2014年10月21日

想像ラジオ/いとうせいこう

 今更ですが、『想像ラジオ』をやっと読み終える。
 読み始めたら3日もかからなかった(しかもほぼ通勤時間のみ)。 でも、実際に手にとってページを開くまでには(そして内容を読み始めるまでには)約1年と7ヶ月ほどかかってしまった。
 ずっと、この内容に向き合う勇気がなかった。 でも読み始めてみたら、驚くほどスムーズに中身が入ってきた。 テーマのせいだけではなく、いとうせいこうの“小説”としてはこれまでのどの作品よりもわかりやすい。 それだけ、著者としては多くの人に読んでもらいたかったのだろうし、あえて難解さに行かなかったのが彼なりの覚悟のように感じられた(芥川賞の選考会である審査委員に「いとうせいこうともあろう者が」と言われてしまったようだが、このわかりやすさは読者への迎合ではないとあたしは思う)。

  想像ラジオ文庫.jpeg 文庫になったら解説がつくだろうか。 でもこれにはつかない方がいい気がする。

 第三章の終わりが、ひときわ鳥肌ものでした。
 第四章で、相変わらずメタ性構造好きだなぁ、とニヤリとしたけれど、そしてそれがラストに美しく繋がることにしみじみしたけれど、やはりあたしの中のピークは第三章のラストだったので、いささか冗長感は禁じえず。 もうちょっと刈り込んでもよかったような気もするが・・・でも、読者が“想像ラジオ”について自分なりに消化していくためには、この長さ(といっても300ページくらいだが)と一見無駄なおしゃべりは必要だったのかも。
 エッセイストとしてのいとうせいこうはずっと好きで、それはシティボーイズライヴに出る彼と同一線上にいた。 でも小説家としてのいとうせいこうはまた別の次元に存在していて、難解さに額にしわがよりそうになるけど、ある瞬間はっと何かが見えるときにぶつかるのが爽快で、好きだった。
 しばらくずっと音楽の方に行ってたけど、小説家の彼が帰って来たんだな。
 それはうれしいことだけど、きっかけが311だというのは・・・複雑な心境。
 しかし好むとも好まざるとも、311後の世界をあたしたちは生きなくてはならない。
 4度目の冬はもうすぐそこまで近づいているのに、変わらない現実は存在する。
 そしてあたしはこれからもずっと、「体験しなかった罪悪感」を引きずり続けるのだろう。
 それでも何ができるのかを“想像”しながら。

ラベル:国内文学
posted by かしこん at 05:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする