2015年05月16日

おかあさんとごいっしょ 2/逢坂みえこ



 続きはまだ先ね・・・と思っていたのに、意外にももう続巻が出ました。 それはつまり、



あたしの体感時間がどんどん早まっているということ! 続きが読めることは素直に



うれしいのですが、「その間、自分はなにをしていた?」と改めて考えるのが怖くなります。



   あぁ、<母の日>に合わせての発売ですか。

   しかし内容は、「母親のことを好きでいたいのに、はっきりそう言えない娘たちの物語」

   なんですけどね。



 同じデパートに勤めていた3人の仲良し今日子(結婚を機に退職、娘が生まれた)・加代



(現在も独身でデパート勤め、母親と二人暮らし)・梨奈(バツイチシングルマザー、デパート



勤務は続けている)の、三者三様の人生とまったくタイプの違う母親との関係を描いている



この連作、今回は1巻ではあまり出てこなかった梨奈さん中心の展開になっております。



 3人の母親像は些か極端ではあるものの、部分部分は「あ、なんか、わかる」と、もういい



年しても娘体質なままのあたしにはぐさぐさと来る内容でございます。



 でも正直なところ、もっと手ひどい展開が来るかとも思っていた・・・ほどよいところで着地



させるのもまた、逢坂みえこの特徴と個性(同じテーマで萩尾望都や吉野朔美が描いたら、



いったいどんなことになるやら・・・でも読んでみたいかも)。



 著者曰く、娘の立場で描いてみたけど、今度は母親の立場で描いてみたいとのこと。



 それはそれでちょっと読むのが怖いですが・・・お待ちしております。


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2015年05月15日

ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判



 えっ、尾野真千子って藤野さんの成長後の役だったわけ!



 予告で、どの役だろうと思っていたのでした。 そんな、野田君の立場は!



 と、原作既読組は同じような感想を持つのではないかしら。 藤野さんが死体を発見する



役になっちゃダメだろ、それでは完全に藤野さんが主役の物語になってしまう(原作では、



スポットの大小はあっても“中学生”全員が主役であるという空気だったはず)。



 そのほうが、映画的にはわかりやすいのかもしれないけれど・・・オーディションで揃えた



という中学生役の子たちが、同じくオーディションで決められた藤野さんの前にかすんで



しまうじゃないか(それでも強烈な印象を残す松子ちゃん役の子はえらいよ。 二人とも、



演技は未経験だそうなのだけど、そういう子たちのほうがむしろ印象深い役を与えられて



いる感じ)。 まぁ、あくまで前篇なので、中学生たちがキャラ立ちするのは後篇で、という



ことなのかもしれないが(すでに片鱗は見えてはいるが。 野田君、ぱっとしなさすぎて



泣きそうになったけど、じわじわといい味が出てきてます)。



   嘘つきは、大人のはじまり。



 1990年のクリスマスの朝、東京は前夜から記録的な大雪に見舞われた。 その日は



終業式、裏門から学校に入ろうとした2年生の藤野涼子(藤野涼子)は同級生の野田健一



(前田航基)とともに、雪の中にほぼ埋まっているクラスメイト柏木卓也(望月歩)を見つけて



しまう。 事件は自殺として判断されるが、柏木くんが前夜、大出俊次(清水尋也)たち不良



グループによって学校の屋上から突き落とされるのを見た、という告発状が送られてくる。



教師・保護者・マスコミがパニックに近い大騒ぎをする中、実際の当事者であるはずの2年



A組の生徒たちは「子供だから」と“守られる”という言葉の影で真実から遠ざけられている、



と感じた藤野涼子は立ち上がる。 法が関知できないというのなら、自分たちの力で真実を



見つけよう、学校で裁判を開こう、と。



 ただ、原作を読んでいない人がこの映画だけ見たら、「どこがミステリーなの?」と思って



しまうかもしれない。 警察も自殺と判断するだけの物的証拠はあり、柏木くんの両親も



納得している。 藤野さんたちだけがヒステリックになっているだけではないのか?、と。



   でも理解を示してくれる先生もいる。

        松重さん、かっこいい!



 中学生たちも数が多すぎて、メインキャラ以外微妙な扱い。 藤野さんの親友の彼女も



本来、藤野さんにいちばんに反対意見を突き付けてくる役どころなのだが(それ故に藤野



さんの気持ちはより固まるわけだが)、普通に藤野さんをバックアップする役になっている



・・・中学生たちの複雑な内面、もっと描いてほしかった。



 それに対して大人たちもこれまた多すぎて、カメオ出演レベルなのでありますが、結構



適材適所というか、モリリン先生役の黒木華がとにかくすごかった。 ある意味、原作の



キャラを飛び越えた説得力(映画としては全体的に背景の説明が足りないので、個人の



性格付けは演技に頼ってしまっている面がある)。それに対する隣人役の市川美和子も



すごかった。 古賀新一のヘビ女シリーズを思い出したのはあたしだけか?、というくらいの



怪演でインパクト十分。 校長先生の小日向さん、佐々木刑事役の田畑智子さんも原作の



イメージ通りというか、それを補ってあまりある適役でした。



   ジャーナリスト役の人もいかにもって感じで。



 ただ、前篇でいちばんのクライマックスが、<後篇予告>というのはいかがなものか。



 そして後篇。 前篇以上に大人の介入は排除され(原作からも更に大人の出番は減らされ



ている)、中学生たちにほぼ任された状態で・・・もしかして、前篇からもっとこの感じでいった



ほうがよかったのか?、と感じてみたり(でもそうなると、大人になった藤野さんたちの回想、



という形もいらなくなるか)。 でも後篇の中学生たちのやりとりは、もっとずっと見ていたい



ような、かつての自分たちの美しくも醜い思春期そのものを思い起こさせられて、ぐっときた



のですが。



   弁護側。 キャストは大概原作を読んだ

    イメージに近かったのであるが、あたしの中では野田くんと、裁判長を務める

    ことになる井上くんがビジュアル的には逆だったかな。



 ガラスの十代な彼らの思春期のひりひりした感覚をしっかり描きたかったのなら、設定は



90年代のままでいいので、それをリアル現代という形で描いたほうがよかったのでは



ないだろうか。 ビッグネーム宮部みゆきの原作をそんなに大きくは変えたくない、という



気持ちがあったのだとしたら、もう原作に負けている。 映画的にしか描けない表現をする



ことに意味があるのに。



 もしかしたら、33人に絞られた一万人オーディションの過程のほうが面白いかもしれない



(ドキュメンタリーとして撮ってくれていたらいいのに)。



 結構な大人の役者を揃えておきながら、あえて<主役は中学生たち>というのなら、特に



脇役になっている彼らにもっとクローズアップしてほしかった。 大出くんをしっかり押さえ



込めるという理由で廷吏を務めたあの彼について説明も紹介も全然なかったもんね。



 学校裁判、という前代未聞の行事(?)をまるで文化祭のように扱う中学生たちの“無垢



なる残酷さ”(これは物語の至るところに出てくるポイントでもあるのだが)こそがいちばんの



サスペンスであると思うのだが・・・回想シーンのおかげで結果的に「いい話」っぽくなって



しまっているのがなんだかな。



 やはり時間が足りないせいか・・・この予算と演出のクオリティが保てるならば、テレビ



ドラマで1クールかけたほうがよかった気がする(NHKなら可能なのでは!)。 そうすれば



もっと、中学生たちに迫れたのに。


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2015年05月14日

インヒアレント・ヴァイス/INHERENT VICE



 109シネマズHATの<今後の上映予定>をチェックしているときに、「うーむ、70年代



ヒッピー文化か・・・あたしにはいまいちピンと来ないジャンルかなぁ、とスルーしかけたの



だが、監督がポール・トーマス・アンダーソン(略してPTAと呼ばれる男)だと知り、「こりゃ



観ねば!」と思ったのだが・・・怒涛の残業時期と重なり、観に行けないままついに最終週。



これを逃したらもうアウト、ということで映画館まで走りました。 ギリギリ間に合った・・・。



汗を拭き拭き、予告編鑑賞。



 結果的に、観終わった後、何の予告編を観たのか思い出せないくらいな感じに。



   ヒッピー探偵、元カノの愛人の大富豪を救えるか?



 1970年、カリフォルニア・LA。 私立探偵のラリー・“ドック”・スポーテッロ (ホアキン・



フェニックス) のもとに突然元カノのシャスタ (キャサリン・ウォーターストン) が現れる。



現在自分は地元の不動産王の愛人をしているのだが、その不動産王の妻にも愛人が



いて、彼に対してよからぬことを画策しているようだからなんとかしてほしい、とのこと。



突然姿を消した忘れられない女性からそんなことを頼まれ、複雑な心境のドックだが、



ノーと言えずに依頼を受ける。 その後、腐れ縁の警官・ビッグフット(ジョシュ・ブローリン)と



いざこざに巻き込まれる事態に。



 はっきり言って、意味がわからない。



 主人公は大概(常に?)ラリってるので、彼目線で見える世界はほんとの世界そのもの



なのか、幻覚が混ざっているのか区別がつかない(というか、区別をつける必要性を感じて



いないというか)。 いや、そもそも明確なストーリーなどないと思ってもいいのかもしれない。



 一応、私立探偵が追いかけるべき謎はある。 FBIがからむ陰謀も存在するようだ。 でも



普通の探偵小説なりハードボイルドが辿るべき道を辿ることはまったくない。 特にあたしは



ほとんど前知識無しでの鑑賞だったので、突然現れてくるジョシュ・ブローリンやベニチオ・



デル・トロなどの豪華キャストにのけぞりそうになったり。



   リース・ウィザースプーンもいました。



 そして特に女性たちのファッションがこれまで雑誌で見たことのある70年代そのままで、



「あぁ、そんなアクセサリー、どこで売ってるの?!」と思うこと多々。 使われている音楽も、



当時のヒットチャートからそのまま引っ張ってきているような感じもありあり(音楽担当は



ジョニー・グリーンウッドなんですけどね)。



 物語はぶつ切れなんだけど、楽曲はフルコーラスかかる不思議。 当時は今よりもずっと



音楽が時間を、人生を語ってくれていたのだろうか。



 そして70年とはアメリカにジャパンムーブメントが最初に流行り出した年? 



瞑想に禅とか京都のお寺の庭の話が出てきたり、ビッグフットが「ハイ、チョット、モット、



パンケーク!」と日本人が経営している?飲食店でパンケーキをおかわりしている(繊細な



味らしい。 常連なのか)。 そして店内のBGMは坂本九の『スキヤキ』。 アメリカ映画で



日本の歌が流れているのがすごく新鮮(というかびっくり。 初めてかも)。



   ジョシュ・ブローリンが片言なれど

                  日本語を叫んでいるのがやたら楽しい。



 でもこれは、観る側が日本人だから楽しめる部分で、単なる当時の風俗描写に過ぎない



のだろう(でもおかげで迷子になっていたあたしの目が覚めました)。



 これはもう雰囲気と、役者の技を楽しむ映画。 理屈を考えちゃダメ。



 しかし、この映画にあるこれまでのPTA映画とは異質の浮遊感はなんなんだろう?、と



ずっと考えていたら、エンドロールに答えが。



 原作:トマス・ピンチョン、と・・・。



 あぁ、これか、原因はこれか!



 というか、トマス・ピンチョンの作品をよく映画にしようと思ったなぁ・・・そう考えればかなり



形になってるなぁ(多分原作よりわかりやすくなっているんだろうなぁ)、と納得。



 さすが、PTA。 技を持ってます。



 そして、『ザ・マスター』から引き続き出演のホアキン・フェニックスがいるから、もしも



フィリップ・シーモア・ホフマンがいたなら、どの役をやったのだろうとか、まったく違う役と



して登場したのだろうか、と思いは尽きない。


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2015年05月13日

今日は3冊。

 またしても本を買っております。
 あたしはなにをしているのでしょう。 お給料日まで、財布の中の現金でもつのか・・・もたせなければ。

  幻獣辞典.jpeg 幻獣辞典/ホルヘ・ルイス・ボルヘス
 ボルヘスといえば“知の巨人”、“図書館に住んでいる魔物”等のイメージがありますが、意外に現代の人物だったんだな、というか、もっとずっと昔の人だと思っていた・・・(それこそ20世紀はじめぐらいの)。 これは、ある地方の伝承やら、古典文学作品に出てくる幻獣たちについてのまさに辞典(簡単な解説書)。 版を改めるたびに項目が増えたり、これに載ってないもので読者が知っているものがあったら是非教えてほしいという著者によるまえがきとか、ボルヘスの知識への異常なまでの欲望というか執着のようなものを感じます。 あたしもそこそこあるほうだと思ってましたが、上には上がいるというか、ほんとかなわないです。

  バタフライエフェクト.jpeg バタフライ・エフェクト/カーリン・アルヴテーゲン
 これまでカーリン・アルヴテーゲン作品は柳沢由実子さんが訳していたのだけれど、手が回らなくなってきたのか、本作はヘレンハルメ美穂さん(『ミレニアム』三部作を共訳した方、『犯罪心理分析官セバスチャン』シリーズもですね。 今、『模倣犯』を読んでいる途中です)が担当。 大事なのはやはり、スウェーデン語から直接翻訳されること、です。

  さよなら、シリアルキラー.jpg さよなら、シリアルキラー/バリー・ライガ
 これもYA小説だそうで。 どんだけ間口が広いんだ!
 主人公は普通の高校生だけど、父親がシリアルキラーで殺人者の心理を幼少時から英才教育されてしまったという設定。 彼自身は殺人者ではないのだけれど、自分の住む町で殺人事件が起こってしまい、どうやらシリアルキラーの犯行と気づいてしまう・・・そしてそれを理解できる自分は、やはり父親のように“そういう血”が流れているのか、と事件を追いながら苦悩する話、のようです。
 そう思うと、日本ではマンガにありそうな話ではある。
 やはりYA小説の位置づけは日本ではマンガ、ということなのかもしれない。

ラベル:新刊
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2015年05月12日

A QUIEN QUIERA ESCUCHAR/RICKY MARTIN



 最近、本の買いこぼしが少なくなってきてよかったなぁ、と思っていたのも束の間、



すっかり音楽方面がお留守になっていました。



 実は『はじまりのうた』のサントラを買ったときに一緒に見つけて買っていたのですが、



なかなかじっくり聴く時間的余裕がなく・・・。 聴きはじめるとどんどん聴くのですがね



(『はじまりのうた』のサントラをずっと聴いていた、というせいもあるけど)。



 なんと、リッキー・マーティンが新譜を!



   当然、デラックス・エディションを買いますよね。



 全曲スペイン語の、本来のリッキーの立ち位置の延長路線の本作、さすが「ラテンの



貴公子」の本領発揮!



 英語以上にスペイン語の意味はよくわかりませんが・・・それでも彼の声に込められた



感情は伝わる気がする。 しかも更に歌がうまくなっているというか、なんだか穏やかで



やわらかくなっている感じ。 これをもしかして“円熟”と呼ぶのか?



 家庭を持って子育て中、という影響もあるのでしょうか・・・彼のプライベートが充実した



結果、いいものを届けてくれればこちらとしては何の問題もないのですが・・・どうして



ジョージ・マイケル的ヒゲ面・・・つるんとしたきれいな肌を露出していた時期はやはり



無理をしていたのかしら? ゲイを公言したことで自由になった結果がその姿だというの



なら、<ジョージ・マイケル的ヒゲ面>にはある種のアイデンティファイがあるのかしら。



 ちょっと気になります(他にもそういう人いるから)。



 ま、歌を聴く分には関係ないのですが、ビジュアル的にはつるんとしていたときのほうが



好きだったかなぁ、という個人的な嗜好でございました。



 思わず踊りたくなるラテンのアップテンポから聴かせるバラッド、ちょっとポップを意識して



くれたようなミディアムテンポまで色とりどりの楽曲揃い。 ホーンセクションは冴えてるし、



安定感あふれるヴォーカル。 どこをとっても文句なし!



 ただ輸入盤なので(しかもスペイン語だから)歌詞の意味がわからない・・・日本盤が



出たのはあたしが買ってから数カ月後で、日本盤出すなら出すという情報を先に出して



もらいたい!



 ま、意味がわからなくても勝手に自分でイメージして聴いてますけども(これまでの彼の



スペイン語曲を聴いてきたおかげで、単語の意味ならいくつかわかるようになってきてるし)。





 それにしても今日の昼過ぎからの雨はすごかった・・・仕事からの帰りはもうびっしょり。



歩いている時間は大したことないのに。 来ていた服は、即洗濯機に放り込まれました。


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2015年05月11日

今日は、6冊。



 2日間働いて休みに入ったのも束の間、休みの2日間も過ぎるのが早かった・・・今週は



いつも以上に長く感じてしまいそう。



 しかし、怒濤の仕事が一段落したので、明るいうちに帰れます。 それだけでなんだか



気分が違うというかなんだか気が楽というか・・・。



 文房具屋でイラストロジックに使う青ペンのリフィルも買って、当然本屋にも参ります。



   ラヴァーズ・キス【新装版】/吉田秋生



 『海街diary』映画化の余波か、同じ街を舞台にした連作短編が愛蔵版のような形で



再発売。 あたし、文庫版を持っているはずだが、どこに仕舞ったかな・・・まんまと、ずるい



商売にやられております。



   探検家の憂鬱/角幡唯介



 『探検家、36歳の憂鬱』にその後のことを追加した文庫版。 なんだかあたし、この人の



ファンみたいになってないか?、と思いつつ、「そういうわけじゃないんだ! 理解できない



からなにを考えているのか知りたいのだ!」と心の中で言い訳しながら本を手にとる。



   イリスの炎 グイン・サーガ136/宵野ゆめ



 <『グイン・サーガ』続編プロジェクト>が始まってから本伝は早くも6冊目なのだが



・・・一応買うことにはしたのだがまだ1ページも読んでいない(だから外伝は尚更、手が



出ないのであった)。 多分、読み始めれば結構どんどん読んでしまうような気もするの



だけれど(それこそ栗本薫時代も後半は一冊読むのに2時間かからないぐらいだった



わけだし)、なんか最初のハードルを飛び越すことが、まだ、できない。



 今は、待機のときか。



   霊応ゲーム/パトリック・レドモンド



 舞台はイギリスの名門パブリックスクール、となればこれはひとつのジャンルを形成して



いますよ。 しかも<復刊ドットコム>での盛り上がりにより文庫化決定、となればあたしの



期待する物語っぽいわけで。



   特別料理/スタンリイ・エリン



 “奇妙な味の傑作短編集”の一冊として図書館に並んでいたような記憶が。 しかし



今回が初の文庫化だそうで・・・原著が1956年ということを考えれば大変ありがたいこと



です。 噂でしか耳にしたことのない作品を、実際に読めるんだから(表題作はエラリイ・



クイーンが激賞した作品とか。 時代を感じるわ!)。



   はだかの太陽【新訳版】/アイザック・アシモフ



 ハヤカワ補完計画の5月版(あ、『特別料理』もそうです)。



 ならば何故シリーズ1作目であり評価も高い『鋼鉄都市』ではないのか? ← 解説で、



『鋼鉄都市』は数年前にトールサイズで復刻しちゃったから目玉にならない。 ならば、



2作目の『はだかの太陽』にしよう、という大人の事情という名の安直な発想だったような



ことが書かれていた・・・。 いや、『はだかの太陽』も面白いですし名作だと思いますけど。



だったら第4作目まで文庫で再版してください・・・まとめて読みたいですよ。



 3・4作の『夜明けのロボット』『ロボットと帝国』は小尾芙佐さんの訳でハードカバー



出てたはずなので、同一訳者による改訂新版を出す価値はあると思うなぁ。



 それでも『鋼鉄都市』は断固として福島正実の訳で残ってほしい!、という気持ちも



あるんですけどね。



 復刻版の『鋼鉄都市』、装丁がとってもかっこよくなってた!



 旧ヴァージョン持ってるけど、ほしいな・・・買っちゃおうかな。


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2015年05月10日

ファイアーウォール/ヘニング・マンケル

 ヴァランダーシリーズ8作目ということで・・・読み終わるのがもったいなくて2年越しについに読破。 邦訳本が出る前にケネス・ブラナー主演のドラマ版を見てしまったこともあり、大まかな筋は頭に入っているので間があいても問題なく物語に入っていけるのだが・・・当然のようにドラマ版よりは原作のほうが細かくて深い。
 前作『背後の足音』のショックも抜けていないとは思うけれど、いつも以上にダメダメなクルト・ヴァランダー。 それとも、ほぼ不眠不休の捜査の日々がダメ度の高さの原因か。

  ファイアーウォール1.jpgファイアーウォール2.jpg 原著は1998年刊行。
   邦訳は2012年。 しかし内容はIT世界を扱いながらまったく古びていない。

 それは技術や機械的なことよりも、“ネットワークが世界に張り巡らされたことでどんな地域も世界の中心となりうる”という発想自体が明らかに事実だからでしょう。
 「読み終わるのがもったいない」という理由で、読みかけのまま長らく放っておいたこの本を読もうと思ったのは、今年の東京創元社新刊ラインナップ(予定)にヴァランダーシリーズの新刊があったから。 6月の予定にはまだ載ってなかったので「秋かな?」と思いつつ・・・新しいのは読みたいのだけれど、もうこのシリーズも終わりが近いという背反する気持ちに思い悩むのであった。
 『ファイアーウォール』自体も、未成年の少女によるタクシー運転手殺害事件に端を発した警察小説でありながら(マーティンソンとヴァランダーの関係が悪化するなんて全然予想してなかったよ!)、コンピューター一台で世界のシステムを破壊できるという話でもあるし、基本は推理小説だけどわからないままのことも多く残され、それがとてもリアルで救いがない。 世界は大丈夫なのか、という暗澹たる気持ちになる。
 しかしそれがまた北欧ミステリの醍醐味でもあるし、容易に抜けられない原因でもある。
 ヴァランダーは今回思っている、「若者たちはちゃんとした仕事に就くことができない。 仕事がないのだ。 彼らは必要とされていないだけでなく、歓迎されないのだ。 自分自身の国で」。
 これってスウェーデンのことじゃなくて日本ですか?、と思うのはあたしだけではあるまい。

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2015年05月09日

『クリミナル・マインド』、復習



 小川真司ショックの余波はまだ残っているものの、現在WOWOWにて放送中の



『クリミナル・マインド』シーズン9は200話を越え、菅生隆之さん演じるデヴィッド・



ロッシにも違和感がなくなってきました。 声質はもともと近いものがあるんだけど、



生まれつきのトーンの違いはいかんともしがたく、(あたしのイメージ的に)ラテンの



ノリよりもアイルランドや北方系のトーンを持つ菅生さんは、本質的な力強さを声に



出すことで、“BAUチームの父親的存在:ロッシ”にアプローチし、小川真司のつくり



上げたデヴィッド・ロッシを継承している。 さすが、プロだ!、と感嘆する。



 で、現在スーパー!ドラマTV『クリミナル・マインド』シーズン1から集中放送



していることを知り、録画してあったのを観始めてるわけですが・・・みんな若いよぉ。



特にドクター・リードはオタク気質先行のヘンな若造だし、モーガンはまだまだ“ミスター・



ドアキッカー”(ドアを蹴破る役としてしか役に立たない?)です。



 ロッシはいなくて、ジェイソン・ギデオンが“伝説のプロファイラー”なのですが・・・改めて



観ると、ギデオンって最初はこんなにツンツンしていたのか、とびっくりする。 ギデオンが



去ってロッシが登場する頃、ロッシ役のジョー・マンテーニャが「ギデオンはチームの母親



的存在だったが、ロッシはいわば父親。 いささか厳しい面がある」とインタビューに答えて



いたのを覚えているんだけど・・・いえ、ギデオンもかなり厳しいです。 ずっと見ていくことで



慣れていくということもあるけど、心を病んでのちに復帰したばかりのギデオンの緊張感が



そこにはまだあって、チームへの信頼感が育つにつれてギデオンの生来の穏やかさが



出てくるんだろうなぁ、としみじみする(特にリードとの関係がいいですよね)。



 やはりシーズン1は実際にあったシリアルキラー事件をベースに話をつくっていることが



わかり、今よりもリアル感がありますね。



 そして改めて観ると、見覚えある俳優さんが結構いることにも驚く。 その分、こっちも



それだけ海外ドラマを観ているということなんですが・・・シーズン1の第一話のラストで、



ギデオンをあやうい目に遭わせる“公園の殺人鬼”がルーカス・ハースだったことに驚愕!



 当時、全然気づいていなかったよ・・・。



 一回見たものも、時間をおいてまた見てみることも大事ですね。



 WOWOWのシーズン9HPでヴォイスキャストインタビューを見たのですが、吹替の



キャスティングが全員オーディションだったそうで・・・森田順平クラスでもオーディション



なの?!、とびっくり(しかもご本人、「8・9年前はオーディション合格率があまりよく



なかったので、この役をもらえてとてもうれしかった」的発言。 ベテランはオファー制かと



思ってた・・・、やはり声優って大変)。



 でもそういうことができるのも、有料放送局が初回放送権を獲ることの利点かも。



 吹替版と字幕版とを観比べると、演出の違いとかもわかって面白いし。



 あぁ、こんなことをしてるからHDDの残りスペースは一向に増えないし、あたしの時間も



足りないのだわ・・・でも面白いんだから仕方ないのです。


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2015年05月08日

借りてきました。

 今日は帰りに図書館に寄るから〜、それに昨日の疲れがまだ残ってるし〜、と無事にミッションも完了したので映画にも間に合うぞ!、と明るいうちに帰ることにし(それでも多少残業ではあったのであるが)、「ではお先に失礼しまーす。 おつかれさまでーす」と声をかけて帰ろうとすれば、一部の方たちから「えっ?!」みたいな顔をされる。
 ・・・そりゃ、ここしばらくずーっと遅くまで残っていましたけど、帰る時はあたしだって早く帰るんです! もう映画館にだって3週間ぐらい行ってないんだぞ、ストレスたまります(『バードマン』『セッション』等、感想を書いているのは最近ですが、観に行ったのは実はほとんど公開日か一週目の金曜日でした。 じっくり感想を書いている時間もなかったという・・・)。
 しかし今日からはなんだか普通のペースに戻れる感じ。 錯覚かもしれないが・・・。
 そんなわけで、ハッピーな気分で図書館に寄り、<ベルリン三部作>残りの2冊を借り出す。

  ベルリン三部作1砕かれた夜.jpg 砕かれた夜/フィリップ・カー
 これは前作『偽りの街』から2年後ぐらいの設定。

  ベルリン三部作3ベルリンレクイエム.jpg ベルリン・レクイエム/フィリップ・カー
 こっちはもう1947年だから終戦後。 2作目から3作目までの時間の経過が長すぎて、3作目でどうグンターが変わっているのかすでに興味津々!
 で、東江さんの<訳者略歴>などがぱらっと目に入って・・・1951年生まれとな!
 結構若いよなぁと思っていたけれど(文章自体もかなり若いが)、やっぱり若かった・・・病気のせいとはいえ、まだまだ訳してほしいものはいっぱいあったよ。
 でも、まだ読んでいない本は結構ある。 残された者は、それを拾っていくしかないのだ。

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2015年05月07日

休みボケはつらいよ

 カレンダー通りのお休みだったので、今日から仕事。
 朝、起きられるのか非常に不安でしたが、なんとか無事に。
 しかしすっかり休みに身体も頭も適応してしまっていたようで、いろいろと不手際を連発。 社会人としての己を見つめ直す結果に・・・。
 えーっと、たとえば新卒対象の会社説明会なども始まっております。
 人事の方々がおいそがしそうにしているので、来た学生の対応くらいはお手伝いしたりするわけなんですが・・・まず挨拶ができる人とできない人がいる。 それでもまずはわけ隔てなく、「会社説明会にご参加の方ですか? そちらを曲がって、奥の〇〇会議室にどうぞ」とにこやかに案内したつもりなれど、「はあ? 奥ってどれくらい奥ですかぁ?」みたいな態度を取られるとなんかいらっとしてしまったり。
 奥と言ったらいちばん奥までに決まってるだろ! それに会議室の名前も言ってるし、会議室の名前のプレートもあれば<説明会会場>という貼り紙もしてあるわ! 自分で探して、それでもわからなかったら(それはそれで問題だが)聞きに来るくらいして!
 「なに?、あの学生?」と苛立ちが声になってしまったりして、Eさんに引っ張られる。
 「気持ちはわかるが、絶対に聞こえないところで言おうか」
 姿は見えなくなってたし、そんなおっきい声出してなかったし聞こえなかったとは思うけど(まぁ、聞こえたら聞こえたでかまわないわ、という気持ちもあったのも事実)、社会人として配慮に欠けた言動であったことは事実・・・。
 多少の休みでマナーが抜け落ちるとは、所詮付け焼刃ってことですかねぇ。
 いや、学生の態度にいちいち腹を立てているようでは、まだまだ、ということか〜(でも向こうも最低限のマナーくらいは身につけてから来てほしいわ、というのは高望みなのか。 つたなくても一生懸命、かつ謙虚な態度を示してくれればこっちとしては十分なのに)。
 そして早く帰るつもりだったのに、結局残業・・・。
 あと一日、なんとか乗り切るぞ!

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2015年05月06日

ランド 1/山下和美

 なにしろ分厚いということもあるが、内容が内容だけに台詞ひとつ読み飛ばせないという緊張感で一気読みができず、一回休憩をはさんでしまいました。
 “しきたり”のもとで暮らす村の人々。 獣の頭をかぶった神官や役人たち。 四方を巨大な神の像に見守られながら暮らす村人たちにとって、自分たちがいるのは「この世」。 山の向こうは決して行ってはいけない「あの世」。
 村の平和のためには、不具の子や凶相と判断された子供はひそかに山に捨てられなければならず、太占の結果次第では犠牲を捧げなければならない。 そして村ではどんなに元気に見えても、50歳を迎える日には誰もが確実に死ぬ。
 そんな村の中で結構な真実を知っていそうな捨吉の娘・8歳の杏が主人公。 見るもの知るものすべてが謎に満ちているように感じられ、それが何故なのか、山の向こうには何があるのか、じたばたするヒロインと一緒に、あたしもまたじたばたする。

  ランド01.jpg 江戸時代っぽいが・・・パラレル展開もありうる。
    公開当時物議をかもした某映画のこともなんだか思い出されるが、そんなオチで終わるはずがない。

 この物語の世界観を理解するには、これくらいの分量は必要。 だからこその分厚さ(362ページ)なのだろうけれど、2巻が出るのはいつなんだろ・・・と思うとそれもつらい。
 萩尾望都の『バルバラ異界』のような、手塚治虫の『火の鳥』の一編のような、そのレベルの名作になる気配大!
 他の連載もあるでしょうが、少しでも早く2巻が出る日を待ちたいです(雑誌連載を追いかけても、一回の分量が少なくてイライラしそうだから、単行本を待つわ!)。

ラベル:マンガ
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2015年05月05日

今日は2冊。



 そんなわけで本屋にも寄ってみる。



   パラダイスパイレーツ 5/山口美由紀



 やはりこれで最終巻のようだ。 こういうネタで長く続けるのは難しいというか、ほどほどの



ところでまとめるのがいいんだろうけど、若干駆け足になってしまうところは否めない。



 それとも、「すべて語り尽くされない余韻」が漂っている方が、読む側が「もうちょっと知り



たいなぁ」と思うくらいの方がちょうどいいのかしら。



   偽りの果実 警部補マルコム・フォックス

                 /イアン・ランキン




 お、イアン・ランキンの<リーバス警部モノ>じゃない新シリーズだ〜、と思ったら、



2作目でした・・・つまり1作目が発売されたのを見逃している。 その本屋を探したけど



なかったので、別の店を今度探してやる!(たとえ品切れでも続刊が出れば増刷される



であろう。 最悪、図書館だな)



 新潮文庫に見逃しが多いなぁ!、と自分に反省。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月04日

GW食べ歩き三昧



 完全に引きこもり生活になってしまいそうなGW、しかしそこは久し振りにしか会えない



人との場にもなる。 というわけでお天気もよいけれどその分陽射しが日焼けを促進中



なので、完全防備で外出しましたよ(あたしは肌・タイプTなので、日に焼けても黒くならず、



赤く腫れて軽いやけどと同じようになるのです)。



   カフェ・ココノハ デリセット



 これは5月1日の夜、仕事終わりにお互いへろへろのあたしとEさんが、「家に帰って



ごはんつくる気力なし」ということで寄りました(金曜の夜でしたが、ラストオーダー少し



前という時間だったためか結構すいていた)。 ほんとは“ナスとみそとひき肉のチーズ



グラタン”がよかったのだけれど、オーダー時に「申し訳ありません、本日は品切れです」



と言われてしまい・・・第二候補を考えていなかったので、その横に写真があった“豆腐と



明太子のグラタン”にしました。 あぁ、これは定番メニューなのに・・・でも久し振りに



グラタンを食べたかったので、満足。



   宝田水産 特松ランチ



 別の日、こちらもお久し振りの宝田水産。 器は下駄だったのに、いつの間にやらこんな



器に(特松ランチは12貫なので下駄に載らないのかも。 というかこれまでランチは松と



竹しかなかったし)。 ここは北海道のおすしで展開するチェーンなので、あたしには結構



親しみのあるというか、懐かしい味。 シャリがちょっと小さめなのも、一口で食べるのに



ちょうどいい。 どれもおいしかったですが、タコの歯ごたえが素晴らしかった。



   グリーンズコーヒーロースター モトマチブレンド



 グリーンズコーヒーロースターにも立ち寄り、モトマチブレンドのドリップをミルク入りで



テイクアウト。 日陰で風通しのいいところに立てばいい感じに涼しく、ホットコーヒーも



いい気分で美味しくいただけました。 あぁ、この感じ、あとどのくらい楽しめるんだろ・・・



(梅雨に入ったらアウトだし、気温30℃越えたらそれもまたアウトだし)。 あたしにとって



程よい季節は関西では短い。



   鶏料理バルTORIICHI



 ミント神戸の8階に新しくオープンした鶏料理専門店。 すべてにおいて国産鶏使用が



ウリで、目玉料理は骨付き肉丸ごと一本焼き(ひなどりとおやどりを選べます、パターン)。



バルの名の通り、カクテルの種類が多くておつまみ系充実。 しかし飲めないあたしのように



しっかり食べたい派の方々にも釜めしご飯などございます。



 これは前菜、和タパス盛り合わせ。 どれもおいしかった!



 しかしお惣菜じゃダメなのか、和タパスと言わねばならんのか。



 実はコースを頼んだのですが、料理の出てくるタイミングが速かったりなんだりで写真を



撮り忘れたりしてますのでポイント絞ってご紹介。



   まずは、ひなどりから。



 鶏好きならおやどりを試すべき!、と以前ノビキリさまにご助言いただいていたのですが



(それは別のお店の話ですが)、「女性にはおススメ!」とメニューにあったし、まぁ最初はっ



てことで。 本来丸ごと出てきますが、二人でのシェアなのでお店の方に食べやすくカットを



お願いしました。 皮がぱりぱりしていておいしい。 肉質もイメージ的にひなどりとは思え



ないほどしっかり歯ごたえ。 これがおやどりならどうなるの〜、と期待が膨らみました。



 ソースをつけてお召し上がりください、とバケットが添えられてくるのですが・・・ソースって



いうか、脂と多少の肉汁とスパイスの混合物という感じで・・・わざわざバケットを用意する



までもないかも。 全体的に味が濃いめなのは、やはりお酒のつまみになるようになので



あろう。 このあとの鶏釜めし(スープ付き)は出汁のきいた穏やかな味で、落ち着きました。



 そんなわけで食べ歩いた休日の記録(ほんとは写真撮ってないお店もあったりする)。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ごはん・お茶の時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月03日

セッション/WHIPLASH

 とても観たかったこの映画。 オヤジ好きのココロをくすぐるJ・K・シモンズの存在、低予算ながらアカデミー賞の候補に挙がるという新鮮さへの期待、などなど。
 予告編でもその不穏な空気は十分漂っており、ジョン・カビラはアカデミー賞授賞式(生中継)のときにこの映画を「『フルメタル・ジャケット』meets『愛と青春の旅立ち』」と表現したけれど、ほんとなのか? なんかホラー映画みたいなんですけど?
 ま、確かめるためには自分で観るのがいちばんです。

  セッションP.jpg アカデミー賞が飛び付いた才能と狂気
   <完璧>を求めるレッスン。二人のセッションは誰もみたことがないクライマックスへ――。

 アメリカを代表する名門音楽大学へ入学したニーマン(マイルズ・テラー)は、自分の将来は約束されたものとバラ色の未来を夢見ながら、世界に通用するジャズドラマーになるための努力は惜しまない青年。 まず彼の目標は、鬼教師との評判ながらも実力はぴかいちのフレッチャー(J・K・シモンズ)が指揮をする大学のクラブバンドに入ること。
 ニーマンに穏やかで優しげな言葉をかけるフレッチャーだったが、いざクラブバンドの練習に加わってみると、まさにそこはフレッチャーによる“恐怖政治”の場。 おぞましいほどの罵声、暴力も辞さないフレッチャーの指導に頭がおかしくなりそうになりながらも、なんとかしがみつこうとするニーマン。 この二人はいったいどこへ向かおうとしているのか・・・という話。
 ドラムが題材、というのは個人的には新鮮で、「うおぉ、ドラムってここまでやらないといけないのか(ということはマリンバ・パーカッションなどの方々も同じような努力と苦労をしてるのね!)」ということを改めて思い知ったり。 シンバルに飛び散った汗が次第に赤く染まっていくカット(スティックを持つ指のマメがつぶれて出血しているため)とか、低予算だからこその工夫がチープにならず、あまり見ないアングルやカットになっていて好印象。
 フレッチャー先生がいつも黒Tシャツにジャケット(指導するときはジャケットを脱ぐから基本黒Tシャツ姿のみ)なのも衣装を用意する余裕がないからなんだろうけれど、それが彼の得体の知れなさを表してもいて、アイディアの勝利、って感じ(パナマ帽姿もダンディだよ、J・K・シモンズ!)。
 ただ、若干ディテールに問題あり・・・ドラマーにとっては命ともいえるスティックを、肝心な時に何故忘れる?、とか、何故時間を守れるよう工夫しない?、など、ニーマンくんは自分で自分の首を絞めているというか、スリリングさを自分で作り出している部分も・・・。 脚本も書いている監督のデイミアン・チャゼルはあの迷作『グランドピアノ 狙われた黒鍵』の脚本家だそうなので・・・そういう詰めの甘さ、納得。 今回は自分で監督もしたから、そのへんのアラを編集などで自分である程度カバーできた、ということなのかもしれない。

  セッション3.jpgそれにしてもニーマンくんには、いろいろと問題ありで困ったもんだ。
 それは若いからなのかもしれず、自分の才能に少なからず自負を持っているためだからかもしれず、怖いもの知らずのお年頃だからなのかもしれない。 「才能があれば何でも許される」と根本で思っている彼の傲慢さは、主人公として観客の共感を得られづらい。
 しかしそれはフレッチャーも同様で、いくら「才能を最大限に引き出すため、伝説の存在となりうる演奏家を生み出すため」という目標のために手段を選ばないスパルタ式指導法は<パワハラ>という言葉では追いつかないレベルまで行ってるし、なにより本人は自分が正しいと思っているみたいだから手に負えない(でも実際は彼がどう考えているのか、どこまでが計算の上の言動のなのかまったくわからないようになっていて、そのあたりが実にホラーなのである)。

  セッション2.jpg アップになると爬虫類系の顔が強調されるのもまた、ホラー演出か。
 邦題は『セッション』であるが、原題は“WHIPLASH”。 劇中にそういうタイトルの曲(ドラムが見せ場)も出てくるが、つまりは<鞭打ち>ってことである。
 至上の音楽を前にした究極の師弟愛、という映画、と読み取ることもできるのだけれど、実際のところそんなことではなくて、結局は「鞭を振るうのはどっちか」という主導権争いのような、互いが目指すものがどっちがレベルが高いかというおとなげないケンカのような気もして・・・少なくとも音楽映画ではない、気がする。 だってせっかくのクラブバンドジャズを扱いながら、バンドとしてのグルーヴ感はまったく描かれないもの(この映画にかみついたジャズミュージシャンは、そこが気に食わないのであろう)。
 『はじまりのうた』『君が生きた証』と比べれば、“音楽映画”という同じジャンルには入れられない。 あくまで、“音楽を題材にしたホラー映画”だと思う。 勿論、それはJ・K・シモンズの存在があったから可能だったわけで、彼がいなければこの映画はどうなっていたかわからないと本気で思う。 助演男優賞、もらって当然です。
 そんなわけで、いろいろアラはあるものの、個人的にはかなりキライじゃないというか、むしろ大変面白かったです。 心を読ませないフレッチャー先生の言動にドキドキしながら走り抜けた緊迫の107分。
 キャリアも長い実力派ながら地味な存在だったJ・K・シモンズに脚光を浴びせ、さらにオスカーを与えたというのも個人的にはうれしい話。 いろんな意味で話題になってるし、低予算で日本でも縮小公開の洋画が大ヒットしてくれれば、それはそれでありがたい話なのです。

ラベル:映画館 外国映画
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2015年05月02日

偽りの街/フィリップ・カー

 以前、法月綸太郎がフィリップ・カー『静かなる炎』を褒めているのを見て、「あぁ、ちょっと気になっていたんだよね」と買ってみたら、実はシリーズ物で(それが第5作)、遡って4作目『変わらざるもの』も買ったはいいが、やはり1作目から読むべきよね!、と古本屋を探してみたがない(それまでが、そこそこ前の話)。
 この前、ふと思い立って(というか思い出して)図書館で検索したら、あった!
 しかも翻訳は東江一紀! こ、これは読まないといけないだろ!
 ということで図書館から借りだし数ヶ月・・・予約を入れる人がいないのでずーっと借りっぱなしにしておりましたが(無許可延滞ではなく、いったん返してからまた借りるパターン)、読み始めたらこれがまた面白く、あっという間に読み終わってしまいました。

  ベルリン三部作1偽りの街.jpg それでも平成4年6月発行の新潮文庫。

 なんと舞台は1936年のベルリン。 私立探偵のグンターの元にある調査の依頼が舞い込んだのがすべてのはじまり。 “わたし”の語りで進む正統派ハードボイルドでありながら、ナチスがどんどん台頭し始める渦中という時代設定がこの小説を特別な存在に。 状況が悲劇的になればなるほどユーモアが冴える皮肉が、グンターの不屈の精神を表すようで、そしてベルリンやドイツがその後辿っていく恐るべき道を示しているようで。 東江節健在!、を堪能できるという意味でもとてもうれしい一冊でした。
 まだ街中で親しい者同士の間ではナチスや総統への陰口(?)を言えるけれど、ゲシュタポの存在は無視できなくなってきており、強制収容所は動き始めているけれども街にはユダヤ人の姿はまだある(ドイツ人優遇は始まっているが、公然とナチスを批判する者はドイツ人でも投獄されたり処刑されたりもする)、という、のちの現在からみれば“歴史”の一部なのだけれど、その当時だって確かに“現在”だった、というリアル感もとてもよくて。
 グンター自身ははっきりした政治信条を持っているわけではないけれど、本能的に<人間として>正しいと感じるものを抱いているので、彼が持つ状況にそぐわないほどのユーモア感覚を、あたしは大変好ましく思った。 なんとなく、森雅裕を思い出させる文体でもあり。
 しかし『偽りの街』以降の『砕かれた夜』『ベルリン・レクイエム』はまとめて<ベルリン三部作>と呼ばれているそうな・・・(だから一作目は不完全燃焼の謎が残って次作へ続いている)。 あぁ、続きを読まなければ!
 4作目以降は出版社も変わり、訳者も変わっていますが、東江さんの当時の体調を考えたらもう無理な感じだったんだろうし、<ベルリン三部作>とはまたかなり系統が変わっているようなので(というか、時代的に、年齢的に軽口を叩いてばかりはいられない状況になっていくのであろう)、それはそれでぐっと違う世界観になっていることを期待。
 さっ、2作目の予約を入れるか!

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする