2015年03月04日

エクソダス:神と王/EXODUS:GODS AND KINGS

 予告で、「古代エジプトは多神教なのに、何故絶対唯一神的考え方の会話が?」と疑問に思って(ちなみにあたしの古代エジプトに関する知識は『王家の紋章』に由来しております)。 古代エジプトにおける奴隷たちがヘブライ人と呼ばれているのを見て、「あ、旧約聖書の『出エジプト記』ってそういうことか!」と開始10分かからず疑問が解決(『エクソダス』とはまさに『出エジプト記』を指す言葉だそうな。 それくらい調べろよ、あたし)。 まぁ、超大作ならば大画面で観た方がいいかな、と正当化。

  エクソダスP1.jpg 英雄は「奇跡」を信じた。

 紀元前1300年頃のエジプト。 その素質を見込まれ、王家の養子となったモーゼ(クリスチャン・ベイル)はのちの王となるラムセス(ジョエル・エドガートン)と兄弟同然に育つ。 ラムセスを支えるために生きると思っていたモーゼだが、周囲の人間から見ればラムセスよりもモーゼのほうが王にふさわしいと感じ、ラムセスもまた苦しむ。 ある日、啓示を得てヘブライ人奴隷40万人を解放することに身を捧げることになってしまったモーゼは、ラムセスと対立し、袂を分かつことになるのだが・・・という話。
 大本の話はその昔、金曜ロードショーで観た『十戒』(チャールトン・ヘストンの)なのですが、こっちは神話的な要素を排して徹底したリアリズム追求。 『ノア 約束の舟』でもそうだったけれど、神からの啓示は現代的視点で見ると統合失調症とか妄想のレベルと区別がつかないので、それで“奇跡”を謳われても困るというか・・・(そもそもキリスト者じゃないからこういう映画観て心底理解できないとわかっているのに観てしまう、あたしにそもそもの問題がありか?)。

  エクソダス3.jpgエクソダス4.jpg 古代エジプトの神殿や戦闘時の馬車など、そういう造形やスケール感は楽しめます。
 そしてエジプトを襲う“十の災い”もまたリアリズムというか、なにもそこまで描かなくても、というくらいに悲惨。 奴隷を使う側だったとはいえ、エジプト側をかわいそうと思ってしまうほどですよ。
 モーゼとラムセスにもっと拮抗したものがあればまた違うものになったでしょうが、なにしろ相手はこの前までバットマンだった男。 登場した瞬間からクリスチャン・ベイルが迫力勝ちで、ラムセスこれまたかわいそう。 それ故に、モーゼが一人で迷い、苦しみ、葛藤するというある種のひとり芝居のような場面も。

  エクソダス2.jpg もう少しガチンコ勝負できるキャスティング・演出ができなかったものか。
 うーむ、なんでこんなになったのだろう・・・と思っていたら、最後に「トニー・スコットに捧げる」の文字。 あ、そういうことか。 兄弟でもより他者に愛される才能豊かな弟に勝てないと思っている兄リドリー・スコットの心境が、そのままモーゼとラムセスの露骨な格差として設定されていたのかもしれない。 となると執拗なまでの“十の災い”描写は、トニー・スコット映画へのオマージュか?
 けれど、神のお告げ故に戦いを正当化するようなこの物語を、よくつくれたなぁ。
 イスラエル擁護の立場を強めるため? でもこんな思想はイスラム過激派の言動にも当てはまっちゃうんだけど。
 「神のすることを人間がしてはいけない」という戒めがテーマであるというのならばわかるのですが・・・いえ、八百万の神が当たり前で特定の宗教を持たない日本人としては、「わかる」とは言えないかも。
 あぁ、宗教ってめんどくさい、というのが、正直なところの感想であります。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする