2014年10月25日

K2 初登頂の真実/K2-LA MONTAGNA DEGLI ITALIANI

 引き続き山モノ。 こちらはドキュメンタリーではなく、“事実に即した物語”のほう。
 チラシ類がまったく見つけられず、映画館HP情報だけを頼りに出かけていくと、イタリア映画だった。
 世界第2位の高さを持つK2だが、その登頂難易度はエヴェレストよりはるかに上。 1954年まで頂上に立った者はいなかった。 第二次世界大戦後の痛手を引きずっていたイタリアは、国威高揚のためという理由でK2初登頂を強い意志で目指すアルディト・デジオに説得され、許可を出す。 デジオは国中から志望者を募り、厳しい訓練でふるい落とし、最終的に選ばれたメンバーでK2アタックを試みる(パキスタン側ともそれなりに話をつけているやり手である)。
 K2は「ケーツー」と読まれることが多いが、イタリア語発音「カッパドゥエ」の響きのほうが味がある気がした。

  K2−P.jpg 名誉と引き換えに、男は何を犠牲にしたのか?

 またしても画面が小さいぞ・・・と思ったが、当時のニュース映像や登山中に回していたフィルムを一部流用しているせいであろう。 もしかして、ほんとにK2まで行って撮影したんですか!?というハラハラ画面が見どころ(まぁ、それを期待してこっちも見に行ってるわけですが)。
 参加希望者を前にK2について語るデジオ博士、「(頂上に行く過程で)傾斜100%、700m」って・・・それ、山じゃないよ、壁だよ!
 訓練エピソードから、ライバル心が仲間意識に変わっていく過程がなかなか面白かった(なんてったってイタリア人だからさ、ノリがラテン系でよろしい)。 ドイツ映画だったら多分入れないだろう隊員たちの恋愛エピソードなどもしっかり織り交ぜてあり、「あぁ、イタリアだなぁ」と。 そうなると厳格なデジオ隊長がドイツ人みたいに見えてくる不思議。

  K2−4.jpg 隊員たちを区別しやすくするためか、色とりどりのヤッケを着ています。
 その当時はこんな鮮やかな色はなかったのでは・・・(実際、当時のフィルムではみなさん薄汚れたネズミ色みたいなの着ている)、でもそんなこと言っては野暮ですよね。
 隊員たちは若者が多いし、「国威高揚!」というわかりやすい目標を掲げているし、そのあたりはあたしが知りたい「何故、命をかけてまで登るのか」の理由にはあまり近づいてはくれなかったのだけれど、個人プレーとチームプレーの境目というか、「国の名誉と個人の名誉、どっちを優先するか」的な、団体行動の上に成り立った成功の果てにあった裏切りについて多くを割かれる(どちらかといえばこれがテーマだったようだ)。

  K2−3.jpg 赤いヤッケの彼がボナッティ(マルコ・ボッチ)。
 チーム最年少で、訓練当初はあまりにあまりな甘ったれであったが、体力を鍛えるとともに精神力も付き、現場に来ていちばん成長したかな。 だから彼はどんどん頼りにされ、頂上アタックを最初に任されたベテラン・コンパニョーニ(マッシモ・ポッジョ)は、ボナッティに追い越されると恐れを感じるようになる。
 結局のところ、K2初登頂を可能にしたのはイタリア隊なのだから、そのメンバーでいたことだけでは十分ではないのか。 科学者の世界と一緒で、一番乗りにならなければ名前は残らないのか。 初登頂した個人の、自分の名前を残したかったのか。
 あぁ・・・山といっても“名誉欲”が絡んだら・・・下界と同じじゃないか。
 初登頂の事実を美談で覆い隠してしまったため、ボナッティのしたことは正当な評価を得られず、それに対してずっと裁判を起こしていて、比較的最近それに勝訴したので、ボナッティの主張内容をこの映画で描いた、ということらしい。
 あぁ、歴史ですなぁ。

  K2−1.jpg ここまで来て、悪魔のささやきが・・・。
 デスゾーンでビバークして、そのあと無事に下山できるというだけでもすごいクライマーだと思うのだが・・・(凍傷で指を結構なくしたらしい)。 その後は単独行スタイルに転向、と聞けば、彼がどれだけ裏切りに傷ついたのかわかるし、だからこその真実の証明が大事だったというのもわかるけど・・・そっちにドラマの重心を置いたがために、K2のそもそもの恐ろしさがあまり伝わってこなかったような・・・両方求めるのは、贅沢なのかな?
 とりあえず、今後は<登山史>というやつにも目を向けていこう!、と決意。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする