2015年04月30日

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)/BIRDMAN OR(THE UNEXPECTED VIRTUE OF IGNORANCE)

 タイトルが長いので全部表記できませんでした。
 『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』/“BIRDMAN OR(THE UNEXPECTED VIRTUE OF IGNORANCE)”と改めて書いておきます。
 言わずと知れた本年度アカデミー賞作品賞受賞作ですが・・・なんというかハリウッドの内幕ものというか。 セルフパロディがこんなに評価されちゃっていいんですか?、という気がしたかも。
 ワンカット・長回し風の撮影技術について熱弁をふるっている映画ライターの方などを結構見かけますが、実は内容にはそんなに関係ないというか、語るべきことはそこではないんじゃないか、と思います(勿論、技術的にすごいということはわかりますけどね)。 映画で、舞台の表も裏も舞台のように撮ってみた、という感じ(だからカメラが固定されたままで空が夕方から朝へと時間経過を表すところは、舞台でいうところの暗転)。

  バードマンP1.jpgバードマンP2.jpg 左:第一弾。
    すべてを手に入れ、すべてを手放した。もう一度輝くために、もういちど愛されるために、いったい何をすればいいのか――?
    もういちど輝くために、もういちど愛されるために、すべてを手放し、羽ばたこう。

 冒頭でレイモンド・カーヴァーの一説が引用されるのを見て、「あ、そういうことか!」となんかわかった気がした。 「ムラカミハルキ的」とでもいいましょうか、現実と虚構の境界が曖昧どころではなく同居しているのね、とでもいうのか。
 20年前、ヒーロー映画『バードマン』とその続編で一躍スターダムに上り詰めた俳優リーガン・トムソン(マイケル・キートン)だったが、3作目のオファーを断り、その後人気は凋落。 今やすっかり落ちぶれた“かつての映画スター”となってしまっているが、再起をかけて自分で脚色・演出・主演で舞台『愛について語るときに我々の語ること』(原作はレイモンド・カーヴァー)に立とうとする。
 が、不慮の怪我で降板した俳優の代役としてやって来たマイク・シャイナー(エドワード・ノートン)は普段はクズ人間だが、役者としての気概や才能や自信が思いもかけない形でリーガンを追い込むことに。
 付き人をいやいやながら務めるリーガンの娘サム(エマ・ストーン)は常に父親に対して敵意をむき出しで、リーガンは心の休まるときがない。 そんな彼に、“バードマン”がささやく。 「お前の能力を思い知らせてやれ」と・・・。

  バードマン2.jpg 多分、“バードマン”の声や姿はリーガンにしか感じられないのであろう。
 彼は無意識下の自分の具現化なのか、妄想なのか。
 これを突き詰めればサイコものになるところだが(たとえば『ブラックスワン』のように)、この作品の面白いところはあくまでコメディとして撮っているところ。 意味のわからないところは多々あるし、「それでいいのか?!」なところもあるけれど。
 あと、あたしはかつて演劇に片足つっこんでいたことがあるので、舞台上とその裏の違いとか、「あぁ、そういうこと、あるよねぇ」的あるあるネタが懐かしかったり面白かったり。 だからそういう経験のない人や演劇に興味がない人が「アカデミー賞だから」という理由で観たとしたら残念なことになりそうな気配濃厚。

  バードマン3.jpg なんとあのザック・ガリフィアナキスが、この映画の中ではいちばん常識人ぽかったことに、なによりびっくり。

 タイムキーパーの役でドラマ『ナース・ジャッキー』のナースさんがいたり(なんか痩せていた?!)、アンドレア・ライズブローもいたりして、キャスト的にも好きな人が揃ってました。
 でも結局、アメリカでいちばん受けた理由というのは、映画やテレビドラマだけしか出ない俳優よりも、舞台をしっかりこなせる俳優のほうが格が上なのですよ(それはセレブリティとか、世間的知名度とは関係なく)、という固定された価値観ががっちりと描かれていたからではないか、という気もする。 そのあたりも大変興味深かったです。
 一度栄光を手にした男が、それをまた掴みたくてあがく話、といえばそれまでなのですが・・・求めるモノは俳優としての評価なのか、またちやほやされたいのか、その結果ついてくるであろう家族の愛なのか。 ひとつうまくいけば全部うまくいくと思っている、そんな男性の単純さもまた、きっと愛すべきものなのでしょう。

ラベル:映画館 外国映画
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2015年04月29日

今日は2冊。

 30日(月末)・1日(月初)ということもあり、それ以外にも仕事は山ほどあるので、この2日間は何時に帰れるかわからない、と観念し、祝日であるが出掛けたのをいいことに文庫コーナーに寄ってきました。

  イオニアの風.jpeg イオニアの風/光原百合
 『時計を忘れて森へ行こう』『十八の夏』の著者による大作。
 タイトルと表紙から、ギリシャ神話がらみと推察(なんだかギリシャづいている。 これもセレンディピティ?)。

  ノヴァーリスの引用 滝.jpeg ノヴァーリスの引用/滝 /奥泉光
 作者初期の傑作と名高い二編の合冊。 帯に<終わりなき推理の連鎖が、現実を変容させる>とあって、なんだかとてもドキドキする。 読みかけの本はたまっているが、早速明日からの通勤のお供にしようか、と思案中。

 そしたらアマゾンでGWキンドルセールがスタートしていた。
 つい、ジャック・ケッチャムをぽちってしまった・・・(しかも『オフ・シーズン』とあの『隣の家の少女』)。
 二度と読まなくてもいいような後味の悪い作品なのに・・・なんでかしら。

ラベル:新刊
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2015年04月28日

『清々と』、最初から。

 さて、昨日買いましたマンガ、まずは『清々と』の3巻を手に取り、読む。
 ・・・なんか・・・印象が違う感じが・・・。
 なので本棚をひっくり返し、1・2巻を探して最初から読みなおし。
 そうそう、主人公の清(さや)がお嬢様高校に入学し、違う世界に圧倒されつつ、彼女と高校に集う人たちを描く連作短編だった(だから守衛さんが語り手とか、校長先生の若き日のエピソードなどもありました)。
 しかし、3巻以降は一気に物語が収束に向かうかのように清中心の物語に。

  さやさやと3.jpeg ま、主人公だからそれでいいんでしょうけど・・・。
 清の友人たち(特に親友のみやびちゃん)はそのあおりをくらってすっかり脇役扱い。
 群像劇好きとしては、ちょっとさびしい展開に・・・(勿論、それなりの見せ場は用意されているのですけどね)。
 高校卒業後、大学へ進み社会人となったの清の進路だけでなく、他の同級生の方々のその後も知りたかった。
 面白くなかったということではないのです、1・2巻と3・4巻のテイストが急激に違いすぎたので戸惑っているのです。 星野君(清の公立中学時代の同級生)の登場で、清の弟がそのあおりをくらったのかあまり登場してこなくなったし・・・。
 でもあたしがそう思うのは、登場人物たちに愛着があるからでしょう。 作者ならばもっとあるはず。 こうやって物語を展開させることに苦労したのも、また作者自身であったのかもしれず。
 なにしろさわやか少女マンガですので、そのうちまた読みたくなることでしょう。
 さて、本棚に4冊並べるスペースを作らなくては。

ラベル:マンガ
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2015年04月27日

今日は5冊でマンガ三昧。

 『なごみクラブ』の発売延期はつらい・・・結構楽しみにしていたので。
 それでなくとも残業続きの日々のうるおいを求めているわけでして。
 そんなわけで本日も、ジュンク堂センター街店に閉店ぎりぎりに飛び込み、ドカンと買い込むのでございます。

  ランド01.jpg ランド 1/山下和美
 持った瞬間、「分厚い!」とびっくり。 『天才柳沢教授の生活』の倍以上あるんじゃないのか(でもその厚さに比べて重みはそれほどでも)。
 内容はまだ読んでおりませんが、山下和美もついに311後の日本の不安を物語にする日が来たか・・・という感じ。 作家として描かずにはおられない作品なのでしょう。

  さやさやと3.jpegさやさやと4.jpeg 清々と 3・4/谷川史子
 2巻が出てから結構な年月がたった気がしますが・・・3・4巻同時発売にして完結(作者まえがきによると完結まで7年かかっているそうな)。 続きが出ないのは「掲載していた雑誌が休刊」とか最近よくある事情かと思っていましたが・・・そういうわけでもないのか?
 このシリーズは『りぼん』時代に作者が描いていた世界観にかなり近いので(というか、基本的に同じ話だったんですけどね、描かれていたのは)、個人的に大変懐かしいです。

  ニンフ.jpeg ニンフ/今日マチ子
 だからあたしはこの人のカラー挿画に弱いと何度言えば・・・というか、なんで同時期に何冊も出るんですか!
 ニンフは妖精の意、それとニンプ(妊婦)をかけているのかなぁ、という感じ。

  吉野北高校図書委員会1.jpeg 吉野北高校図書委員会 1/今日マチ子
 だからあたしはこの人の(以下略)。
 もともと角川文庫で出ている小説のカバー絵を担当していたことは知っていて、買いそうになってたけど作者知らない人だし、ライトノベルっぽいぞ、ということで避けていた作品ですが、今回、原作ではなく<原案>ということになっていて、ということはかなり今日マチ子風味になっているはず!
 あとは帰り際に1Fで『ロジックパラダイス』最新号買いました〜。
 2F小説コーナーに寄る時間はなかった! また次回!

ラベル:新刊 マンガ
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2015年04月26日

ゴジラの日@WOWOW

 今日は、5月から<ゴジラ全30作品一挙放送>がWOWOWで始まる前触れとして、「ゴジラの日」と銘打って、第一作から最近のハリウッドリメイク作まで選りすぐり(?)の5作品を一挙放送。
 『ゴジラ』(1934年版)は子供の頃多分観たことがあるはずなんだけど、細かい部分を意外に覚えていなくてびっくり(というかその時期、ゴジラもガメラもいっぱい観ているので記憶がごっちゃになっている可能性大)。
 「えっ、もう船、沈んじゃいますか?! 被害が次から次と?! 展開早いなぁ」と前振りの長い最近の傾向の映画に慣ならされてしまった身には、スピーディーな展開がとても新鮮。
 そして、一作目からあのテーマ曲が完成しきっていることに感動。
 あー、これ、できるだけ観よう、と決心。

 そして最近のハリウッドリメイク『ゴジラ』は吹替版で。
 原発にいた博士(ブライアン・クランストン)は字幕版で映画を観ていたときは菅生隆之さんのイメージだったのですが、もっとソフトで若い!(原康義さんでした)。 チョイ役ながらゴジラ研究者の声が「おや、佐野史郎?」というのもあって、こういう感じだったら吹替版も楽しめる範囲なのにな、と思ったり(残念ながらアーロン・テイラー=ジョンソンの妻役の吹替の人はまだ練習が足りてない)。 しかし字幕ではカバーしきれないニュアンスを吹替版のほうがしっかり押さえているのは確か。 「水爆実験はゴジラを殺すため」の前に、「原子力潜水艦があるエリアを航行したためにゴジラを目覚めさせてしまった」的一言があり、「あぁ、それならば人間のせいね」と納得できたのでありました。
 が、日本語吹替版にしたら、芹沢博士(渡辺謙)の役立たず感はより強まったような・・・。
 とりあえずGWの予定は、半分ほどゴジラで埋まりそうです。

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2015年04月25日

ギリシャに消えた嘘/THE TWO FACES OF JANUARY

 勿論、<極上のクラシック・サスペンス>というコピーに惹かれましたが、でもあたしのいちばんの目的はヴィゴ! ひとえにヴィゴ・モーテンセン見たさでございます。

  ギリシャにP.jpg 人を殺めた男。美しい妻。目撃した青年。
    危険な秘密と欲望を内に秘めて逃亡する三人。 罠か、それとも愛か――。

 舞台は1962年のギリシャ。 アメリカ人だがアテネでツアーガイドをしつつ客から金をちょろまかすことで暮らしているライダル(オスカー・アイザック)は、パルテノン神殿で印象的な二人連れを見かける。 のちにカフェでその二人を見かけ、チェスター(ヴィゴ・モーテンセン)とコレット(キルステン・ダンスト)という夫婦の旅行者だと知る。
 ライダルはうまく意思疎通できないままの実の父親の面影をチェスターに見い出し、話しやすく魅力的な彼と美しいコレットに惹かれていくが、実はチェスターには逃走中の詐欺師であるという過去があり・・・という話。
 時代的なものもあり、犯罪者側から描いているせいもあり、警察は役立たずで正統派ミステリとしての味わいには欠けますが、“心理サスペンス”としてならなかなかの一級品。

  ギリシャに3.jpg パルテノン神殿に白ずくめで行くとはやりすぎだぜ、と思うけれども、実はギリシャ神話の比喩っぽい。 チェスターは白い牡牛に変装したゼウスか?
 原題の“THE TWO FACES OF JANUARY”も、この出来事が起こったのが一月という意味もありつつ、JANUARYという単語自体がヤヌスから来た言葉。
 <ヤヌスの二つの顔:片方は過去を、もう片方は未来を見るヤヌスは、互いの顔を見ることはできない>というダブルミーニングかと(ヤヌスはローマ神話の神ですが)。
 二面性という意味で考えると、ゼウスとクロノスの物語が思い出されます。

  ギリシャに2.jpg 物語は考えすぎ一方通行の三角関係へと発展。
 それぞれが秘密を持ち、それ故に誤解を生んで、嫉妬や妄執といったマイナスの感情にとらわれた結果起こる悲劇は、一歩踏みとどまれれば防げるものだったのだけれど、それができなかったからこその悲劇。 でもそれが、虚栄と退廃の美なのよねぇ。
 美しいものを見てついもれるため息。 それが至る所にある映画です。
 お目当てヴィゴは見てくれはかっこいいくせに結構小心者でかっこわるく、それをあのヴィゴが堂々とかっこわるく演じているのが逆にかっこいい! ← 矛盾してますか?
 そのヴィゴにつられるように、オスカー・アイザックも好演。 悪役が多いイメージですが、ナイーヴな青年役も似合う!

  ギリシャに5.jpg ほんのり色気漂うあたりもヴィゴに負けてない。
 その二人の間に立ってバランスをとるキルステン・ダンストもなかなかいい雰囲気を出しており、ほぼ三人芝居と思って問題ないというか、この三人のやりとりで十分スリリングです。
 携帯電話もネットもコンピューターもない時代に警察を無能呼ばわりするのはフェアではないけれども、あの時代だからこそ出せるスリルというものは確かにあって、そういうものもあたしは愛しているのだと実感。
 ライダルくんの成長物語と読めないこともないが・・・やっぱり舞台がギリシャだからこそ意味があるというか、あぁ、あたし、こんなに神話を覚えているとは思わなかったわ!、的うれしい発見。 勿論、比喩に気づかなくとも十分楽しめるゴージャスさもありますし、クラシカルな味わいも一興。 ずっと脚本を書いてきたホセイン・アミニ初監督作だそうで、かなり温めていた題材だったのかな、と感じたり。
 意外性はないけれども、クラシカルな上質品を見た気持ち。 あたしは大変満足です。

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2015年04月24日

え、延期!

 業務連絡:

   遠藤淑子『なごみクラブ』6巻は、4月22日発売予定から7月に延期になりました。

 本屋さんで確認しました。
 あとがきで「今度こそ落とすかも」と毎回描いていた作者、ついに落としたのか?!
 それとも出版社・印刷所の都合か?
 事情は不明ですが、とりあえず<中止>ではなく<延期>、ということに安堵。

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2015年04月23日

おみおくりの作法/STILL LIFE

 『フル・モンティ』のプロデューサーによる監督作、というだけであたしには引っかかり十分、しかも地味目なイギリス映画ということでますますそそられます。 さらに主演はエディ・マーサンと来たもんだ! 好みの予感、直球。

  おみおくりの作法P1.jpg ロンドン市、民生係 ジョン・メイ
   あなたの旅立ち、心を込めて見守ります。

 ロンドン南部ケニントン地区の公務員で民生係のジョン・メイ(エディ・マーサン)は、身寄りのない人々が亡くなった際に故人の縁者を探しつつ、部屋にあるもので故人の人柄や来し方を偲び、葬儀を執り行う仕事をしている。 彼の努力にもかかわらず、葬儀の参列者はいつも彼だけ。 それでも、精一杯の弔辞を読む。 それがジョン・メイにとって死者に敬意を払うことだから。
 このジョン・メイさん、とにかく素晴らしいのです!
 微表情というか、些細な顔の筋肉の動きで喜怒哀楽含めた細かな心の動きが表現されている!
 だから台詞は結構少ないんだけれど、物足りなさは全然ない。 説明も少ないけれど、それがむしろ“間”の味わいになっているというか。 あたし自身のコンディションは大変よろしくなかったのですが、静かな映画なのに眠気に襲われることなく、時折顔を出す微笑ましさに心を動かされまくり。

  おみおくりの作法6.jpg ジョン・メイの毎日の夕食。 イギリス人、ほんとに食に興味がない人はないなぁ。
 自宅でも、職場でも、モノの配置はいつもきっちり決まっており、それだけでジョン・メイの規則正しさを愛する加減というか、変化を望まない性格が十二分に表現されている。
 しかしジョンの向かいのアパートに住んでいる人が孤独死したことをきっかけに、「何故自分はこんなに近くにいて彼(ビリー)のことを知らなかったのか?」とビリーの過去を知る旅に出てから、ジョンの人生もまた変わっていく・・・というささやかながらじわじわくる味わいがとても素敵。
 いつも紅茶しか飲まないジョン・メイだけど、駅の待合所の店員さんに「新しい機械が入ったから味が全然違いますよ」とココアを薦められ、それを頼んでしまう。 それを一口飲むところでカットが変わってしまうんだけど(表情だけではそのココアをジョンがどう思っているのかはわからない)、また次に同じ場所に来たときにはココアを飲んでいる。
 「気に入ったのか! 美味しいとか言え!」と心の中でついつっこむあたしであったが、一人のときはいちいち言葉に出さないよね。 わかりやすさを求めてしまっているのかな、あたしも、と反省。
 いろんな人に会い、ビリーに少しずつ迫っていく過程で、ジョンは新しい食べ物に出会い、仕事とプライベートで服装をわけてみたり、そういう変化がいちいちキュートで。 なのである人物に会いに行ったときに食事をふるまわれ、それがこれまでの自分と同じメニューだったときの一瞬のがっかり感(それもまた微表情!)には、こっちはにやにや笑いが止まらず。

  おみおくりの作法3.jpg ようやく出会ったビリーの娘(アンヌ・フロガット)。どこかで見たことがあると思ったら・・・『ダウントン・アビー』のメイドのアンナではないか。
 そこからは「あぁ、こうなってほしいなぁ」という流れで、こっちもとてもあたたかな気持ちになってくる。 だから、あぁ、こうなってほしいなぁ、という期待を見事に裏切る急展開には「まさか! そんな!」と愕然としたのだが・・・、エンディングに辿り着くときにはこれ以上の美しい終わりはないかも、と思わせるある種の完璧さがそこにはあって、ただ胸を打たれた。
 あぁ、このエンディングのための物語か。
 「こうなってほしいなぁ」という浅はかな情に流されない終幕は、ただただ見事というほかはなく。 はらはらとした涙が流れるだけ。 それ故に、これは忘れられない映画となった。
 しかし、そんな幸福感に満たされたあたしの少し前を、「なんだよあれ、『おくりびと』のほうがましだよ」とお連れの方に物申す青年(?)がおり・・・あたしは背中に蹴りを入れたくて入れたくて(勿論、入れなかったけど)。
 基本的に他者の意見は意見として受け入れる姿勢のあたしだが、「『おくりびと』は生と死が地続きであると気がつかされたときのモッくんの行動が底が浅いんだよ! むしろ日本人的な死生観に通じるジョン・メイの生き方と結果として生まれた美学がわからないのか!」と説教したくなった。
 わからないひとにはわからないんだなぁ、と、今更、実感。
 でもこの映画の素晴らしさは変わらない。

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2015年04月22日

今日は、3冊。

 雨が上がってきてよかったです。 別に雨はキライではありませんが、こっちにいるとすぐに湿度が上がるので、それがしんどいのです(気温が上がるのはもっとしんどいですが)。 なんかもう、春を飛び越して梅雨かい?!、という感じがしていたので。

  コクーン文庫版.jpeg COCOON/今日マチ子
 文庫版。 大型版を持っているのですが、特別編収録ということで購入。
 あたしはこの人の、カラーイラストに大変弱いです。

  花冠の2−06.jpeg 花冠の竜の国2nd.6/中山星香
 こちらも昔からの付き合いなので、いささか惰性で買っている部分もありますが・・・サブキャラクター愛は強いのでそのへん目当てです。

  慟哭の谷.jpeg 慟哭の谷/木村盛武
 吉村昭の『羆嵐』のもとになった三毛別事件のノンフィクション。
 筆者は営林署勤めのかたわらその当時まだ存命であった関係者の方からリアルに証言を引き出していることもあり、資料として貴重。
 そしてやはりヒグマは怖い・・・と幼少時の教えを実感するのでありました。

ラベル:マンガ 新刊
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2015年04月21日

高校生の甥に何の本を送るか悩み中 その2

 まだ悩んでおりました、この話。
 東野圭吾や宮部みゆきなんかは自分で読めるだろうし、なかなか手を伸ばしにくい作品をセレクトするのが大人の役目。
 とりあえず、『ケインとアベル』/ジェフリー・アーチャーは確定。
 同様に、『七王国の玉座』/ジョージ・R・R・マーティンも確定。
 それぞれ気に入ったら、『七王国の玉座』<氷と炎の歌>として続きがあるし、ジェフリー・アーチャーなら<クリフトン年代記>もあるし、あえて『100万ドルを取り返せ!』から遡って読んでもらってもよいであろう、という感じ。
 あと、読んでほしい作家としては、クリストファー・プリーストかな。
 個人的には『双生児』のラストの鮮やかさに度肝抜かれましたが、残念ながら文庫になっていない・・・(早く文庫にしてください、早川書房)。 『魔法』にも「はい?」と世界をひっくり返される体験をしたけど・・・高校生が読む入口としては『奇術師』がいいかしら。

  プリースト奇術師.jpeg 内容は決して簡単ではないのですが(メタフィクション入ってるし)、マジシャン二人のライバル関係という基本設定はとっつきやすいかと思って。 語りと騙りに幻惑される面白さもあるし。
 クリストファー・ノーランが『プレステージ』として映画化しておりますが、原作をかなり噛み砕いて、メタ部分も減らして「でもテーマを外さないように、かなりわかりやすく作り変えたなぁ」とあたしは感心しましたが、それでも「難解」と言われておるようです。
 そうすると、マジックつながりで思い出したのが『歯と爪』

  歯と爪新版.jpeg かなり後半袋とじで、「破らなければ返品に応じます」対象本となっております。
 ビル・S・バリンジャー作品自体もうミステリ的には<古典>なのでありますが、そのドラマ性は今読んでも色褪せることなく、マジシャンという人物像を『奇術師』と比較できるのではないかと思って。
 あとは彼の哲学趣味に満足してもらうために、『ソラリス』【新訳版】。 これなら出たばっかりだから読んでないだろう(希望的観測)。

  ソラリス文庫新版.jpeg 買ったはいいが、あたしもまだ読んでないもんね(おい)。
 『ソラリスの陽のもとに』とセットで読み比べてもらう線も考えたが、そっちはもう読んでいるかもしれないから〜。
 あと、『死者の代弁者』【新訳版】/オースン・スコット・カードも自分でパラ読みしていたらやはり面白いと思ったもんで、『エンダーのゲーム』とセットで。
 あー、『闇の左手』/アーシュラ・K・ル=グィンを忘れていたぞ! でも入口としてなら『風の十二方位』のほうがいいかなぁ。
 と、悩みは尽きないのであった・・・。
 とりあえず、第一陣はこれで送る手配をしました!
 あとは評判を聞いて、次回は夏休みかな・・・。
 今回はSF・ファンタジー&歴史人間ドラマに寄ってしまったので、次回はミステリ中心で!

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2015年04月20日

かたまりました

 先程、ブロガリの画像管理に写真をアップしようとしたら・・・アップデート画面が開き、いつものように画像検索したら、固まってしまいました。
 キャンセルもできない、アップロード画面も閉じることができない、勿論画像選択もできず。 インターネットの他のページに移動することもできない(アウトルックを見たり、他の作業はできますが)。 時間がたてばなんとかなるかとしばし待ってみましたが、変化なし・・・。
 しかしこれではにっちもさっちもいかん!
 ということで、もうパソコン再起動。
 おかげで記事を書く時間がありませんでした。

2015年04月19日

パリよ、永遠に/DIPLOMATIE

 予告で、「なんとなく舞台劇っぽいなぁ。 それも老練なオヤジ二人の会話劇」という感じがしたので、それを映画的にどう処理するのだろ?、という疑問もあって。 実際、歴史的事実に基づく出来事らしいし、ということで鑑賞。

  パリよ、永遠にP.jpg もしも、「パリ」が消えていたら――世界は、どうなっていただろう

 1944年、ナチス・ドイツ占領下のパリ。 パリ防衛司令部が置かれた老舗ホテル<ル・ムーリス>にて、司令官コルティッツ(ニエル・アレストリュプ)は、アドルフ・ヒトラーの命を受け、セーヌ川を氾濫させ、ノートルダム大聖堂他世界的な建築物を爆破し、まさにパリを完膚なきまでにする計画を立てていた。 スウェーデン総領事のノルドリンク(アンドレ・デュソリエ)は、国としては中立の立場ながら個人的にはパリ生まれのパリ育ち。 誰よりも愛するパリを守るため、コルティッツを説得しようと訪問する・・・という話。
 同じ出来事を歴史群像大作として撮ったのが『パリは燃えているか?』だそうですが、こちらはほぼ密室劇。 まさに二人のオヤジの台詞の応酬でほとんど進んでいく感じ。 絶対、これ基は二人芝居だわ、と確信(エンドロールでその旨、流れましたが)。

  パリよ、永遠に3.jpg ノルドリンクさん、本当に心の奥底はのぞかせない人。 これぞまさに外交官の鏡か!
 爆弾という無粋な武器で行われようとするパリ壊滅作戦に対して、ノルドリンクは言葉の駆け引きという交渉術だけで立ち向かう。 コルティッツはドイツ人将校だからヒトラーの命令は絶対である上、実は妻子を人質に取られているという状況。 パリの建造物の歴史的価値や、この先の時代に残す意味を説かれてもそう簡単に納得してはいけない立場。 その苦悩がドイツ人らしく結構わかりやすく表情に出てしまう。

  パリよ、永遠に1.jpgパリよ、永遠に2.jpg 得体の知れないノルドリンクよりも、だんだんコルティッツのほうが人間味あふれて見えてくる不思議。
 そんな二人による駆け引きという名の心理戦は、やはり役者が老練オヤジだからこそ見応えはあったものの、舞台で見た方がよかったかな、という気がしないでもなく。
 ただ、エンドロールに流れるセーヌ川を下りながらのパリの風景は映画ならではの美しさではありましたけれど。

  パリよ、永遠にP2.jpg この街の運命について語り明かそうではないか――
 こっちのポスターのほうが舞台劇っぽいかな。
 外交とはやはり武力の前に交渉。 しかしその“交渉”の意味と重さをわかっている人でないと意味がない、という話でした。 この老練さに、日本人は太刀打ちできるのか?
 グローバル時代、そうならなきゃいけないんだよな、という点でもしみじみ。

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2015年04月18日

すさんだココロを癒す女子会@ブラッスリー・ロバボン

 日程を決めたときには「余裕だね」という空気が仕事場に流れていたのに、予約を入れた日付が近付くにつれ、「これ、当日間に合うんだろうか?」という予感が参加者全員の頭をよぎり、「とりあえず仕事終わらせなきゃ! 完全に終わらないまでも翌週月曜日をスムーズにこなせるような状態にまで持っていかなくては!」、と言葉に出さずともみんな必死であった。
 ほんとは時間的に余裕があると思っていたときは、お店が元町だから、早く着いた人は“グリーンズ・コーヒー・ロースター”のコーヒースタンドでコーヒー買って、待ち合わせ場所で飲みながらお喋りして待とう、くらいの気持ちだったのに、結果的に全員遅刻・・・しかも結構バラバラに到着。 お店の場所を知っているあたしとEさんが別々に先導役を担うことに。
 しかし金曜日、そしてあたしは予約ドタキャンをしない客であることもお店側には伝わっているのか、待っていてくれました(さすがにあたしは予約を入れた人物なので、第一陣で到着せざるを得ず)。 みんな揃ってからメニューを決める予定だったが(パーティーコースではなくアラカルトでとお願いしてあった)、揃ったらすぐ始められるように、と大雑把な流れでメニューを注文しておく。 足りないものがあったら追加してもらいましょう。
 なんとか揃って、ドリンクを各々オーダー。 そしてプロージット!
 とりあえず、おつかれさまでした!

  CA3A1840ロバボン.JPG 前菜盛り合わせ。 野菜中心です。
 Eさんはここのキャロット・ラペがお気に入り。 ほどよい酸味がいい感じ。
 あと、“シャルキュトリーの盛り合わせ”も頼んだのですが、写真撮るの忘れました・・・。
 パテ・ド・カンパーニュとかリエットとか生ハムとかが満載で、パンが進む進む。
 「すみません、パンください〜」と何回頼んだのであろうか・・・。
 なんとなく席順が<食べ班:あまり飲めない>と<飲み班:食べるけどむしろガンガン飲む>にわかれた感じになってしまい、あたし含む食べ班3名は皿の進みが早いのでありました。 とはいえ、食べ・飲む口はお喋りも止まらないのであります。 でも結局仕事のグチが中心になる・・・そうじゃない話も、したいなぁ。

  CA3A1841ロバボン.JPG ムールフリット。 これが旨い!
 つまりムール貝の白ワイン蒸しにフライドポテト添え。
 「ムール貝ってこんなにおいしかったの?!」とみなさん絶賛(飲み班の方々はビールから白ワインにチェンジ)。 フライドポテトとの相性もよく、ほどよい塩気に両方食べる手が止まらず。 ヨーロッパの人はバケツ一杯のムール貝を食べるというが、なんとなく、納得。 で、白ワイン蒸しの鍋の下にたまっているスープにパンを浸して食べると、どことなくクラムチャウダーを食べているみたいな感じに(また「パン、くださーい」になったことは言うまでもない)。

  CA3A1842ロバボン.JPG 豚肉のバロティーヌ。
 マデラソースと香り高い黒胡椒が、赤ワインにぴったり(と、飲み班の弁)。
 豚のバラ肉なのだが、脂が全然重たくない。 一回蒸してから焼いてる? 丸めた状態でハーブとかに漬け込んでる? 製法はいまいちよくわかりませんが、黒胡椒の香りがまずガツンとくるけれど胡椒の味ばかりではない不思議(脂が甘いから?)。 下に敷かれているキャベツまでおいしい。 これもみなさん大絶賛。
 このお店を訪れる方、是非試してほしいメニューです。
 結構満腹、ということなのでカフェタイムへ移行。

  CA3A1845ロバボン.JPG さくらんぼのクラフティ。
 食べ班はデザートも食べます。 やっぱりケーキ屋さんのクラフティとは違って、フライパンで焼いてきました、みたいな、タルトタタン的な仕上がり。 ほんのり温かいので、バニラアイスクリームがどんどん溶けていきます。
 注文していない人に「さぁ、食べなさい」とまわしていくと、Eさん曰く「いいとこのフレンチトーストみたい!」。 しかし本人、「いいとこって、語彙が貧弱・・・」としばし落ち込んでいた。
 そんなわけで楽しく過ごし、ふと気がつけば閉店5分前。 お家が大阪方面結構遠い人もいるのに、大丈夫か!?、とあわててチェック。 お店の方に見送られ、急いで帰路を辿るのでした。
 「いやー、料理がどれもおいしくて楽しくて、お店の雰囲気もいいから時間がたつの忘れてたわ〜」と家が遠い人ほど言ってくれる・・・今回、予約担当ということはあたしが幹事なのに、時間読めてなくてすみません(しかもあたしが多分ここからいちばん家が近いのですよ)。 反省しながら、電車に乗って帰りました。

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2015年04月17日

ちはやふる 27/末次由紀

 仕事帰りに本屋でギリギリ買えたのに、家に帰ってお風呂に入ってごはんを食べて、海外ドラマの録画をつけていたら、いつの間にか意識を失っている・・・ということが多い此頃、今週はずっと残業続きなため拍車がかかっており、「あー、このドラマ見終わったら読もう」と思っていたこんな薄いコミックスでさえ買った当日に読めなくなっている・・・。
 そんな自分に愕然。 季節の変わり目のせい、ということにしておこう。

  ちはやふる27.jpeg 27巻目にして激動(?)の展開?!

 どちらかといえば脇役キャラの方に愛着を覚えるあたし、ダメダメだった高校生たちの成長した姿を目のあたりにして感動している瑞沢高校の先生がたにまず心打たれ。 特に国語の深沢先生のここぞの一言には「うわっ」っとなった。 大人ってこんなにも若者のことをしっかり見ているものなのか?!
 そして先輩としてきりっと自立するかなちゃん、彼女を支えることを宣言する机くん。 この二人に安定感にはほっとします。
 一方、福井県では新が団体戦に出るためチーム作りをし、かつての千早や太一が辿ったのと同じような道を何年か遅れでやっていて、なんだかほっこり。 原田先生の体現する「一生、青春」が物語そのものを貫く大きなテーマだったのだなと今更ながら強く感じてみたりして。
 ただ・・・<実写映画化決定!>と帯に書いてあるのですが、キャスト等一切未定で。
 だ、誰がやるんだ・・・(そして話はどこまでで一区切り?)という心配は尽きない。

ラベル:マンガ
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2015年04月16日

サンタクロースは雪のなか/アラン・ブラッドリー

 化学を愛する天才少女、フレーヴィア・ド・ルースシリーズの4作目。
 1作目と同様に彼女は11歳なので、1・2ヶ月毎に事件が起きてる計算に・・・次作からは12歳になるんだろうか? それとも彼女は永遠に11歳で、その一年間の中で事件に遭遇し続けるんだろうか。 確かめるために、次も読まなければ。 そういう気になってきました。

  サンタクロースは雪の中.jpg バックショー荘も冬。 けれど例年にない大雪で・・・。

 「サンタなんかいるわけないじゃない」といういじわるな二人の姉を見返してやるために、フレーヴィアは特別製のとりもちをつくって(それも化学の産物!)サンタを捕獲しようと計画中。 それでなくともクリスマスシーズンは気持ちが浮かれがち。
 ところがド・ルース家の財政状態は1作目からやんわり触れられていたものの、かなり危機的になってきたご様子で、変化を好まないフレーヴィアの父が屋敷を映画撮影のロケ地として貸し出すことに。 冬のバックショー荘には沢山の、思いもかけないお客さんたちが集まってきて・・・という話。
 さすがに4作目となってくると、「あ、今回はこの人が殺されるのね」とわかってきますね。
 でもこのシリーズの面白さは「誰が殺されるか」という意外性ではなくて、真相に辿り着くまでのフレーヴィアの過程(勿論、ドガーの絶妙なサポートつき)と、レギュラーメンバーのやりとりにあるわけで。 1950年が舞台というのも、11歳が探偵として動き回れる魅力があるし。
 それにしても、今は亡きフレーヴィアの母親・ハリエットについての謎がどんどんクローズアップされてくる。 これはほんとに謎があるのか、フレーヴィアが成長するにつれて感じることが多くなったためかどちらだろう。
 でもドガーの能力(元医者か衛生兵だったとか?)やフェリシティおばさんのどこまでが本気かわからない言動・・・もしかして、このシリーズのいちばんの謎はド・ルース家に秘められているのかしら?

ラベル:海外ミステリ
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