2014年08月23日

殺人犯はそこにいる/清水潔

 結構前から図書館に予約していたものが、ようやくやってきた。
 犯罪ルポものを比較的読み漁っている身としては、筆者の前作『遺言−桶川ストーカー事件の深層』(文庫化に際してタイトルのメインとサブが逆になりましたが)は当然読んでいたので筆者のことは知っていたし、なにかのタイミングでかその当時の日本テレビでの特集(最初は『バンキシャ!』だったと思う)をリアルタイムで見ていたあたしにはなじみの内容である。
 事件で自分は冤罪だと訴えていた方に無罪確定・釈放というのは勿論めでたいことだと思うが(何年・何十年も理不尽に閉じ込められた方に「めでたい」と表現するのは失礼だとは思うのだが、誤りが正されたという意味で「めでたい」という言葉を選んだ)、あたしがいつも感じるのは、「じゃあ、真犯人は誰なの?」ということ。 マスコミ報道は冤罪に至った過程を検証するけど、それも重要だけど、真犯人の存在について言及する例があまりに少ない、と常々思っていた。 だから、「あくまで真の目的は真犯人の検挙」という筆者の姿勢が好きなのです。 だから<足利事件>の冤罪証明は途中経過に過ぎない、という発想に同意。

  殺人犯はそこにいる.jpg 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件

 なにしろテレビ報道をそのときは期待して見ていたので、「あ、あの部分は書かれてないんだな」といろんなことを思い出す(主に被害者家族の言葉が印象に残っていたのだが、あえてそちら方面にはあまり踏み込まないようにという気遣いかもしれない。 必要最小限かつ重要なことは記載されている)。
 「真犯人らしき男について、実は特定している」という報道も見た記憶はあって、でもそのあとどうなったのかわからなかったのでこの本を読んでみたわけですが・・・そうか、もうちょっと、というところで3.11が来たのか・・・あたしの記憶も飛んでいるはずである(ただ、何故真犯人と目される男に筆者が辿りついたのかの説明がぼやかされていて、そこは少々イライラするところである)。
 もっとも震災のせいばかりではなく、当時科警研が進めていたDNA型鑑定の弱点についてつっこまれて、それを証拠として有罪が確定した案件までもひっくり返されることを恐れる警察・検察・裁判所・法務省などひっくるめてこの事件に知らんぷりしたい・・・という姿勢を激しく糾弾しつつ、真犯人に対してもケンカ(?)を売っているのがこの本の骨子といってもいいかも。 「ジャーナリズムは公正中立」というお題目にとらわれず、自分が知りたい・やりたいようにやってしまう、だから結構私噴も丸出しで、第三者的視点から語るのではなく自分の言葉で突っ走ってる感じが、あたしは好きである。 スクープをつかんでも、すぐ発表したらどんな影響があるかわからないのでそれを確認してから、なんてのはある程度当然のことかと思いきや出来てる人、少ないよね〜、と感じさせられたりした。
 『バンキシャ!』出演時に<(桶川ストーカー事件の際に警察よりも先に犯人を特定した)伝説の記者>と紹介されたのに対し、心の中で「伝説ってなんだ、俺はまだ現役だ」と毒づくなど、あたしの好きな職人肌頑固おやじ的要素をこの人が持っていると感じられるから好きなのかもしれない。
 事件を風化させないために雑誌にも連載し、それでも当局が踏み込まないのでこの本の刊行を決意した、とのこと。 一刻も早い解決を望んでやまない。 そして、他のすべての未解決事件についても。
 刑事ドラマ全盛の世の中なのに、実際の警察組織がお粗末なのは恥ずかしいよ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする