2014年06月07日

チョコレートドーナツ/ANY DAY NOW



 この映画は予告を見る度に泣きそうになってたのでどうしようかと思っていたが、アラン・



カミングがゲイを演じるとなれば気になって仕方がない。 だって彼のゲイ役はやたら



キュートなんだもの。



 時代は1979年のアメリカ。 まだまだ世間では同姓愛者への風当たりが強く、偏見を



持って見ることも差別するのも当然と思われていた時期。 もし男同士のカップルだと



わかったら射殺されてもおかしくない、くらいの。



   心にぽっかり空いた穴を

        埋めることなんてできないと思ってた。 あなたに会うまでは。



 ゲイバーでショーダンサーとして働くルディ(アラン・カミング)はゲイである自分を隠す



気はなく、通りすがりの心ない非難にも誇りを失わずに生きている(それ故に、とても孤独)。



一方、弁護士資格を取って検事局で働くポール(ギャレット・ディラハント)はゲイであることを



ひた隠しにしていて(学生時代の彼女との離婚歴あり)、はっきりゲイとして生きていく覚悟が



できていない。 そんな二人が瞬く間に恋に落ち、その関係を築く過程にはダウン症の少年・



マルコ(アイザック・レイヴァ)がいた。



 マルコはルディの隣家の子供だが、母親が麻薬中毒でほぼ育児放棄状態。 そうして、



三人の<家族>ができあがる。



   “親”であることには性別も血の繋がりも関係ないよね。



 やっぱりアラン・カミングがかわいくて!



 英語には語尾がないのになんで女っぽい喋り方に聞こえるんだろう? またなんだか



恋する乙女だし。 出会った始めの頃、ゲイだと知られたくないからとポールに冷たく



されたときの「すごく傷ついた」みたいな表情! マルコのため、という名目もあるけど、



ポールに一緒に暮らそうと言われたときのすごくときめいている笑顔! 勿論、マルコにも



保護者としてのあふれんばかりの愛を! あの時代のアメリカで食べ物のことに気を遣う



大人は少なかったのではないだろうか。



   しかし、幸せな時間は長く続かず、

    二人はマルコの親でいるために裁判を起こすことに。



 いかにも70年代、というようなシャツの柄、ファッションが楽しく、音楽センスが素敵。



 時代が違う、とはいえ、ゲイの方々が受ける差別や偏見に腹立たしさを覚える自分で



よかった、と思えた。 自分では普通のつもりだが、現在でさえセクシャルマイノリティの



方と話せば、あたしはかなり話がわかるほうらしい(知識としてわかっているだけでなく、



感覚的にもかなりフラットだとホメていただくことがある)。 まだまだ世の中は、進んで



きたとはいえ、難しい。



 そういう意味で、この映画もかなりフラットな構成である。 ルディやポール、マルコを



被害者的に描かず、マルコの母親や検事・裁判官側などを加害者的に描いてもいない。



お涙頂戴演出も廃し、ドラマティックと紙一重の日常を淡々と。 だから予告編で心配



させられたほど泣かないですんだけど、ほろほろと泣けるところが何箇所か・・・。



   ドーナツは、マルコの幸せな記憶に

    つながっているらしい。 三人のバックボーンをはっきり描かずに、今の姿から

    観客に想像させる構成も冒険だ。 下手をすれば「キャラクターが描けていない」と

    批判されかねないのに。



 ポールが叩いてたタイプライター、すごいかわいいなぁ♪、と思ったらそれで打たれた



手紙はとても衝撃的な内容で。 もしやそうなってしまうのかなぁ、と危惧したとおりの



展開には動揺した。 でも、それしか終わらせ方がない気がする・・・。



 やっぱりアラン・カミングは俳優というよりミュージカルスターなんだな、としみじみ実感



(ストレートプレイの時より歌うシーンがある方が輝いて見える)。 しかもゲイの役だもんね



・・・余計輝いて見えてしまったわ。 そりゃー、ポールも一目惚れするよね、マルコも心を



開いちゃうよね、家族になりたいと思っちゃうよね、納得。


posted by かしこん at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする