2015年04月25日

ギリシャに消えた嘘/THE TWO FACES OF JANUARY

 勿論、<極上のクラシック・サスペンス>というコピーに惹かれましたが、でもあたしのいちばんの目的はヴィゴ! ひとえにヴィゴ・モーテンセン見たさでございます。

  ギリシャにP.jpg 人を殺めた男。美しい妻。目撃した青年。
    危険な秘密と欲望を内に秘めて逃亡する三人。 罠か、それとも愛か――。

 舞台は1962年のギリシャ。 アメリカ人だがアテネでツアーガイドをしつつ客から金をちょろまかすことで暮らしているライダル(オスカー・アイザック)は、パルテノン神殿で印象的な二人連れを見かける。 のちにカフェでその二人を見かけ、チェスター(ヴィゴ・モーテンセン)とコレット(キルステン・ダンスト)という夫婦の旅行者だと知る。
 ライダルはうまく意思疎通できないままの実の父親の面影をチェスターに見い出し、話しやすく魅力的な彼と美しいコレットに惹かれていくが、実はチェスターには逃走中の詐欺師であるという過去があり・・・という話。
 時代的なものもあり、犯罪者側から描いているせいもあり、警察は役立たずで正統派ミステリとしての味わいには欠けますが、“心理サスペンス”としてならなかなかの一級品。

  ギリシャに3.jpg パルテノン神殿に白ずくめで行くとはやりすぎだぜ、と思うけれども、実はギリシャ神話の比喩っぽい。 チェスターは白い牡牛に変装したゼウスか?
 原題の“THE TWO FACES OF JANUARY”も、この出来事が起こったのが一月という意味もありつつ、JANUARYという単語自体がヤヌスから来た言葉。
 <ヤヌスの二つの顔:片方は過去を、もう片方は未来を見るヤヌスは、互いの顔を見ることはできない>というダブルミーニングかと(ヤヌスはローマ神話の神ですが)。
 二面性という意味で考えると、ゼウスとクロノスの物語が思い出されます。

  ギリシャに2.jpg 物語は考えすぎ一方通行の三角関係へと発展。
 それぞれが秘密を持ち、それ故に誤解を生んで、嫉妬や妄執といったマイナスの感情にとらわれた結果起こる悲劇は、一歩踏みとどまれれば防げるものだったのだけれど、それができなかったからこその悲劇。 でもそれが、虚栄と退廃の美なのよねぇ。
 美しいものを見てついもれるため息。 それが至る所にある映画です。
 お目当てヴィゴは見てくれはかっこいいくせに結構小心者でかっこわるく、それをあのヴィゴが堂々とかっこわるく演じているのが逆にかっこいい! ← 矛盾してますか?
 そのヴィゴにつられるように、オスカー・アイザックも好演。 悪役が多いイメージですが、ナイーヴな青年役も似合う!

  ギリシャに5.jpg ほんのり色気漂うあたりもヴィゴに負けてない。
 その二人の間に立ってバランスをとるキルステン・ダンストもなかなかいい雰囲気を出しており、ほぼ三人芝居と思って問題ないというか、この三人のやりとりで十分スリリングです。
 携帯電話もネットもコンピューターもない時代に警察を無能呼ばわりするのはフェアではないけれども、あの時代だからこそ出せるスリルというものは確かにあって、そういうものもあたしは愛しているのだと実感。
 ライダルくんの成長物語と読めないこともないが・・・やっぱり舞台がギリシャだからこそ意味があるというか、あぁ、あたし、こんなに神話を覚えているとは思わなかったわ!、的うれしい発見。 勿論、比喩に気づかなくとも十分楽しめるゴージャスさもありますし、クラシカルな味わいも一興。 ずっと脚本を書いてきたホセイン・アミニ初監督作だそうで、かなり温めていた題材だったのかな、と感じたり。
 意外性はないけれども、クラシカルな上質品を見た気持ち。 あたしは大変満足です。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする