2015年03月31日

えっ、今回は東京だけですか?!

 しばらく前に、シティーボーイズの所属事務所からライヴのお知らせ葉書が届いていたのだが・・・隅から隅まで何度も見て、どうにか納得。
 今年は、東京でしか開催しないのね!!!

  CA3A1836.JPG 時期もいつもと違うから、会場が押さえられなかった&スケジュールが合わなかったのかなぁ。

 東京グローブ座には行ってみたい気持ちはありますよ。
 そして『ファイナルパート1』って。 勿論パート10まで続く可能性はありますが、彼らもついに<身じまい>的な方向をはっきり意識し出したのか、と思うと気になるし、作・演出:前田司郎というのも気になりますよ。
 でも6月に東京か・・・(仕事の問題と、チケット取れるか問題もあるけど)。
 どうせWOWOWで放送するしな、ということはわかっているが、でも久し振りに東京に集まる客の空気を感じたい、というものある。
 でも、どうせ東京に行くならいろいろ行きたいところあるし・・・結局、お金です・・・。
 先行発売の申し込みが4月2日、一般発売が11日。
 あぁ、どうしよう。 ちょっとまた、悩みます。

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2015年03月30日

かくかくしかじか 5/東村アキコ

 これまでの流れからいって、多分最終巻になるであろう5巻が発売される数日前に、「2015年マンガ大賞受賞」の知らせ。 グッドタイミング!、だが、帯の文言はちゃんと間に合っていた・・・ま、出版社では「内定」の報が走ったのでしょう。
 予測できた終わりとはいえ・・・大変切ない幕切れでした。

  かくかくしかじか5.jpeg 表紙に初めて先生登場。

 面白さという意味では「この先生、意味わかんない」と絵を描かされる受験生時代や、実際の受験期にはかなわないのだけれど、<先生との関係と距離>が多分テーマであるこの作品、著者本人が自分のダメな若き日を悔やめば悔やむほどもう取り返しがつかないことを、同じように年をくってきた読者(つまりあたしだ)は、似たような人生の後悔をいろいろと思い出す。 描くことはつらかっただろうと思うけれど、時間がたったからこそ描けるようになるのだろうし、同じように読んで思い出す側としても、思い出すことはつらくて手遅れだったりするが、それ自体はいやなことではないと少し気持ちが整理できている(もしくはあきらめている?)ことに気づかされる。
 <師と弟子>という直接的な関係ではなくとも、思い返せば勝手にこっちが“師”と仰いだりする人いるしね。 できるだけ、後悔の残らない付き合いをしよう、と思う年頃にたしもなりました。 若い頃はほんとに、ほんとに更にダメだったよね(と、著者に共感)。
 『ひまわり!』以外の著者のオリジナル作品を読んでいないあたしですが、他の作品も読んでみようかな、と思ったり。

 ※ 業務連絡:遠藤淑子『なごみクラブ』新刊が4月22日発売です!

ラベル:新刊 マンガ
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2015年03月29日

高校生の甥に何の本を送るか悩み中 その1

 長いこと会ってない甥っ子くんがいつの間にやら高校生になっており、そしてなにやら乱読派の人間になっていることを半年前ぐらいに知る。
 直接本人と話してはいないので、親族からの噂話としてではあるが、どうやら哲学書などにも手を出している様子。 ・・・なんだか、かつての自分を見る思いである。
 となると、本はいくらあっても足りないよなぁ。 そして集中力も体力もある今のうちに、大作をたくさん読んでほしいところ。
 そんなわけで、今年の正月明け、お年玉がわりにこれを送りつけてみた。

  新装版虚無への供物1.jpg新装版虚無への供物2.jpg 【新装版】虚無への供物/中井英夫
 東京創元社の<中井英夫全集>からと悩んだのですが、講談社文庫のこれが、いちばん新しく出たものだから(それでも5年くらい前だろうか?)、本多正一氏の解説的なものも最新のもののはず。 それに(昔のに比べれば)活字が大きくて、やはり新しい本は読みやすいよね。
 『虚無への供物』自体、あたし自身に多大な影響を与えている作品であるし、これを「面白い」と感じる人が一人でも増えたらうれしいし、彼もそういう人だったらいいな、という気持ちだったのだが・・・どうやら、受け取った彼は大変よろこんでくれたらしい! やった!
 そうなると、問題は「次に何を送るか」である。
 そろそろ4月だし、進級祝いとして何か送ってもよいであろう。
 しかし何にするかで、悩む。 そもそもいちばんの問題は、彼が何を読んでいるのかよくわからないというところにあるのだが、「中井英夫という存在は知っていたが読んだことはなかった」ということらしいので、むしろ世代の違いを有効に考えた方がいいのでは、と思ってきた。 かつてのあたしが「いろいろなところに名前は出てくるけど、実際にその本が売られているのを見たことがない」状態にずっといて、最近の新訳ブームで初めて手にとった、というのと状況は似ているかもしれない。
 あたしがリアルタイムに読んだ作品群との彼との距離は。
 そして、できるだけ長編を、と考えると・・・結構候補が浮かんできました(相手は男子なので、明らかに女子向けなものは外しています)。

『アルジャーノンに花束を』/ダニエル・キイス
  アルジャーノン文庫新版.jpeg さすがにこれは有名すぎるであろうか。
 読んでる可能性が高いかな・・・、ということで、その場合は
 『くらやみの速さはどれくらい』/エリザベス・ムーンと差し替えてもいいかもしれない、と思っている。

 あと、来月、新訳が出るので、『エンダーのゲーム』とその続編『死者の代弁者』(どちらもオースン・スコット・カード)をセットで、という手もあるなぁ(その場合は『無伴奏ソナタ』もつけるべきか)。
 『七王国の玉座』/ジョージ・R・R・マーティンも魅力的である。 ドラマ化されて話題になっているということもあるが、いささか魔道が入ってくるけど異世界歴史物として読めるし(しかしこの情け容赦のなさはトラウマになるかも)。
 哲学要素も楽しみたいならアシモフ『鋼鉄都市』『はだかの太陽』もよいかも。
 わぁ、SFとファンタジーに限ってもきりがないくらいいっぱい出てくるよぉ!
 と、ちょっとそこから離れて・・・中高生の頃にあたしが衝撃を受けた作品を、と思い出してみると、真っ先に浮かんだのが『ケインとアベル』/ジェフリー・アーチャー
 アーチャー作品、結構読んでおりますが、完成度の面ではこれがいちばんではないか、と思います。 キリスト者じゃないんでほんとの深いところまで理解できてないんでしょうけど、それでも。 あと、『白夜を旅する人々』/三浦哲郎の壮絶な内容なのに半端ないリーダビリティはすさまじい(これを一日半ぐらいで読み切ったかつてのあたし、我ながらすごい集中力と体力があったなぁ)。
 インパクト、という意味では『悪童日記』三部作だっていいじゃないですか。
 そんなふうに考えていくと、あたし自身もどんどん迷走してしまい、だんだんわけがわからなくなってきて、「あれ、他にもなんか思いつかなかったっけ?!」(ちゃんとメモをとりましょう)、と動揺する。
 あ、ミステリまで行けてないし・・・この悩み、まだまだ続きます。

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2015年03月28日

どうにか、やっとパソコンの調子が戻る

 やっとまとまった時間が取れ、パソコンをクリーンアップ。
 どうにか、またいつもどおりに動くようになった・・・けれども。
 トラブルを起こす頻度が多くなってきた(2008年夏モデルを新品で買ったので、そろそろ使い続けて丸7年である。 サイクルを考えたら寿命が近い?)。
 新しいパソコンがほしいかなぁ、という気持ちはあれど、トラブル起こしつつもこいつまだなんとか使えるし、新しくしたらそりゃ使い心地はよくなるかもしれないが、設定全部やり直さないといけないし(それがいちばんめんどくさい)、そして今、なにより新しいパソコンを買う金銭的余裕がない(いや、今はこれを買った当時に比べればかなり安くなっているとは思うんだけどさ、自分の使う機能だけ絞ったりすれば更に)。
 あぁ、便利なものが当たり前に使えるようになってしまうと、使えない不便さがものすごい。 なかった時代のほうが長いのに、<文明は逆戻りできない>ということをこういう自分の些細な持ち物にも感じてしまいます。
 でも、スマホはいらないわ!

2015年03月27日

アメリカン・スナイパー/AMERICAN SNIPER

 まだ先だなぁ、と結構前からうかうかしておりましたが、続々とアカデミー賞関連作品が公開されております。 ずっと先だと思っていた『バードマン』『セッション』でさえも公開まで一ヶ月を切り。 やばい。
 そんなわけで、『アメリカン・スナイパー』です。
 予告編はもう10回以上見てるかも・・・でもこんなに本編が長いとは思いもよらず。
 でも、一人の半生を描くわけだから、それくらいは必要ですよね。 アカデミー賞直前時期では、アメリカ国内で候補作中最高の興行成績(勿論、クリント・イーストウッド作品としても最高)でありながら外国人記者たちの評判はよくなく、やはりアメリカのためという理由で(職務とはいえ)、多くの人を撃ち殺した人物に対して寛容になれないのでは(実話だし)、というような下馬評があったように聞いた。 でも、イーストウッドがそんな“愛国的”な映画をつくるかなぁ?、と思っていた。
 実際は、戦争というものがいかにむなしいか、戦場に赴いた人々がいかに傷つき苦しむか(それは結果的に戦地となった場所に住んでいる人々にも同じことが言えるとも示唆する)、というとても痛々しい物語であった。

  アメリカンスナイパーP.jpg 米軍史上最多、160人を射殺した、ひとりの優しい父親。

 アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの隊員で、無類の正確さを持った狙撃手(スナイパー)であるクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)はイラク戦争に従軍していた。 今日も、あやしい動きをする現地の女性と子供を撃つべきか否か、判断を彼に委ねられる。
 何故彼はネイビーシールズになったのかに至る半生、特に子供時代に父親からいわれた言葉が彼の生き方の根幹になってしまった、それ故に重責に耐えられ、それ故に逃げられなくなってしまった皮肉というか・・・アメリカの<父と息子の関係>をまたいろいろ考えることに。
 時間軸は一定ではなく、合間に回想シーンが入ることによってクリス・カイル一人の物語ではなくアメリカ現代史の一要素として描かれている。 だからこそイラク戦争はベトナム戦争同様、一個人のみならず世界の悪夢になる。

  アメリカンスナイパー1.jpg ここをファーストシーンに持ってくる構成のうまさは、テレビCMでここを使われてもネタバレにならないという結果をもたらす。
 「心に傷を負う」といえば簡単に聞こえてしまうが、そんなもんじゃないんだ、というのを132分かけて描いた、という感じ。 これを観て、「アメリカ礼賛」って思う人のほうが奇妙。
 ブラッドリー・クーパー、確かに熱演(『ハング・オーバー!』の面影はなし)。 でも、アカデミー賞ほしくなっちゃったんだろうなぁ・・・という感じがしないでもなく。
 イーストウッドも『ジャージー・ボーイズ』のあとにこれを撮るのか・・・という映画監督としての底力というかパワフルさを感じてしまいました。
 それにしても・・・この映画の企画段階(もしくは撮影中)でもこんなラストシーンになってしまうとは誰も予想していなかっただろう。 偶然なのか必然なのか、映画という文化もまた歴史の一部を形作るということなのか、言い方は悪いがタイミングが違えばこの映画の完成度すら変わったというのが、美しくも壮絶。

ラベル:外国映画 映画館
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2015年03月26日

フェイス・オブ・ラブ/THE FACE OF LOVE

 エド・ハリスはある種の理系男子の理想形を体現する男である。
 『ライトスタッフ』『アポロ13』を観ればよくわかる(なにしろ完璧なキャリアの宇宙飛行士だから!)。 あとはまぁ、硬派な(場合によっては融通が利かなそうな)軍人の役とかよく似合う。 そんな強面&生真面目さがにじむ男なのに、どうやらご本人は芸術家気質らしく(自らのプロデュースでジャクソン・ポロックを演じたぐらいだから)、どうも謎の多い人である。
 が、最近はすっかり老けこんでギャングのボス的役柄が多くなってしまっている彼が久々に挑戦するらしき直球のラブストーリー。 なんだかんだ言いつつあたしはエド・ハリス好きなんだな、と思って観に行った。
 まったく、恋というものはとんでもない病ですよ、という話だった。

  フェイスオブラブP.jpg これは、あなたと出会えた奇跡――。

 結婚後30年、連れ添ってきたギャレット(エド・ハリス)とニッキー(アネット・ベニング)は周囲の誰もがうらやむ仲睦まじい夫婦だったが、5年前に不慮の事故でギャレットは他界し、ニッキーの時間は止まったまま。 隣人のロジャー(ロビン・ウィリアムズ)もまた妻を亡くした過去があり、そんな近所づきあいや大学生の娘の支えもあって、なんとか少しでも元の生活に戻ろうと前向きになるニッキー。 かつてギャレットとよく訪れた美術館に足を運んでみるが、浮かぶのは夫との思い出ばかり。 そんな彼女の前に夫と瓜二つの男が姿を表し、思わずあとを追いかける。 彼は画家で美術教師のトム(エド・ハリス)だったが・・・という話。
 もしかして、みなさんノーメイクですか?、というくらい、<老いること>に正面から取り組んでいる。 特にアネット・ベニングは夫を亡くしてふらふらで空虚な時間を首の深々としたシワやくすんだ肌で表現、これって女優としてはかなり勇気のいることでは、とハラハラするほど。 ロビン・ウィリアズも抑え目の演技で“普通の人”をさらりと、彼だと言われないと気づかないくらいのさりげなさで。 そんな中、エド・ハリスは一人二役を極端な差をつけず、ナチュラルに演じ分けている。

  フェイスオブラブ3.jpg 伊達男ギャレットに比べて、自然派&無頓着路線で。 トムと知り合ってからニッキーもイキイキと若返る。
 設定自体はドラマとしてありがちながら、ドラマティック性はなるべく抑えて、淡々と描いているのが印象的。 だから余計に物語がリアルに思えてくる不思議。
 相手がそっくりであればある程、些細な違いが浮き出てくるような気がするんだけど、理屈抜きでトムに惹かれてしまうニッキーの喪失感はそれくらい深かったのか。 そして理由はわからないけれど自分をキラキラとした恋慕う瞳で見つめ続ける存在に気づけば、孤独を感じつつある男はころっといってしまうものなんだな(多分、逆もあるでしょう)、と、あたしにもそのうち訪れる<老い>に対する心構えを迫ってくるようで。 一人が楽だと思っていても、そのうち一人がつらくなるんだろうか、とか。
 そう思うとトム側の方に感情移入してしまい、「トムと亡き夫が瓜二つ」であるという事実を隠したままのニッキーがひどく勝手というか残酷に思えて(そこが「女はこわい」という部分でもあり、「恋は病である」という部分でもあり)。 もしくは精神的に病んでいる状態が同時に進行しているあやうさが大変怖かったです。 同じような恋の病にかかっていた経験がある身としては、その身勝手さが自分にぐさぐさ突き刺さってきて他人事じゃないからか? ニッキーに対する気持ちは同族嫌悪か?
 たとえそっくりでも、内面に共通したものがなければニッキーはトムに惹かれ続けただろうか? 外見が似ていなければ彼女は彼を追いかけなかったかもしれないけれど、別の形で知り合ったのならまた別の関係になったかもしれないのに。

  フェイスオブラブ2.jpg この二人の関係もまた、いろんな可能性があるのだろう。 こんなに静かで穏やかなロビン・ウィリアムズを観るのもこれが最後なのだろうか・・・という別の切なさもあり。
 <大人の恋愛>のは若者の恋愛以上にいろいろな形があるのだとは思うが、うおー、なんだかトムがかわいそう・・・と最後はウルウルしてしまいました。
 ちなみに、トムの元妻のアンとしてエイミー・ブレネマンが出てきたのには驚きました(『プライベート・プラクティス』以来!)。
 そして理系男子というよりも、やはり画家のほうがエド・ハリスの本質に近いのかも、と思わされてちょっとさみしかったかも。

ラベル:外国映画 映画館
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2015年03月25日

またしてもパソコン不調

 どうも此頃、パソコンの調子が悪く、うまくインターネットにつながらない状態が続いています(接続していると表示は出るものの、データの往来の気配がない・・・)。
 しかも最初から、というならともかく、使っている途中から突然止まるからこまりもの。
 PCを再起動すれば直りますが、その再起動に時間がかかるよ・・・。
 というわけで、いろいろ滞っていてすみません。

2015年03月24日

今日は6冊。

 気がつけばもう3月も終わりが近づいている。
 一体、2月・3月となにしてたんだろ・・・。 なんだかどんどん日々の記憶が曖昧になっていく感じ。 時間が過ぎるのが早い、って、こういうこと?

  アルジャーノン文庫新版.jpeg アルジャーノンに花束を【新版】/ダニエル・キイス
 ドラマ化に合わせてなのか、ハヤカワエヴァ―グリーン作戦(ほんとはもっと違う名前だったような・・・)の第一弾として装いも新たに文庫で登場。 右下にいるアルジャーノンがかわいくて、この表紙も悪くないですが、あたしにはやはり単行本一回目の、黄色いチューリップの表紙のほうが好きだなぁ。 あれは誰の絵だったのか。
 今回、著者逝去を受けての訳者・小尾芙佐さんのあとがきが新録されていて、それがしみじみとさせてくれます。

  ダークネスサイコ3.jpg 高階良子デビュー50周年記念セレクション3 ダークネス・サイコ3
 もはや『ダークネス・サイコ』は前半のみ、後半になにをカップリングさせるかがこのコレクションの肝になっているようです・・・。

  ツーリングユーロ06.jpeg ツーリングEXP.Euro 6/河惣益巳
 まぁ、もともとこの物語はパリで始まったわけで、全世界を飛び回っていたものが<ユーロ編>になって主な舞台がヨーロッパに限定されてきた、ということもありましょうが・・・というかヨーロッパ、(歴史的にも)いろいろありすぎだ!、ということをこのシリーズを通じて実感。 しかし主役のはずのシャルルはどんどん天然ボケ通り越しておまぬけなキャラになっているのがかなしい・・・。

  死を歌う孤島.jpeg 死を歌う孤島/ハンナ・ヤンソン
 『消えた少年』に続いてのシリーズ邦訳2作目。
 北欧ミステリで、“絶海の孤島モノ”ですか!
 と、興味津々なのですが、まだ『消えた少年』も読めていないあたし・・・。

  悪意の波紋.jpeg 悪意の波紋/エルヴェ・コメール
 『その女アレックス』により俄然注目が集まっているフランスミステリ界から新星登場!、とのことですが、昔からフレンチミステリってちょっとひねった(ある意味、ヘンな)作品が多かったじゃないですか、なにを今更。 でも、英米に偏重しがちな翻訳ミステリの裾野が広がってくれるのはうれしい(その分、イギリスでも<主席警部アラン・バンクスシリーズ>みたいに翻訳が途中で止まっているものもあるので、そっちも忘れないで〜)。

  ブラッドソング2.jpeg ブラッドソングU 戦士の掟/アンソニー・ライアン
 これもまた「『氷と炎の歌』に匹敵する」とコピーがつけられちゃってたので買ってしまった戦記物ファンタジー第2弾(第一部は三部作らしい)。 こういうのはできたら一気読みしたいのだが・・・そんなのばっかりたまっていくあたしの本棚であることよ。

ラベル:新刊 マンガ
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2015年03月23日

神は細部に宿るのよ 4/久世番子

 同じくお洒落川下住人(流行に敏感ではないわけではないが、取り入れるのに躊躇する。 いろいろと考えすぎて新しいものに手が出せない、など、いわゆるファッション難民)として、「あるある〜」と共感ネタ満載のこちら、4巻目となりました。 ちなみに、ファッションを気負わず上手に取り入れることのできる方々は、川上住民として規定されております。

  神は細部に04.jpeg 今回は手袋ネタからスタート。

 「あー、あるある」、「なんかわかるわー」というノリは相変わらず。
 ムートンのUGGブーツが<アグリーブーツ:みにくいブーツ>から来た名前だとは初めて知りました・・・という小ネタもいろいろ。
 <一生もの>に対する解釈も頷けるものあり(高級ブランド品を持つということではなく、流行に左右されずに自分のスタイルの一部としてずっと使い続けられるモノ、という意味)。 これは別に高級ブランド品を買えないから、という負け惜しみではありませんよ〜。 持つ人が持てば、安いものでもそれなりのものに見えたりするもんね〜。
 ただ、前回は1〜3巻を一気読みした、という個人的な事情もあり、4巻一冊だけだとちょっと物足りない・・・と感じてしまう寂しさがあり。
 あらためて、時間がないから読めない、とため込んでいるファッション雑誌を手にとって、ほわーっと夢を見たいものです(その間は、金銭感覚がおかしくなりますが)。

ラベル:マンガ 新刊
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2015年03月22日

君が生きた証/RUDDERLESS

 個性派俳優ウィリアム・H・メイシーの初監督作品として注目していたこの映画、思っていたよりも日本公開が早くて驚きました(でも神戸では上映期間はあまり長くなかった・・・)。 とはいえ、あたしにとってウィリアム・H・メイシーといえば『ER』のモーゲンスタン外科部長だったので、『ブギーナイツ』を観たときには一瞬目を疑いましたが、いまや真面目な役柄を観る方が難しい・・・でもきっとご本人は、真面目な人なんだろうな、とこの映画を観て感じた(なにしろ奥さん、フェリシティ・ハフマンだし!)。

  君が生きた証P.jpg 男には、それが生きるすべてになった。

 やり手の広告マンであるサム(ビリー・クラダップ)は大口の契約をまとめた勢いで大学生の息子ジョシュをいつもの店に強引にランチに誘う。 が、ジョシュは現れず、店のTVで大学で銃乱射事件が起こったことを知る。 2年後、すべてを捨てて日雇いの仕事をしながらボートで生活をしているサムのもとに、元妻(フェリシティ・ハフマン)が「やっと片づけが終わったの」と生前ジョシュが録りためていた楽曲のデモCDやギター、スピーカーなどを渡す。 「あの子の音楽好きはあなたの影響だから」と。
 しかし今も事実を受け入れられないサムは一式を捨てようとするが、後ろ髪を引かれるようにCDを一枚聴いてみる。 そこには、サムの知らないジョシュの姿があり、ジョシュの曲を聴くのがやめられなくなり、自分でもギターをつま弾いて歌い出すように。 そしてある日決意を固めて、飛び入り参加デーに場末のライブバーで一曲歌う。 会場のノリはいまひとつだったが、クエンティン(アントン・イェルチェン)と名乗る青年から「今の曲、すごくよかったです」と声をかけられ・・・渋るサムをどうにか説得しつつ、ギターデュオから始まりバンドを結成し、ライブバーでレギュラー出演枠を獲得するまでになる。

  君が生きた証1.jpg 年齢差のあるこの二人、でもステージでは息がぴったり。 歌手が演じるよりも、歌も歌えて演奏もできる俳優が演じることがこの映画では吉。
 地元で人気が出て、「次はツアーに出てデビューを目指そうぜ!」と盛り上がる周囲に対し、サムは頑なに出演を拒む。
 『はじまりのうた』に続き、この映画も全編音楽がストーリーを彩り、ときに人物の感情表現を代弁する。 あぁ、これもサントラほしくなっちゃうかも!
 しかもこの映画のすごいところは多くを語りすぎずに自然に進めながら、実は中盤に謎解きを潜めているところ! それを境に前半にあったわずかな違和感の積み重ねがすべてつながり、納得(ある意味、正しいミステリ映画だ!)。 それ故に後半はその事実を知ってからサムに対する感情が変わるのかどうか、観客は自分自身の道徳観のようなものを試されるような形に。 だから人によっては腹の立つ映画になるかもしれない。 でもあたしは、当事者になれない他者は目の前にあることでしか判断できないなぁ・・・とネットにあふれる情報の洪水やら断片的な情報でいろいろ決めつけて書き込みする匿名の人々のことを(自分を含めて)、考えずにはいられない(このへんはネタバレになるのであまり言えないが、前情報なしに観たほうがこれは絶対にいい)。

  君が生きた証2.jpg ジョシュの墓の前で誕生日を祝う元夫婦。
   フェリシティ・ハフマンのスタイルのよさに羨望のまなざしを送らざるにはいられないあたしである。
 端的に言えば、息子を亡くしたサムが、息子に言えなかったことをクエンティンに言い、彼の夢の後押しをする。 その過程でサムはジョシュを失った事実をようやく受け入れ始める場所に立ったところ、という話なんだけど、やっぱり音楽がいいので盛り上がる(その先が知りたいとか、サムに甘い描写じゃないかなどと観客から批判を受けることを承知で、その手前で映画を終える勇気を逆にあたしは買いたい)。
 バーのマスターの役でウィリアム・H・メイシーがちょこちょこ顔を出しますが・・・さすが、様々な映画監督のもとで仕事をしてきただけのことはあり、初監督作とは思えない安定の出来。 地元の楽器店オーナーとしてローレンス・フィッシュバーン(彼もいい味出した好演!)が出たりと低予算映画っぽい割にキャストが豪華なのは監督の人徳(もしくは個人的なコネ)なのであろう。 でもキャストみなさん好演でした。
 今後も監督業は続けていきたい、とウィリアム・H・メイシーは語っているようなので、どうせならクリント・イーストウッドみたいになってほしいなぁ、とウィリアム・H・メイシーの一ファンとしては思うのであります。

ラベル:映画館 外国映画
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2015年03月21日

たまにある、とにかく眠い一日。

 天候不安定のせいなのか、いろいろショックな出来事があったからなのか、残業続きの疲れがたまってきたのか、いつもの貧血その他の体調不良が予想よりも早くやってきた。 普段なら早めに薬をのんでおくところだが、今回は「まだ早いだろ」と油断していて、症状が出てからのみだしたのでどーも効きがいまひとつ。 普段、仕事では感じるイライラを表に出さないようにしておりますが(多分できている。 同期Eさんに言わせると、役割分担的にはあたしは“good cop”らしい)、今週は「ちっ」っと舌打ちをしたくなることもしばしば。 「そこ、うるさい!」、「仕事しないならとっとと帰れ!」と怒鳴りつけたくなる衝動にかられたり(実際にはそんなことしないけど、遠まわしにやんわり注意する気力もわいてこず、放置)。
 しかしこの時期だけ、「とにかく、眠い」という感覚が戻ってくるので、そこはうれしいところです。
 金曜の夜の帰りも遅かった(レイトショーを見てきたせいもあるが、会社を出た時間がそもそも遅かった。 ほんとは、もっと早く帰れる予定だったのに・・・)。
 リビングで録画した海外ドラマを見ていたらいつのまにか寝てしまっており、何度か目が覚めつつもまたうとうとし、気がついたら外が明るい・・・。
 それから布団に移ってまた寝ました。
 お昼すぎに起きて、野菜ジュース飲んで薬のんで、携帯のメールに返信し、洗濯してパソコンを立ち上げてニュース見つつ映画や本の写真を取り込んでサイズ加工し、映画ネタでブログを更新しようとするも、また眠くなってきたので現状報告でごまかします・・・。
 あぁ、このあとどうしよう、ちょっと寝ようかな。
 昨夜の続きのドラマを見ても、また寝てしまうかもしれん。

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2015年03月20日

相棒 シーズン13 最終回によせて

 ほんとは昨日UPしたかったのはこの内容だったのでした。
 「あ、急いで帰れば『相棒』の最終回に間に合う〜」と仕事から戻ってきたあたしでしたが、途中でふと気づく。 最終回SPだから20時スタートじゃないか! もう始まってるよ!
 ということで急ぐのはあきらめ、家に帰ってシャワーを浴びて、ぎりぎり追っかけ再生で観始めた。
 冒頭のカイトくんの行動に、あたしは盛り上がった。
 「はっ、もしかして右京さんは初対面のときからカイトくんのそういう要素を見抜いていて、だから特命係にスカウトしたのか!」と。 演繹的推理法の天才、シャーロック・ホームズばりの右京さんの能力炸裂だ!、と。
 しかし、そうではなかった・・・。 携帯電話で薫ちゃん以外に「僕です」と名乗るようになってしまったカイトくんに対して(神戸くんにはそんなこと言わなかったのに!)、右京さんは本気で信頼を寄せていた、という展開じゃないか・・・しかも右京さん、事の顛末に悲しんでるし。
 カイトくんは悦子さんの闘病に付き合って警察を辞めるのだろう、という大方の視聴者の予想を大きく裏切りたかった、という制作側の気持ちはとてもよくわかる。 こういう展開自体、古典的推理小説からあるネタだし、そこは精神的に原点回帰というか、「なんでもありが『相棒』」というチャレンジ精神でもあるとは思うけど、だったらちらちらとシーズン12あたりから“ダークナイト”の存在をちらつかせるとか(あえて台詞にしなくとも、暴力事件を報じる新聞記事が画面の端に映るとか)伏線を張っておいてくれれば、ここまでの批判は巻き起らなかっただろうに・・・と思うのでした(実は映っていたのかしら? カイトくんになってからあんまり隅から隅まで見る余裕がなかったので)。
 カイトくんの性格的な部分(“ダークナイト”に通じる要素)は初回から描かれていたからそれで十分と思ったのかな? だとしても、あそこまでの段階にならなければ右京さんが気づかない、というのは無理がある。
 まぁ、「そこじゃないだろう!」という右京さんの一喝にはしびれたし、角田課長の「杉下の機嫌、損ねちまったんだろ? 元気出せよ、一緒に謝ってやるから」にはとても気持ちがなごみました。
 薫ちゃんと出会ったことで誰かを信頼することの楽しさを知ってしまった右京さんは、薫ちゃんよりも対等にやりとりができる神戸くんとの関係もきっと楽しかっただろうし、“人を育てる面白さ”を知ってしまったんだろうな。 だから荒削りなれど何かを持っていそうなカイトくんを選んだんだと思っていた。 だからこれまでの誰よりもカイトくんに対して優しかったし、右京さん自身もなんだかまるくなったよな、という部分もあったし。
 けれど今は亡き小野田公顕さんの「杉下の正義は、暴走するよ」というお言葉に加えて、今回は更に甲斐峯秋氏にも「君は思ったよりも危険な存在なのかもしれないね」と言われてしまった右京さん。 自分はぬるま湯に浸かってしまった、と自覚したのかもしれない。
 次のシーズンは“カミソリ右京”として戻ってくるために必要な布石だった、ということでしょうか。 ・・・だったら、しばらく相棒はいらなくない? 右京さん一人で冷徹に事件を解決していくエピソード、いくつかほしいなぁ。
 ・・・とまぁ、結局、先がどうなるのかは知りたいわけなんですけどね。

posted by かしこん at 03:09| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・テレビドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月19日

タイミング悪い・・・

 昨日は記事を書いている途中でブロガリのメンテナンス時間にぶつかり、UPできず。
 記事そのものはメモ帳に貼り付けていたので無事。
 どたばたと帰ってきて、夜、更新しようと思ったら、これまた途中でネットが止まる。
 あー、なんかJ:COMからお知らせが来ていたような・・・でも18日ではなかったような。
 キンドルで確認するとWi−Fiは生きている。
 じゃあ、パソコンの問題か!
 いろいろ修正して再起動・・・一時間以上かかったかも。
 そんなこんなで、こんな時間と相成りました。

2015年03月18日

フォックスキャッチャー/FOXCATCHER

 今年のマーク・ラファロ映画第2弾。 この映画でマーク・ラファロはアカデミー賞助演男優賞にノミネートされましたが(オスカーをとったのは『セッション』J・K・シモンズ)、まさに2・3番手でいい味を出す俳優の本領発揮(そういうところもあたし好みです)。
 ですが、今回は彼が出ていると知っていなければ、ぱっと見わからなかったかも・・・ビジュアルもかなり違うし、喋り方や声まで違う感じ。 実在の人物がモデルだから、メインキャストのみなさん、かなり似せてきているのだろうか(スティーヴ・カレルはモデルの家族? 本人?から批判を受けるほど似ているらしいという噂)。

  フォックスキャッチャーP.jpg なぜ大財閥の御曹司は、オリンピックの金メダリストを殺したのか?

 オリンピックレスリング競技のメダリストのマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)は、大学のチームでコーチをしていたが、予算がないと解雇される。 金メダリストなのにまったく尊敬されない日々に鬱屈していたところに追い打ちがかかる。 そんなとき、デュポン財閥の御曹司である大富豪ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から、ソウルオリンピックに向けたレスリングチーム結成プロジェクト<フォックスキャッチャー>に勧誘される。 渡りに船と申し出を受けるマークだが、ジョン・デュポンもまたレスリングという競技を母親に認めてもらえず、金にあかして専用練習場をつくって選手を集めてコーチとしての栄誉を得たいと考えていた。 「認められたい」、という欲求がジョン・デュポンとマークを結びつけ、いささか歪んだ友情以上の関係が築かれる。

  フォックスキャッチャー1.jpg 最初はね、二人の関係はとてもよかったよ・・・。
 マークとともに金メダリストとなった兄のデイヴ(マーク・ラファロ)は競技人生に未練もなく、家族とともに暮らすことがいちばんのしあわせだったが、弟の苦境を知り、不本意ながらも<フォックスキャッチャー>に参加することに。 競技者としても、コーチとしても、才能があるのはデイヴのほう。 それを思い知らされ、マークは自棄になり(しかしそれを助けてくれるのもまた兄)、マークとの絆が壊れたとも感じたジョン・デュポンの屈折した精神は次第に狂気をはらんでいくことになる。
 男の嫉妬はリアルに怖いよ、という話であります。
 筋肉バカのイメージが強いチャニング・テイタムが、筋肉バカなんだけど屈折した心を無表情〜不機嫌・怒りといったマイナスの感情を顔であますところなく表現。 筋肉バカは明るくないとね、と思わせるよ(ちょっと付き合うの大変そうだし)。 実際の事件がモデル、と言われても事件のことはまったく知らなかったので、ジョン・デュポンが誰かを殺すことはポスターからわかっても、そのタイミングがいつなのか、誰を殺すのかまったくわからず、だから映画のあらゆるシークエンスがいつ<事件>につながるのかとはらはら。 ここの緊張感もただ事ではなかった(事件を知っている人にとっては、ただ事実を追っていったものにすぎないのかもしれないが)。

  フォックスキャッチャー3.jpg 特殊メイクでこれまでのイメージが全然ないスティーヴ・カレルがとにかく怖い。
 そんな二人の間に立つマーク・ラファロは普通の人で、その普通さが痛々しくて、ここ3人(ときには2人同士)の演技合戦は見物であり、ほぼ見どころはそれがすべて、といってもいいかもしれない。 ちょっとしたことがきっかけで、3人の関係性や相手への感情がくるくると変わるから。
 レスリングというスポーツが題材ですが、知識がなくてもわかるようになっています(そのへんは『マネーボール』の監督ベネット・ミラー。 あれも野球の知識がなくても楽しめたし)。 マークとデイヴの兄弟の練習風景はかなり自然で、相当練習したんだろうな、と感じた。
 おカネが得られないことで充たされなさを否応なく突きつけられるマークと、いくらでもお金があるのに(敷地が南北戦争跡地だからと古い戦車なども集めまくる)それでも満たされないジョン・デュポン。 正反対なのに同じ気持ちを共有する二人をいささか同性愛的関係に描いているのが面白かった(ここは事実に反するとモデルの人は批判しているらしい)。 でも匂わせてるだけだし、事実を知らないあたしとしては「そういう解釈もあり得るよな」と納得しちゃいましたが。 フォックスキャッチャー:キツネ狩り、というのも、“貴族の遊び”というダブルミーニングだろうし。

  フォックスキャッチャー4.jpg お兄さん、ひたすらいい人だ・・・。
 登場人物はそれほど多くないのに、「なにが起こるのか一寸先がわからない」という緊張感と、合間に襲ってくる空虚感。 大変疲れるけど、見ごたえあり。
 でも、おカネと才能はほどほどに、という教訓もあり、かな。

ラベル:外国映画 映画館
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2015年03月17日

はじまりのうた/BEGIN AGAIN

 マーク・ラファロ好きとしては(いや、他にも好きな人はいっぱいいるけど)、彼がメインで出る映画がほぼ同時期に公開ってなんだかとてもうれしいです(その分、次までの間があくんだろうか・・・)。 そんなわけで、『はじまりのうた』『フォックスキャッチャー』、まずはハッピーそうな『はじまりのうた』から。

  はじまりのうたP.jpg ニューヨークの空の下。 歌と出会って、明日が見えた。

 傷心のグレタ(キーラ・ナイトレイ)は、友人の売れないミュージシャンに強引に引っ張りこまれてライヴハウスで弾き語りを披露する羽目になる。 ちょうどその場には、過去にグラミー賞を2度も受賞したこともあるが、いまは崖っぷちの音楽プロデューサー、ダン(マーク・ラファロ)がいて、酔っぱらいながらも彼はグレタの歌に可能性を感じる。 一緒にアルバムをつくろう、と持ちかけるダンだが、グレタはミュージシャンの恋人デイヴ(アダム・レヴィーン)に手ひどく裏切られたばかりで、まだ人を信じる気にも、大好きな音楽に向かい合う気にもなれなくて・・・という話。
 そもそもイギリス人カップルであった二人は楽曲とデイヴのヴォーカルが認められてのニューヨーク入り。 曲は二人でかいたり、グレタが単独でつくることもあったのに、ニューヨークではグレタはデイヴのガールフレンド扱い。 挙句の果てにデイヴの浮気、という自尊心ずたぼろ状態。 それでも、その気持ちまでをも歌にしてしまうのだから、グレタのアーティスト精神は筋金入り。 それを見抜くダンも、私生活ボロボロとはいえプロの魂を持つ男。

  はじまりのうた2.jpg 結局、レコーディングを始める。
   予算がないからスタジオが取れないので、ニューヨークの街角がスタジオ代わり。 バックミュージシャンもダンのコネをフル活用。
 その過程が、なんだかとても楽しい。 部活動の練習みたいなノリというか、でもただ楽しいだけじゃなくて「いいものをつくろう」という目標をみんなが持っているから、多少の苦労も努力も惜しまず、それが押しつけがましくなくてすがすがしい。
 レコーディングを通じて、ダンとグレタの間に信頼関係が生まれ、その結果いまいち関係のよくなかったダンの娘(ヘイリー・スタインフェルド)との交流が加わったり、元妻(キャサリン・キーナー)ともいい感じになったり。 グレタはグレタで、デイヴとまた会って話す気分になったりと、それぞれの状況にも変化が。 それもこれも、ダンとグレタの間が一線を越えそうで越えない、“仕事上の信頼”で踏みとどまれたから。

  はじまりのうた3.jpg グレタ、ダンの娘にファッション&恋愛アドバイス。 そういうところ、お父さんにはかないません。 それにしても、ヘイリー・スタインフェルドは最近、<離婚した両親の間でちょっと困った態度をとる娘>の役、多くない? この前はケヴィン・コスナーの娘だったような。 そういうお年頃ですかね。
 そうして音楽は人と人との絆をつなぐ。 些細なエピソードの積み重ねではありますが、劇的な出来事も特にないんだけれども、音楽好きとしては観ていてなんだか胸がきゅーんとなります。
 そして、ポップスターとしてスターダムを駆け上がるデイヴ。 売れるため、という理由で楽曲のアレンジを勝手に変えられたくないこだわりのグレタと、周囲に言われるままになんでも取り込むデイヴ。 けれどそんなデイヴがステージに立ち、観客を熱狂させている姿を見たとき・・・「住む世界が違う」とグレタは感じたんだろうか。 そこでもまた別の意味で、胸がキューンとなりました。 個人としての資質はともかく、あの安定の声と実力で歌われちゃったら、なんか何も言えないよねぇ。 演技面ではちょっと微妙なところもあったアダム・レヴィーンですが、さすがマルーン5のメインヴォーカル。 やはりここは歌の上手な俳優ではなく、現役のポップスターを持ってきて正解、のライヴパフォーマンスでした。
 そして、ちょっとダメな感じだけど一度情熱に火がつけばすごい働きぶりをするダンは、あたしが思うところのマーク・ラファロの雰囲気によくマッチしていて、とてもキュート。 キーラ・ナイトレイもかわいく、小品なれど佳品というか、お気に入りの映画になりました。
 サントラ、買おうかな。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 04:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする