2015年02月05日

血の探求/エレン・ウルマン

 一年以上前の東京創元社のメルマガで新刊として紹介されていたもので、<本編のほとんどが盗み聞きで構成された>というコピーに惹かれ。 でも文庫ではなかったので図書館に予約を入れて・・・何ヶ月待ったかしら。 やっと手元に来たと思ったら二段組み約400ページ、通勤電車の短い時間や映画待ちのロビーも含めてちまちまと読み切る。
 章立てが短いせいもあって可能な面もあったけど、とにかく引っ張る、先が気になる話だったです。

  血の探求.jpeg 実際は盗み聞き半分、盗み聞いている側の“私”の妄想と行動が半分、といった感じ。

 1974年の夏の終わり。 休職中の大学教授である“私”は引きこもりを回避するためにサンフランシスコのあるテナントビルにオフィスを借りた。 隣の部屋はドクター・シュスラーという女性が精神分析のセッションに使用していた。 普段は、音が外に漏れないように雑音発生装置が作動しているのだが、ある女性患者のときだけ装置は止められる。 その音が好きではないから、と。 そのため、“私”には二人の会話が聞こえてきてしまい、いつしか患者に感情移入してしまった“私”は彼女のために行動を起こして・・・という話。

 “私”は50代後半っぽい感じなのだが、向こうの声がまる聞こえということはこっち側の音も向こうに聞こえてしまうわけで、音をたてないように、気配を消すようにとする努力は涙ぐましいものがあり、哀れを誘う(大学を休職中というのも、何らかのトラブルがあったようで、“私”の強迫観念ぶりや妄想が暴走するあたり、精神的な病を感じさせるのだが、悲壮というよりはどこか滑稽に描かれている)。 また、<隣り合わせの部屋>の中でほとんどのことが行われるので、舞台劇にしても面白そうな感じがとてもする。 “私”の一人芝居としても行けそうである(他の二人は声のみで)。
 タイトルの『血の探求』とは、患者が養子であることから、自分の出自を遡るべきか迷い、探しつつそれをどう受け止めるか、という意味。
 ここのパートはそれだけでひとつの物語に十分なるので、全体として贅沢な構成といえる(その続きはどうなんだ、と盗み聞きし続けたくなる気持ちもわからなくはない)。
 それにしても・・・ヨーロッパって大変だなぁ、という実感。 自分のルーツをたどれば必ず宗教がからんでくるし、過去は辿らないという決意もひとつの選択ではあるものの、あまり推奨されていない感があるのはやはりルーツは知るべきだという社会的前提があるからなんでしょうか(その点、日本はいろんな意味で曖昧です)。
 広義のミステリではあるけれど、どちらかといえば文芸色の強い話。
 そういうのをちゃんと発掘してくる東京創元社、さすがです!

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする