2015年03月16日

今日は3冊。

 気がつけば3月も半ばでございます。 なんか早い!
 2月は日数が少ないからという言い訳も通じたけど、3月はフルに31日あるからそれはできない。 でもなんか早いのは、年度末(卒業・入学時期の記憶がよみがえる)だからかしら。

  アンナ・カヴァン氷.jpeg /アンナ・カヴァン
 ちくま文庫のあまりにそっけない装丁に、逆に惹かれて手にとってみれば・・・序文をクリストファー・プリーストが書いており、日本版の解説は川上弘美。 それだけで「おおっ!」となるが、背表紙に曰く、「恐ろしくも美しい終末のヴィジョンに、世界中に冷たい熱狂を引き起こした伝説的名作」とのこと。
 こ、これは読まずにはいられない。

  みうらじゅんのゆるゆる映画劇場.jpeg みうらじゅんのゆるゆる映画劇場
 『ザ・スライド・ショー』におけるトークでも、いわゆるダメ映画をむしろ選んで観に行くという姿勢を示していたみうらじゅん。 そんな彼が『映画秘宝』に連載していたものをジャンル別に再編集。 「たとえどんなダメ映画にもいいところはある!」(誰も見ないんだったら俺が観て成仏させる)という映画愛は、弥勒の心に通じているような気がする。 連載時期に結構差があるので、取り上げられている映画は古すぎず、新しすぎず、といったところでしょうか。

  だれがコマドリを殺したのか?.jpeg だれがコマドリを殺したのか?/イーデン・フィルポッツ
 『赤毛のレドメイン家』は小学生のとき、ご多聞に洩れず江戸川乱歩の熱烈な賛辞の影響で読んだのですけれど・・・作者の名前はまったく覚えていませんでした。 このイーデン・フルポッツがそうです、と言われても、まったく身に覚えがないのはなんででしょう? 『赤毛のレドメイン家』というタイトルにインパクトありすぎ?
 そんなイーデン・フルポッツの長らく入手困難だった作品が新訳で復活!、とのこと。
 しかも今回のタイトルはマザーグースからとったのは明らかだけれど、個人的にはクックロビン音頭をも思い出させるではないですか。
 昨今の古典ミステリ復刻&再評価の流れはなかなかよろこばしく、かつて古本屋さんを探しまくっても見つけられなかった過去の自分に買い与えている気分。
 でも、だんだん現在のあたしもおカネがなくなってきたぞ・・・。

ラベル:新刊
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2015年03月15日

渇いた季節/ピーター・ロビンスン

 長々と読んでまいりましたが(文庫で720ページ強)、ついに読み終える時を迎えてしまいました。 主席警部アラン・バンクスシリーズ10作目にして、アンソニー賞・バリー賞ダブル受賞作。 個人的には、『水曜日の子供』『誰もが戻れない』を飛ばしてしまったことが微妙に心残り(とか言いつつシリーズ12作目『余波』を先に読んでしまっているわけで、もはやあまり意味のない悔恨だが)。
 猛暑に襲われたある夏、干上がった貯水池から半世紀前に沈んだ村が出現。
 その村の小屋から、惨殺された痕跡がある女性の白骨死体が発見される。 主席警部アラン・バンクスはアニー・カボット部長刑事の手を借りつつ、はるか時の向こうで起こった事件の真相に迫ろうとする。

  バンクス09渇いた季節.jpg 訳者の野の水生さんはこれまでの訳者幸田敦子さんと同一人物。 だから訳に違和感もなく、バンクス世界をいちばん理解している感が。

 バンクスたちが調査する現代と、事件が起こるまでの1941年からの手記が交互に。
 だから長くなっているのだが、過去パートだけでも独立した物語になるのがすごい。
 それを時間というフィルターをかけて、過去の選択に苦しむ人に救済を与えるようでいて、それでも苦しみ続ける人の姿を描く、というある意味、殺人事件より残酷な話であった。
 最近、第二次大戦時下のイギリスの話を読むことが続いている(意図したわけではなく、たまたま)。 そうすると共通の用語が出てくるのでいろいろ覚える。 でもこの作品には「日本軍の捕虜となり、身体的にも精神的にもひどい目にあわされた復員兵」が出てきて、なんとも言えない気分になった(フィクションなので、その真偽をうんぬんする気はない。 当時のヨーロッパから見れば日本など知名度もなく明確なイメージも伝わっていなく、とにかく不気味な存在だったというのがわかるだけで十分かもしれない)。 どんな形であれ遺恨を残すんだから、戦争はほんとやっちゃまずい。 21世紀以降の人類は、かつてより賢くなっているといいのだが・・・。
 ミステリと歴史が共存する小説というのもまた、エンターテイメント以上を志向するミステリのひとつの到達点よね〜。

ラベル:海外ミステリ
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2015年03月14日

ラブストーリーズ|コナーの涙/エリナーの愛情

 もともと2本の映画なのですが、お互いがお互いを補完している部分があり、1本観ただけでは消化不良な部分ももう1本を見ればわかるので、まとめてご紹介することに。
 原題は、『エリナー・リグビーの失踪』。
  コナーの涙/THE DISAPPEARANCE OF ELEANOR RIGBY:HIM
  エリナーの愛情/THE DISAPPEARANCE OF ELEANOR RIGBY:HER
 どちらから観るか、で印象ががらっと違ってしまうのですが(というのを観終わってから感じた)、映画館の上映時間の都合上、あたしは『コナーの涙』から観た。

  ラブ:コナーP.jpg どうすれば、君との日々を取り戻せる?
   <ニューヨーク、ひと組のカップルの別れから再生までを男の視点、女の視点2作品で映し出す、終わることのない愛の物語>

 熱愛の末、結婚したコナー(ジェームズ・マカヴォイ)とエリナー(ジェシカ・チャステイン)。
 しかし数年後、子供を失ったことでふさぎ込むエリナーを気遣うために仕事の合間に家に戻るのが日課に。 しかしエリナーとの会話は終始かみ合わず、「あなたはなにもわかっていない」と言われてしまう。 ある日、アパートからエリナーの姿が消える。 一体、自分は何を間違ったのか。 どうすれば彼女の心をつなぎとめられたのか。 コナーは自問自答を続けながらエリナーを探す・・・という話。
 冒頭、大恋愛時代のエピソード(おしゃれなレストランから無銭飲食で逃げ出す二人)から始まる。 彼にとって、これがいちばん楽しい記憶なのかな、と思う(コナーも一応レストラン経営者だというのに!)。 でも、エリナーのいちばんの記憶はそれではないようで、まずそこから男女のずれがはっきりと。 勿論悲しみはあるのだが、コナーとしては仕事も生活もあり、とにかくエリナーと一緒に悲劇を乗り越えたい、という前向きさが感じられる。

  ラブ:コナー2.jpg が、悪友には「お前、なんだかよそよそしいぞ」と言われてしまう。
 男性全般に言えることなのでしょうか、自分の弱さを認めず、感情に蓋をし、内に込めて外に出さないようにする。 「エリナーのため」と言いながら、実は自分のためだったり。 でもそのことに自分で気づかなかったりもするので、過去の楽しい記憶を糧に、「もう一度また彼女と」と願い続けられる。
 デリカシーの無さは、希望を失わない強さのためには必要なのか?
 コナー、結構ダメダメなんですが、ジェームズ・マカヴォイの誠実っぽいイメージのためか「実は割といいやつだよね」と観る側(つまりあたし)がつい補完してしまい、「あきらめるな!」と応援したくなる不思議。 理想の王子様なんていない、基本的に男性はダメなところを持っている(特に相手が何をどう考えているかなど心情の移り変わりにはあまり興味がなく、結果オーライであれば追求しない、など)とあたしはわかってきたからでしょうか。 というか、男女がしっかりわかりあえる、と考える方が無理。

 それを『エリナーの愛情』を観てしみじみ感じる。
 無神経ではあれど、それでも人生を前向きにとらえようとするコナーに対して、明らかにエリナーは病んでいる(冒頭のエピソードは、エリナーが突然橋から川に飛び込むところ)。 完全にシリアステイスト、そしてエリナーの世界ではコナーの出番は極端に少ない(回想シーンの比率もぐっと減る)。 忘れたい過去があるときは、関連づいている記憶もバッサリと切り捨てたい、という女性特有の心理ですな。

  ラブ:エリナー2.jpg エリナーは実家に戻り、父が教授をしている大学に聴講生として通うことに。
 髪も短く切り、かつての自分を思い出さないように。 それもまた自衛本能なのだが、明らかに病んでいるのに精神科に行くなりセラピー受けるなどしない頑固さもまた、「忘れたいけど忘れたくない」というエリナーの気持ち故か。
 2本観ていると、中に共通のエピソードが出てくるのですが、そのときの会話の内容が違ったり(言葉そのものが違う場合と、どっちがいった言葉なのかが逆になっている場合などもあり)、服装もちょっと違っていたり、この映画自体がそれぞれの記憶を映しこんだもの、という設定らしいことが判明(となれば、お互い自分の都合のよいように記憶を解釈するから)。 エリナーの本心としては、「どうして私の気持ちをわかってくれないの?!」とコナーに言いたいのだが、言わない(むしろ察しろ)、という無理難題で、そこが女性のずるさというか卑怯さなのだが・・・それは相手に愛されていると思うからこその我儘。
 ティーンエージャーかよ、もうちょっと大人になろうよ!、とエリナーに言いたいが、きっと言ったら逆切れされる・・・ヴィオラ・デイヴィス演じるエリナーの受講教授がやんわりとエリナーの話し相手になってくれるので、そこが頼みの綱でした。 それにしてもヴィオラ・デイヴィス、作品によって年齢がわからない・・・。

  ラブ:エリナー3.jpg やっと探し出して会いに来たコナーにも、とても冷たい態度をとる。
 女性は自分なりの結論を出すまで、余計なおせっかいはしてほしくない、ということなのかしら。 まだ答えが出ていないんだから会いに来られても困る、ということか。 早く答えがほしい男性と、答えに至る過程を重要視する女性、という構造を、この2本の映画で示してみせた、ということでしょうか。
 “記憶の違い”を映像化することで、もしかしたらものすごいミステリ映画が作れる可能性を感じたんだけど、監督はラブストーリーという題材を選んだ。 いや、人の心こそいちばんのミステリーということなのだろうか。
 それでも、この手法で革命的なミステリ映画、期待します。
 それにしても、「エリナー」って、発音的には「エレノア」のほうが近い気がしたのですが・・・別に「エレノア」が女性名だとわかりにくいわけではないですよね? あたし的には「エリナー」という名前のほうが慣れない感じ。 何故エレノアではダメだったんだろう?

ラベル:外国映画 映画館
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2015年03月13日

娚の一生

 原作既読。 コミックスの帯でこの映画化を知り、「え、榮倉奈々と豊川悦司じゃ、若すぎない?!」と驚く。 しかし、のちのち映画館で予告を見て、「トヨエツ、思いのほかいいじゃん!」と感じて。
 でも今思い返せば、ほぼトヨエツ押しの予告から<豊川悦司ありきの映画>と気づくべきだったかも。 W主演という肩書にはいささか無理があったかな〜。

  おとこの一生P.jpg 「ずっとひとりだと思ってたのに――」
   きっとあなたの側にある。 寄り添い生きる、優しい愛の物語。

 東京のIT企業で仕事に没頭し、結果を上げてきた堂薗つぐみ(榮倉奈々)は、先の見えない不倫関係にも何もかもに疲れ、長期休暇をとって入院中の祖母の家に住み、祖母が生業としていた染色に新たに取り組むまったく新しい生活を始めた。
 が、つぐみの祖母から離れの鍵を預かっているという大学教授の海江田醇(豊川悦司)が突然現れ、同じ敷地内で暮らすようになる。 はじめから好意を前面に出してくる海江田に対して、つぐみははっきりと意思表示もできず、けれど日々の暮らしは次第に、着実に積み重なっていき・・・という話。
 つぐみの職業やラストシーンへとつながるカタストロフが変更になっているのは、3.11後のご時世では仕方がないのだろう。 それ故に設定も絞られ、2人の関係を中心に構成。というよりも海江田の「君の過去はどうでもええ」という台詞通りに、つぐみの過去に関する描写・台詞は最小限。 脚本家も監督も男性だから、“結婚しなければ”という呪縛にとりこまれてぐるぐるしている女性の思考をぐだぐだ描くのはしんどかったか理解できなかったのだろう(あたしも同性ではあるが、つぐみのぐるぐるには共感しきれない)。

  おとこの一生4.jpg トヨエツの姉が濱田マリって・・・。
 しかし海江田の過去はしっかり描かれ、だから余計に<海江田の物語>になってしまっているのだ。 下手すれば相手はつぐみだろうが誰でもいいんじゃないか、ぐらいの勢いで。
 だって、榮倉奈々が<会社の同期の友人が結婚すると知り、笑顔でその場は祝福するも、家に帰ったら「死にたい」と呟く>ようなタイプの女性に見えないのですよ。 原作設定では35歳なんだけど、自分には未来などないと思い込むには十分若いだろ、と観る側が思ってしまうので、いくら彼女ががんばっていてもこれはミスキャストだったのではないかな、と感じる(これは監督が悪い)。 不倫関係に疲れて、だけではつぐみのかかえる奥深い闇や崖っぷち感の説明にはならないし、「恋愛に臆病、といえば聞こえはいいが、なんでこの人こんなに自己肯定感が低いのかな?(でもそれは自己愛の裏返しでもあるのだが)」という違和感が拭えない。
 原作マンガを読んでいたときも思っていたのだが、これが“アラフォー女性のバイブル”なのだとしたら、つぐみに共感する方々は相当こじれているし、それからの回復のためには<海江田>という王子さまが必要なのかと思うと・・・大変だなぁ、と思います。

  おとこの一生1.jpg 十分おっさんだが、必要なときに必要なことを言ってくれるなら、マイナスポイントは補えてしまうのだな。
 久々に、「トヨエツかっこいい!」というか、彼の存在故に成立した映画を観た。
 主演男優賞推しです。

ラベル:日本映画 映画館
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2015年03月12日

ちょっと待て!

 最近、ずっと残業続きである。
 へとへとだよ・・・と帰ってきて、ただひたすら週末を待ち遠しく思っていましたならば。
 ニュースヘッドラインに、「小川真司さん死去」という文字を見つけた。

 ――ちょっと待て。

 小川真司って、あたしの知ってる小川真司のことじゃないよね?!
 悲痛にも似た、叫び。
 『クリミナル・マインド』デヴィッド・ロッシで毎週声を聞いてるんだけど!
 はっ、今週火曜日の放送分(WOWOWの吹替版ファーストラン、シーズン9)、まだ見てないぞ!、あたし!
 あわててWOWOWの『クリミナル・マインド』HPを見に行ったら、菅生隆之さんのお名前が併記されている!
 菅生隆之さんも大好きなんだけど、トミー・リー・ジョーンズ的人物に似つかわしい声なのよね。 ロッシのような、ラテン系のノリと、ある種のいかがわしさめいた部分を持ち合わせた人物としては、マイケル・ダグラスが当たり役の小川真司さんがぴったりだったのに(勿論、正統派二枚目の役も当然できるけど)。 それでも下品にならない感じがとてもかっこよくて、説得力があった。 大塚芳忠さんのイヤミインテリ具合とは、またちょっと違うんだよなぁ。 テイストとして近いのは石塚運昇さんかもしれないが、声の質が全然違うからなぁ(いや、みなさんそれぞれ代えのきかない声ですが)。
 というか、今後マイケル・ダグラスは誰が吹き替えるのだ?!
 ・・・最近、ずっとおなじみな声優さんたちが、おなくなりになりすぎである。
 先日、『エージェント:ライアン』の吹替でケヴィン・コスナーを中村秀利さんがやっているのを観たときは大混乱で泣きそうになりましたよ。 いつ採ったの?(あ、この映画、そこそこ前だ) 更に津嘉山さんの身にも何か起こったのかと先走りすぎて(でもなんでだろう、出番があまり多くないからか?)。 だけど『マン・オブ・スティール』のケヴィン・コスナーは津嘉山正種さんだったしなぁ。
 ・・・ただただ、かなしい。
 ずっと続くものはないのだと、好きな人たちにまた教わる。

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2015年03月10日

意味をつけたがるのは

 急に気温が冷え込んで、風が冷たい。
 「10日・11日は大荒れの見込みです」という天気予報に、「あぁ、やっぱりあの日だからなのかな」と思ってしまうのは何故だろう。 3月半ばでも十分寒かったり、大荒れになったりすることは、北東北や日本海側ではよくあることなのに(更に言うならば、入学式でも雪が降る年もある)。
 結局、あと付けの意味付け。
 “その日”に対して、特別な理由がほしい、というある種の我儘というか、結局のところあたし自身の罪悪感のあらわれなのであろう。
 あれから、4年。 進んでいることもあれば、進んでいないこともある。
 あたしになにができるだろうか。
 いつもぼんやりと考えていることをはっきりと形にするように突きつけられる、そんな日がまた来る。

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2015年03月09日

横溝世界は現代でも日本の縮図?

 今日は週の頭だというのに朝から仕事がバタバタであった。
 頭の中がデータと情報でぐるぐるする。 これを少し落ち着けてからじゃないと実作業にかかれない。 頭を整理する間、少し単純作業がしたいなぁ、ということで社内イントラネットに会議室予約などばしばし入力していると、「洲本市で男女5名殺害」というニュースが目に入る(イントラネットのトップページのはじっこには、天気予報とニュースヘッドラインが出る)。
 同期のEさんに尋ねる。 「洲本市って、淡路島?」
 「え? そうだけど?」
 なにを聞くのかこの人は、という顔のEさんにヘッドラインを見せる。 彼女のスマホのニュースのほうが、詳しいことが書いてあった。 まだそれは午後2時頃だったので、その後に比べれば情報が少なかったのであるが。
 「ご近所トラブルかなぁ」
 「5・6年前に加古川で家族親戚皆殺し事件とかなかったっけ?」
 「あぁ、あったねぇ。 あれって被害妄想が極まった感じだったような・・・」
 「兵庫県、そういう事件多いよね」
 「いや、北東北だってないわけじゃないよ。 ただ人口がこっちの方が多いから、割合の問題じゃないかな」
 なんとはなしに、「横溝正史の世界って感じ〜」ということで意見が一致。 そういえば『悪魔の手鞠唄』の舞台・鬼首村は兵庫県と岡山県の県境に位置していたのではなかったか。
 そして本日も残業のため、あたしのガラケーニュースにも詳細がわずかながらに配信されるようになったが・・・うーん、「無職、10年以上引きこもり」とか「ネット三昧」とか「妄想性障害」とか、いろんな方面に迷惑をかけるキーワード満載(たとえば「容疑者は精神科に通院歴あり」と一言付け加えられるだけで、何事もなく精神科に通っている人は肩身の狭い思いをすることになる。 求職中だけど現在無職の人だっていい気分にはならないだろう)。
 しかし、同じ兵庫県内の出来事なのに、どこか冷静な自分。
 やはり、「それなりに事件が多い」ということに慣れてしまっているのかもしれない。

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2015年03月08日

忘却の声/アリス・ラプラント

 一人称形式、しかし主人公は認知症、という設定に惹かれて。
 “わたしはジェニファー。 わたしは六十四歳。 わたしは認知症。 ノートにその日にあった出来事を書いている。 ある日、貼ってある新聞の切り抜きを見つけた。
 「アマンダ・オトゥール(75)が不審死。 右手の指が四本切断されていた」。
 アマンダは親友だった。 彼女を殺した覚えはない。 でも警察が会いにきたし、ノートからは事件当日のページが切り取られている――。”
 そんな書き出しの本を読み始めてやめることができるだろうか? 否、である。

  忘却の声1.jpg忘却の声2.jpg 内容の恐ろしさを緩和するような、やわらかタッチの表紙と装丁。

 まず、主人公のジェニファー・ホワイトはかつて「ドクター・ホワイト」と畏怖を込めて呼ばれた優れた腕を持つ整形外科医だった。 アマンダの指は優れた外科的処置で切断されていたことから、警察は早い段階でジェニファーを疑う。 しかしすでにジェニファーは認知症を発症しており、日記を読み返して現状を冷静に把握できるときもあれば、息子の姿を見て亡き夫の名前を呼ぶことも。 自分がまだ現役の医師だと思い込むこともしばしば。
 これも先日の『血の探求』同様、台詞・会話にはかぎかっこが使われていない。“わたし”の内面や独白、言葉は地の文で、それ以外の人の言葉は太字のゴシック体であらわされるのでわかりやすいが、ジェニファーの認識がころころ変わるので(そもそも認識があるのかどうかすらときに危うい)、読んでいてとてもハラハラする。
 なにしろジェニファーは医師であり、基本的に合理的な思考の持ち主だ。 そんな人でさえ、認知症という病の前ではなす術がない。 これは勿論<老い>の問題でもあるけれど、若年性アルツハイマーの存在を考えると一概に年齢のせいでもない。
 誰なのか顔がわからない・いうべき言葉を見失う・自分で自分がわからなくなるという恐怖。 そっちの方の描写がリアルで、「アマンダの死」といういちばん解かなくてはならない謎が二番手になってしまうほどだ(まぁ、大体予想通りではあったけれど)。
 すべてを失いかけても、それでも失いたくないものがある。 それがジェニファーの場合、顔を見てもわからないときがある娘フィオナだった、というのは<複雑なる家族愛>というテーマにはふさわしいが、若干「よくある話」っぽくなってしまっているように思えるのは残念(でもこれは、読者であるあたしの問題であろう)。
 ほんとに認知症の人がこういう思考の移り変わり・混乱をするのかどうかよくわからないけれど、さらりと書き流してある部分が余計にリアルに感じられて、一気読み。
 次第に記憶を失っていく過程で、自分が自分でなくなることが“見えて”きたら、あたしは耐えることができるだろうか。 あたしがあたしである意味は?、など、いろいろ考えてしまう内容でした。

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2015年03月07日

えっ、御手洗潔まで!?

 今日の新聞のテレビ欄を見て、ギョッとなった(平日は仕事から帰って来てから新聞を読むので−とはいえ最近時間が取れなくてそれもいささかさぼりがちだが−、「あ、これ見たかったかも」と気づいてもあとの祭りだったりする)。
 『天才探偵ミタライ』だと!
 『探偵ガリレオ』『すべてがFになる』に続き、ついに御手洗潔シリーズまでもドラマ化するとは・・・フジテレビは日本のミステリファンの神経を逆撫ですることにかけては期待(?)を裏切らないなぁ。
 まぁ、ドラマ一作目にそれこそ『占星術殺人事件』ばりの大作を持ってこなかったのには好感は持てるが、ビジュアル的に現代版『シャーロック』に乗っかってる感が。
 御手洗さんは常人ではないので、誰が演じるかはあまりあたし自身にはこだわりがないのであるが(だから玉木宏でもまぁいいんだけど、若い日の御手洗さんと思えば。 ただキャラ設定がガリレオ福山湯川先生とかぶっている・・・)、石岡くんは堂本光一ではかっこよすぎだし!(服装もお洒落すぎだ!)
 キャラクターとしての二人を売り込もうとしている気配、濃厚(『相棒』に対抗したいのであろうか?)。
 そう思うと、『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』『Nのために』は幸運なドラマとの邂逅だったのだろうなぁ。
 もしドラマ業界が本気で日本のミステリ界を盛り上げたいのであれば、いっそのこと法月綸太郎『頼子のために』を1クールかけてじっくり描く、ぐらいの腰の据え方はできないものか?
 そういう本格的なものを、こっちは期待してるんだけどな。
 だから視聴者はドラマWや海外ドラマに流れるのだ。

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2015年03月06日

今日は3冊!

 3月の新刊が出はじめました。 なんか、いろいろ過ぎるのが早いよ・・・。

  パインズ2ウェイワード.jpeg ウェイワード−背反者たち−/ブレイク・クラウチ
 『パインズ−美しき地獄−』続編。 M・ナイト・シャマラン製作のドラマが日本でも今年の5月からFOXチャンネルで放送予定とか。 てことは字幕だなぁ、吹替じゃないなぁ。
 でもこの表紙はなんとなく、シャマラン映画『ヴィレッジ』を思い出させるものがある。

  マイクロワールド1.jpegマイクロワールド2.jpeg マイクロワールド/マイクル・クライトン&リチャード・プレストン
 マイクル・クライトンの遺作は『パイレーツ』だと思っていたけれど、パソコンの中に4分の1ほどの草稿、メインプロット、膨大な取材メモが残っていた、という話は聞いていた。 それをすごい人に任せて完成してもらう、という話が出ていたらしいことも聞いてはいたが・・・リチャード・プレストンだったんですね!(彼のノンフィクション『ホット・ゾーン』にクライトンが熱い賛辞を寄せていたことを思い出すわ)。
 最初で最後の豪華コラボ、そしてクライトンにとって最後の本。
 でも、そんな感慨など無用のノンストップ・サイエンススリラーなんだろうなぁ。
 それもまた、マイクル・クライトンらしいと思うのです。

ラベル:新刊
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2015年03月05日

近所にコメダ珈琲店ができた!

 まさにいつの間にやら、という感じで、最寄駅そばにコメダ珈琲店ができていました。
 前職で同僚だった、その後引っ越してきて比較的ご近所さんになったジェシカさん(仮名)にメールで報告。 彼女も今営業してることは知っていたのですが、いつからオープンしたのかは不明とのこと。 改装工事をしていたのは記憶にあるんだけど・・・それがいつ完成したのかはさっぱり。
 まぁ、とりあえず話のネタに、と思って、一度行ってみることにしました。
 メニューを見ると・・・結構お高い! お得なセットメニューなどもなし!
 そうか、モーニングセットがいちばんお得という路線なんだな・・・しかし、常に朝は時間ギリギリなあたしには無用の長物。 23時まで営業、というのが、このへんには遅くまで開いているカフェ的なものがないので(あとは居酒屋さんなどになってしまう)、それが貴重といえば貴重か。

  CA3A1831.JPG メニューに悩んで・・・カフェオレとトーストサンドを注文。
 カップの端に中身が跳ねたあとがあるよ!、というのを気にするのは神経質すぎ?
 まぁ、バイトさんたちがまだ慣れていないせいだと思っておこう。
 カフェオレはコーヒーがあまり得意ではないあたしでも飲めるレベルではありますが、特別おいしいというか、ここでしか味わえない味!、的なものはない。
 問題はトーストサンドである。

  CA3A1830.JPG パン、焼いているのに冷たいってどういうこと!
 まぁホットサンドではないから、ということか? 中身がレタスとかタマゴサラダだから、トーストしたパンをある程度冷めるまで待ってからはさむのか? パン、あったかいことを期待していたあたしはちょっとがっかりでした。
 ちなみに、お皿は落としても割れないタイプのもの。 インテリアは木目調で、メニュー構成もレトロ調を醸し出すものだけれど、こういう合理性はトータルイメージを損なうというか、あぁ、所詮チェーン店よね、と感じてしまいました。
 次回来店はあるのか? 名物シロノワールを食べるのはいつか?
 自分でもわかりません。

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2015年03月04日

エクソダス:神と王/EXODUS:GODS AND KINGS

 予告で、「古代エジプトは多神教なのに、何故絶対唯一神的考え方の会話が?」と疑問に思って(ちなみにあたしの古代エジプトに関する知識は『王家の紋章』に由来しております)。 古代エジプトにおける奴隷たちがヘブライ人と呼ばれているのを見て、「あ、旧約聖書の『出エジプト記』ってそういうことか!」と開始10分かからず疑問が解決(『エクソダス』とはまさに『出エジプト記』を指す言葉だそうな。 それくらい調べろよ、あたし)。 まぁ、超大作ならば大画面で観た方がいいかな、と正当化。

  エクソダスP1.jpg 英雄は「奇跡」を信じた。

 紀元前1300年頃のエジプト。 その素質を見込まれ、王家の養子となったモーゼ(クリスチャン・ベイル)はのちの王となるラムセス(ジョエル・エドガートン)と兄弟同然に育つ。 ラムセスを支えるために生きると思っていたモーゼだが、周囲の人間から見ればラムセスよりもモーゼのほうが王にふさわしいと感じ、ラムセスもまた苦しむ。 ある日、啓示を得てヘブライ人奴隷40万人を解放することに身を捧げることになってしまったモーゼは、ラムセスと対立し、袂を分かつことになるのだが・・・という話。
 大本の話はその昔、金曜ロードショーで観た『十戒』(チャールトン・ヘストンの)なのですが、こっちは神話的な要素を排して徹底したリアリズム追求。 『ノア 約束の舟』でもそうだったけれど、神からの啓示は現代的視点で見ると統合失調症とか妄想のレベルと区別がつかないので、それで“奇跡”を謳われても困るというか・・・(そもそもキリスト者じゃないからこういう映画観て心底理解できないとわかっているのに観てしまう、あたしにそもそもの問題がありか?)。

  エクソダス3.jpgエクソダス4.jpg 古代エジプトの神殿や戦闘時の馬車など、そういう造形やスケール感は楽しめます。
 そしてエジプトを襲う“十の災い”もまたリアリズムというか、なにもそこまで描かなくても、というくらいに悲惨。 奴隷を使う側だったとはいえ、エジプト側をかわいそうと思ってしまうほどですよ。
 モーゼとラムセスにもっと拮抗したものがあればまた違うものになったでしょうが、なにしろ相手はこの前までバットマンだった男。 登場した瞬間からクリスチャン・ベイルが迫力勝ちで、ラムセスこれまたかわいそう。 それ故に、モーゼが一人で迷い、苦しみ、葛藤するというある種のひとり芝居のような場面も。

  エクソダス2.jpg もう少しガチンコ勝負できるキャスティング・演出ができなかったものか。
 うーむ、なんでこんなになったのだろう・・・と思っていたら、最後に「トニー・スコットに捧げる」の文字。 あ、そういうことか。 兄弟でもより他者に愛される才能豊かな弟に勝てないと思っている兄リドリー・スコットの心境が、そのままモーゼとラムセスの露骨な格差として設定されていたのかもしれない。 となると執拗なまでの“十の災い”描写は、トニー・スコット映画へのオマージュか?
 けれど、神のお告げ故に戦いを正当化するようなこの物語を、よくつくれたなぁ。
 イスラエル擁護の立場を強めるため? でもこんな思想はイスラム過激派の言動にも当てはまっちゃうんだけど。
 「神のすることを人間がしてはいけない」という戒めがテーマであるというのならばわかるのですが・・・いえ、八百万の神が当たり前で特定の宗教を持たない日本人としては、「わかる」とは言えないかも。
 あぁ、宗教ってめんどくさい、というのが、正直なところの感想であります。

ラベル:外国映画 映画館
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2015年03月03日

なつかしのひなあられ

 週のはじめから残業でぐったり。
 デパート終わる時間に間に合わなかった。 ひなあられ、今年こそ関東風というか、東日本ヴァージョンというか、関西ヴァージョンではないやつが食べたかったのに(近所のスーパーでは無理だが、デパートならもしかしたら探せるかもと思った)。
 人からもらったものに、一部東日本風と近い“ひなあられ”が入っているのだが、ちょっと大きいし、他に普通のおかきが入っている(いや、それはそれでいいんだけど)。 あと、おかきにチョコがけオンリーのもいただきました。
 ふと気づく。 10年ぐらい東日本のひなあられを食べていない、ということに。
 桜餅、と名前がついて売っているのも道明寺だし、食習慣ってなかなか慣れないものですね。 そりゃ、西日本の人、東日本の出汁の色濃すぎと言い続けるよなぁ。

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2015年03月02日

今日は12冊(その2)。

 引き続き、残り6冊を。

  神話の遺伝子.jpeg 神話の遺伝子/ジェレミー・ロビンソン
 先日購入した『怪物島』の著者による別作品で、<チェス・チーム>シリーズ第一作。
 『怪物島』の訳者が「<チェス・チーム>シリーズは本当に面白いので」と他社の本なのに宣伝していたという奇特さに心打たれました(大袈裟)。
 つくづく、作者はモンスターがお好きなようです。
 それにしても、ハヤカワではジェレミー・ロビンスン、こっちではジェレミー・ロビンソン。 そういう表記違いって、あとあと検索するのに困るんだけどね。

  シャッターマウンテン.jpg シャッター・マウンテン/北林一光
 「あ、『ファントム・ピークス』の人だ」と手にとって見たら、なんと山が舞台のパニックホラー。 日本ではこの手のジャンルは珍しいよね! と、別方向の“山モノ”に手を出してしまいました。

  僕は、そして僕たちはどう生きるか.jpeg 僕は、そして僕たちはどう生きるか/梨木香歩
 吉野源三郎『君たちはどう生きるか』へのアンサー? 別アプローチ?
 ちょっと児童文学寄りになっているところがあるような・・・気になりました。
 あとは、いつも買っているマンガの続き。

  87クロッカーズ06.jpg 87クロッカーズ 6/二ノ宮知子
 そろそろクライマックスに近付いている・・・らしい。

  宇宙兄弟25.jpg 宇宙兄弟 25/小山宙哉
 まだまだ続く気配のような、終わりが近づいているような・・・。

  いちえふ2.jpeg いちえふ 2/竜田一人
 『いちえふ』発表後に、また福島第一原発に作者は仕事に行ったらしい・・・ある意味、取材? でもある程度のところまで見届けたい気持ちって、あるだろうなぁ。

ラベル:マンガ 新刊
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2015年03月01日

今日は12冊(その1)。

 2月の新刊のとりこぼしと月末発売分、一気に買いこみました。 今回も、数が多いので2回にわけてご紹介。

  漆黒の森.jpeg 漆黒の森/ペトラ・ブッシュ
 タイトルとは逆の禍々しさ全開の表紙が素敵。 訳者の酒寄進一さんが「見事に騙されました」的なコメントを寄せていて、「それならば!」と飛びつく。 最近、酒寄さんの訳にはずれはないし。 “シュヴァルツヴァルトの閉ざされた村で起こる連続殺人”ときたら、素通りできません。

  完璧な夏の日1.jpeg完璧な夏の日2.jpeg 完璧な夏の日/ラヴィ・ティドハー
 <戦争×SF>のコピー。 第二次世界大戦直前、世界各地に突如現れた異能者たちが軍や情報機関に集められて戦いに送られた。 そんな日々の回想を迫られる現在、というような、『ウォッチマン』+ほろ苦い青春モノ、という印象にやられて。
 創元SF文庫には珍しいタッチのイラスト表紙(スカイエマ)も新鮮だったし。

  マクロイ歌うダイアモンド.jpeg 歌うダイアモンド<マクロイ傑作選>/ヘレン・マクロイ
 長編が昨今再発されているヘレン・マクロイの更に手に入れにくかった短編集・文庫化。
 噂でよく聞いていた『東洋趣味<シノワズリ>』が入っているのがうれしい(米澤穂信編集のアンソロジーにも入っていたけど、どうせならマクロイだけで一冊読みたいから)。
 これならば通勤でも読みやすそう、と早速月曜のカバンに入れようかな(む、『模倣犯』、途中だったな)。

  ディアスと月の誓約.jpeg ディアスと月の誓約/乾石智子
 <オーリエラントの魔道師>シリーズかと思ったが、表紙の印象がまったく違うし・・・はっ、あっちは東京創元社でこっちは早川書房だった!(そういう誤解、あたしには結構ある)
 まぁ、単独作品のようだし、どこがツボに入るかわからないしな!

  クラッシャージョー12.jpeg 美神の狂宴<クラッシャージョウ12>/高千穂遙
 うわっ、超懐かしい!
 というか『クラッシャージョウ』、まだ続いてたんだ・・・という感慨もひとしお。
 表紙・口絵・挿絵ともに安彦良和というのもうれしいじゃないですか。 書き下ろしでの12作目ということで・・・あたし、どこまで読んだか忘れてますが、確か5か6ぐらいまでは確実に読んでいるはず。 あのノリがわかっていれば、途中から入っても大丈夫だとは思うけど・・・。 それにしても『クラッシャージョウ』の世界でも不可解なテロが起こるとは、世の中殺伐としてますね・・・。

ラベル:新刊
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする