2014年12月29日

ゴーン・ガール/GONE GIRL



 上映終了時間23:10とあるのを見て、「え、デヴィッド・フィンチャー、あれを100分



そこそこでまとめたの!? すごすぎる!」と感嘆してから自分の誤解に気づく。



スタートは20:30だったのだ!(21:30で計算してました)。 となると意外に長いな、



と感じてしまうのは何故かしら。



 原作はすでに読んでいるためもうネタ割れはしている。 あとはそれをデヴィッド・



フィンチャーがいかに描くか、というのがあたしの観たいところでございます。



   本当に大切なものはいつも失って初めてわかる



 ニューヨークでライターの仕事をしていたニック(ベン・アフレック)とパズル作家の



エイミー(ロザムンド・パイク)は運命的な出会いをして誰もがうらやむような結婚生活を



送っていたが、不況により仕事がなくなり、二人はニックの実家があるミズーリ州の町に



引っ越してきた。 結婚5周年の記念日、ニックが朝の散歩から戻ってくると、リビングの



ガラステーブルが割られ、キッチンの床には大量の血痕を拭き取ったらしき痕跡があり、



エイミーの姿はどこにもない。 警察は事件と失踪の両面から捜査を開始するが、



エイミーの日記が見つかったことで“誠実で優しい夫・ニック”の姿が歪みだし、事件は



全米が注目するところとなり、次第にニックは“妻殺しの疑惑の夫”と見なされ、追い



こまれていくが・・・という話。



   妻の捜索を呼び掛けるシーンで笑顔を

    見せてしまうニックの理由をそうしたか・・・あえてニックの内面に踏み込まない

    もどかしさが、観客をニックかエイミーかどっちの側にもつけないように、という

    監督の作戦なのかもしれない。



 クレジットによれば原作者のギリアン・フリンが脚本も執筆。 そのへん、ハリウッド



すごいな!、といつも思う。 日本では原作者が映画の脚本を書いて成功する例は



あまり見たことがないので(例自体も少ないけど)。 今回も原作には詳細に描かれて



いたニックとエイミーの金銭事情(リーマンショックの影響で失業するとか、エイミーの



両親はベストセラー作家ではあるが最近落ち目で、エイミーの信託財産を親に渡して



しまったが故に二人の生活が困窮する、など)については必要最小限。 その分、



夫から見た妻・妻から見た夫という<永遠の謎>のほうにより深く踏み込んでいると



いうか、それが脚本家としての判断なのか監督の意向を受けてかどうかはわからない



けど、そのおかげで“特別な二人”の身に起こる出来事ではなくて、まぁきっかけは



ともかく、どんなカップルにも(それは異性間だけではなく同性間にも)程度にもよるが



起こりうる出来事である、というある種の普遍性を持つことになり、スリラーであると



同時にホラーになってるぞ!、と相変わらずのデヴィッド・フィンチャーの腕の冴えに



わくわくしてしまう。 やっぱり得意なジャンルって、あるものよね。



   またの名を“アメイジング・エイミー”。



 ベン・アフレックのダメ男っぷりは想定内ですが、すごいのはとにかくロザムンド・パイク。



 「こんなに美人だったっけ?!」と最近何本か映画で見ていますが、あらためて驚愕



『アウトロー』はなんだったのか・・・)。 “完璧な妻・エイミー”でありながら、たとえば



<プリンを食べる>という行為ひとつで一気に幼児的後退をするような、つまりただの



<ぶーたれた子供>になってしまったり。 表情どころじゃなく性格までも変わってるん



じゃないか、と一瞬で思わせられてしまうそのすごさ。 デヴィッド・フィンチャーって実は



女優を育てる才能もあったのか!?(『ドラゴン・タトゥーの女』のルーニー・マーラも



そうだったし)。



 是非アカデミー賞にノミネートを!(カテゴリーが主演か助演かわかりませんが)。



 そう、トータルとしてはサスペンス・ホラーテイストなのにところどころコメディが仕込んで



あって、あらすじだけ言うとトンデモ話になってしまうこの物語に適度なリアリティと、



「他人事だと思って見てるだろうけど、でも自分はどうなの?」といういじわるな問いかけが



残される・・・『セブン』とは種類の違う後味の悪さをそっと差し出されるように。



 原作ではいまひとつ中途半端な存在に思えたニックの双子の妹が、この映画では



ある程度しっかり描かれていたので、原作と映画は別物とはいえあたしは満足しました。



 やっぱりデヴィッド・フィンチャーにはハイスピードなサスペンスが似合います。



 でも『ドラゴン・タトゥーの女』の続編のことも忘れないでね!



 あのままじゃリスベットがかわいそうだよ・・・。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インターステラー/INTERSTELLAR



 クリストファー・ノーランの新作がこんなに早く日本で観られるなんてね、といそいそして



行った。 監督の名で観客を呼べる数少ないタイプだと思っていたのだが・・・意外にも、



観客はそう多くなかった。 彼の作品の中でも<父と娘の愛>みたいにわかりやすい



テーマを掲げたもの自体、珍しいのに(一般受けしそうなのに)。



 それとも原因はSFか?、SFなのか!



   必ず、帰ってくる。

                 それは宇宙を超えた父娘の約束――。



 近未来、地球では年々環境汚染が進み、収穫できる農作物にも限りが出てきた。 大地は



常に砂嵐の危険と汚染にさらされ、人間たちは未来の姿を描けなくなってきた。 遠からぬ



未来に、地球は・人類は滅ぶのだろうと薄々感じ始めていたとき、元エンジニアで現在は



農夫のクーパー(マシュー・マコノヒー)の家である異変が起こる。 それを愛娘マーフ



(マッケンジー・フォイ)が信号メッセージととらえて、示す座標にふたりで向かえば、そこ



には地下に潜ったNASAが。 クーパーはかつて宇宙計画時代最後の優秀なパイロット



であり、人類移住計画を考えるブラント教授(マイケル・ケイン)に「人類が適応できる惑星を



探してきてほしい」と頼まれるが・・・という話。



 前半は少しずつ確実に滅びへの道をカウントダウンしている地球、後半は宇宙、という



強引な展開でありながら、その強引さをあまり感じさせないのは、ひとえにマシュー・マコノ



ヒーの説得力というか、地に足のついた感覚が物語の真ん中にいつもあるから、かもしれ



ない。 「なんでだよ!」と観客の気持ちを代弁してくれているからね。



 それにしても相変わらずの映像美で。



   辿りついてみたら、絶望的なほど氷の惑星。



 特にワームホールを映像化しちゃったことはびっくり!



 宇宙を描くとなると『2001年宇宙の旅』は避けて通れないのか、いろんなところに



オマージュが見え隠れ。 ただ絶対的に違うのはHALのようなコンピューターは出てこず、



むしろ見かけはレトロなロボットたちがやたら人間の感情を理解しているように感じられる



ところ。 だから科学技術への警鐘というよりも、どんな時代であっても人間の本質は



あやうい、という方向になっている。 あと、「決してあきらめない」みたいなフロンティア



精神というのか・・・そのへん、日本人ならあきらめてしまうというか、運命として受け入れ



そうな気がするので・・・。



 あとはウラシマ理論的時間の流れ問題。 SFネタ的には無理がある強引設定も結構



あるんだけど・・・そこは絶対唯一神がいることを是とする人たちの世界観だからってこと



で目をつむらねばならないだろうし、そうしておかないと物語が成立しないから知らない



振りをしておくことが得策です(あらさがししてたらロマンなくなっちゃうし!)。



 ハンス・ジマーの音楽は今回は重低音を多用していて、3DでもIMAXでもない普通の



映画館で観たのだけれど、宇宙船が大気圏突入していくときのような状態ではこっちの



座席も振動で揺れるほど。 意図しない疑似体験には、ちょっとはっとさせられました。



 それにしても豪華キャストで・・・マイケル・ケインはレギュラーだから絶対何かの役で



出ることはわかっていたけど、まさかこの人が!、みたいなびっくりもあり。



   小さな子どもたちはいつしか

       ジェシカ・チャステインとケイシー・アフレックに成長。



 アン・ハサウェイも出ていて、『ダークナイト』シリーズキャストだし、クリストファー・



ノーラン作品だからどんな端役でも出たい、というのが役者さんたちの気持ちなのかしら。



予想もしていなかった「こんな人が!」のサプライズ出演があります。



 結局、愛は地球(人類)を救う、という話に見えてしまうのが悲しい。



 きっと、もっと深遠な話だよね!


posted by かしこん at 05:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする