2015年03月13日

娚の一生

 原作既読。 コミックスの帯でこの映画化を知り、「え、榮倉奈々と豊川悦司じゃ、若すぎない?!」と驚く。 しかし、のちのち映画館で予告を見て、「トヨエツ、思いのほかいいじゃん!」と感じて。
 でも今思い返せば、ほぼトヨエツ押しの予告から<豊川悦司ありきの映画>と気づくべきだったかも。 W主演という肩書にはいささか無理があったかな〜。

  おとこの一生P.jpg 「ずっとひとりだと思ってたのに――」
   きっとあなたの側にある。 寄り添い生きる、優しい愛の物語。

 東京のIT企業で仕事に没頭し、結果を上げてきた堂薗つぐみ(榮倉奈々)は、先の見えない不倫関係にも何もかもに疲れ、長期休暇をとって入院中の祖母の家に住み、祖母が生業としていた染色に新たに取り組むまったく新しい生活を始めた。
 が、つぐみの祖母から離れの鍵を預かっているという大学教授の海江田醇(豊川悦司)が突然現れ、同じ敷地内で暮らすようになる。 はじめから好意を前面に出してくる海江田に対して、つぐみははっきりと意思表示もできず、けれど日々の暮らしは次第に、着実に積み重なっていき・・・という話。
 つぐみの職業やラストシーンへとつながるカタストロフが変更になっているのは、3.11後のご時世では仕方がないのだろう。 それ故に設定も絞られ、2人の関係を中心に構成。というよりも海江田の「君の過去はどうでもええ」という台詞通りに、つぐみの過去に関する描写・台詞は最小限。 脚本家も監督も男性だから、“結婚しなければ”という呪縛にとりこまれてぐるぐるしている女性の思考をぐだぐだ描くのはしんどかったか理解できなかったのだろう(あたしも同性ではあるが、つぐみのぐるぐるには共感しきれない)。

  おとこの一生4.jpg トヨエツの姉が濱田マリって・・・。
 しかし海江田の過去はしっかり描かれ、だから余計に<海江田の物語>になってしまっているのだ。 下手すれば相手はつぐみだろうが誰でもいいんじゃないか、ぐらいの勢いで。
 だって、榮倉奈々が<会社の同期の友人が結婚すると知り、笑顔でその場は祝福するも、家に帰ったら「死にたい」と呟く>ようなタイプの女性に見えないのですよ。 原作設定では35歳なんだけど、自分には未来などないと思い込むには十分若いだろ、と観る側が思ってしまうので、いくら彼女ががんばっていてもこれはミスキャストだったのではないかな、と感じる(これは監督が悪い)。 不倫関係に疲れて、だけではつぐみのかかえる奥深い闇や崖っぷち感の説明にはならないし、「恋愛に臆病、といえば聞こえはいいが、なんでこの人こんなに自己肯定感が低いのかな?(でもそれは自己愛の裏返しでもあるのだが)」という違和感が拭えない。
 原作マンガを読んでいたときも思っていたのだが、これが“アラフォー女性のバイブル”なのだとしたら、つぐみに共感する方々は相当こじれているし、それからの回復のためには<海江田>という王子さまが必要なのかと思うと・・・大変だなぁ、と思います。

  おとこの一生1.jpg 十分おっさんだが、必要なときに必要なことを言ってくれるなら、マイナスポイントは補えてしまうのだな。
 久々に、「トヨエツかっこいい!」というか、彼の存在故に成立した映画を観た。
 主演男優賞推しです。

ラベル:日本映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする