2015年04月15日

ディオールと私/DIOR AND I

 新しいクリエイティブ・ディレクターを迎えた老舗メゾンの、コレクション発表前の舞台裏、というのはファッション・ドキュメンタリーのひとつの定番。 WOWOWでもときどきやっているし、あえて映画館に見に行くこともないかなぁ、と思ったのだけれど、時期が2012年となれば少々話は別。 ラフ・シモンズが迎えられた年、ディオール首脳陣が大決断をした(せざるを得なかった)年ではないか!
 ということで、観てきました。

  ディオールと私P.jpg そのドレスは世界を魅了する。
   Dior新任デザイナーと誇り高きお針子たちのパリ・コレクションまでの8週間

 あたしにとって“ディオール”というブランドのイメージは、ジャン・フランコ・フェレからジョン・ガリアーノ時代のもの(決して買ってなどおりません−というか買えないし)。 先日観た『イヴ・サンローラン』で初代クリスチャン・ディオールのデザインもみたけど、「(ある意味、過剰なまでの)ゴージャスさ」というのがブランドとしてのトータルイメージなのは変化なし。 その当時としては斬新だったんだろうけど(「ニュールック」と呼ばれているわけだし)。 この映画は時折、そんなクリスチャン・ディオールの過去のインタビューがあたかも「アトリエに棲みついた幽霊」のような形でナレーションで入る。 それがタイトルに示した効果なのか?
 映画では当然のように全くまったく触れられていない、ジョン・ガリアーノの解雇以降のどたばたのほうが個人的には興味があったのだが、さすがにディオールとしても封印したい歴史なのであろう。 基本的に真面目そうなラフ・シモンズを主役に据えて、初めてディオールのアトリエをカメラの前に披露するという話題性で、それ以前のイメージを払拭したいのかもな。

  ディオールと私1.jpg が、ディオールの宝はなによりも、実力あるお針子集団なのである。
 ジル・サンダーから右腕のピーターを連れて移籍したラフ・シモンズはオートクチュール未経験。 “ミニマリズムの代表格”と見なされてきた彼のディオールのクリエイティヴ・ディレクター就任はファッション業界ではかなりの冒険(つまりは危惧がある)とみなされていたようである。 でもあたし、彼がやってたときのジル・サンダー、結構好きだったんだよね(勿論、買ってはおりませんぞ)。
 しかしデザイナーはアーティスト、求められてきた仕事以外にできることを内に秘めていなければやっていられないだろうし、未経験だからこそオートクチュールの常識にとらわれない発想ができ、「え、そんなこと、したことないけど」とスタッフを戸惑わせながらも職人魂に火が付き、時間がないと文句は言いつつもラフ・シモンズの要求に技術で応える優雅で厳しいバトルが繰り広げられる。 あぁ、あたしに技術があったなら、こういうところで働いてみたいなぁ!、と思わせるに十分なお仕事映画でもありました。

  ディオールと私3.jpg フィッティングにて。 美しいレースのチュールも容赦なく裾を切られる。
 ただ、<8週間>と期間が区切られている割には映画内での時間の経過がわかりにくく、「時間がない!」という全員の焦りが伝わってこないのは少々残念(通常、新作コレクション発表には半年前後かけるのが通例と言われている)。 ラフ・シモンズのナーバスさだけはものすごく伝わってくるものの、そこは「老舗メゾンをまかされた責任と重圧」によるものと思われるし。 アーティスト特有の気難しさを、彼の右腕であるピーターの気遣いで周囲を和ませる感じがとってもキュートで、こういう人と出会えないと才能あってもブランドを持ってやってはいけないんだろうなぁ、と感じることしきり。

  ディオールと私2.jpg どうにかこぎつける、新作発表会。
 セレブ大集合ではあるが、始まる前のラフ・シモンズの緊張感が観ているこっちにまで伝染するほど(あたしも本番前は緊張する性質なので余計にわかる)。 まぁ、成功したんだからこうして映画にできてるんだろうし、とは思っても、ハラハラしてました。
 で、結局印象に残っているのは、カメラ嫌いで「ショーの後、あいさつに出て行きたくない」と言っていたラフ・シモンズが、ショーのあとのあまりの高揚感に自ら進んであいさつにまわっちゃったことと、ディオールの刺繍の入った白衣を着たお針子さん一人一人が実はとてもおしゃれで、モデル体型ではないけれども白衣の下はみなさんゴージャスだったということ(たとえば、10センチもありそうなピンヒールでミシンを当たり前に踏む、といったような)。 ま、それくらいのお給料を払っていないと、ディオールのアトリエは維持できないということなのであろう。
 ほんとはもっと職人技を見たかったのだが・・・企業秘密の部分もあるのであろう。
 大変ゴージャスな時間だった。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月14日

バターミルクビスケットwithホイップ@スタバ

 最近(というかここのところずっと)、残業続きでございます。
 映画を観に行きたいが場合によっては寝てしまうかもしれん、そもそも上映時間に間に合わない等、ストレスも抱えておりますが、でもなんか家にまっすぐ帰りたくないときも。
 帰りが遅くなるから結果的に疲れることはわかっているのでございますが、まぁ、気分転換に。 家に帰ったらついだらだらしちゃって、映画の感想も書きすすめないし、本もなかなか読み進めない(録画HDDの残量を減らすことが優先になってしまうので)。
 そんなわけで、通りすがりで席が取れそうならば寄ってみるスタバ(その他、タリーズや上島珈琲も候補であります)。

  CA3A1843スタババターミルクビスケット.JPG ついでに、新製品も試しちゃうぞ。
   バターミルクビスケットホイップクリーム添え。 お店の人がキャラメルソースをサービスしてくれた。

 夜なので、ドリンクはほうじ茶ラテ豆乳チェンジでございます(カフェインのことを一応考えている)。 ヒーティングしてくれたのでホイップがどんどん溶けていきますが、KFCのビスケットに似ているのかと思ったら、同傾向なれどもこっちの方がちょっとしっとり度が高めのケーキ風。 昨今のバター不足などどこ吹く風、というくらいバターが入っているのではないだろうか・・・それも有塩バターなのか、ほんのり塩味が効いているので甘さがしつこくありません。
 プラスティックのナイフでもさっくり切れるのも素晴らしい。
 オレンジビスケットもあるんですよね・・・次はそっちか?
 でもこっちの素朴さも捨てがたいのです。 次はチョコレートソースがいいかなぁ、とか考えてしまう(カロリーを考えると、怖いが)。

posted by かしこん at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ごはん・お茶の時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月13日

今日も雨か・・・。

 天候の変動(つまり気圧の変化)が大きいせいか、この土日もすっかりだらだらと過ごしてしまった。
 平日寝不足分の寝だめ+気圧変化のための偏頭痛+花粉症なのかどうかよくわからないくしゃみ&鼻水、などの様々な攻撃により、熟睡はできないけど一日の半分くらいはうつらうつらしていたような。
 はぁ、一週間の疲れがとれないのは、月曜から始まる仕事の内容に対して気が重いためであろう。 でもGWに向けてもうちょっとがんばろう!
 しかしそろそろ紫外線対策のために、朝5分余裕を持たないと・・・でも今日は、どうせ雨だからいいか。 ← こうして人はどんどん堕落するのである。
 でもほんと、服とカバンと靴に困るんで、一日中雨とか平日あまり続かないでほしいんですが・・・勝手を言ってすみません。

posted by かしこん at 04:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 体調 好不調の波 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月12日

イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密/THE IMITATION



 原題切れました、“THE IMITATION GAME”です。



 『イミテーション・ゲーム』の説明をするとき、「アラン・チューリング博士が主人公で



(エニグマの暗号を解くために、と続けたい)」、と言いかけて「誰ですか、その人」と返して



くる人と、そのまま合槌を打ってのってくれる人と2種類いることが判明。



 えっ、<コンピュータの祖:アラン・チューリング>って一般常識じゃないの?



 ベネディクト・カンバーバッチを知らない人がいる、というよりもそっちの方がショック。



   挑むのは、世界最強の暗号――。



 1939年、第二次世界大戦下のイギリス。 若き天才数学者アラン・チューリング



(ベネディクト・カンバーバッチ)は国策として、「世界最強」と呼ばれていたドイツ軍の



暗号機<エニグマ>を解読するチームに招待される。 彼の高慢な態度は軍上層部の



機嫌を損ねるが、チューリングは世界一の数学者という自負故に暗号解読に進んで



取り組むことに。 独特すぎて不器用(多分、現代ならば高機能自閉症とでも診断される



のかもしれない)な彼はチームの中で孤立、暗号解読の手がかりがつかめない中での



苛立ちもあってメンバー間との衝突も絶えない。 しかし女性ながらクロスワードパズルの



天才ジェーン(キーラ・ナイトレイ)がチームに参加以降(女性なので当時はチームに



大っぴらに参加できず、事務員として採用される)、ジェーンはアランのよき理解者となり、



彼女の橋渡しもあってチームは目的に向かって一丸となっていく・・・という話。



   集められたのはそれぞれのジャンルの天才。

     一度まとまれば、その威力は絶大。



 戦後であるチューリングの晩年、<チーム・エニグマ>時代、アランの少年時代と3つの



時代が入り乱れる構成だけれど、これ以外は考えられない配置。 暗号を解くまでの物語と



思いきや、そうではないところが・・・戦争や国の思惑などの複雑さを感じさせて絶望的な



気持ちになった(あの時代でこうなんだったら、現代や近未来はいったいどうなることやら)。



 ベネディクト・カンバーバッチ、もともと好きな俳優だということもあっていろいろ観ており



ますが(逆か、いろいろ観ているうちに好きになったのか? でもあたしの中では最初から、



『アメイジンググレイス』のピット首相なんですけどね。 その当時は彼の名前がエンド



ロールで読み切れなかったので)、この作品の彼は、今まで観たどの彼とも別。



 限りなく母性愛らしきものに著しく欠けているこのあたしが、このチューリング博士に対して



だけは「守ってあげたい、というか守ってあげなければ!」と思ってしまった。 オスカーは



エディ・レッドメインがとったけど、あたしにはチューリング博士を演じた彼の方がぐっときた。



ほんと、演技に優劣をつけるなんて難しい話。



   真ん中の人、マーク・ストロング。



 マーク・ストロングが出てきたときは『裏切りのサーカス』に続いての競演だわ!(でも



同じシーンあったかしら?)と盛り上がる。 いかにも“イギリス映画”的な地味系キャス



ティングがあたし好みでございました。



 計算機の誕生は、人間が集まってがんばって計算しても時間がかかりすぎるから、



機械に計算させよう、という発想そのものは簡単なものだけど、いざそれを実現させようと



思ったら、しかもその仕組みがわからない者たちに納得させようと思ったら・・・存在しない



ものを作り出すのだから、そのエネルギーと大変さときたら筆舌に尽くしがたい。 そして



いつも立ちはだかるのは予算と時間の壁。 理系の宿命ではあるけれど・・・国の命令で



やらせておいてそれはないだろ、と理不尽さに胸が詰まるよ。



 アランが現代に生まれていれば、ここまで生きづらくはなかったはず。 でもあの時代に



生まれていなければ戦争はもっと長く続いていただろうことも事実。



 運命? 宿命? そんな言葉は便利だけれど、当事者たちにとってはそれどころでは



ない話。 アカデミー賞で脚色賞を受賞した脚本家グレアム・ムーアがスピーチで、「ずっと



他人とは違う自分を受け入れることができなくて苦しんできたけれど、そのおかげでこれを



書くことができた」みたいなことを言っていた。 『世界に一つだけの花』がいくら歌われよう



とも、誰だって人とは違うと他人から指摘され続けるのはいやなもの。 どうやって自分を



受け入れるかに人生の多くの時間を費やすことにもなってしまう、自分ではどうにも



できないことなのに。



   守ってあげられなかった博士、

            この瞬間がどうぞ人生最上のときでありましたように。



 ほんとは多分ものすごく難しい話なんだろうけれど、かなりわかりやすく大胆に噛み砕き



つつ要所ははずさない見事なドラマ性。 あたし、『博士と彼女のセオリー』よりこっちの



ほうがずっと好きで、切ないけど(そこには身を切られるような痛みも確かにあったけど)、



面白かった。



 あぁ、ポスターに「アカデミー賞最有力」と書きたかった配給会社の人の気持ち、わかる



なぁ。 『バードマン』はこれより面白いんだろうな!、と少々八つ当たり。



 多分あたしの今年のベストテン入り、確定。



 映画館の帰りにエレベーターの中で、同じ映画を観たらしき男性二人連れがいた。



 一人が聞いた、「つまりチューリングマシンって、コンピューターのことなんだよね?」



 もう一人が答えた。 「いや、理想的なコンピューターを、チューリングマシンというんだよ」



 彼の志は、今も引き継がれていると信じたい。


posted by かしこん at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月11日

今日は4冊。



 気がついたら4月も2週目が終わろうとしている。



 あぁ、なんかやばいなぁ。 時間がどんどんたっていく。 本もなかなか読み進まない。



   犯罪/フェルディナンド・フォン・シーラッハ



 文庫版、出ました。 しかも著者の序文がついた完全版。 表紙はしめくくりの一文



「それはリンゴではない」を見事に表現したものになってます。



   死者の代弁者【新訳版】

                /オースン・スコット・カード




 『エンダーのゲーム』【新訳版】と対になる形での新訳版刊行か。



 でもシリーズとしての流れを考えたら、『ゼノサイド』『エンダーの子どもたち』



重版していただきたいし、でもこっちの続編は壮大な流れになっているので、『エンダーの



ゲーム』
から時間的に誤差の少ない続き・姉妹編である『エンダーズ・シャドウ』以降



(そっちにはエンダーは出てこないけど、ビーンをはじめとするエンダーの部下たちが



地球に戻ってからの物語が展開されている)も重版・続きを翻訳してほしいんですけど!



   ソラリス【新訳版】/スタニスワフ・レム



 長らく『ソラリスの陽のもとに』のタイトルで親しまれていた作品が、著者の第一言語で



あるポーランド語から直接翻訳(しかも、ソ連版からカットされていた部分も含めての完全



翻訳)というありがたさ。 訳者は日本のレム研究の第一人者、ということで更に期待は



高まる。 ぱらぱらめくってみましたが・・・読んだのがかなり前(高校生?)ということもあり、



自分の記憶の曖昧さとか、違和感を覚えつつ観たソダーバーグ版映画『ソラリス』



記憶も混ざっているせいか、なんかだいぶ違う感じが・・・。



 あ、今回買ったの、とりあえず過去に全部読んだことのある本ばかりだった。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月10日

博士と彼女のセオリー/THE THEORY OF EVERYTHING



 ホーキング博士の宇宙論についてはそれなりに知ってはいても、ご本人がいつから



ALSなのかということにはまったく興味を覚えていなかったあたし。 車椅子込みで



博士と思っていたのであろう。 そんなわけで、奥様の回想録の映画化であるこの作品、



びっくりするほどストレートにラブストーリーとして始まるのであった。



   生きる希望をつないだのは、無限の愛。



 1963年、ケンブリッジ大学理論物理学博士課程にいたスティーヴン・ホーキング



(エディ・レッドメイン)は博士論文のテーマを決めかねていた。 そんなある日、大学の



パーティーで文学部のジェーン(フェリシティ・ジョーンズ)と運命的に出会い恋に落ちるが、



間もなく彼はALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し余命は2年だと宣告されてしまう・・・



という話。



 パーティーにおいて、理系男子らしく自分の興味のある話しかしない、電話番号を渡して



くれたのは彼女からで、その番号が書かれた紙を眺めてにやにやしてるだけ(早く電話



しなさい!)。 そうこうするうちに大学近くのカフェで彼女が別の男子学生とお茶している



ところに出くわし(他の友達もいたけど)、いきなり空気を読まずにその場に割って入ると



いう・・・“いわゆる理系男子”と呼ばれる人々の特性は結構昔から変わっていないらしい



・・・。 そんな人に惹かれてしまった女性は、自分の選択に責任を持つしかないんですね、



という話でもあるかと(すべからく恋愛というものはそういうものでもあるかと)。



   明らかにお互い“一目惚れ”演出が

             施されていたが、現実もそうだったんだろうか。



 もっと博士の宇宙論に踏み込んでくるのかと思った(一人の人間の中にも宇宙はあり、



家庭もまたひとつの宇宙である、という解釈は面白いけど)。



 「余命はあと2年です」と宣告されたあと、明らかに2年以上が比較的あっさりと過ぎて



いくように描かれているのはちょっと納得がいかず。 勿論、そこには二人の血の滲む



ような努力があってのことなんだろうけれど、医者が驚くシーンぐらい入れておいて



ほしかった(時間の経過が特定の長さとして表現されないのは、博士の理論に対応させて



いるのかもしれないのだが)。



 ALSが医学界でもしっかり認知されていない時代、ということもあるかもしれないのだが



・・・この映画だけではALSを全部理解できない。 入口として関心を持ってほしい、という



ことなのかもしれない。



 確かにラブストーリーではあるものの、その愛は一筋縄ではいかないというか、“純愛”と



いう一般的イメージではくくれない。 この場合、愛情はむしろ自己実現の足枷となる。



日々の生活の中で、自分の博士論文を仕上げたい奥様の不意に見せる表情の冷え冷えと



した感じがあたしの心を凍らせた。 “生活”の重さは運命の愛までもかすませるのだ!



 まだ存命の人の実話をモデルとして、ここまで赤裸々に描いちゃっていいんですか?!、



と別の意味でハラハラ。



   ジェーンの美しさと意志の強さが、

             この場合ある種の悲壮さを伴う。



 人間関係は決して美しくない。 ある一瞬は確かに美しくとも、それが永遠に続くわけでは



ない。 それでもあえて続けるために選んだ方法、それが<博士と彼女のセオリー>という



ことなのだろうか。



 時間の経過とともに動かなくなっていく自分の身体を厭い、時間が進まないことを願う



スティーヴン。 夫と子供たちの世話をし、博士論文も完成させたい・学者としての自分の



キャリアもほしいジェーンは時間がいくらあっても足りない。 背反する二人を繋ぐために、



一人の男性を関係に引き込んでバランスを保とうとするとは。



 そこが彼らの非凡なところであるのだろうな、と感じつつ、結局二人は25年後に離婚する



というのは・・・なんだかなぁ、というか現実の厳しさを感じさせます。



 美しくも一定ではない時間の経過を表現する映像は独特で、リアルなときもあり幻想的な



ときもある。 すごいなぁ、とは思えども共感しきれなかったので、どうもあたしの感想は



微妙なのである。 演技の技術面では素晴らしいものを見せてもらったとは思うものの



(特に博士の苦悩などは痛々しいほどなのだが)、あまり大きく心は揺さぶられなかった。



 うーむ、もう何年かたってからまた観直せば違う感想になるだろうか・・・。



 エンドロールの映像が、宇宙と思わせつつ細胞レベルの人体(もしくはその逆)と観る



者によって解釈が変わるようにつくってあるのが美しかった。 それがホーキング博士の



今も続く夢だと感じられたから。 映画の目指しているものはとても前向きなテーマなので、



“希望”の想いが強すぎてその途中にあった様々な負の感情が薄れてしまったせいかも



しれない。



 つまりあたしはマイナスの感情の方に惹かれるのか?


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2015年04月09日

秒速5センチメートルの錯覚



 今日は雨が降らないと思っていた。 雨は降らないはずだった。



 またしても残業で、仕事場を最後のひとりで去らないでなんとかすみ(最後のひとりに



なったら鍵とか全部かけてセコムもセットして帰らないといけない)、神戸市&兵庫県の



市議会&県議会議員選挙の期日前投票にギリで間に合うかな、と、家路を急いだ。



 仕事場を出るときは異変はなかった。 なのに最寄駅から外に出ると、結構な勢いで



雨が降っていた!



 まじか!、と首に巻いていたストールをはずし、カバンを濡れないようにガード(カーフ



ではなかったが、それなりにいい革のカバンだったので濡らしたくなかった)。 小走りで



区役所に向かう。 駅から割とすぐでよかったけれど、その雨は土埃を含んだようなにおいが



していて、あまり長く当たっていたいものでもなかったし。



 改めてカバンをガードし、区役所を出る頃には雨の勢いはほぼ収まりつつあって、「あれは



一体・・・」という感じ。



 まぁ、今日が入学式だった小中学校が多かったみたいだから、あの雨が朝に来なくて



よかったね、ではあるけれど(おかげで今朝は気合の入ったおかあさんと、その気合が



具現化した小1女子の組み合わせを沢山見られて面白かった)。



 やはり突然の雨だったのか、区役所から帰途にある桜の樹からしばらく途切れないくらい



花びらが散っていった。 それを見て、あたしはぼたん雪が降ってきたのかと一瞬錯覚した。



夜の街灯の下ではソメイヨシノはより白く映ったし、なにより落ちてくるスピードが同じくらい



だったから。



 それは、ほぼ無風状態の条件下にあるときは、秒速5センチメートル。



 桜よりもあたしは、雪がどうも恋しいらしい。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月08日

シェフ 三ツ星フードトラック始めました/Chef



 音楽関係、絵画関係、料理関係の映画には弱いあたし(実際、いい作品多いですし)。



 そこへ来たフードトラック映画、そりゃ観ますよね。



   美味しい人生は停まっていたら見つからない!?



 LAで一流レストランの総料理長を務めるカール・キャスパー(ジョン・ファヴロー)は腕の



いい料理人であるだけでなく、常に新しい味を求めて様々な料理を試作する研究熱心な男



でもある。 ある日、有名グルメブロガーが店に来ると知り、これまでにない全く新しいコース



メニューで勝負しようと準備するが、ずっと変えないスタンダードメニューにこそ価値がある



と主張するオーナー(ダスティン・ホフマン)と衝突、店を辞めることに。



 くさって投げやりな生活になってしまったカールに、資産家の元妻(ソフィア・ベルガラ)は



「フードトラックで本当に自分の作りたい料理を出してみたら?」と提案する。 しかし高級



料理店の総料理長であったプライドがカールに「所詮フードトラックなんて・・・」と乗り気に



させない。 息子(エムジェイ・アンソニー)とともに元妻の父親の地元マイアミに出かけた



カールは、義父に薦められたキューバサンドイッチのおいしさに感動。 「やはり自分は



自分がおいしいと思った料理をつくってお客さんによろこんでもらいたいんだ」と自覚した



カールは、キューバサンドイッチのフードトラックを出すことを決める・・・という話。



   料理が題材ではあるが、これは父と息子が

  心の絆を取り戻す話でもあり、アーティストの志はカネでは買えない、という話でもある。



 レストラン時代の片腕(ジョン・レグイザモ)が店を辞めてこのフードトラック事業の助手を



自ら引き受けてくれるなど、実は友情(もしくは男気?)の話でもある。 ジョン・ファブロー、



実は『アイアンマン』の監督。 その成功を受け、『アイアンマン2』の監督オファーを10



億円以上と言われたギャラとともにされたが、あっさり蹴ったことでも有名。 なのでシェフと



オーナーの論争は、監督と映画会社とのやりとりに見え・・・あー、だから蹴ったんですな、



と納得。 低予算でもやりたい映画をやる、という意志表示がこの映画なのでしょう(その



志は買うが・・・やたら下品なギャグが多いのはなんとかならんか)。



 そして『アイアンマン』がらみのキャストが脇役で出演しているのは、友情のあらわれ



なのでしょう。



 正直、フードトラックを出すのを決めるまでのくだりが長い(出すって観客はわかっている



わけだから)。 その分、“アーティストとしての葛藤”がわかりやすく表現されているとも



いえるし、使い方がよくわからないままSNS(特にツイッター)に手を出すと恐ろしいことに



なるぞ、という警告に費やされたともいえる。



   フードトラックを出してからは、

      ツイッター利用を熟知している息子くんが宣伝に大活躍。



 確かにこれはキューバサンドイッチを食べたくなる・・・基本はバターをたっぷり塗った面を



焼くホットサンドなのだが、ソースと具の組み合わせで地方色を出していく感じというか。



 とりあえずおいしそうなんだけれども、本格フレンチのシェフが何故そこまでキューバ



サンドイッチに?、という疑問はちょっと残った。 なんだろ、アメリカではキューバ文化を



受け入れる土壌なり政策なりが進んでいるのだろうか?



 ま、とりあえず長くて少々下品だけれど、痛快でしっかりハッピーエンド、という気分の



よくなる映画ではある。


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2015年04月07日

たぬき・きつね問題



 普段、仕事場の昼食は何かを持ち込んで休憩室で食べることが多いです(昼休みの



時間がはっきり決まっていないので、仕事の状況によってはかなりずれこむこともある



ため)。 しかしときには通常のランチタイムの時間に遭遇したり、私用のため外出した



ついでにと近所のお店に行くこともあります。



 今回は郵便局による用があったので・・・通りかかるたびいつも気になっていたお蕎麦屋



さん(打った分のそばが売れたら終了という潔い商売をしているため、日や時間によっては



早々に閉まっている)が営業しているのが見えて・・・しかも店内にお客はいない。



 これはチャンスか? それとも逆に入っちゃいけないサインか?



 ドキドキしながら、入りました。



 手打ち蕎麦の店、といえば、基本的に蕎麦が命。 東の文化圏に長くいたあたしは



蕎麦が特有のこだわりを持つ文化だと承知しています(うどんにもあるのでしょうが、



そこまで実感として理解してはいない)。 なのでこちら関西圏で<蕎麦屋>をすること



自体十分こだわりの表れで、そういうお店では大概せいろかざるを注文しているあたし



ですが、何故かそのときは“おしながき”にあった<たぬきそば>に目がとまり。



 そうだ、東と西ではきつねとたぬきって逆なんだよな、と思い出し、勇気を持って「たぬき



そば」をオーダー。



   甘く煮つけた大きい揚げが・・・。



 あぁ、やっぱり。 あたしの認識ではこれは「きつねそば」だが、こっちでは「たぬきそば」



なんだなぁ、と実感(知識と実践が融合)。 でもほんのちょっと、あげ玉がのっていない」



ことにがっかりしている部分もあったのですが。



 まずは出汁を一口。 あ、白だしだからしょっぱいな、と思い、ネギを一本と熱い揚げの



はじっこを一口かじり、じんわりしみ出る甘さに「あ、これでバランスをとっているのね」と



納得。 でも、結果的に塩分強いよね・・・。



 出汁好きなあたしはつゆも全部飲んでしまいたかったですが、結局塩辛さに断念。



3分の1ほど残してしまいました。 ネギがもっとほしかったかな・・・でもそれでは「たぬき



そば」のバランスが崩れるのか。 主役はあくまで揚げだから。 そばはかなり白めで



角ばっている。 昔ながらの関西の蕎麦屋さん、という風格でした。



 今度行くときには天ざる(天せいろ?)、頼んじゃおっかな〜。



 次のタイミングがいつかはわかりませんが。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ごはん・お茶の時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月06日

今日は、5冊で。

 正確には『声優魂』も買ったので6冊になりますが、そこは先に紹介してしまったので省きます(それにしても新書ってほんとにあっさり読み終われるわぁ、ということに改めてびっくり。 普段、厚めの文庫ばかり読んでいるためです)。

  クリフトン年代記4−1.jpegクリフトン年代記4−2.jpeg 追風に帆を上げよ<クリフトン年代記・第4部>/ジェフリー・アーチャー
 全7部構成というこのシリーズも、ついに折り返し地点に。 “よき者と悪き者の対立”という構造は更に明確さを増し、『ケインとアベル』に通じるものがありそう。 やはり彼が描きたいものの原点はそこなんじゃないか、と思ったり。
 ちなみに下巻の表紙の方、ちょっとトム・クルーズに似てる? 

  はかぼんさん.jpeg はかぼんさん<空蝉風土記>/さだまさし
 かつて小説版『精霊流し』が出たときに読み、号泣したあたしですが「いやいやいや、さだまさしならもっとすごいの描ける!」と思ったのも事実。 でもその後出される“小説”は自伝的要素の強いものだったり、現代の問題に踏み込むものだったり・・・それが間違いだったとは言いませんが、彼にはもっと他に書くべきジャンルがあるんじゃないか!、ともやもやしていたのも事実(なので、本を買ってはみたものの読んでなかったり、今回の『風に立つライオン』の映画化にも懐疑的である)。
 しかしこの『はかぼんさん』は違う。
 民俗学的に日本各地に点在する文化と「あるかどうかわからないものを信じる、という日本人独特の奥ゆかしき信仰心」や、“神の奇跡”なんて大袈裟なものではなく“妖精のいたずら”レベルのことに美しさや価値を見出す。 まさに<風土記>こそ、彼がもっと力を入れて描くべきジャンルではないだろうか!
 というわけで、これはこちらもしっかり読ませていただきます(単行本出たときから気になっていたけれど、結局文庫化を待ってしまった)。

  殺意の迷宮.jpg 殺意の迷宮/パトリシア・ハイスミス
 これを原作とした映画『ギリシャに消えた嘘』が公開されるおかげで久し振りに重版かかったので「チャンス!」とゲット。 パトリシア・ハイスミスとクリスチアナ・ブロンドがかつてよくごっちゃになっていた罰当たりなあたしですが、パトリシア・ハイスミスは『太陽がいっぱい』だけの人ではない、ということをもっと広めてほしい。
 でもこっちを読むより先に映画を観てしまいそうなんだけど・・・逆にかえってその方がいいかもしれないな。

  少年十字軍.jpeg 少年十字軍/皆川博子
 もう、このタイトルだけで「傑作!」とわかる風格と言いましょうか(そのくせハードカバー版を買っておかなかったのは何故か問われるならば、やはりあたしは文庫が好きだからです)。 なんか、三浦哲郎の『少年讃歌』を読んだときのことを思い出しちゃう。
 それにしても、同テーマで作品を一足先に上梓していたからといって、皆川博子にそんな口が聞けるなんて古屋兎丸って何者!、とあたしは些か腹立たしくなりました(勿論、皆川博子さんは感謝の言葉のみ述べられています)。 それとも編集者同士の伝言ゲームだから(ファンにとっては)失礼に感じるのかしら。

ラベル:新刊
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2015年04月05日

声優魂/大塚明夫

 久し振りに新書を買ってしまった。
 それくらい、“大塚明夫”という名前にはあたしにとってインパクトがある。 というか、あたしの記憶の中では気がついたら彼はすでにベテランであった印象で(むしろあたしは山寺宏一さんの声と名前が一致するほうが遅かった)、それだけ、明夫さんの声は唯一無二というか、聞いたら忘れられないものなのである。
 ちなみに、あたしにとっていちばん付き合いが長い明夫さんのキャラは海外ドラマ『ER』のピーター・ベントンでした。

  声優魂.jpg ほんとは、タイトルを『声優だけはやめておけ』にしたかったのでは。

 本書は、そんなベテラン声優・俳優による若手声優志望者への“喝”であると同時に、ある種のアーティストとして生きることを決めた者は普通の生活なんかできません(望むことがそもそもの間違い)、という覚悟を説くものである。
 なので「声優界裏話」的なものを期待すると肩すかしをくらうし(しかし男気あふれる明夫さんがそもそも個人的エピソードを具体的に披露するはずがない。 山ちゃんとの関係は特別なようで、そのあたりは少し書かれてはいるが)、父・周夫さんとの関係も必要最低限しか書いてないし。 そのかわり、ギャラ問題などには遠慮することなくしっかり書かれてる(だからこそ、新作アニメ1クール主役になっても、それだけでは生活できない、という具体的な数字に説得力が)。
 あぁ、のんきなこと言ってやるべきことをしない中高生、これを読め!
 そして内容は俳優・声優の世界に限られてはいるが、「覚悟を持って仕事しろ」というのはどのジャンルの職業についても言えることだし。 いやー、なんだかすっきり。
 仕事場のお昼休憩時に読んでいたら、同様に大塚明夫という名前にひかれたお仕事仲間から「次、貸して〜」と言われる。 日本の声優文化を理解し、大事に思う人たちは結構たくさんいるのである(あたし自身は「“声優”ニアリーイコール“舞台俳優”」だと思っています)。
 そんなわけで速攻、読み終わったので、速攻、お貸ししました(なので今、本はあたしの手元にはない)。
 その人とは、バブル期周辺に各テレビ局が独自につくっていた洋画吹替のひどい例について語り合って、盛り上がりました(例:織田裕二&三宅裕司による『バック・トゥ・ザ・フューチャー』など)。

ラベル:エッセイ
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2015年04月04日

きっと、星のせいじゃない。/THE FAULT IN OUR STARS

 改めて探してみると、外国のYA小説にはなかなか優れたものが多い。
 なんでだろう・・・と考えるに、諸外国には日本の少女マンガという存在がないからだ!、と気づく。 逆にいえば、少女マンガがあるせいで日本ではYA小説があまり根付かないんだろうか(一般小説とされるかライトノベルとしてマニア向けにジャンル細分化されるか。 いや、私の時代の集英社コバルトシリーズはもっとメジャーだった気がしますが)。
 つまり、この映画を観て、とても上質の少女マンガを読んだような、そんな満足感に浸ることができたのです。
 16歳のヘイゼル・グレース(シャイリーン・ウッドリー)は末期がん患者だが、ある薬が奇跡的に効いているおかげでとりあえず日常生活は送れている、いつも酸素ボンベをつないだままだけど(だから学校には通えないし、日常生活っていったって自宅から半径何mって範囲)。 こんな状況で希望なんてないよね、とふてくされ気味のグレースだが、母親(ローラ・ダーン)の希望でいやいやがん患者集会に参加すると、そこでガス(アンセル・エルゴート)というちょっと変わった青年と知り合う。 彼は骨肉腫を克服したキャリアの持ち主で、片足が義足であることに誇りを持っているようだった。 お互い、一目で恋に落ちた二人だが、自分を“爆弾”にたとえるヘイゼル・グレースは距離を置くことにし、けれどガスはそれにめげない、というさわやかラブストーリー的展開に。

  きっと星のせいじゃないP.jpg 運命がくれた、今日が愛しい。

 ガスくん、どっかで見たことがあるなぁ、と思ったらリメイク版『キャリー』でキャリーをプロムに誘った彼ではないか。 微妙にハンサム度が足りない感じが、こっちの映画では吉と出ました。
 「ただの友達だから」と母親に言うヘイゼルに対し、「僕はそう思っていません」と言うところがとてもキュート!
 ガスくんはガスくんでのちのち苦悩を抱えることになるのだが、あえてヒーローでいることが彼のアイデンティティだったり、でもつらいこともあったり、と、彼も繊細な演技で応えていて、この二人がとってもいいコンビに思えたのでした。

  きっと星のせいじゃない1.jpg 普通のデート。
 先が見えないどころか、そもそも先がない関係だからって「ほんの少しかもしれない先」ごとあきらめるのか? たとえどれほど短くても楽しもうじゃないか!、というガスくんの思いが彼女にいい影響を与えていく過程がとても微笑ましい。 かたくなだった表情のヘイゼルがちょっとしたきっかけでやわらかくなりはじめ、目が輝きを宿し、でも消しきれない苦悩が顔を出す、といった繊細な演技がとてもよかった。 このあたりも「少女マンガっぽい」とあたしに思わせた原因のひとつであろう。
 最初に2人の関係をぐっと身近にしたヘイゼルのお気に入りの小説の、描かれていないその後について語り合う場面がいかにも若者っぽくていい感じでした(いや、あたしは今でもやるが、相手が減ってきた)。
 お涙頂戴でもなく大袈裟な演出もなく、淡々と静かに、けれど確かに日々を積み重ねるような撮り方も好感触。 その小説家に会いにオランダへ行く、というのがその後の2人を変えていくまさに人生のハイライトであるが、その小説家が髪を短くしてこざっぱりしたウィレム・デフォー!(おかげで最初一瞬、気づかなかった)

  きっと星のせいじゃない4.jpg 実際、オランダから生きて帰ってこれるかどうかはわからなかった。 待つだけの父親もつらい(だからこそよろこびが炸裂)。
 若い世代の映画であるが、いい大人たちがしっかり脇を固めているので、決して軽い話ではない。 いくつになっても自分は健康だと考える人間はこの先も同じような時間が流れていくと錯覚しがちだけれど、決してそんなことはないのだと、一日一日を大事に、どう価値のあるものにするか。 それは終活にも通じるのではないか。 いや、むしろ人生後半以降の人が観た方がしみるかも。 で、あたしはよい少女マンガを読んだときのような満足感とともに映画館をあとにしたのだった。

ラベル:映画館 外国映画
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2015年04月03日

怒濤の一週間を締めくくる金曜日

 「金曜は、MAX17時半かな〜」とは、誰の台詞だったのだろう。
 おぉ、週末にして今週初めて普通の時間に帰れる!
 ならばシネ・リーブル神戸で『おみおくりの作法』18:40の回に間に合う!
 ま、17時半ジャストは無理としても、18時過ぎに仕事場を出れば十分間に合います。
 そんなわけで、あたしに危機感はなかった、15時半過ぎるくらいまでは。
 しばらく前から会議の書類はペーパーレスになった。
 あたしの仕事のひとつは、えらい人などが出す書類データを会議用に体裁を整え、pdf化して専用のクラウドスペース(勿論、セキュリティ化されている)にアップすること。
 作業自体は大した手間ではない(が、みなさんそれぞれ適当なファイル名でよこすので、順番通りに並ぶように名前のルールづけを決めたのはあたしです)、のだが・・・。
 肝心の原稿が、来ない・・・。
 これまでのように印刷する手間が省けたのは確かなのだが、それ故に締め切りが延びたと勝手に解釈してる人、多すぎ・・・(それでも確かに公的な締め切りも一日ほど伸びてはいるのだが、「会議前にアップすりゃいいだろ」と思っている人が多いのである。 そうすると適当な名前のファイルで入れてくるので、順番が狂う! しかもpdfで入れる、というのは最初からの約束なのに、ワードやPPで入れてくるやつもいる)。
 唯一、締め切りもファイル名ルールも守ってくれるリーダーが今回、他部署からもらうデータをまとめる役を担ったようなのだが・・・「なんじゃこりゃ、意味がわからん!」を連発。 普段穏やかな方なのだが、毒舌が止まらなくなり、そこであたしのイヤな予感が発動(改めて思えば、その予感は遅すぎた)。
 結局、書類が全部揃いません(残りは明日の朝になります)、と判明した段階で、クラウドにアップを決意。 でもあたしは土曜日出勤しないからな〜、あとは野となれ山となれ、じゃ。
 結局、映画は間に合わない(仕事場を出たのは20時頃)。 ちょうど突風とゲリラ豪雨が襲っていったあとらしく、空気は靄がかかっていたけれど雨にあたらずには済んだ。
 しかしこの一週間、へとへとである。
 家に帰ってため込んだ海外ドラマを観ていたはずが・・・気がついたら泥のように寝てしまっていた。
 な、なんで今週はこんなにいそがしかったのか・・・来週は穏やかであってほしい。

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2015年04月02日

カルニヴィア 2 誘拐/ジョナサン・ホルト

 引き続き、『カルニヴィア』三部作の2作目。 3作目の邦訳はまだ出ていないので、これでまたしばらく待たされることになる・・・。
 でも、最初に1作目が(早川書房としては)大々的に宣伝されたときに受けたあたしの印象は、もっとドロドロとしたサイコスリラー的なものだったけれど、実際はヨーロッパの歴史の闇の深さとか、そういうものだったとは。 権謀術数は、日本人の不得意とするところですなぁ、としみじみする。

  カルニヴィア2.jpg 今回はイタリア国内にアメリカ軍の基地をこれ以上拡大しない・させないという運動をするいさかか過激なグループが出てきます。 まるで、この国のようではないですか。

 反対運動が巻き起こるイタリア駐留米軍基地の建設現場で年代物の人骨が発見される。
 鑑定結果によれば、第二次大戦中に行方不明とされたパルチザンのものと判明。 一方、米軍士官の娘・ミアが誘拐され、犯人は基地建設反対を訴えながらオレンジ色のジャンプスーツを着せられたミアをグアンタナモ刑務所でおこなわれた“アメリカの法律では拷問と見なされない拷問”にかけ、ネット上で公開する。
 前作で仲間意識が強まったイタリア憲兵隊のカテリーナとアメリカ軍人のホリーは、特殊なSNS“カルニヴィア”の創設者ダニエーレにまた協力を要請し、ミアの一刻も早い発見に努めようとするが・・・という話。
 相変わらずリアル一辺倒ではなく、かなり荒唐無稽が入っています。 でも扱うテーマが重たいから、これくらいがいいバランスなのかも。 他者に心を閉ざしまくるダニエーレが、ホリーに出会ってからちょっとずつ変わっていこうとしていくのも微笑ましいポイント。 更に、カテリーナのイタリア女ぶりも自覚のない無神経な方向に広がっていて面白い。
 正直なところ、「グアンタナモの件はまだ片付いていない」ということにびっくりする。
 あれから何年たっているんですか!
 けれどそれがヨーロッパとアメリカの関係や、共産主義と資本主義の対立(イタリアもかつては独裁国家だったわけで、その前は別々の国だった)、キリスト教圏とイスラム教圏の(日本人にはいささか理解が難しい)複雑で絡み合った問題に、読んでいて眩暈がするほど。 こういうとき、「日本が島国でよかった!」とか、「国境があるとはいえ所詮口約束で引いただけの線。 地つづきのところは大変」とか、中学校の歴史の時間に思ったことが今も頭をよぎる(勿論、日本には日本の大変さもあるのですが、ヨーロッパの血ぬられ具合に比べればまだましなんじゃないかと)。

ラベル:海外ミステリ
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2015年04月01日

やっと、スコーン・クラシコ@旧マドマド

 お久し振りに訪れてみた元・マドマド(現・マヒーシャ元町店)は、前回来たときよりも営業時間が延びていて(ランチが再開・閉店19時半)、ちょっと安心しました。
 それでも平日油断すると、間に合わない時間なのですが(実は今週がそう!)。
 これは先週金曜日にギリギリ間に合った図でございます。
 いつもデザートプレートに流されてしまうあたし、今回こそスコーンセットをオーダーだ!、と固く心に誓って来たのです。

  CA3A1838.JPG 勿論、ここはクロテッドクリームで。

 クロテッドクリーム、実は初めてで。 イギリスの小説に出てくるアフタヌーンティー場面で当然のように存在するクロテッドクリーム、これまでも手に入れるチャンスはデパ地下などであったのですが、要冷蔵なのでまっすぐ帰る日にしか買えない・・・そういう日に限ってそのあとレイトショーだったりして、買えなかったのでした(それで、いつの間にやらお店がなくなったりして)。
 で、初クロテッドクリームの感想は・・・「生クリームとバターのいいとこどり!」
 うーん、カロリー高そう・・・と思いつつ、たっぷりスコーンに塗って食べました。 熱でほんのり溶けつつも原型が残っている感じで食べるのがお気に入り。
 マーマレードとブルーベリーのジャムもほどよいアクセント、クロテッドクリームとの相性もよろしいです(いちごジャムではどうなるのか試してみたい)。

  CA3A1839.JPG ちょっと紅茶濃く淹れすぎました。 なのでミルクをいつも以上にたっぷりと。

 とはいえ相手はスコーン。 口の中の水分を全部持っていきかねない勢いで・・・当然のようにお茶が進みます。 早いペースでミルクとさし湯をおかわりしてしまいました。
 そして本など読んでいたらあっという間に時間が過ぎ、あわてて映画の時間に間に合わせるあわただしさ。 ほんとはもっとゆっくり過ごしたいのですがね(でも閉店時間も迫ってきていたので、ちょうどよい感じだったですが)。

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