました。
 それ以外の見どころとしてはですね・・・えーっと、ちょっと考えさせてください。

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2015年06月01日

今日は10冊(その2)。

 遅くなりましたが、続きでございます。

  時を紡ぐ少女.jpeg 時を紡ぐ少女/ジェニファー・アルビン
 創元SF文庫新刊から。 “紡ぎ女が織るつづれ織りと刺繍娘の施す刺繍で作られる世界”での物語。 その能力を持つ娘たちは才能があると評価されながら、その才能は同時に呪いでもある。 こういうSFならではの設定、大好きです。

  悪魔の羽根.jpeg 悪魔の羽根/ミネット・ウォルターズ
 出た、ミネット・ウォルターズ! 表紙は花の写真なのに、タイトル含めて禍々しい。
 こっちは創元推理文庫。 お得意の心理サスペンスらしいのですが、シエラレオネやバグダッドで活動する女性記者たちをめぐる話にしてあるあたり、かなり社会派要素もありか。 これまた分厚いのに、帯には「再読必至」とあったりする・・・一行も油断するな、ということでありましょう。

  湿地文庫版.jpeg 湿地/アーナルデュル・インドリダソン
 いまだに作者の名前を言うときに正しいかどうか考えないといけない(つまりあたしがしっかり覚えているか・発音できるか自信がない)、アイスランドの巨人・初文庫化。
 単行本のときより表紙がやわらかなイメージになっているのが救い(内容はあまり救いがなかった記憶が・・・)。 北欧プリントのワンピースと太陽の光が素敵です。

  01助手席のチェット.jpeg 助手席のチェット/スペンサー・クイン
 単行本時『ぼくの名はチェット』だったものの改題文庫化。 待ってましたよ!
 <名犬チェットと探偵バーニー 1>と表紙の上に細く書いてあるので、随時続刊も文庫になる気配濃厚。 犬が語り手、というまったく新しくはない手法だけれども、うまくやらないと目も当てられない出来になる視点にあえて挑戦し、成功したようであります。これを読まずして犬好きというなかれ!、だそうだから(ちなみにあたしは犬も猫も、どっちも好きです)。 

  パタリロ94.jpeg パタリロ! 94/魔夜峰央
 まだ94巻なんだ・・・100巻までもうすぐ、というイメージがずっとあって。
 仕事場にて「今度、『パタリロ!』の最新刊が出るんだけどね」と話したところ、Eさん、「えっ!、『パタリロ!』ってまだ続いてるの?! ていうか、パタリロまだ子供なの?!」というリアクションをいただきました。 えっと・・・見た目はつぶれあんまんですが(中身もおぜぜにきたないおっさんですが)、年はとっていないはず。
 というか、ずっと追いかけていない人にとっては結局そういうことになっちゃうんだな、と思った次第でございました。

ラベル:マンガ 新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする